第99話 魔力の使い方
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コモドには、シルコの魔力の使い方について意見がある様だ。
王都を出てからの旅路でも、シルコとルレイン、エスエスは、コモドを相手に訓練を重ねていた。
早朝や食後など、時間を見つけては武術の腕を上げようと努力していたのだ。
折角、武術の達人であるコモドが仲間になったのだから、この機会を見過ごす選択肢は無かったのである。
僅かな時間を惜しんで、強くなろうとするメンバーに、コモドも積極的に力を貸していた。
そうして、シルコの事をよく見ていたコモドだからこそ、彼女の魔法についてアドバイスがあるのだ。
「お嬢の魔法は、攻撃に直接使うには向いていない。攻撃の補助に使うべき……」
「え、どういう事?」
コモドの言葉は、シルコにはピンと来なかった様だ。
コモドは優しい表情でありながらも冷静な目付きをしてシルコに告げる。
「お嬢の力は、魔法使いには向いていない。お嬢の魔力は身体強化や武具の強化に使うべきであろう。さすれば、お嬢の戦闘力は跳ね上がる。」
全く考えた事の無いコモドの意見に、目を丸くしてコモドを見つめるシルコ。
コモドは説明を続ける。
「例えば、体の表面に魔力をまとわせれば防御力が上がる。武器に魔力をまとわせれば攻撃力が上がる。長年修行を重ねた武人は、無意識にこれを行うが、意識している者は少ない。お嬢は、早い時期から魔剣を使い、短期間に強くなった故に魔力の運用が出来ていないのだ」
コモドは自分の槍を手に取って説明を続ける。
コモドがこんなに喋るのは珍しいので、メンバーは皆、静かに聞き入っている。
人型に戻ったヒマルだけは、ワタルの膝の上に頭を預けて寝てしまっているが……
「我の槍は、丈夫なだけが取り柄の合金製の槍である」
目の前の岩を槍の柄でコンコンと叩いている。
「この槍に魔力を流す……」
スパン、と槍の柄で岩が真っ二つに切れてしまった。
特に叩く力を強めた訳では無い。
「凄い……」
溜息の様な声がメンバーから漏れる。
「そして、魔力のイメージを変える……」
バカーン
先ほど槍の柄で半分に切った岩の片方が、軽く叩いただけで爆発した様に砕け散った。
「武器に込める魔力の量やイメージを変えると攻撃に色々な効果を加える事も出来る。お嬢には、こういう魔力の使い方の方が向いている」
「トカちゃん、教えて!私、やってみる」
「承知した」
シルコはやる気になった様だ。
「ちょっと、私はどうなの?」
「僕はどうなんですか?」
すかさず、ルレインとエスエスがコモドに詰め寄る。
コモドは慌てずに2人にもアドバイスを送る。
「ルレイン殿、貴嬢は既に身体能力向上に魔力が使えている。しかし、まだ魔力の運用に無駄が多い。それに、武器や防具には魔力が通っていない。貴嬢はまだまだ強くなる」
「そうなの!?」
ルレインは、物凄く嬉しそうだ。
早速剣を振ってみながら、首を傾げたりしている。
更にコモドはエスエスに告げる。
「若、貴殿の弓にも魔力の応用が可能である。弓に魔力を流せば、打ち出しの威力が増す。矢に魔力を流して、結界に頼らずとも追加の効果を得る事も出来る。若の魔力の扱いは柔軟故、イメージ次第でいかようにも可能性がある」
これを聞いたエスエスの表情がパァッと明るくなる。
「よーし、僕も頑張りますよ!」
エスエスは早速、何やらイメージしている様だ。
顔付きがやる気に満ちている。
皆、更に訓練に身が入る事になるだろう。
優しい表情で皆を見つめていたコモドは、ふと視線を感じて振り返る。
そこには、何か言いたげなワタルとラナリアがいた。
ワタルが口を開く前に、跪いたコモドが告げる。
「主人殿の力は、我の力では計りかねる。これは、ラナリア殿、貴姫も同じ。御身の守りにも魔力を割くべきかと愚考するが如何か」
「なるほど、分かったよ。魔力をまとわせて防御力を上げるんだな。やってみるよ」
「ははっ」
主人の身を案じてのコモドの言葉に、ワタルも感じるものがあった様である。
「コモドは優しいわね」
ラナリアが、コモドの肩にそっと手を置いた。
「はっ。有り難く」
ワタルは、コモドの態度の硬さに苦笑しつつも、身の安全を思ってくれる事を嬉しく感じるのであった。
さて、チームハナビの旅路は、それから5日が経過した。
途中の村や町では、多少の揉め事はあったものの、ほぼ順調であった。
揉め事というのは、まだ獣人差別撤廃の周知が徹底していない地域もあり、宿泊を断って来る宿屋があったのだ。
しかしそれも白金のメダルを見せると、手のひらを返した様に丁寧な対応に変わった。
田舎の小さな村ですらそうなので、このメダルの威力は、トルキンザにおいて相当なものなのだろう。
という訳で、チームハナビは国境の検問所に到着していた。
この検問所は、トルキンザ王国の南部にあり、ザルザス河を渡り西に抜けるとドスタリア共和国である。
ここを抜けてドスタリア共和国に入ると、その領地はライハ領である。
ライハ領は、ノク領の南にあるまた別の領主の治る地域である。
トルキンザ側の検問は、白金のメダルのお陰で、何の問題もなく通過した。
そして橋を渡り、ライハ領への入国手続きである。
ルレインが先頭に立って手続きをしている。
すっかり忘れ去られた感もあるが、一応パーティーのリーダーはルレインなのである。
ライハ領でも、ルレインのAランク冒険者の肩書きはかなり有効な様で、竜人や魔物少女を連れている割には、結構アッサリと通過が許された。
ドスタリア共和国は、5人の領主が治るそれぞれの領土の集合体である。
その領地は、それぞれ別の国と言っても良い程の交流しか無い。
トルキンザ王国をはじめとする周りの国からの侵略を避ける為に、戦略上、手を組んでいるに過ぎない。
だから、ノク領のロザリィを拠点としているチームハナビのメンバーにとっては、同じドスタリア共和国内と言っても、ライハ領は外国の様な感覚である。
「ライハ領の領主は、比較的癖のない貴族らしいわよ」
街道を進む馬車の中で、シルコが言い出した。
「まあ、そうは言っても所詮はこの国の貴族様でしょ?アタシ達とは相容れ無いわよ」
と、ラナリアが混ぜっ返す。
「真っ直ぐにノク領を目指すのなら関係無いわよね。このチームが貴族と絡むなんて面倒な予感しかしないわ」
と、ルレイン。
別に彼女も貴族を尊敬している訳でも無いのに、他人事の様に言うなぁ、と思ったワタルだったが口には出さなかった。
ワタルの視線を感じたのか、ルレインがワタルの方を向いた。
「ワタル、気を付けてよ。揉め事は避けてよね」
「いや、別に俺は……」
ワタルが口籠ると
「どうせ、イヤラしい目でルレインを見てたんでしょ」
と、シルコが突っ込む。
スケベ方面では、ワタルの信用はゼロ以下である。
この様に、全く見当違いの言いがかりを付けられる事も多々あるのだ。
「そんな訳無いだろ。今の話の流れで何でそうなるんだよ」
反論するものの、あまり説得力は無い。
ワタルは健康な男子である。
日本にいれば高校生である。
別にイヤラしい事を考えていなくても、無意識に綺麗な女性に目が行く事も多いのだ。
それに、ハナビの女性メンバーはスタイル抜群の美人ばかりである。
街中を歩けば、男達が思わず振り向く様な女性が3人も揃っているのだ。
コモドが周りの男達を威圧しているので、絡んで来る男は稀であるが、それでもいない訳では無い。
因縁を付けて来ないまでも、舌打ちをされたり、睨んで来られたりする事はしょっちゅうなのだ。
ワタルがランドに召喚されたばかりの頃は、悪意の冒険者や貴族に絡まれて、鬱陶しい思いを体験して来て、その後、ルレインが加わったり、ラナリアやシルコが美人に変身したりして、今度は男達の妬みを買う様になった。
しかし、その対処もだんだんと慣れて来てしまったワタルである。
学校でイジメられて、引きこもっていた日本での生活とは大違いである。
ランドに来て、特殊な力を得た事が大きいが、信頼出来る仲間を得て、精神性が変わった事が何よりも大きいのだろう。
メンバーに美人が多い事は嬉しいが、そんな事よりも、仲間との繋がりが大切で、何よりもそれを守りたいと願うワタルであった。
さて、馬車はライハ領の街道を北に向かっている。
街道からは離れていて見えないが、進行方向の右側にはザルザス河が流れている。
シルコの情報によると、この先には大きな街があるはずである。
城塞都市と呼ばれているワラボの街である。
ライハ領の首都である首都ライハに次いで大きな街である。
大きな特徴は街が城壁に囲まれている事である。
ワタル達が街に入る時に、思わず感嘆の声をあげる程に立派な城壁であった。
トルキンザ王国では、街が壁に囲まれている事が当たり前であったが、ドスタリア共和国内では、城壁を持つ街は珍しい。
これは、この街が国境のザルザス河に面している事が関係している。
トルキンザとの戦争を想定した街なのだ。
数十年前までは、ワラボの街から対岸のドスタリアの街まで大きな橋が架かっていたが、かつて行われた両国間の戦争により橋が落ちてしまって以来、橋の建設は行われていない。
その後、両国間で戦争は無く、睨み合いが続いている。
このワラボの街は、将来起こるかも知れない戦争に備えている街なのである。
ザルザス河に面した城壁の下側には、軍用の港が整備され、船で河を渡る事が出来る様に準備されている。
しかし、いざ有事の際に、この船が役に立つとは思えない。
エンジンなどの動力の無い世界である。
しっかりとした流れのあるザルザス河を人力で渡るだけでも一苦労だろう。
魔法などで補助するにしても、魔法使いの数は少ないのだ。
しかも、この河には水棲の魔物がウヨウヨと住んでいる。
とても船が戦力になるとは思えない。
それでも、この街の兵士たちは船上の訓練を積んでいるのだ。
今やこの兵士達は、水難救助や魔物の被害防止の為の救助隊の様になっていて、それなりに街の住民に愛される存在になっている。
戦争が起きないのなら、それに越した事は無い。
街の中をブラブラと歩くワタル達。
城塞都市と言うだけあって、兵士らしき者も多く見られ、冒険者風の者の数も多い。
獣人や亜人もかなりの数がいる。
チームハナビのメンバーにとっては、過ごしやすそうな街である。
「冒険者ギルドに行ってみましょうよ」
と、珍しくルレインが皆を誘う。
初めて訪れる街のギルドに興味があるようだ。
「了解。リーダー」
ワタルが応える。
どうせ本気でリーダーだと思ってないくせに……
と、ルレインがワタルに視線で訴えながら冒険者ギルドに足を向ける。
「どうせ行くなら、たまにはクエストを受けましょうよ。コモドとの特訓の成果を試したいです」
エスエスがやる気を見せている。
この街までの道すがら彼らは、時間を見つけては魔力の使い方の訓練を重ねて来たのだ。
少し自信を付けたのだろう。
「良いわね。やろうよ」
シルコも乗り気である。
チームハナビのメンバーは、ワイワイと喋りながらワラボの冒険者ギルドに入って行った。