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じゅうきゅう

暴力、流血表現があります。苦手な方はご注意ください。


「もう、うんざりしただろ?僕のこと嫌になっただろ?」

「そんなことないよ」

「僕は君が襲われていた時、のんきに眠っていたんだ。君が許したって、僕自身が自分を許せない」

「いやだからね…」

誰か助けてくれ。

椅子に座った私にベルンが跪いて許しを乞いはじめて、はや十分弱。

跪いているせいで、いつもは見下ろされている印象の強い灰色の瞳は、今は上目遣いにふるふると不安げに揺れている。

前にも言った気がするのだが、私は彼のしょんぼりした顔には特に弱い。だいたい、彼には一ミリたりとも怒っていないのだから、むしろこっちが悪い気すらしてくる。悪いのは私じゃなくて、あの男とアロイスなんだけれども。

正直な話、いつもぼうっとしていて余裕のあるベルンがこんな風になるなんて思ってみなかったので、私はちょっと驚いてもいた。


私が泣き止んで、クラリッサから事情を聞いたベルンはそれはもう恐ろしい形相だった。

泣くかと思った。ちなみにクラリッサはちょっと泣いた。あとイオニアスはどこか遠いところに逃避していた。

しかしさすがというか、すぐに抑え込み、ベルンはまずクラリッサに感謝を伝え、彼女の家に害が及ばないことを約束した。どのみちアロイスとは決着をつけなければならないから、と。

そのあと、私を近くにあった椅子に座らせ、おもむろに跪いたかと思うと許してくれ攻撃が始まったという次第である。


「僕のことを嫌いにならないで…」

握りこんだ私の手に額を付けてベルンはそう絞り出すように言う。

この台詞ももう何度目だろうか。

なんというか、相変わらず頭はいいけど、こういうところは子供っぽいというか。まるで叱られた子供だ。

なんだろうなぁ…。嫌われたくないと思われていることはうれしいけれど、信用がないみたいでちょっと悲しくもある。

それにこの人、私が本当にどうにかなったらどうなってしまうのだろうか。私ももう少し、危機感を持って生活した方がいいのかもしれない。

とりあえず今は欝々とした雰囲気をまとったベルンの丸い大きな背中に、できる限り優しい声で語りかけることに私は集中することにした。

「馬鹿ね。嫌いになんてなるわけないじゃない。実際クラリッサが助けてくれて何事もなかったんだし、それにベルンに教えてもらった技が決まったおかげで逃げだせたんだよ」

実はあの股間蹴りの技はベルン直伝のものであった。ついでにあといくつか紹介すると、相手のこめかみに突き立てた親指を勢いよくぶっさすとか、顎を殴ると昏倒するとか、目に人差し指を突き立てる、いわゆる目潰しという悪逆非道な技の数々があったりする。

今回は一つしか披露できなかったが、他の技を使う日が来ないことを祈るばかりである。

「だからそんなに自分を責めないで。…もしまた私が襲われたら、その時は今度こそベルンが守ってくれるんでしょう?」

ベルンはもちろんだと手を強く握って答えた。

「君が死んだら生きている意味がない…」

そんな大げさな…。

とか今は言わない方がいいんだろうな。

顔は見えなかったが、私には彼の声の真剣さが少し空恐ろしく感じられてしまった。

きっと、ベルンも動揺しているのだろう。

「じゃあ、ちゃんとそばにいてね」

「…約束する。かならず君を守るって」

我ながら腹の立つ物言いだと思ったが、ベルンはようやく納得してくれたようだった。

責任を取って切腹するとか言われたらどうしようかと思っていたけど、どうやら彼の中で上手くおさまりがついたらしい。よかったぁ。まぁ、この世界に切腹はないんだけれど。

ベルンは存外しっかりした動作で立ち上がり、膝の汚れを軽く払うとそっと顔を近づけてきた。

ふんわりとした柔らかさが額に当たり、離れていく。

「約束してそうそうで申し訳ないんだけど、ちょっと後始末をしてくるよ。でもすぐに戻るから。それまではマダムたちと一緒にいて」

「え、あ、うん」

キスされた額を手でおさえて、呆けたように返事をした私に完璧な作り笑いを浮かべたベルンはマダムこと寮母さんに一礼した。そしてそのまま、イオニアスを伴い、流れるように部屋を出て行ってしまった。

へぇ、後始末ね。後始末…。

え、ちょっと待って、後始末?後始末って何!?ていうかおでこにキスされ…それは置いといて!

ベルンにかかりっきりで存在を忘れられていたクラリッサが、ぐったりとしながらもどこかすがすがしい顔でさぁマダムが飲み物を用意してくれたわよなんて声をかけてくる。

夜中に飲み物っていったらやっぱりホットミルクなのだろうか。砂糖多めがいいけど、夜中にそんな高カロリーは…いやいやいや!ホットミルクも今はどうでもいいんだって!

あああ、あかん。あかんで。

なんで関西弁なんだってどこかから怒られそうだけど、絶対あかんって。

ベルンが一瞬見せた凍るような目には、誰かを痛めつけるときの残忍さと殺意があった。悲しいことに私は誰かにそれを向けられたことも、ベルンが何度も瞳に浮かべているところも見てきた。だから、たぶん普通の女の子よりは知っていたのだ。

考えすぎかもしれない。けれども、このままではベルンはあの男を殺してしまうかもしれない。私の勘がそう言っている。

でも、いくらなんでも殺しまではしないかもしれない。

だから?殺しさえしなければいいのか?

いいわけがない。

私は彼に、私のためにそんなことをさせるわけにはいかないのだ。


「待って!」

慌ててドアを蹴散らすように開けて廊下に出たが、すでに二人の姿はなかった。

どこに行ったのか。

あの男は捕らえられてどこかにいるはずだ。そして、ベルンとイオニアスはそこに向かったはず。

ベルンが平和的に後始末とやらをするとは考えにくいことから、とりあえず警備室ではないだろう。

そういえば、ゲームのシナリオでライラが私とほとんど同じような状況で襲われるという事件があった。誰のルートだったっけ…。たしか、そう、ヨハンだ!

ヨハンは意外とヤンデレっぽいところがあって、男を尋問するのに生徒会室を使っていたはず。生徒会室は一種の治外法権みたいなところだから、生徒会長でもある殿下に協力してもらったのだ。

つまり、ベルンがあの男を尋問するとして、彼の持つ治外法権といえば―――。


「リジーア!?」

だっと廊下に駆け出した私をクラリッサの焦った声が追いかけてくる。

「ごめん!私、ベルンのところに行かないと!」

今夜の騒ぎで夜中だというのにあかりのついた、ざわつく寮の廊下を私は脇目もふらず駆け抜けていく。





「…お、俺はなぁ!騎士なんだよ!あの性悪をこらしめるために…ッ!」

裏生徒会室のドアからは光が漏れ出ていて、やったー!あたったー!性悪って私のことかー!なんて喜んだのもつかの間、下卑た男の喚き声は不自然に途切れて、

バァアアン!

と何かが硬いものにぶつかる鈍い音が続いた。

「ヒィ…」

ドアを開けようと添えていた手が反射的に固まり、か細く悲鳴が漏れる。

い、いまの音はいったい…。

「口の利き方には気を付けろよ」

なんかめっちゃドスのきいたベルンらしき声が聞こえた気がする…。

聞き間違いなんて都合のいいことあるわけないよね…。あれ絶対ベルンの声だった。アロイスたちと女子寮の前でやりあった時にも聞いたし。

うう…。勇んで出てきたものの、めちゃくちゃ怖くなってきた。大丈夫?私、怒られないかなぁ。

今となっては裏生徒会という名前からして怖い。なんだよ、裏って。いままで言わないでおこうと思ってたけど、厨二かよー!ちくしょー!

これってやくざの事務所に一人で乗り込む的な感じちょっとあるよね。いや、中にいるの自分の婚約者なんですけどね…。

……ええい!ままよ!女は度胸だ!!

バーンとドアをあけ放ち、私は恐怖の会室へと乗り込んだ。


簡潔に言うと、ベルンが男の髪の毛を掴んでいて、机と男の顔の間には真っ赤な柱ができていました。


「こ、こんばんは~」

こんばんはってなんだよって思った人。大丈夫。私も思ったから。

男は痛みにあだのうだのしか言えない様子で、ちらりと見えた口元には不自然な黒い空洞とだらだらと歯ぐきから流れる血が見えた。

えっと、その赤い柱って鼻血…ですよね。あと、前歯、折れてますよね。

一足遅かったか…。

いやそんなことはない!これからだから!

とりあえず、何か、何か言わなければ。回らない頭が必死に導いた言葉が、熟考するまでもなく口から出ていく。

「暴力は、よくないと、思うの」

なぜか片手を突き出す、ドラマとかでよく飛び降り自殺をしようとしている人を止めるときみたいなポーズをとりながら私はじりじりと部屋にすり足で入っていった。

「どうして…」

ベルンが呆然とした様子で男の頭から手を離すと、はらはらと数筋の髪の毛が鼻血の広がる机に散らばった。

男は椅子に両脚と両腕をそれぞれ縛り付けられ、全く身動きをとれないままいまだ痛みにうめいている。

部屋の隅に控えていたらしいイオニアスが、見苦しい諸々を隠そうとかわいそうになるくらいに慌てていた。


まず最初に謝らせてほしい。

このとき私は相当にてんぱっていたのだと。

こんばんは~なんてふざけたことを言いながらドアを勇ましく開けた時点で察することができるだろう。しかも、いまだに片手を前に突き出した自殺を止める人のポーズのままだし、タイムラグなく追いついたはずなのに、部屋の中は思いがけないバイオレンスな展開になっているし、鼻とか歯とか痛そうだし、めっちゃ痛そうだし!

ベルンなんかもう、この世の終わりみたいな、本当に見ていてかわいそうになるくらい顔面蒼白で。

イオニアスもイオニアスで自分の体でバイオレンスな現場を隠そうとわちゃわちゃしていて。

だから、ちょっとくらい変なことを口走ったとしても何もおかしくないと思うの。


「わ、わたしたちは夫婦になるんだから、尋問だって共同作業だから!!」


いや、やっぱり意味わからないよね。

そして、ベルンよ。何故君は赤面しているんだ。


なんと、目次ページの作者名から作者ページに飛べるようになりました。なろうについて勉強不足なばかりで、恥ずかしいばかりです。本編はおそらくあと数話ですが、また更新が長く滞りそうなときは活動報告でお知らせというか生存報告をさせていただこうと思っています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 笑いすぎてお腹痛いw カテリーナに扇でパシパシされるのを大人しく受け入れたり、ダリウスと足を蹴り合ったり、テンパって可笑しなことを言っちゃう主人公がめちゃくちゃ可愛いうえに面白くて好きです…
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