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ちゃかぽこ、ちゃかぽこ。

馬の蹄と車輪の回る規則正しい音がする。ゆっくりと過ぎていくのどかな田園風景を眺めながら行く馬車の旅。

そして、その馬車に乗っている完全グロッキー状態な私。

車酔いのせいではない。馬車の行き先があまりにも気の重い場所であるからこそのグロッキーなのだ。

私は今、侍女のティアをお供に魔王城…じゃなかった、ブルンスマイヤー家に向かっている。


公爵家から婚約の申し入れをもらった日。父と母はそれはもう喜んだ。

だって相手はこの国でも五本の指には入る名家の跡継ぎで、しかも向こうから私を指名してきたのだ。まぁ、そりゃ嬉しいよね。私は全然嬉しくないけど!!

喜ぶ両親を見て、どうして拒否できるだろうか…。それも嫌な理由がこの世界は私が前世でやったゲームの世界で、ベルンハルトは悪役だからだなんて口が裂けても言えない。せめてベルンハルトが嫌な奴だったらよかったのだが、この間のお茶会ではお世話になっちゃってるし、しかもそのいきさつを馬鹿正直に皆に言っちゃったし。

お母さまなんて婚約の申し入れを聞いて、

「まあ!きっと先日のお茶会でリジーアに一目ぼれしたのよ!運命的だわ~!!」

なんて言う始末である。

お母さまは良くも悪くも育ちのいいお嬢様なので、ロマンチックな恋の話が大好きなのだ。


というわけでとんとん拍子に話は決まり、申し入れを受けた一か月後には私とベルンハルトの婚約は正式に決まってしまった。


お屋敷のみんなが私の顔を見るたびにおめでとうございますと言ってくれて、私はそれに毎度毎度いやおめでたくないんだって!と心の中で叫びつつも笑顔を浮かべる日々。

あのぼんやり美少年が何を考えているのか本当にわからない。

万が一にも、お母さまの言う通り一目ぼれなんてわけないしなぁ。別に自分を卑下するわけじゃないけど、自意識過剰はだめだよね。


婚約の理由もわからない以上、仕方ない。まずは状況整理だ!

私は一カ月の間にどうにかこうにかスカスカな頭を絞って整理した情報を振り返る。

残念なことに、私のゲームに関する記憶はかなりあやふやだ。

はっきりと思い出せるのは気に入っていたスチルとキャラクターの見た目、あといくつかのエンディングくらい。

だって仕方ないじゃん!めちゃくちゃハマってたというわけでもなかったし、他の似たようなゲームと記憶がごちゃまぜになってしまっていたのだ。

しかもこのゲーム、システムがちょっと面倒くさかった。

選択肢を選んで前半で攻略したいキャラの好感度を上げ、後半は個別ルートに入るというシンプルなものではなく、個別ルート中に攻略キャラの乗り換えができたり、攻略キャラだけ好感度を爆上げすればいいというわけではないシナリオ展開だったのだ。

例えば、エドウィンルートでエドウィンの好感度だけ爆上げすると、ベルンハルトの罠で二人とも殺されるバッドエンドを迎えてしまう。しかし他の攻略キャラの好感度がある程度上がっていると、そのキャラが罠に気付き助けてくれてハッピーエンドに行くことができる。このハッピーエンドもまた些細に思われた選択しだいで分岐するわけなのだが、このようにとにかくシナリオの分岐が多く、しかもわかりにくい。

この面倒くさいシステムはやりこみがいがあって嫌いではなかったが、おかげで私はかくしキャラを見つけることができなかった。攻略サイトは悔しくて見てなかったし、周囲には乙ゲー好きをかくしていたからネタバレをする友もいない。

チクショウ、こんなことなら余計な意地を張らずに攻略サイト見ればよかった!


とりあえずわかっているのは、もし主人公がエドウィン殿下とくっつくと私がやばいということ。

ベルンハルトの妹、悪役令嬢のカテリーナはエドウィンの婚約者で、突然現れてエドウィンと惹かれ合う主人公のライラをテンプレ通りにいじめる。

いじめの内容は無理難題を押し付けたり、頬をはたいたりするというもの。ねちねちした嫌がらせよりは、正々堂々と向かってくるあたり彼女は直情的な人間であると言える。

というか、ゲームタイトルが『ライラックの君』だから主人公の名前ライラって単純すぎない?大丈夫?

そんなことはおいといて。

当たり前のようにカテリーナはエドウィンと他の攻略対象たちから断罪され、婚約も破棄されてしまう。

これを受けてカテリーナを溺愛するブルンスマイヤー公爵はエドウィンを暗殺し、まだ幼く操りやすい第二王子を次期王にすることを画策する。

ように最初は見えるのだが、実はこの計画の主犯格は皆さんご存知のベルンハルトなのだ。

ゲームの舞台である学園で彼はエドウィンと同じ主人公の二つ上の先輩。攻略対象ではないお助けキャラ、いわゆる手に入らない殿方枠として登場する。

エドウィンルートでの彼はエドウィンの友達として、身分の違いや気持ちのすれ違いに悩む主人公の話を穏やかに聞いて、時にはアドバイスをしてくれたりする。二人が付き合い始めるとお祝いしてくれるし、逢引きを手伝ってくれることも。

そんな彼がなぜ暗殺を企てるのかというと、ベルンハルトはなんとずっと主人公のことが好きだったのだ。

こんなに優しくしてくれるんだから好きに決まってるでしょうよ!と鈍い主人公に私も何度もつっこんだ記憶がある。

失敗した時のために父を表向きの主犯格にしたて、彼はエドウィンを暗殺し主人公を手に入れようと考えたのだ。バッドエンドは死んで終わり、何もわからないのだが、暗殺を回避したハッピーエンドで彼は全てを暴かれ一生孤島の監獄で幽閉されることとなる。

最初に何も考えずやってたどり着いたルートがこれだった私は、のんきにベルンいいやつだなぁなんて思っていたから、ナ、ナンダッテー!?とコントローラーをブン投げたものだ。

そのくせ彼のルートはないのだから、私的に一番応援していたのは主人公ではなく彼だったような気がする。他のルートで出てくるたびにベルン~!と親しみをもって叫んでた気も。そう考えると、お気に入りのキャラだったのかもしれない。


私のおぼろげな記憶では彼に婚約者がいたかは定かではない。

でも、いなかったんじゃないかなぁ。だって婚約者がいたら、エドウィンを殺しても主人公と簡単に結婚できないわけだし。あ、でももしかしたらゲーム内で触れられなかっただけでその婚約者はとっくに…。

「ぎゃー!!やだやだ!親孝行もすてきな結婚もしないで死ぬなんてー!」

「いまからそのすてきな結婚相手のお屋敷にいくというのに、どうなさったんですかリジーア様。昔から変わってらっしゃったけど、ついに頭がおかしくなってしまわれたのですか?」

「なってません!」

失礼なことをグサグサ言ってくるティアをにらみつけ、ヒートアップしていた気持ちを落ち着ける。いかんいかん、つい口に出してしまっていた。

ティアは私の乳姉妹で、大きな猫目と立派な二つの山が憎たらしい、唯一の同年代の友達でもある。

「リジーア様はベルンハルト様がお嫌いなのですか?」

「そうじゃないわ」

「ではどうして婚約が決まってからというもの、思いつめたり死にたくないなどと叫ばれるのです?」

「それは…な、なんとなく」

「はぁ?」

前世がどうの、乙ゲーがどうの言えるわけない。

分の悪くなった私はじっとり見つめるティアから逃げるように窓の外を眺めた。


私はどうするべきなのだろうか。

わざとベルンハルトに嫌われて婚約を解消して、ただの傍観者として生きていくことは簡単だ。

けれど、それでいいのだろうか。なんとなくそれは卑怯なことのように思える。

でも私は何の取柄もなくて、どんな障害にも負けない主人公みたいな鋼の意志も、人を魅了するような天真爛漫さもない。

それでも。


「…仲良く、なれるかしら」


わがまま令嬢のカテリーナや腹黒いベルンハルトに、友達として間違いを気付かせてあげられるくらいに。用意されたシナリオを外れ、彼ら自身の幸せを一緒に探してあげられるくらいに。

それとも、そう思うこと自体が傲慢ではないのか。


「なれますよ」

ティアが自信満々にそう返す。

「そうかしら」

「どうしても仲良くできなかったら、私がこらしめてやります」

大きな胸をどんと突き出して、得意げなティアを見ているとなんだか気持ちが楽になってくる。

いつもは厳しいティアが励ましてくれているのだ。きっと、仲良くできる!仲良くしてみせる!


……たぶん。





「あなたがリジーア?ふぅん。…なんだかとっても地味なのね。まぁ、いいですわ。あなた殿下に興味がないんですってね!あんな素晴らしい殿方に興味がないなんて女としてわたくしには理解できませんけれど、殿下に近寄らないかぎりは仲良くしてさしあげないこともなくってよ!」

ブルンスマイヤー家の玄関で私たちを一番に出迎えたのは、婚約者でも執事でも侍女でもなく銀髪の意地悪そうな、見覚えしかない美少女だった。

あっけにとられてアホ面さらす私に、彼女は立ったままブリッジでもするのかというくらいにふんぞり返って声高々に言ってのける。


ちょっと前の私へ。さっそくだけど、仲良くするのは無理かもしれない…!

え、てか腹筋すごくない!?



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