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後日談


「ベルンハルト・ユース・ブルンスマイアーは死ななければならなかった」

夫はカップのふちを指でなぞりながら、平淡な声で言う。

「脅迫や事実詐称、国王への虚偽の報告、それに殺人。とんだ悪人だ」

春先の中庭はまだ少し風が冷たいが、日にあたっているとちょうどいい。

小さなテーブルの上には、柑橘系の香りのする紅茶が湯気をたて、中庭の花々を間を蝶たちがちらちらと飛んでいる。なんとも、平和で穏やかな光景であった。

「もう。どうしてそうベルンハルトのことを悪く言うわけ?」

「事実だよ」

「じゃあ、ベルフリート・リートベルフさんはそういうことしない?」

だめだ。この名前ほんとにふざけてて言うたびに笑いそうになる。

「…いいや。リジィを守るためならもっと悪いことでもするよ」

そこはしないって言ってほしかったんだけど、と思いつつ彼が自分のことを相変わらず大切にしてくれていることに喜びも感じてしまう。

そんな私の複雑な心境を察して、彼は困ったように笑ってお決まりの質問をした。

「僕のこと嫌になった?」

出会ってからずっと、何回も繰り返しされてきた問いかけだ。

いい加減私のことを信じてほしいとも思うけれど、私の答え一つで彼が安心するなら仕方ないかと私は苦笑した。

どのみち私は彼に甘いのである。

「嫌になんてなりません。でも、ベルンがもう悪いことをしなければいいなぁとは思う」

「そう。善処するよ」

する気ないなぁ。

まぁ、それもまた仕方ないのだろう。いくら私がダメだと言っても、彼は自分の道を突き進んでしまう。

それどころか、私に見えないところで事を進めてしまうのだ。

今回のことのように。

もはやテンプレとなりつつある私の答えに、私の夫こと、リートベルフ侯爵、そして死んだはずのベルンハルトはうっすらと満足げに微笑んだ。

綺麗すぎるほどに整った顔には似合わない、無邪気な笑みだった。


決着をつけたあの日、襲い掛かってきたアロイスの短剣をベルンはあっさり奪い、逆に腕に突き立てて動けなくしてしまった。痛みと恨みを喚くアロイスは今度こそ本当に駆けつけた警邏に連れていかれた。

ではどうして、ベルンは死んだことになったかというと、少しややこしくなるがベルンのお母さんにまで話は戻る。


ベルンのお母さんは、名前をエミーリア・イザベラ・レトガーというそうだ。

そう、あのルーカスの義姉だったのだ。しかも、ルーカスの例の初恋の女性こそが、エミーリアだったのである。

ゲームでは彼女としか表記されてなかったし、エミーリアの記録は厳重に隠されているそうで、ヴィオラは気づくことができなかったのだろう。

しかもレトガー公爵はめちゃくちゃ子だくさんだし。


というか、このレトガー公爵がなかなかの食わせ物であった。

歴史編纂部というほとんどお飾りの役職についている、呑気な老公爵と一般に思われているレトガー公爵は、諜報部のトップなのだそうだ。諜報部なんて都市伝説みたいなものと言われてきたが、案外都市伝説というのは真実であるらしい。

ちなみに、エドウィン王子の監視役だったタイタスもこの諜報部の職員らしく、実際は三つも年上なのだとか。

というわけで、なかなかやり手だったレトガー公爵とベルンは実際の血のつながりはなくとも、祖父と孫という関係にあったわけである。

私も一度挨拶に行ったけれど、なんというかポンポコ狸って感じだった。

レトガー公爵は意外と情のある人らしく、幼いベルンの身を案じてエミーリア命だったルーカスを数年間、家庭教師としてブルンスマイヤー家に送り込んでいた。つまり、ベルンが生き延びてこれたのはルーカスのおかげということで、ルーカスはベルンの叔父兼、師匠ということで、私にとっても恩人ということで…。失礼な気もするが、ちょっと複雑だ。

ベルンがアロイスにとどめとして言った、格が違うというのはまさにその通りだったというわけである。

王族の血も引いていて、義理の祖父は諜報部のトップとかなんだ!悪役っていうか、ラスボスじゃねーか!


そんなこんなで、いつか魔王になるんじゃないかってくらい設定もりもりなベルンは、一時期は王になろうかとも考えたのだそうだ。

ちなみに理由は、

「なんとなく」

だそうだ。

たぶん、嘘だろうけど。

まぁ、もちろんベルンの目指せ王座計画は実行されなかったわけだが、代わりに彼は死んだふり計画を思いついた。

ちなみにきっかけは、

「リジィの貴族をやめられればいいのにって言葉をきいて、思いついたんだ。死んだことにして、適当な貴族の養子になってリートベルフ家に婿入りすればいいって」

残念ながらそんなことを言った記憶はちっとも無い。無いが、自分だったら言ってそうとは思った。本当に残念なことに。

という頭の痛くなる理由で、死んだふり計画を思いついたベルンは時にはレトガー公爵の援助をうけながら、着々と計画を進めていった。どうりで、裏生徒会とか恐ろしいクラブができるわけである。

最初はカテリーナをエドウィン王子と婚約破棄させて、自分は事故死するつもりだったらしい。ブルンスマイヤー公爵家がなくなると、いろいろと大変だからである。

ということは、ヴィオラとアロイスは余計なことをしさえしなければ、目的を達成できたというわけで…。なんとも、皮肉な話だ。

まぁ、その余計な企みが介入してきたと知ったレトガー公爵は、いっそのこと騒動を大きくして王妃派の力を削ぐことを思いついたらしい。

それが、アロイスによってベルンが殺されたという偽の情報を流すことであった。

あの決着の日、タイタスとベルンはあらかじめ打ち合わせしていた。

ベルンはアロイスを叩きのめし、挑発する。そのあと、タイタスがアロイスに「実はまだ、国王には報告していない。今、ベルンハルトを殺せば自分がもみ消してやろう」と、悪魔のささやきとともに短剣を渡してベルンを襲わせる。

もちろんベルンはアロイスが襲ってくることを知っているので、返り討ちにして終わりという手筈だった。

知らないのは、私だけであった。

ちなみにベルンの言い訳は、

「誰か一人くらいは本気で慌てないと、罠ってバレるかもしれなかったから」

だそうだ。

いや、だからなんで私!?


結果として、アロイスは殺人罪を追加され、エドウィン王子は失脚。黒幕の疑いをかけられた王妃と王妃派も衰退。ブルンスマイヤー家はベルンが公爵を継ぐときにした二つの約束のうちの一つ、カテリーナに位を譲るという形で綺麗に収まったというわけである。

王妃の黒幕説は、たぶん諜報部が仕込んだ偽証拠によるものだったのだろうけれど。

全体の事件の概要としては、ベルンの死は事件の副産物のようなものだが、実際は逆で婚約者騒動を逆手にとったベルンとレトガー公爵の壮大な死んだふり計画だったのである。

なんてこった。


まぁいろいろあったけど、ベルンは死んだことになって半年間くらい私たちは、王都を離れて旅行していた。帰ってきてからは、ミュラー家との養子縁組や結婚の準備にてんやわんやして、ついこの間ようやくめでたく結婚式をあげたわけである。

養子といえば、新しい戸籍を手に入れるにあたって、名前をベルフリートにしたせいで、偽名みたいな変な名前になってしまった。

リートベルフを入れ換えたらベルフリートになるというのは、本人も正式に決まってから気づいたらしく、後の祭りだ。だから、名前は適当に決めちゃだめだって言ったのに…。

変なところで抜けているというか、人のこと言えないと思う。

もちろん、いいことばかりではなかった。

世間体もあって私は学園を中退しなければならなかった。このことに関して、ベルンもひどく悪いと感じているらしい。

私もそりゃあ、ちゃんと卒業したかったが、卒業とベルンとの結婚は天秤にかけるまでもないことだ。

お父様とお母様は私が幸せならいいって言ってくれてるし、侯爵家もちゃんと継ぐことができた。親孝行するという大昔にたてた目標はある程度達成できたんじゃないかな。


ちなみに女公爵として奮闘中のカテリーナは、監査局に就職したイオニアスに支えられながら、

「はやく偉くなってもらわないと困るわ。ただでさえ行き遅れだなんて言われてるのよ?健気に待つって、つらいのね」

と会うたびに愚痴をこぼしている。

イオニアスはイオニアスで頑張ってるみたいだし、この二人に関しては心配ない気がする。


ライラはアロイスたちに洗脳されていたので、恩赦をあたえられたが本人たっての希望で修道院に入ったそうだ。一度会いに行ったら元気そうだったし、入ったら一生出られないわけではない。彼女自身の気が済んだら、また会えるのだろう。


暴行罪など様々な余罪のあったヨハンは、父親であるドレクスラー伯爵が騎士団長を辞することで執行猶予のようなものがつけられることとなった。今は伯爵に根性を叩き直されていることだろう。


ダリウスはまだ学園に在籍しているが、婚約者騒動で知り合いになったレトガー公爵に弟子入りして、しごかれているらしい。

夢は最年少で宰相になることだそうだ。うん、まぁ、頑張れ。


そして、私が最も苦手な例の人はといえば…。

「いやぁ、仲良きことはいいことだ!これなら、すぐにエミーリアに会えそうだね」

勝手に人の家の中庭に入ってくるのは、まぁいい。冷やかしてくるのも、まぁいい。ただ、絶対に聞き捨てならないことが一つ。

「レトガー先生、生れてもない子供に勝手に名前つけるのやめてください!」

しかも、エミーリアって!

私たちに女の子が生まれたらエミーリアと名付けるのだと言ってきかないルーカスは、わかったのかわかってないのかニコニコしている。これ、絶対わかってないな。

というか私たちが暮らす侯爵領と王都って、そうほいほいこれる距離じゃないはずなんだけどなぁ。

「やだなぁ、リジーア。先生だなんて、僕のことは叔父様と呼んでおくれっていつも言ってるだろう」

本当に、切実に、話を聞いてほしい。

「あ、でも、そのうち君のことをお義母さんって呼ぶことに…」

「こ、こらー!!何言ってんだあんたはー!」

恐ろしい。恐ろしすぎる。

思わずベルンに縋りつく。

「叔父上、冗談はほどほどにしてください」

「ごめんごめん」

冷え冷えとしたベルンの声にもひるむことなく、ルーカスはケラケラと笑う。

「どちらにせよ、僕にとって大切な子が増えることに違いはないさ。もちろん、リジーアやベルンハルト、お前だってそうだよ」

ふっと影の差した真面目な顔でルーカスはそう言い、お茶をしこたま飲んで、本来の目的だったレトガー公爵からの手紙を渡して帰って行った。

相変わらず変な人で、苦手ではあるけど、前みたいに得たいがしれないとか気味が悪いとは感じない。いちおう家族なわけだし。

ただ、子供にエミーリアと名付けようとするのだけは本当にやめてほしい。洒落にならない。


「心配だなぁ…」

ルーカスが台風のように去って行って、日がだいぶん傾いてきたころベルンがぽつりと嘆いた。

「なにが」

「僕たちの子供がリジィに似て優しい子だったら、悪いやつに引っかからないように気をつけておかないと。悪い奴というか、叔父上に」

「なによそれ。私が悪いやつにほいほいついていくアホみたいに」

「実際そうだろ?目の前に君を捕まえた悪いやつその一がいる」

なんじゃそりゃと思いながら、その一ってことはその二がいるのかと尋ねると、ベルンはとんでもなく苦いものを食べたみたいに顔をしかめた。

「………ヴェーナー」

相変わらず仲が悪いようである。

かわいそうにダリウス。いいやつだと思うんだけどなぁ。


「手紙、なんて?」

まさかもう次の企みへのお誘いとか?いかんぞ、悪いこと良くない。

「『ライジーアとレオンハルト』の初演に一緒に行かないかって」

「……」

「…たぶん、断れないよ」

「わかってるよ」

お爺ちゃん、ようやく孫と遊べてうれしいってやつなのか。肩でも揉んでやろうか?ん?

ああ、でも正直なところめちゃくちゃ行きたくない。

仮病とか使っちゃダメかな?ダメか。


『ライジーアとレオンハルト』というのは、今度初演を控えている歌劇の題名である。

なんとなく察しはつくと思うが、内容は私とベルンをモデルにした恋愛物だ。

なんでも学園の演劇部にそれなりに凄い脚本家のご令嬢がいて、彼女の尾ひれ胸ひれが付いた話に触発されて執筆したのだそう。

ありがたいような、はた迷惑なような微妙な話である。

前半は婚約者騒動、後半は騒動のせいで殺されてしまったレオンハルトを探しにライジーアが冥府に行くという内容らしい。最終的にはハッピーエンドだから安心なさい!とドヤ顔で言ったカテリーナは、いわゆる監修というやつをしたらしい。一体どこにそんな暇が…。

というか!

「酷い題名だと思わない?『ライジーアとレオンハルト』って、名前からして私たちのことだってバレバレじゃない!しかも、リートベルフ侯爵は蘇ったベルンハルト自身で、顔を隠すのは顔が腐っているからだって噂する人もいるし」

実際はベルン本人とバレるとまずいので、社交界に全く顔を出さないし、どうしても出なきゃいけないときは仮面をしているだけなのだが。

というか、勘のいい人は普通に気付いているんだろうとは思う。

だから、こういう変な噂が広まったのだろう。

「じゃあ、リジィは何て題名にする?」

「え、急に言われても…」

名前のセンスに関して自信はない。

相手がダリウスだったら、変な名前は馬鹿にされるから絶対に言えないけど、ベルンだしなぁ。

とりあえず、何か一つくらいは思いつかないものかと意味もなく視線をさまよわせた。

そのとき急に強い風が吹いて、花の青臭いような甘いにおいがさぁっと通り過ぎていった。

髪が乱れて、思わず瞬きをする。

次に目を開くと、ベルンの銀細工みたいに綺麗な瞳とかち合った。

涼し気で見る人によっては冷たい印象を与える目元は、よく見るとたれ目で、私を見るとき彼の目はますます優し気に垂れる。誰にも言ったことはないけれど、私はその垂れた目が大好きだ。

意外と節くれだったベルンの細い指が、丁寧に私の髪の毛を整えてくれる。

もう片方の手は私の手を握っていて、その手に引かれれるままお互いの距離が近づく。

自然と目を閉じると、唇に柔らかくて温かいものが触れ、ゆっくりと離れていった。

初めてしたときは顔が燃えてるんじゃないかってくらい恥ずかしかったけど、人間の順応力はすごいというなんというか。今は、とても心地いいものだと感じられるようになっていた。


ふと、初めて出会った時のことを思い出した。

あの時はこんな風になれるなんて思うどころか、ベルンが悪役だと思い出して青ざめたものだった。

感謝祭で襲われたり、学園で襲われたり…。襲われてばっかじゃないか。

とにかく、それなりに大変な目にもあった気がするけれど、後悔なんて少しもしていない。

なんというか凄く抽象的な話だけれど、ベルンは錨のない船みたいな人だと思う。

彼はきっと誰か繋ぎ止める人がいないと、どんどん遠くのよくわからないところへ行ってしまうのだ。だから私は、彼にとって錨のような存在になれたらいいなと思っている。

まぁね。ベルンを脱悪役させることはできそうにもないし、いまさらして欲しいとも思わないしね。私にできるのはせいぜい振り回されることくらいだ。


ん?悪役?


「あ、思いついた!」

一瞬なんのことかわからず、きょとんとしたベルンだったが、すぐに歌劇の題名の話をしていたことを思い出したようだった。

もうこれ以上ないってくらい、ばっちりなのを思いついた。

いたずらを仕掛ける前のわくわくした気持ちが溢れて、ついつい笑顔になってしまう。

きっと聞いたら、ベルンはいつものように困ったような嬉しいような顔で笑ってくれるのだろう。


「婚約者が悪役で困ってました」


なかなか良い題名だと思わない?


これにて、完結です!

お付き合いいただきありがとうございました!

今後の予定としては、ベルン視点とかのおまけをぼちぼち書けたらいいなと考えています。

活動報告のほうにあとがきをあげていますので、お暇でしたらどうぞ。

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