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婚約者が悪役で困ってます  作者: 散茶
婚前旅行記
41/78

リジーアとベルンハルト 問題編1


「ひぃいいいい」

め、めちゃくちゃ、寒い!!

ちょっと待って。ごめん。私、冬の海なめてた。

まさかこんなに風が強くて、湿気てて、さむ…さ……いや、風!風が!強い!うわっ、髪の毛が…!!

自分の髪の毛で窒息しそうになっていたら、ベルンが慌てて自分の体で風をさえぎってくれた。風が弱まり、無我夢中で顔に張り付いていた髪の毛を引きはがす。

潮の匂いの強い風にさらされた髪は、お互いに絡まってキシキシしている。ただでさえ癖毛なのに。

じ、自分の髪の毛に殺されるところだった。危ない。

再び髪の毛が荒れ狂わないように、私は手早く頬かむりをした。この旅の間、することが多かったので、すっかり手つきは慣れたものである。


エルメンヒルデと別れ、ボルマン領を脱した私たちは、追手の有無が確認できるまであちらこちらへ方向を変えながら、最終的にかなりの遠回りのすえ、ヴァイス侯爵領にたどり着いた。

ヴァイス侯爵領はベーレよりも北に位置し、湾沿いにあるので地図上ではかじられたクッキーのような形をしている。

私たちがいるのはまさにクッキーのかじられた所、湾をのぞむ港町だった。侯爵の館がある中心街とは馬で半日ほどのところにあり、そこそこに栄えている。

そしてこの港は交通の要所であり、ダリウスの実家こと、最北のヴェーナー領へ行く連絡船が出ている。この連絡船は二つの大きな山脈に隔てられたヴェーナー領への重要な移動手段だ。

めっちゃ大変なところにあるんだなぁ、ダリウスの実家。いや、行く予定はないから別にいいんだけど。


また、この港から出ている連絡船は何もヴェーナー領行のみではない。

ナーガソルシア修道院。ライラの居る修道院だ。

そこがエルメンヒルデに端を発した、この旅での私の目的地。

私たちだってね、何の目的もなくぶらぶら旅を続けていたわけではないのだよ諸君。

どうして今、わざわざ北の修道院へめちゃくちゃ寒いをしてまで行くのかと言うと、ライラに聞きたいことがあったからだ。

それはあの婚約者騒動が終わってライラはどういう気持ちなのかとか、ようやく気兼ねなく前世の話が出来そうとかそういうことではなく、私がここずっと見ている夢に関することだった。

冷たい石造りの牢獄で、手足に枷をつけられ、日々弱っていくベルンではないベルンの夢。

なんとなくこの夢が何なのか、私にも見当がつき始めていた。

けれど確証が欲しかった。

そしてそれはライラに聞く以外に方法はなく、私がベルンと結婚してしまう前に、今だからこそ知らなければならないことのような気がするのだ。


塩っ辛くて生臭い風からベルンを盾にして、私たちは今日の一番大事な目的地である船の案内所へ進んだ。たぶんムカデ競争とか列車ごっこみたいな体勢だ。いやまぁ、二人しかいないんですけどね。

そんなふざけているようで、非常に真剣な二人ムカデで港を離れ、ベルンの踵をさんざん踏んだり蹴ったりしながら魚を仕分ける倉庫のような地区を抜ける。店が並ぶ通りにまで出るとかなり風が弱まり、私たちはほっと一息ついた。

厳しい寒さは依然としてあったが、強烈な風がないだけ呼吸が少し楽になった気がする。

いや~寒かった。鼻とかどっかに落っことしてきたんじゃないかってくらいに感覚がない。

「鼻冷たくない?」

二人ムカデだか列車だかを解散して、私は両手をこすり合わせ息を吐きかける。焼け石に水な感じは否めないが、何もしないよりましであった。

「鼻?僕は鼻より、耳のほうが」

少しは温まった手で、ベルンの耳をぐわしと掴む。もちろんベルンの方が背が高いので、傍からみたら背伸びをして耳を引っ張る女と、耳を引っ張られている男って感じだろう。

「温かい?」

掴んだ感じ私の手のほうが彼の耳より若干温かいかなというくらいだったのだが、ベルンはわざわざ私が耳を掴みやすいように体を傾け、大真面目に頷いた。

そうかそうか。それはよかったな。


今日は海が荒れているためか案内所には、船を探しに来た人よりも明らかに地元民というか、漁師らしき人々の方が目立った。皆船が出せず、暇だからたむろしているといった感じだ。たぶんここは街の集会所みたいな役割も果たしているのだろう。

中央の薪ストーブの中では煌々と火が燃え盛り、古びているが手入れの行き届いた室内は外に比べると天国のようだった。天国にしてはちょっとカビ臭いかもしれないけど。

受付に歩いて行くと、年配の女性が見るからに人の好さそうな笑顔で出迎えてくれた。

「はぁい。何の御用かしら?」

「ナーガソルシア修道院へ行きたいんですけれど」

「あら、ちょっとタイミングが悪かったわね。修道院行の船は週に一回なんだけど、昨日出たばっかりなのよ。次は来週ね」

「そうなんですか」

となると船よりもお金はずっとかかるが、馬を借りて行ったほうがいいかもしれない。別に急ぐ旅ではないが、時間が経てば経つほど冬が深くなり、寒さが厳しくなる。

どのみちベルンと相談しなきゃかな…。

「あなたたち夫婦?」

ベルンのほうをちらっと見て、受付のおばさんはカウンターから身を乗り出し、興味津々といった感じで聞いてくる。

「え、あ、いえ、まだ」

突然のことにびっくりして、しどろもどろに答えるとなぜか彼女はなるほどねぇとなぜかうんうん頷いた。

「あの…」

「いいの。大丈夫」

何がだ。何が大丈夫なんだ。

「入ってきた時から、違うってわかったわ。なんていうのかしら、品があるって言うの?」

あ~、なんかけっこう面倒臭い人に捕まってしまったかもしれない。そう思うが後の祭りである。

「きっと大変だったんでしょうね」

「はぁ…」

訳がわからず適当に返事をする。

何?品がある?褒められた?でも大変だったでしょうっていうのは…。


「あなたたち駆け落ちの途中なんでしょう?」

なんでやねん。

びっくりだわ。

びっくりついでに、なんか関西弁でちゃったよ。それこそ、なんでやねんだよ。

いや、ちょっと待って、この人なんつった?

駆け落ち?

もしかしなくとも私とベルンが?

品がある云々はまぁ貴族ですから~と思うことにして、何ゆえよりによって駆け落ち…。困惑する私の手を握りしめ、彼女は一人でさらに盛り上がる。

「身分違いの恋なんて大変なことばかりだったでしょうけれど、あんなに素敵な人だったら仕方ないわ」

壁に貼られた求人広告を見て暇を潰しているベルンに視線を向け、彼女はほうと息を吐く。

「私も若いころ侯爵様のお屋敷にご奉公していた時、旦那様の三番目のご子息に憧れてね…。私は一方的に慕っていただけであの方はもう覚えてもいないでしょうけれど、あなたは彼の愛を勝ち取ったのね。素晴らしいわ!」

そうなんですよ~、ベルンったら本当に格好良くて仕事も出来て、私はたくさんの障害を乗り越え彼の愛を勝ちと…って違う!なんか根本的に違う!

これってまさかだけど私が使用人で、ベルンがその主人の息子で、私たちは身分違いの恋のすえ駆け落ちをしていると思われている?

いやいやいや。おかしい。絶対おかしい。

私、歴とした貴族なんですけど!しかも侯爵の娘なんですけどー!ちょっとー!!

…わ、私ってそんなにオーラが無いの?まさか品がないとか言わないよね?品はあるけど、貴族感がないってだけだよね?

それからおばさんはここの宿なら安全とか、修道院で結婚するのねとか言ってきたのだが、とりあえず笑ってごまかした。私も貴族なんですけどって言うのも変だし、正直面倒臭くなったのだ。

いやでも結果的にこの港のことを色々教えてもらえたし、よかったんじゃないかなぁ…。それなりにショックっちゃ、ショックなんだけれども、うん。

いやでも、私がベルンに釣り合ってないっていうのはわかる。わかるんだけどな~。

最後にカウンター越しに抱擁を交わし、ようやく解放された私は、フン!所詮私は地味な女ですよ!と心の中で悪態をつきながら、ベルンのもとへ戻った。後方から熱い視線を感じたが、無視だ。

「凄く盛り上がってたみたいだけど」

「坊ちゃま、私お腹がすきました」

「ぼ、坊ちゃま?」

珍しく目を白黒させるベルンの腕を取り、半ば引きずるようにして案内所を出る。

「私、魚料理が食べたいです」

「なんで敬語なの?」

居心地悪そうなベルンをじっとりと見つめる。

くそう、高貴そうな顔しやがって!好き!

「べっつに~」

「はぁ?」


それからすぐに使用人ごっこにも飽きて、一人納得のいかなさそうなベルンを引き連れ、時には再び風よけにもして、魚市場もちょろっとのぞいてみたが残念なことに魚はあまりなかった。まぁそりゃそうだって話である。

魚市場の様子的に、もしかしたら無理かもと心配したのだが、昼には無事魚介料理にありつくことができた。

アクアパッツァ的な料理で、非常に美味しかった。

内陸部では川魚がたまに食べられるくらいなんだけど、やっぱり海で伸び伸び育った奴らは違うね。淡水と海水?そんなことは知らん!

好き嫌いが割と激しいベルンは、一緒に入っている貝に渋い顔をしていた。けれど態度を見る限り、豆よりは嫌いではないらしい。

豆がお前に一体何をしたっていうんだ!





夕方になって曇ってはいるものの風が少し収まったようなので、私たちはもう一度港へ出てみることにした。

波止場には小型の船がずらっと並んでおり、ゆらゆらと水面の動きに合わせて揺れている。

まとわりつくような潮と魚の匂い。

断続的なざぁざぁという波の砕ける音に、漁師たちの掛け声が紛れて、時折海鳥の甲高い鳴き声もそこに加わる。

岸壁の際は一段高くなっていて、別にそこに乗ったからといって景色が大きく変わるわけでもないのに、私は際に立って海を眺めていた。

水平線に小さな影が見える。あれは、…島?

「ねぇベルン。あれ、何?」

目を細めて、私の指さす先を見たベルンはああと低く呟いた。

「あれは嘆きの孤島だよ」

思わずえっと声が漏れる。


嘆きの孤島とは通称で、正式名称は……なんだっけ?うーん、たぶんナントカカントカ監獄だ。

特別に罪の重い囚人たちが収監されている。例えば、王族や王族に近しい身分の者を害したり、貶めようとした者たちだ。

そしてその中には、あのアロイスとヴィオラもいる。


ヴィオラのことを思い出すたびに、私と彼女で何が違ったのだろうと、そんなことを考えてしまう。

なんだかいたたまれなくなって、私は俯いた。

思い出したように強い風が吹いて、ぐらりと体が傾く。バランスを取ろうとして、右足が段差から落ちた。

彼女は前世の知識を余すことなく活用しようとした。

ライラを洗脳したり、詐欺まがいのことをしていたのは決して許されることじゃなかったけれど、その根本にはきっとそうまでして幸せになりたいという強い思いがあったはずで、それは私だって…。

私だって?

私は自分に都合のいいところだけ知識に頼って、自分にできることはないって知識を使うことから逃げた。余計なことをして、事態が悪化したらよくないからって。

今思うと優柔不断で、臆病で、自分勝手だったのではないか。そんな気がしてくる。というかそう思えてならない。

私がもっと賢くて、強かったら……。

エルメンヒルデは自分を誇っていいと言ってくれたけれど、今の私には到底自分を誇れそうになかった。

しっかりと自覚したことはなかったけれど、私はそんな自分が嫌だったし、そのことを他の誰にも言えないでいるという負い目が心の中で埃のように積もって、固まっている。

ずっと言う機会を逃してきた、私の秘密。

私の過去であって、過去でない記憶。

打ち明ければ、きっと冗談か、最悪頭がおかしいと思われるかも。

よしんば信じてもらえたとして、私のずるさや弱さをさらけ出すことは正直恐ろしい。

たとえ相手がベルンであったとしてもだ。

それでも、言わなくちゃって思う。

言って信じてもらえなくてもいいから、楽になりたいとも。

ん?

信じてもらえなくても、いい、のか?

私はただ楽になりたいと、思っている?

どっちなんだ。

言いたいのか、言いたくないのか。

信じてもらいたいのか、もらわなくてもいいのか。

わからない。

自分のことなのに、全然わからない。

というかベルンこそ、頭がいいんだから何か気づいているんじゃなかろうか。そう、きっと私の百倍は賢いのだから。

あー、もういっそのこと問い詰めてくれればいいのに!

ここにきてまさかの他力本願、思考放棄である。


頭がぐるぐるして、たまらずしゃがみ込んだ。

様子のおかしい私を心配して、ベルンもしゃがみ込む。なんかもう本当に具合が悪い気がしてきた。

うんうん唸っていると、視界の端で何かがきらめく。

その輝きに誘われて顔を上げると、沈む太陽の下部が分厚い雲を抜けて、水平線へ到達しようとしていた。赤い日が、海面に桟橋のように伸びて眩しい。


どうせ馬鹿なんだから、いっそのこと言っちゃえよって。

何かが私の背中を押した。



ご無沙汰してます。生きております。

一話にまとめるとかなり長くなりそうだったので、キリが悪いですが今回はここまでです。

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