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この国には五年に一度、戦いと豊穣の女神エジュカに日々の暮らしを感謝する、感謝祭がある。

もともとは戦いの勝利とその戦利品に感謝する祭りだったのだが、ここ百年大きな戦いもなく平和が続いているために日々の暮らしを感謝する祭りに転じたのだという。

祭りは三日三晩行われ、ゲームの舞台である王立学園と目抜き通りに普段来ない商店や露店がずらっと並ぶ。

なぜ二か所に分かれているかというと、王立学園は貴族が、目抜き通りでは庶民がそれぞれ祭りを楽しむためである。

お貴族様が街に降りるとあれこれと問題が起こるし、かといって五年に一度の祭りを楽しまない手はない。そこで警備もしっかりしていて十分なスペースを確保できる学園が選ばれたのだそうだ。今では学園の見学会も兼ねた一大行事となっている。


いつもは固く閉ざされている学園の巨大な門目指して、豪奢な馬車が長蛇の列をなしている。感謝祭では恒例となっている景色だ。

どうしても馬車で乗り付けると混雑してしまう。とはいえ、貴族が馬車を降りて徒歩で行くというのは体面が悪いので、どんな我儘な人もこればかりは我慢して大人しく自分の馬車が門前に着く時を待つ。

私たちの乗る馬車が門の正面に着くまでにも、たっぷり一時間はかかるらしい。


お父様とお母様は一番人の多い一日目を避け、三日目に行くということで、私はブルンスマイヤーの車に乗せてもらえることになった。

うちの馬車も一般的に見れば上等なのだが、さすが公爵家。クッションが柔らかすぎて落ち着かない。

根が貧乏性のせいでそわそわと落ち着かない私を祭りが楽しみなのだと誤解したベルン達に笑われてしまった。カテリーナだって五分に一度はまだかしら?とか言うくせに。解せぬ。


初めて公爵家に招かれてから半年あまり。

その間にベルンが十三歳になったり、カテリーナと殿下の婚約が決まったりした。

カテリーナの婚約は彼女がそれを望み、公爵が娘を溺愛している以上、ほぼ決まっていたようなものであるが、ゲーム開始準備が着々と行われているようで私は手放しに喜ぶことが出来なかった。予定調和とでもいえばいいのだろうか。

それに比べて私とベルンの関係と言ったら、亀の歩みもいい所である。

お互いに気安く話せるようになった以外、何も進んでいない。

いや、まだ半年だし、だ、大丈夫…。

それに、本心の見えないベルンにどこかで警戒心を抱いてしまっているというのもある。

だってこの人、前よりずっと笑うようになったくせに目が笑っていない。最初のころの淡い笑みの方がよっぽど自然だった。

付き合いが長くなるにつれ私たちの間に見えない線ができつつあるような気がして、私は少し焦っていた。

けっして私が努力を怠っていたわけではない。ベルンに教えてもらう乗馬がはちゃめちゃに楽しかったとか、カテリーナと遊ぶので忙しかったわけじゃないんですよ。ええ、本当に。


ベルンにエスコートされ馬車から降りると、大勢の人間が生み出す活気あるざわめきが押し寄せる。

カテリーナは完璧な淑女らしく降りたかと思うと、すさまじい速さで殿下を探しに行ってしまった。なんでもお忍びで来ている殿下を探しに行くとか。

カテリーナの目は完璧に狩人のそれで、走ってもいないのに瞬く間に速足で消えた彼女に私は純粋に恐怖を感じた。あと、お忍びで来てるなら多分見つけても一緒に回れないんじゃないかな、という言葉は言わないでおいた。

ここは殿下逃げてー!というところなのだろうが、私はカテリーナの味方なので、殿下の応援はしないです。勝手に頑張ってください。

「リジィはどこに行きたい?」

ベルンが微笑みながら私に問いかける。


ああ、まただ。

またこの人は形だけの笑みを私に向けている。

どうして?と戸惑いや焦りよりも悲しみに占められた問いが浮かんで、けれども口に出すこともできなくて。次々と、私のことが嫌いになったの?とか、私があなたをどうしても警戒してしまうから?とか、いくあての無い問いが頭をよぎる。

俯きそうになるのを堪えて、私は出来るだけ心からの笑みを浮かべた。

今日こそは本当の彼に近づこうと決心したではないか。

「人気の旅一座が来ているんですって。特にすごい手品師がいてね…」

当たり前のように繋いでいるベルンの手は冷たい。あの日の温かな手が、少しだけ懐かしかった。





「おいし~!」

行列にもめげずゲットしたかき氷をテラス席でほおばる。

夏の終わりとはいえ、まだ暑い昼間に食べるかき氷のなんとおいしいこと!シロップがわりにイチゴジャムがかかっていて、氷の目も粗いが、この世界で夏のかき氷はめったに食べられるものではない。

ああ~アイスクリーム食べたい…。シンプルなバニラ味でいいから…。

この世界が魔法のあるファンタジーだったら、なんか、こう、冷却魔法とかで作るのに。作り方よく知らないけど、きっとアイスへの情熱が私を導いてくれたことだろう。

はっ!いかん!

普通に楽しんでいる自分に気づき、慌てる。かき氷のんきに食ってんじゃないよ、自分。あ~でもめったに食べられないのだから余計なことは考えずに味わって食べるべきではないか。

葛藤する私に対してベルンと言えば、なんとなく周りを気にしていた。

そういえば、感謝祭にいくことに彼はあまり乗り気ではなかった。何か気がかりなことでもあるのだろうか…。

というか、ベルンと一緒に歩くと視線がすごい。今日の彼はどこか緊張したように、いつもみたいなぼんやりした空気をまとってないというのもあって、そりゃもうかっこいい。しかも手を繋いでいるせいか、心なしか視線が痛い。矢印だったら背中一面びっしり刺さっていたかもしれない。背中にびっしり矢印を背負った姿を想像してちょっと気持ち悪くなってしまった。

すれ違ったご令嬢二人組が、なんであんな地味な子と…と言っているのも聞いてしまったり。

なによ、皆して人のこと地味だのイモだの!ちゃんとカテリーナがプロデュースしてくれたのに!え?素材がだめ…?馬鹿野郎!ポテチだって素材のジャガイモがあってこそ、あんなに美味しいんだぞ!

しかし美形はすごいよなぁ。他のテーブルの女の子たちがチラチラ見てはきゃっきゃっと騒いでる。もののついでみたいに私を睨みつけるのさえやめてくれれば、私は気にしないのだが。

そんなどうでもいいことを考えながら、ぼうっとベルンのことを眺めていると、その後ろに目を引く綺麗な水色の髪が見えた。

水色とは珍しい色だなぁ、なんてのんきに思って、周囲の注目を集めているその髪の持ち主の顔を見て私は吹き出しかけた。


常に潤んだように輝く綺麗なアーモンド形の目に、ぷるぷるの小さい唇。透き通るような白い頬は今は興奮のためか紅をはいたように赤く染まっている。

誰もが目をひくその美少女の名は、ライラ・カーネイル。そう、主人公だ。

「どうして…」

思わず疑問が口から洩れて、唐突に思い出す。

そうだ、ライラはこの感謝祭で何人かの攻略キャラと出会うのだ。ライラが殿下と仲良くなれるのも、ここで出会ったのが殿下の将来の学友で、彼らに気に入られたライラは必然的に殿下とも知り合う。

エドウィンルートのことばかり気にしていて、きれいさっぱり忘れていた。というかこれオープニングじゃないですか!!

自分の馬鹿さ加減に固まってしまった私が、自分の背後を見つめていることに気付いてベルンが振り返ろうとして、私は思わず立ち上がった。

「ベルン!私ちょっと寒くなっちゃったから、中に入らない?」

挙動不審な私に怪訝そうにしながらも、ベルンは振り返るのをやめてくれた。


このイベントでライラとベルンは出会わない。

なのに、彼に彼女を見て欲しくないと思ってしまった。

美しく可憐なライラに見とれるベルン。そんなもの、見たくなかった。


ベルンを引っ張るように中に入った私は、すぐに自分の抱いた分不相応な独占欲に気付いた。

私はただのモブで、たまたまベルンの婚約者になっただけで、本当は誰とも関わらず平穏に暮らしたくて、だからベルンにライラを好きになってほしくないとか、彼女と張り合おうなんて思うはずがない。なかったのだ。

恥ずかしいやら情けないやらでいたたまれなくなった私は、ベルンにかき氷の器を預け、化粧室に行ってくると早口に伝えた。そして逃げるように身をひるがえす。

「リジィ!」

珍しく焦ったような彼の声が聞こえた気がしたが、無視して私は歩く。

とにかく一人になって、冷静になりたかった。

ひたすら歩いていると、広場から離れ校舎の近くまで来てしまっていた。

ベルンはあの店で待っていてくれているだろうか。それとも、怒って帰ってしまった?いや、彼はそんな人ではないなとまで考えた時、突然強い力で腕をつかまれる。

何をするのだと振り返るとそこには、見たことのない男が冷たい目で私を見下ろしていた。



次の話から流血表現が入りそうなので、残酷な描写ありのタグをつけることになりました。予定外だったのでつけるのが遅くなってしまい申し訳ないです。

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