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婚約者が悪役で困ってます  作者: 散茶
婚前旅行記
31/78

前日談2


ベルンに抱き着いたエルメンヒルデの翻ったスカートの裾だとか、乱れて広がる金の髪だとかを呆然と眺めて、次の瞬間私が思ったのはとてもシンプルなことだった。

エルメンヒルデ消すべし。


しかし、珍しく物騒な考えに取りつかれた私がエルメンヒルデを引きはがすなんてことにはならなかった。彼女の方からあっさりと腕をほどき、ベルンから離れたのだ。

「ご無礼をお許しくださいませ。再びベルンハルト様にお目にかかれて、わたくし嬉しくて、思わず」

思わずなら、人の婚約者に抱き着いてもいいのか?いや、よくない。

やはり、エルメンヒルデ消すべし。

とか思いつつも結局暴力に訴えるのも、嫌味を言うのも苦手な私は悔しさに歯噛みした。ハンカチを噛んでキーッ!とでも言いたい気持ちだ。

一方、抱き着かれたベルンは、久々に見る人形みたいな無感情な顔でエルメンヒルデの下げた頭を見つめた。

何の感情も見えないはずなのに、なんだか怒っているようにも見える。

「ハウスクネヒト様は人違いをしておられるようだ」

「は?」

他人行儀な呼びかけか、人違いという言葉にか、怪訝そうな表情でエルメンヒルデは頭を少し上げた。

「私はただの庭師見習いの貧乏貴族のせがれです。ベルンハルトなどという人間ではありません」

「に、庭師見習い…?」

んなアホなという顔をした彼女の気持ちもわからなくもない。だって元公爵が庭師見習いをしているなんて、にわかには信じがたい話だろう。


別に本当に庭師見習いになったわけではない。

リートベルフ領に来てから、ベルンはおそらく生まれて初めて、何もすることがない単調で暇な日々というものに直面した。というか、驚くべきことにベルンには趣味らしい趣味というものがなかった。

唯一の日課である体の鍛錬は早朝に済ませてしまうらしく、長い昼間は本当にすることがない。私なんかは暇をごろごろして過ごせる人間だが、彼はそういうのが苦手というより、どうすればいいのかすらわからないようだった。ボールをあげたのに遊び方がわからない犬みたいに、おろおろする姿はちょっと面白かった。

いままで暇なときはどうしていたのかと聞いたら、暇と感じたことがなかったと言う。ルーカスの手伝いをしたり、学園でうまく立ち回るための準備で何かしら忙しくしていたそうだ。

そのわりにはよく私のところに遊びに来ていた気がするが、あれは暇だからではなく、むしろ暇を作っては来ていたということなのだろう。ずっと暇なんだなぁっと思ってたことが申し訳なくなる。

いろんなことが人並み以上にできるくせに無趣味だというベルンの世界は、広いようで実はとても狭いのかもしれない。


というわけで暇を持て余していたベルンがようやく見つけた暇つぶしが、庭いじりであった。

ちょうど我が家の庭師のお爺ちゃんが腰を痛めてしまい、人手を欲していたのだ。

最初の一週間くらいはあれこれと叱られていたが、今はすっかり立派な庭師見習いである。誰かに叱られる彼の図は面白かったので、叱られることが減ってちょっとつまらないと思ったことは秘密だ。

これが王都の方の別邸だったら、ベルンにそんなことをさせられないと大騒ぎになっていたかもしれないが、ティアと執事以外の本邸の使用人はベルンと会ったことがないので、ほとんどの者が彼のことをお父様が婿養子にするために連れてきた優秀な貧乏貴族の息子だと信じている。だから庭いじりをしていても、さすが当主が選んだだけあって変わった貴族だくらいにしか感じないし、庭師のお爺ちゃんもやんわりとベルンを叱ったりできる。

私としてはベルンが新しい穏やかな趣味を見つけることに大賛成なので、時々手伝ったりしてるのだが、今はその話はどうでもよくって。


「どういうことですの?この方に庭師の真似事など…!」

すっかり頭に血が上った様子で詰め寄ってくる彼女をエルメンヒルデ様!と大きめの声で制する。

「ドレスが汚れてしまいますわ。ひとまず、中に入りましょう?」

使用人たちが何事かと集まってこないうちに、とりあえずどこか場所を移さなければならない。

うちの使用人たちはおおらかな侯爵夫妻のもと、のびのびと仕事をしているので持ち場にじっとしている人の方が少ない。持ち場の意味がないじゃないかって話だ。

エルメンヒルデは釈然としない面持ちであったが、確かにいつまでも中庭に突っ立ってはいられないと判断したのか、わかりましたと神妙に言って見せた。

ここで駄々を捏ねたらその綺麗な顔の両側に備えたドリルを引きずってでも中に入ろうと思っていた私は、やれやれとため息をついたのだった。


ひとまずベルンは庭仕事で汚れた服を着替えに行き、再び応接間で私たちは対面することとなった。

「あなたがベルンを探しにここへ事前連絡もなしに来たことはわかりました」

ティアと執事に両脇から監視されながらも、エルメンヒルデは悠然としていた。

途中こっそり執事に教えてもらったのだが、ハウスクネヒト伯爵家は隣国の公爵家と縁続きで、伯爵は元議長なのだそうだ。道理で態度が嫌に大きいわけである。それくらい知っとけよみたいな顔をされたので、あはははと笑って誤魔化しておいた。興味のないことを覚えてられるほど、私の脳みその容量は大きくないとだけ言わせてもらおう。


この国にはちゃんとした身分制度があるが、本当の序列というのは身分以外にも財力とか政治への影響力とかそういう様々な要素によるパワーバランスによって形成されている。我が家は身分的には上位だが、そう言った意味では中の中だ。

対してハウスクネヒト家は隣国の公爵の後ろ盾と、議長という実力を持っている。見たところエルメンヒルデは典型的な貴族って感じだし、実力的にリートベルフ家に勝っていると思っているのだろう。まぁ彼女の場合、自分自身に自信があるからというのもあるかもしれない。


「目的は何ですか?」

こういう尋問めいたことをするのは人生で二度目だが、やはり苦手だ。まず、自分に対して敵意を持っている人間と向かい合うこと自体が嫌だ。いや、もう、私ビビりだから、勘弁してほしいっていうか、目力をもうちょっと緩めてほしいっていうか、まつ毛長くて羨ましいな!

弱気なことを思いつつも、頭の一部は至って冷静に彼女について考えを巡らせていた。

もし彼女の目的がブルンスマイヤーのベルンハルトにあるのだとしたら、ことは一気にきな臭くなるからだ。


ベルンがわざわざ死んだふりをしたのは、ベルンハルト・ユース・ブルンスマイヤーが王族の血を引いた公爵だったからだ。

どう伝えればわかりやすいのか…。前提として、この世界にはDNA鑑定なんていう技術も、親子関係を証明できるような不思議な魔法なんてものはもちろん存在しない。この世界で親子関係を証明できる唯一のものは、戸籍しかないのだ。しかも写真もないので、当人たちが嘘をつけば第三者は本人確認のしようもない。だから一度消された戸籍を戻すことは、かなり難しいというか、ほとんど不可能と言ってもいい。

体に特徴的な痣があるとかいう金田一耕助的展開なんて、そうそうないしね。

つまり何が言いたいのかというと、ベルンにとって大切だったのは自分がベルンハルト・ユース・ブルンスマイヤーだと証明するもの、戸籍を消し去ることだった。

戸籍がなくなれば、ベルン本人が生きていても王族の血が流れていることを証明するのがはるかに難しくなる。そのかわり、公爵の身分も失わなければならなかったが本人は歯牙にもかけていない。

とは言っても、ベルンの顔を知る人間は多いし、一応死んだことになっているので、私たちは新しい戸籍が用意できるまで、我がリートベルフ領という名の田舎で世間のベルンに関する記憶が風化するのを待つことにしていたのだ。

しかし悲しいかな。神様はそう簡単に、平和に暮らさせてはくれないらしい。絶対長髪で長い髭を整えながら、この状況をほっほっほっとか笑っているに違いない。チクショウ。禿げてしまえ!

「そう怖い顔をしないでちょうだい。わたくしの用件はベルンハルト様がいらっしゃったら言います」

ムッとしてしまいそうなったが、一呼吸して抑える。まぁ、今私だけが聞いても後からベルンが来て二度手間になってしまうしね。

ぬるま湯のようなイライラが募って、なんだか調子が悪い。


「それよりも、わたくしあなたに聞きたいことがあるの」

「なんでしょうか?」

お互いいつの間にか、令嬢の会話にしてはビジネスライクな話し方になっていた。

「あなたはどうやって、ベルンハルト様の婚約者になったのかしら?」

「どうやってって…」

お茶会で出会って、ぶっ倒れそうになったところを助けてもらったら、婚約を申し込まれましたとしか言いようがない。

そういえばカテリーナと初めて会った時も、似たようなことを聞かれたっけ。たとえ同じ答えを返しても目の前のエルメンヒルデは、あの時のカテリーナほど簡単に納得してくれそうにはないけれど。

「だって、おかしいじゃない。ブルンスマイヤー家の跡取りだったベルンハルト様が、なんの力もないリートベルフ家のあなたを指名して婚約を続けて、地位を捨てた今も一緒にいるなんて。…それに浅はかなわたくしには、なぜベルンハルト様が世間から身をお隠しになられた理由すらわからなかった。だけどきっと原因はあなたにあるのだと思ったの。だから、わたくしはここへ来た。…もしもあなたが卑怯な手であの方を縛り付けているのなら、わたくし容赦しなくってよ」

「なんじゃそりゃ」

久々の超展開に疲れ果てて、思わず素で返事をしてしまった。

エルメンヒルデよ、なぜそうなる。

たしかに、結婚は家のためにする貴族が大半だ。けれど、それが全てではない。私の両親だって、恋愛結婚だし。

そういえば、クラリッサがアロイスと婚約していたのは、家の借金があったからだったっけ。そう考えると、私が思うよりも政略結婚は普通のことなのかもしれない。

うーん、だからといって脅迫は少し突飛すぎやしないか?

さてはお前、思い込みが激しいタイプだな。やっぱり苦手だ。


「えっと、私たちはその、お互いのことを大切に思ってこうすることを選びました。私には、どうしてあなたがそんな風に考えるのか理解できません」

自分で私たちは思い合ってるのよっていうのはいたたまれなかったので、曖昧な言葉でぼかして伝えたが、それは逆に彼女を逆なでしてしまったようだった。

「あなた、あの方の立場をちゃんと考えたことがあって?ブルンスマイヤー公爵家は当時、王妃派でも一二を争う名門貴族。誰もが最初、ブルンスマイヤー家は他家を刺激しないように、お飾りの婚約者を立てたのだと考えていたわ」

マジか。私ってお飾りの婚約者だと思われていたの?

今更になって知った事実にショックを受ける。

でも言われてみれば、そういう風に見えていたとしても仕方のないことだと思えた。彼女の言う通り、騒動が起こる前までのブルンスマイヤーは五大貴族の一つで、王妃派でも一二の権力を誇っていた。まぁ、今もカテリーナが継いでセリム王太子の後ろ盾になっているから、相変わらず五大貴族の一角を担ってはいるが。

そんな貴族の跡取りが、政略的な臭いのしない婚約をするはずがない。と普通は、ある程度の野心を持つ貴族ならそう考えるというのは至極真っ当な意見に思えた。

ベルンは自分の身分とかにこだわらない人で、いつもぼーっとしていたから、私はそういう目で彼や自分自身の周りを見たことはなかったから余計になるほどなぁなんて呑気に納得してしまうくらいだ。

道理で学園で全然知らない人に、陰口を叩かれたりしていたわけだ。なんとなくブルンスマイヤー兄妹とみんな仲良くしたいんだろうなぁとか、思ってた。

「だから時期が来れば、きっとわたくしにも本当の婚約者になれる機会が来ると思って、それだけを頼りに卒業したのに、あなたが入学してベルンハルト様にあなたが溺愛されているという噂を聞いたわ。まさかそんなはずないと手紙も送ったわ。返事は一度ももらえなかったけれど…」

「はぁ…」

「そしてベルンハルト様がご卒業なさったら、直接尋ねようと思った矢先に彼が亡くなったと聞かされたのよ…。信じられなかった。いいえ、信じたくなかった」

「へぇ」

返事くらい返してあげればよかったのに。あ、でも、手紙のやり取りをしたという事実が残ると困るから返さなかったのかな。

「あなた真面目に聞いてるの!?」

「そんなこと言われても、私はベルンのことを脅迫したりしてませんし、感じの悪い人の話を真面目に聞くほど立派な人間でもないので」

「…そうね、あなたに対する態度は謝ります。ただの八つ当たりだったわ。ごめんなさい」

案外素直に謝られると戸惑ってしまい、あーだのうーだのよくわからない返事をしてしまった。

というかこの人、八つ当たりの自覚があるのか。それなら、自覚した段階でやめてほしかったのだが、そう人間簡単なものでもないということだろう。

「でも、わたくし納得できませんわ!わたくしはベルンハルト様のことを本当にお慕いして、裏生徒会のメンバーとして恥ずかしくないように、少しでもお役に立てるように…。たとえわたくしが選ばれなくとも一度でも機会が訪れるならと、頑張ってきたのに…!わたくしより先に出会ったからって、理由も言えないあなたが選ばれて、わたくしには振り向いてもらうどころかその機会すらなかった!」


これこそ本当の八つ当たりではないだろうか。

婚約者に選ばれた理由はあまり嬉しくないけれど、私だってベルンの為にいろいろと努力したわ!と反論しようとして、ああでも、この人は本当にベルンのことを一人の女の子として好きなんだなぁと気づいてしまった。

公爵位や王族の地位狙いだったなら、ふざけるなって怒鳴りつけられたのに。

ようやくエルメンヒルデのことがわかってきて、私は複雑な気持ちになった。なんとなく、彼女はカテリーナに似ていると思ったのだ。それもゲームに出てくる悪役令嬢としてのカテリーナに。

ふっと苦笑しかけたその瞬間、涙をこらえながら彼女の放った短い思わぬ言葉が、鋭い弓のように私に突きささった。


「ずるいわ!」


彼女の言葉は本当にただの八つ当たりで、子供が癇癪を起してむちゃくちゃに振り回した腕みたいなものだった。

けれど、それは思いもよらない作用を私の心にもたらした。

単調な日々を過ごす中、ふと過る考えがあった。いつしかそれは立派な悩みの種になってしまって、時折頭にこびりついて離れなくなってしまう。

そして、ずるいという言葉は、ずっと自分に向けないように私が無意識に遠ざけてきた言葉だった。

苦しくてぐっと胸が詰まったが、それをエルメンヒルデに悟らせたくなくて、私は何とか言葉を絞り出す。


「…あなたの言いたいことはわかりました。けれど、事前の挨拶もなしに人の家を訪ねていいとでも思っているんですか?」

言ってやったぞ!と、すっきりした心地にはなれなかった。

ずるいわ!という彼女の非難がさっきから頭の中をぐるぐると回っている。

それは…と言葉を詰まらせた彼女を見つめて、余計なことを頭から追い出そうと私はぐっと奥歯をかみしめた。

ライラやアロイスの時のように怒ることができれば、どれほど楽だったろう。それができないのは、エルメンヒルデが本当にベルンのことが好きなんだとわかってしまったからか。それとも、彼女とカテリーナに似たものを感じてしまったからか。もしくは、私に負い目があるからか…。


「お待たせして申し訳ありません」

膠着した空気を破るように、ちょうどよくベルンが入ってきた。

ベルンは元公爵だが今は何の身分どころか、戸籍すら持たないので、エルメンヒルデに対しては丁寧な姿勢で行くつもりらしい。ベルンに敬われても、逆に怖い気がするのだが。

彼はさっと私たちの様子を見て、応酬に一旦区切りがつたらしいことを察したようだった。

「ベルンハルト様、先ほどの無礼お許しください…!」

立ち上がり謝罪する彼女を片手で制し、ベルンは私の隣に流れるような動きで腰かけた。

その顔は中庭同様、何の感情も見えず、私はどうにも居心地の悪さを感じた。エルメンヒルデはこんなベルンの顔を見て、怖くなったりしないのだろうか。

再会の仕切り直しに目を輝かせている彼女の顔を観察しても、そういった類の感情は見いだせそうになかった。

「なぜここに?あなたは今、それどころではないはずだ」

それどころではないって、どういうことだろう。

不思議に思いベルンへ説明を求めようとしたが、その必要はなかった。


「ええ。…実はわたくし、亡命の途中なのです」

ほぉ亡命。え、亡命?亡命って、あれだよね、自国を捨てて別の国に逃げる的な、偉い人とかがする、あの亡命、だよね。亡命がゲシュタルト崩壊寸前だ。

きっと、エルメンヒルデは私を驚かす天才に違いない。今日一日だけで、そうとう驚かせてもらった。正直、もうお腹いっぱいだよ。勘弁してほしい。

驚愕と悩みと情報過多でぐるぐるする頭が痛くて、私はそっとこめかみを押さえたのだった。





エルメンヒルデの言うことには、ハウスクネヒト伯爵家には宗家とたくさんの分家に分かれていた。その中でもエルメンヒルデは宗家の、特に隣国の公爵家の血を引く直系の娘だったのだそう。

しかし、婚約者騒動の余波で王妃派に与していた宗家の当主は失脚してしまった。

話を聞きながらベルンが小さく地の底から響いてきたみたいな声で、ヴェーナーめとか言っていたから、たぶん第二王子派、今の王太子派と王妃派の抗争と関係があるのだろう。

私たちが田舎に引っ込んでいる間にも、王都では貴族の覇権争いが続いていた。もう関係ないと思って、自分から耳を傾けることはなかったが、ベルンがいる限りやはり巻き込まれる運命にあるのかもしれない。ちょっと気を抜きすぎだったと反省する。


分家の台頭で直系のエルメンヒルデは、彼女いわく度し難いクズ野郎な分家の当主に婚姻を迫られた。他にも新しい当主の座を狙う分家はいて、それぞれがエルメンヒルデの兄妹を旗印に牽制しあっているそうだ。戦国時代かよ。

直系のエルメンヒルデが逃れられるはずもない。しかも婚姻を拒めば、命が危ないことは火を見ることより明らかであった。

「あの男と結婚して操り人形になるくらいなら、死んだ方がましだと思いました。けれど、どのみち死ぬなら最後にベルンハルト様が本当に死んでしまったのか、もし生きていらっしゃるなら一目でもお目にかかれたら…。そう思っていた頃、公爵家のお婆様からこちらへ逃げてきなさいという密書をいただいたのです」

そして着の身着のまま、隠し財産を頼りに王都からここ、リートベルフ領まで逃げてきた彼女は無事生きたベルンハルトと再会できたというわけである。

これ、私がいなかったらエルメンヒルデが主人公の恋愛小説じゃん…。


「それで…ベルンハルト様はご自分の意志で、ここに…」

「何が言いたいのですか」

歯切れ悪く尋ねるエルメンヒルデにベルンはすげない。

「リジーアさんとの婚約は」

「何度も言っていますが、僕はリジィが好きだから婚約者に選んだし、死んだことにしたのも自分の意志です。詳しいことを知ればあなたを亡命させるわけにはいかなくなるので、教えることはできません。これ以上の詮索はあなたの為にならない」

「…わ、わたくしは」

「何があろうと、僕はあなたの気持ちには応えるつもりはありません。それに、あなたは僕に恩義を感じているようだが、あなたを裏生徒会に誘ったのは、ある程度地位のある王妃派の貴族の子供を入れなければ怪しまれると思ったからです。あなたは僕のことよりも、ご自分のことを心配すべきだ」

「ベルン…」

いくら相手がエルメンヒルデとはいえ、ちょっと冷たすぎやしないか。

確かに相手はむかつくエルメンヒルデだけれど、追われながら一生懸命自分に会いに来た相手に対してそんな言い方したらベルンが嫌な奴になってしまう。

それとも、私が甘いのかな…。

エルメンヒルデは私に八つ当たりしていた時の勢いは何だったのかというくらいしょげかえってしまっていた。

「今すぐ出れば、近くの宿場町に日が暮れきる前に着くはずです。そこで護衛を雇うといい」

「…はい。目的は果たしましたから、これでお暇いたしますわ。…ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした」

「えっ」

ドリルを揺らして頭を下げたエルメンヒルデは、言われるまま立ち去るつもりらしい。

帰ってくれる分にはありがたいけれど、これではあまりに後味が悪すぎじゃない?ここまで強引に押しかけて来たガッツはどこに行ったの!?

それに、エルメンヒルデは一人でちゃんと亡命できる見通しを持っているのだろうか。不本意ながら心配だ。

「あ、あの!」

気付けば立ち去ろうとする彼女の背に、私は声をかけていた。


いつも感想を下さりありがとうございます。とても申し訳ないのですが、活動報告の方でもお知らせしたように、しばらく感想への返信を控えようと思います。理由としては、今後の展開に触れずに(特にエルメンヒルデさんについて)お返事をするのが難しいと感じたためです。活動報告のほうのコメントにはこれまで通り、お返事させていただきますのでよろしくお願いします。

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