にじゅう
前回に引き続き暴力、流血表現があります。次の幕間も含めまぁまぁあるので、閲覧は自己責任でお願いします。
わ、わたしはいったいなにをいっているんだろう…。
尋問も共同作業ってなんなんだ。そんな殺伐とした共同作業あってたまるか。いや、まぁこのままだといまから行われてしまうのだが。
もっといいようがあった気がする。
私が被害者なのだから、自分できっちりケリをつけたいとか、自分で仕返しをしてやりたいとか、いろいろ。
走ってきたせいか、変なことを口走ったせいかはわからないが、大量にかいた汗が冷えて凄く寒い。
理由はよくわからないが感極まっているらしいベルンをこれ幸いと放置して、私は男に近づいた。
イオニアスの努力のおかげか机の上の血は拭き取られていたが、それでも酷いありさまだった。
襲われた時は暗闇で嫌にギョロギョロと光っていた目も、明るいところで見てみるとただ痩せぎすで顔のバランスに対して目が大きいなといったくらいか。どちらかと言えば、頼りない印象を受ける。
身なりは整えられていて、小奇麗な服装や日焼けのない顔をみるに、貴族である可能性が高い。
男が縛り付けられている椅子は会室に備え付けられているものだったが、机の方は部屋の隅にいくつか積み上げられ放置されている物とは違うようだった。
あまり大きくはないがとても頑丈そうな作りで、色の濃い木目の天板にはところどころ黒い染みのようなものがある。しかもハンコで押したような同じ形の丸い凹みが数個、固まってあった。なんの跡なのだろう。
私はそれとなく遠ざけようとしてくるイオニアスを押しのけ、男と机を挟んで対峙した。
なめられないように胸を大きく張って、ベルンの冷たい無表情を真似して見下ろしてみる。上手くできていても私じゃたいして怖くはないだろうが。
ベルンは感極まっているだけではなく、いちおう私が何をするつもりか静かに見守ってくれるらしい。背中に視線を感じながら、私はざわつく心を落ち着かせるべく大きく息を吐いた。
対面してまず感じたのは、やはり怒りだった。しかし、男の散々な顔面を見ていると自然とそれもおさまってくる。
恐怖は感じなかった。明るいところで見る男はみすぼらしく、何よりベルンもイオニアスもいてくれている。
私はただ落ち着いて、きわめて冷静に、この男と話を付け、これ以上の流血なくここを立ち去ればいいのだ。
大丈夫、できる。
裏生徒会を仕切っている時の悪役モードなベルンの話し方や威圧感を思い出し、真似するように私は口をゆっくりと開いた。
「さっきはどうも」
いい感じに低い声が出せた気がする。いいぞ、その調子だ、私。
男は私の顔が見れないらしく、視線をあちこちに漂わせ口元をこわばらせている。
「私の婚約者が酷いことをしたみたいでごめんなさい」
これは本心である。
悪そうに言えない状況だから、嫌味みたいになってるけど!
さて、と腕を組み、男がひたすら受け身であることを確認してから私は本題に入ることにした。
「あなたはどういう手段を用いてか女子寮に侵入して、私を襲ったわけだけれど、それはあなたの意思?それとも、誰かに指示されたもの?例えば、アロイスやライラ…」
「彼女は関係ない。全部俺が決めたことだ」
ライラの名前が出てすぐ間髪入れずに男は叫んだ。
いままでのおどおどした態度から、威嚇するように歯をむいてくる。
「お前が、お前が彼女を悲しませるから、俺は騎士なんだよぉ!お前という悪を排除するんだ。彼女を悲しませるものはすべて俺が消し去ってやるんだぁ!」
こ、こわ…。
唾を飛ばしながら喚き始めるものだから、思わず上体が後ろに反らしてしまいたくなる。
なんなんだこいつは…。なんとなくストーカーとかそういう手合いのような気がしてくる。
いや、もしかしたら本当にライラのストーカーなのか?
そういえば歳も近そうだし、まさか王立学園の生徒?
とすると、今回のことはアロイスがライラのストーカーであるこの男を上手く煽って起こした、とか。
とにもかくにも、実行犯であるこの男とアロイスのつながりを聞き出すべきだろう。
と行きたいところなのだが、男は自分の正しさを言い聞かせるように興奮状態のまま喚き続けていて、素直に話を聞いてくれそうにもない。
どうしよう。目の前で思いっきり手を叩いてみるとか?
猫だまし作戦に私が移ろうとした矢先、ベルンが音もなく横に現れ腰に手を添えてきたかと思うと、私の体を少し机から離れさせた。
まさかもう選手交代かと焦る私をしり目に、彼は元気に喚き続ける男を見下ろし、自らの長い脚で机を思いっきり蹴り上げた。
跳ね上がった机がガタンッ!と重そうな音をたてて床に着地し、足裏を通して鈍い衝撃が伝わってくる。
ベルンが机を蹴り上げたことで部屋の主導権は一瞬にして彼に取り戻されていた。
こ、こわ…。
びっくりしすぎて無反応な私に、ベルンはさぁどうぞと微笑みかけてくる。けれど彼のまなざしは注意深く、私に嫌悪や恐怖の影がないかうかがっているようだった。
私といえば、もう一度にいろんなことが起こりすぎて感覚が麻痺していて、蹴ったのは机だからまぁいいかくらいには考えられるようになっていた。ん?よくないのか?
ベルンは私が純粋に驚いているだけと判断したようで、嬉しそうに目元をやわらげ、照れたように言った。
「共同作業、なんだよね?」
ははは…。ま、まかせたまえ……。
なんだか暴力行為を私の前ですることに関して吹っ切れてしまった様子のベルンに内心びびりもしたが、助かったのもまた事実だ。
男はすっかり委縮してしまって、よく動く口もいまはしっかりと閉じられている。
少しだけ、初めてベルンの唯一見せたがらなかった彼の世界の一部に入れてもらえたと感じられ、私はなぜだか奮い立ったのだった。
「…いまから二つの提案をあなたにします」
頼むから大人しく提案に従ってくれなんて弱気なことを考えながら、私はこう続けた。
「あなたが私たちに情報を提供して、二度と目の前に現れないというなら、私はあなたを訴えません。
けれど、罪は罪です。あなたには貴族位を返上して市井におり、平民として生きていってもらいます。それが嫌ならば、あなたは私に訴えられ、貴族社会から締め出され、もしかしたら勘当される可能性もあるでしょう。潔く第二の人生を送るか、屈辱にまみれて生きるか選びなさい」
私も聖女じゃないので、情報をくれたら全部許してやろうなんてことを言うつもりはない。あと私が許したからって、裏生徒会が何もしないとは限らないので、平民として生きていくことはこの男のためでもある。
男は引きつった笑いを浮かべている。その姿は精一杯の虚勢を張ろうとしているように見えた。
「馬鹿が、俺はっ、も、もともと平民だ」
どもりながら言われてもなぁ。
結構嘘をつくのが下手な人種のようだ。ベルンが怖くて思うように偽れないというのもあるのかもしれないが。
「どうせこのあと警邏に引き渡すのだから、素性はすぐにわかるのよ」
お願いだから、素直に協力すると言って。
「な、なめるなよ!誰が、誰が、お前なんかの言うことを聞くかぁ!…へへへ、どうせ、俺を殺せやしねーんだ。痛めつけるなら、や、やりたいだけやれよ…!あとで痛い目に合うのはお前らのほうなんだからな」
お、お前ー!!!馬鹿やろー!
殺せやしないって、お前が殺されるかもしれないからこっちはこんなに必死に闇の会室に突撃して、慣れない交渉なんかやってるんだぞ!
いいから素直にうんっていいなさい!なんだ?それだけじゃあ、俺はなびかないってか?飴ちゃんでもあげればいいのか!?ああん!!?
はっ!いけない。私の内なるやくざが目覚めてしまうところだった。
男は横にベルンがいるものの相手が私だからと、少しなめてかかっているらしい。怯えながらも小馬鹿にしたような顔に若干腹が立たないこともなかった。
ふっ。ラブ・パワーで乗り切って見せるってか。言っとくけど、絶対方向性間違えてるから。
だいたいなんで私が性悪だったり、ライラを悲しませたりするのだ。
しかし、痛い目にあうのは私たちとはどういった意味なのだろう。アロイスがこの男の背後にいるのは確実として、どうしてそこまで自信が持てるのか。
私は少し強硬手段にでることにした。
「ベルン、ナイフ貸して」
ぎょっとしたように男が私を見る。ついでに男の後ろに控えていたイオニアスも驚いた顔をしている。
軸がぶれぶれじゃないかって言いたいんだろうなぁ。大丈夫。ナイフは添えるだけだから。なにもしないから。いや、本当に。
どうしてベルンがナイフを持っている前提かというと、彼なら絶対に持っているという勘だ。
とはいえナイフを貸してもらって、そのあとどうするかは全く考えていない。
しかし、なめられているという現状を突破する方法を今この時、他に思いつけなかったのだ。
なんかこう、目の前に突き立てるとかして、私が本気で言ってるんだって、それなりの覚悟があってきてるんだぞってことが伝われば…。
一生懸命考えあぐねているうちに、差し出した掌に予期せず温かなものが重ねられた。驚いて見てみると、それは無機質なナイフなどではなく、ベルンの手だった。はたから見ると、ちょうどお手みたいな体勢だ。
どういうことかわからずきょとんと見上げる私に、ベルンは優しく諭すように言う。
「リジィはそんなことしなくていいんだよ」
そっと差し出していた手を降ろされ、眉間をぐりぐりと突かれた。痛い。知らず知らずのうちに眉間にしわが寄って、厳しい顔をしていたようだ。
「そういうことは僕がやるよ。リジィは、気分が悪くなるといけないから隣の部屋でイオニアスと待ってて」
もしかしなくても、何か勘違いされてる気がする。
出来の悪い生徒を見るような慈悲深い眼差しをするベルンに、私の中の嫌な予感がマックスである。
いや私はね、自分で仕返ししてやろうとか駆け引きしようなんて思ったわけじゃないんです。ただ私も半端な気持ちで提案しているんじゃないってことを見せなきゃと思って。
「あ、あのね、ベルン」
フクロウのように首をかしげて、ベルンがまだ何かあるのかと不思議そうに見つめてくる。
「……私もここにいるから、お手柔らかに」
これが今の精一杯だった。
名も知らぬ男よ、恨むなら、おのれの愚かさを恨んでくれ。
「わかった。じゃあ、血は出ないようにやるね」
あ、血は出ないの?なら、案外だいじょう…
「イオニアス、金槌」
ベルンが出した手に最初からわかってたとでもいうかのような速さで金槌が渡される。ちょうど医療ドラマの手術シーンでメス!はい!っていうやりとりみたいだ。
え、てかその金槌どこからでてきたの。
イオニアスは指示されてもないのに、ベルンの考えていることがわかっているらしく金槌を渡したあとは次の指示を待つようにじっとたたずんでいる。
「さて、ドナルド・マッキン」
びくっと男が大げさに肩をはねさせた。
「外部から学園に侵入するのはまず単独では不可能。それにこの学園の生徒の顔なら全員覚えている。隠しきれるとでも思ったのか?」
まじか。この人、やっぱりこの学園の生徒だったんだ。あと全員覚えているとか嘘でしょ。私、同じクラスでも顔と名前が一致してない人がいるのに。
「だんまりか。まぁいいや。利き手はどっち?」
「へ…?」
「利き手」
うむを言わせない雰囲気に本名を言い当てられ気おされ気味の男、もといドナルドは思わずといった風につぶやいた。
「み、右…」
「じゃあ、左」
イオニアスが椅子の脚にドナルドの左腕を縛り付けていた縄を手際よくほどいた。
いったい何をするつもりなのだろうか。
男子生徒は一瞬解放されるのではないかという希望を浮かべたが、一向に反対の腕は解放されないことに言い知れない不安を感じ、イオニアスとベルン、そしてベルンの手に握られた金槌の三つを順番に何度も見ている。
「さて」
ベルンが手のひらに金槌を打ち付け、ペチンというちょっと間抜けな音が響いた。
それが合図だったかのように、イオニアスが解放した左腕をつかみ、手のひらが机の表面から離れないよう肩と手首をしっかりと固定する。
「えっ、えっ」
男の顔色がどんどん悪くなる。
ちなみに私の顔色もどんどん悪くなる。
「提案に対する返事を聞こう」
朝ご飯は何が食べたいかと尋ねているような本当に何気ない調子でベルンは金槌を手に問いかける。
「は、はは…こ、殺せるもんなら殺してみろよ!そんなことしてみろ、俺にはっ」
ゴッ!
鈍い、何かがひしゃげる音がした。
それは、ベルンが男の人差し指の先を金槌で叩き潰した音だった。
寸分の狂いなく振り下ろされた金槌は人差し指の第一関節から上、指先をしっかりととらえている。
「ッーーーー!!?」
あまりの痛みに強張った喉から声にならない悲鳴が迸った。目は限界まで見開かれ、頬の筋肉が痙攣したように引きつる。ちなみに私も思わず悲鳴をあげかけてしまった。
男は全身をピーンと突っ張らせ、口を何度も開け閉めして痛みをなんとか逃そうとのたうつが、椅子に縛り付けられる上に屈強なイオニアスに腕を押さえつけられているせいでもうにっちもさっちも行かないといった風だ。ガタガタと椅子の揺れる激しい音がどれほどの痛みなのか訴える声のようだ。
「次は中指を潰す。考えは変わったか?」
男はまだまともに喋れないで悶絶してる。
そんなことは御構い無しに、ベルンは再び軽く金槌を手のひらに打ち付けながら平然とした顔で問いかけた。
指先って神経が集中しているから、めちゃくちゃ痛いってどこかで聞いたことがある気がする。
あ、あのね、ベルン。確かに血は出てないよ。出てないけどさぁ…。
「…ぐあぁっ……ひっぐっ…」
生理的な涙を流し始めた男子生徒にベルンは困ったかのように肩をすくめて見せた。
「答えないなら、仕方ない」
鬼だ。鬼がここにいる。
男はベルンが金槌を再び振り上げた気配を敏感に感じ取り、見開いた目で唾を飛ばして叫んだ。
「協力する!協力するからぁああ!!」
金槌はすでに振り下ろされていて、もう止めることなどできない。
ダァン!!
思わず強く目を瞑って私は肉と骨が一緒に潰れる嫌な音に備えた。しかし、いっこうに叫び声が聞こえないのでそっと様子をうかがってみると、中指の先すれすれのところに金槌がめり込んでいる。
どうやらすんでのところで彼の中指は救われたらしい。
ははは…。この机にある窪みってそうやって出来てたんですね。
どうりで二人とも慣れているというか、息ぴったりでらっしゃる。
ドナルドは極度の恐怖のためか脂汗を大量にかき、過呼吸になったかのように荒い息を繰り返している。
なんていうのかなぁ。さっきの私って、プロの前で素人がいきってたみたいな感じだったのかなぁ。
うーん。なんか恥ずかしくなってきた。
いや、私のやったことは決して無駄ではなかった。というか、正直もういっぱいいっぱいでまともに頭も感情も働いていない気がする。
暴力に関するハードルが今日一日で随分と下がった私の前で、ドナルドはベルンと金槌に怯えながら少しづつ口を開き始めた。
やはりドナルドはライラの信奉者であった。
しかし、実際にそそのかし、手を貸したのはアロイスのみ。ライラ自身は酷く取り乱していて、部屋から出ることすらできない状態なのだという。
ライラが階段から突き落とされたことや、それ以来彼女の様子がおかしいことを心配していたドナルドにアロイスがささやいたのだという。
『ライラの憂いを晴らせるのは、君だけだよ。大丈夫さ。何かあっても未来の王妃たる彼女は君への感謝を忘れたりしない』
そしてドナルドはアロイスにまんまと乗せられ、殿下が相手ではと鬱屈させていたライラへの恋心を暴走させたというわけであった。
こんなことをする勇気があるなら、ライラに告白すればいいのにと思わないでもない。残念ながら私には彼の気持ちを理解できる日は一生こないだろう。
話終えてがっくりと首を垂れ、まさしく満身創痍なドナルドの姿を見てこれ何ていうヤクザ映画?とかつぶやいて私は思う。
まぁ、死んでないからいっか…!と。




