はち
食事の載ったトレーを持って、ベルンのところに戻るとそこには思わぬ先客がいた。
我が学園の食堂は二階に分かれていて、特に決まりがあるわけでもないが二階が三年生と王族、一階が一、二年生という風になっている。というのも二階は一階の半分ほどの広さしかないからだ。
というわけでいつも二階にいるはずのエドウィン殿下がなぜか一階にいて、しかもベルンに話しかけている。
忘れていたが、この二人は友人関係であった。
どうも殿下はベルンに一緒に食べないかと誘いに来たようであった。
「婚約者殿が来て嬉しいのはわかるが、たまには私たちと上で食べないか。会わせたい子がいてな」
そういえば学校が始まって一カ月近く。毎日当たり前のようにベルンが席を取ってくれて、二人で食べていたが、私が来るまでは殿下たちと昼食をとっていたんだっけ。
そりゃ殿下も寂しいよね。オーケーオーケー、私は心の広い女だからね。そんなところで変な独占欲をだしたりなんかしませんよ。
「ベルン、行っておいでよ」
「リジィ…」
私が心の広い女アピールをしたのに、ベルンはなんだか恨めしそうな顔をしていた。
「リジーア嬢も一緒にどうだ?」
ベルンのあまり乗り気でない様子に苦笑した殿下が、名案だというふうに提案した。
「それなら行こう」
「え」
とっさに王族とランチなんてとんでもない、断ろうとしたが、いや待てよともう一人の私が言った。
殿下は会わせたい子がいると言っていた。おそらくライラのことだろう。ということは、これはライラと話せるチャンスなのではないか。
そうと決まれば話は早い。
私たちは二階に上がり、案内されたテーブルについた。
二階に上がるのは初めてだったが、一階がホテルの大会場なら、ここは高級レストランといった感じだ。
テーブルには案の定、ライラとアロイス、ヨハンがいた。そこに殿下、ベルンと来て、まさかのモブこと私。こんなキラキラした空間に入らなければならないかと思うと気が重くなるのも仕方ないだろう。
というか金髪に水色に赤って派手な髪の毛集合してない?この世界では黒髪はむしろ少なくて、茶系の色が一番多い。そのためか、同じ栗毛のヨハンになんとなく親近感を感じてしまう。
殿下がベルンと私を紹介して、緊張しながら楕円形のテーブルのベルンとヨハンに挟まれたところに腰を下ろした。
ヨハンは童顔で可愛いワンコ系だが、家が代々騎士というのもあり近くで見るとけっこうムキムキだ。
ベルンと私の登場に彼もどこか緊張した面持ちである。
なぜ私と同じ一年生のヨハンがここにいるかと言うと、彼の祖父が殿下の剣の師匠で、二人は幼いころからの稽古仲間だからであった。
殿下とアロイスに挟まれているライラが嬉しそうな笑顔を私に向けた。
「初めまして。リジーア様」
「同い年ですから、様なんてつけなくてもいいですよ」
あなたと仲良くなりたいですオーラを必死に出しながら私は微笑んだ。
「では、えっと、リジーアさん?」
「私もライラさんと呼んでも?」
「はい!…私、いつも殿下やアロイスお兄様と昼食をご一緒させてもらっているのですが、女の子が来てくれてとっても嬉しいです」
「男ばっかじゃむさくるしいって?」
「そんなこと言ってません」
ライラはアロイスのからかいに頬を膨らませている。純粋に可愛いなぁと思う。実際アロイスは色っぽい雰囲気には似つかわしくない慈愛に溢れた目でライラを見つめていた。
私は少し不安になってベルンをうかがう。
ベルンは目の前のやり取りに全く興味がないようで、すごい真剣にグリンピースとニンジンをフォークで分けていた。いつもの彼で一安心する。
もしもゲームのシナリオの強制力みたいなのがあって、ライラに一目ぼれでもしたらどうしてやろうかと思った。
そのあとは授業の話とか、好きなランチは何かとか他愛のない話で盛り上がった。主に殿下たちが。
私は完璧かやの外といいますか、端的に言って疎外感がすごい。まぁ、いつものグループに新参者が入ったらだいたいこんな感じにはなるよね。
ベルンは会話を聞いているような聞いていないような相変わらずのマイペースで、私の皿にグリンピースをせっせと移している。私はすることもないので、そのグリンピースをベルンの皿に送り返した。
「…ごめんなさい」
仁義なきグリンピース攻防戦に熱中しているとライラの申し訳なさそうな声がして、驚いて手を止める。
「私ったら話に夢中になってしまって、リジーアさんにつまらない思いをさせてしまったみたいで…」
悲し気に目を伏せるライラの様子に、別に悪いことをしたわけでもないのに罪悪感を感じドギマギする。
「い、いえ、そんなことは」
なんだか妙な空気になってそのまま昼休みが終わってしまった。
結局この昼食で私が得たものは、微妙な後味の悪さとグリンピースまみれになった皿だけだった。
「よう。ぼっち」
「うっわ、出た」
失礼な挨拶と共に現れたダリウスは、私の正面の席に断りもなく座った。
「いつもひっついてる番犬はどうした?」
ダリウスはベルンが苦手らしく、私が一人の時にしか話しかけてこない。たしかに黒くて大きくて表情が読みづらいから怖いよね。わかる。
「う~ん」
「ははぁん。わかったぞ。殿下とカーネイルにとられたんだろ」
「取られてないし。貸してるだけだし」
このやかましい男、ダリウスはなんというか学園で出来た私の悪友である。
たまたまダンスの授業でペアになり、互いの足をわざと踏み合っているうちに意気投合。教室のドアに黒板消しを挟んだり、校舎裏の林にある野イチゴの食べ時を話し合ったりしている。
青みがかった銀髪に紫の瞳という神秘的な容姿でクールな印象だが、中身は気の良いなかなかに愉快なやつだ。耳に三つくらいピアスがついてるのには最初ドン引きしたけれど。
そしてこの男は攻略対象の一人でもある。
私だってこの一カ月ちょい何もしていなかったわけではないのだよ。
彼はヴェーナー伯爵家の嫡子で、第二王子の母である側妃の弟という複雑な立場にいる。
そのため彼はいくつかのルートで家や姉のためにエドウィンを失脚させようと企てたり、他の攻略対象キャラに第二王子側につかないかと勧誘してきたりするのだ。ベルンみたいに殿下を暗殺しちゃうなんて過激な手段にこそ出ないが、彼もまた悪役よりなキャラである。
あれ?私の仲いい人みんな悪役な気が…。ははは!気にしない!気にしないぞ!
「そういうの負け犬の遠吠えって言うんだぜ」
腹が立ったので、ダリウスのハンバーグを半分食べてやった。
しかし負け犬の遠吠えと言われても仕方のない状況ではある。
あの日以来ベルンは殿下に引っ張っていかれるようになり、私ももちろん誘われてはいたが、またこの間の妙な空気になったらと思うとどうにも気が乗らず、ドナドナされていくベルンを見送るしかなかった。ベルンも気が乗らないようだったが、殿下の誘いを二人そろって断るわけにもいかなかったのだ。
おかげで一人席にぽつねんと座っているところをダリウスに絡まれるに至ったわけである。
ダリウスとおかずを奪い合っていると、カテリーナとイオニアス、あと裏生徒会のメンバーが通りかかった。
「あら、リジーア。それと、ダリウス様だったかしら?」
「ダリウス・ジル・ヴェーナーです」
「カテリーナ・エマ・ブルンスマイヤーよ。お兄様はどうしたの?」
「殿下に誘われて」
「ふぅん」
カテリーナは殿下という言葉を聞くなり、面白くなさそうな顔をした。たぶん、ライラのことだろうな。
「よかったらわたくしたちもご一緒していいかしら?」
というわけで、数分前までぼっちだった私の周りは一気に賑やかになったのだった。
「何だったかしら、カーネイル子爵のご令嬢の名前って」
楽しく食事をしていたと思ったら、カテリーナが急に爆弾を落としたので私は思わずフォークを落としかけた。このまま和やかに終わるわけにはいかないらしい。
事実、カテリーナの青い目は剣呑な光をともしている。
「ライラ・カーネイルですわ」
「そう、そのライラさんというのは、何のつもりなのかしらね」
カテリーナは苛立ちをぶつけるように、デザートのパイをフォークで崩した。
その横でライラの名前を教えたヘレナもどこか悔し気な顔をしている。ヘレナはイオニアスの従妹の男爵令嬢でもある三年生で、カテリーナのお目付け役その二でもあった。
「わたくしだってたまにしかお昼をご一緒させてもらえないというのに」
予想通り、カテリーナはライラにご立腹のようだ。
そりゃそうだ。カテリーナは婚約者なのに殿下とは必要最低限の接触しかない。たいして子爵令嬢で入学してきたばかりのライラは一カ月ずっと一緒にご飯を食べている。
プライドの高いカテリーナからすれば面白くないことこの上なしな状況と言える。
「ライラ嬢は入学前からアロイス・デーニッツやヨハン・ドレクスラーと親しくしてたらしいが、まさかそれを利用して殿下にまで近づくとは思わなかったな。怖いもの知らずとでも言えばいいのか、それとも無知とでも言うのか…」
「あまりカーネイルさんを悪く言わない方がいいわ、イオニアス」
ヘレナはライラの友達だったろうかと首をひねる私に、彼女は周囲をはばかるような小声で続けた。
「子爵令嬢で親しみやすくて心根が優しい人だって、彼女に好意的な人が多いの」
「親しみやすくて心根の優しい人間が人の婚約者を奪うのか?」
一年生のくせに態度の大きいダリウスの足をテーブルの下で蹴っておく。すぐに蹴り返された。チクショウ。
「さぁ…。それに、彼女にはちょっと怖い噂もあるの」
「噂?」
「私たちも調べているところだから何とも言えないのだけれど」
裏生徒会が調べているということは、あまり良くない噂なのだろう。
入学式のあと教えてもらった裏生徒会の活動内容を思い出しながら、私は漠然とした不安を感じていた。
学園という箱庭は貴族社会の縮図みたいなところで、家からの使命を受けてきている子や監視がなくて馬鹿をやらかす子とかがいる。もともとはただそういった情報を集めて、問題を未然に防ぐだけのものだったらしいが、王宮のお偉い人に協力を申し込まれたらしく、いまは情報を提供しているのだそうだ。
そのため裏生徒会とはそのお偉いさんに自分を売り込む機会を与えてくれる場も兼ねており、メンバーの多くが男爵や子爵の子供である。
正直な感想としては、よくそんなクラブ承認されたなの一言に尽きる。
表向きは美術鑑賞クラブになっているらしいが、顧問はちゃんと本当の活動を知っているのだそうだ。しかも、王宮のお偉いさんと連絡を取っている張本人らしい。そんなクレイジーな教師がいるのかこの学校には…。
ちなみにカテリーナは裏生徒会には入っていない。彼女はあまり駆け引きが得意な性分じゃないし、入る必要もないからだ。
結局イオニアスもヘレナも噂については教えてくれなかった。
今夜クラリッサにでも聞いてみようかな。あ、でも私も彼女も同学年の友達が少ないからなぁ。ダリウスなんか私と一緒に首ひねってるし。使えないやつだ。
ベルンなら知っているだろうか。
二階を見上げるとタイミングよく、ライラの鈴を転がすような声が聞こえた。
とたん、なんだか喉の奥がつっかえたようになって苦しくなる。
心配しすぎなのだろうか。
いまはまだベルンも気乗りしないふうだけど、そのうち私なんか見向きもしないでライラたちとご飯を食べるようになって、ライラに淡い思いを抱くようになってしまったら…。
「どうした?」
苦しい胸をさすっているとダリウスが心配してくれた。
あのね、心配してくれるのは嬉しいけど、別に食べ物が詰まったわけじゃないのよ?だから水はいらないの。いや、だからいらないんだって。
水をぐいぐい押しつけてくるダリウスに大丈夫だと納得させる。最後のほうは面白がっていることが見え見えだった。
「ああ、またぼっちで飯食わなきゃいけないと思って落ち込んでんだろ」
「は?」
とりあえずダリウスには、その仕方ないなぁ一緒に食ってやるよっていう腹の立つ顔をやめてほしい。
「まぁ、そうなのリジーア?そんなことならわたくし達のところに遠慮なく来ればいいのよ」
ああ、ますますカテリーナが憎々し気な顔をして二階を睨みつけている。
私はあーだかうーだか分からない不明瞭な返事をしながら、グリンピースがちゃんと一人分しかない皿にぼんやりとした寂しさを感じていたのだった。
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