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じゅうよん


「さぁ、そこに腰かけて」

ほとんどルーカスの私物とかしている美術室で、窓辺にぽつんと置かれた椅子をすすめられ大人しく座る。他の椅子は丸椅子や粗末なものなのに、この一つだけ装飾が凝っている。

しみついた油絵の具の独特な匂いが鼻について、ムズムズする。

ベルンも美術室に入ろうとかなり粘ってくれたのだが、ルーカスが何やら耳打ちすると渋々了承して外で待つことになってしまった。う、嘘だろ…。

けれど、ベルンは心配そうにしてはいても警戒しているようではなかったから、ひどい目に合わされるなんてことにはならないだろう。

いや、でもなぁ…。ルーカスとまとも会話できる自信がないし、だいたい私は初対面の相手と気安く話せるほど社交的でもないのだ。ましてや苦手意識がある相手とは、特に。

「そう硬くならないで、しばらく楽にしてておくれ」

しばらくってなんだ。しばらくしたら、楽にしていられないのだろうか。不穏だ。

ルーカスはそこらへんに放り出されていた丸椅子を私の正面に引きずってきて、それに腰かけた。その手にはスケッチ用の道具がある。

彼は真面目な顔でこちらを見ていたかと思うと、やにわに立ち上がりランプを新たに二個私の周りに追加した。一気に周りが明るくなって、少しほっとする。

ほっとはするのだけれど、何かの儀式が始まりそうで怖い。ルーカスはいかにも魔法使いみたいな恰好をしているし、ランプの配置的にも私を生贄に召喚でも始めそうな感じだ。

今ばかりはここが魔法ありの世界でないことに感謝したくなった。

彼はランプの位置を何度も微調整していた。私は何もすることがないので、ぼんやりと忙しないルーカスを観察して時間を潰した。

ようやく納得したのか丸椅子に戻って画板を膝を支点に立てたルーカスはニコニコと私を見てくる。

「な、なんですか」

「いやぁ、一度君とはゆっくり話したいと思っていたんだ」

「はぁ」

私は別に話したくはなかったけどね!

「…そうだな~。もうちょっと姿勢を正して…顔をちょっと右に。そうそう、あ、顎は引いてね」

なんだなんだ。

わけがわからないが言われた通りにする。ここで何をするつもりだとかグダグダ言っても仕方のないことに思えたからだ。

「顎引きすぎ」

ぐううう。前世で写真館で写真を撮った時にもよく言われた台詞だ。

あれは成人式の時だったっけ。慣れない着物に苦戦しながら、細かく何度も直されるポーズに苦戦したものだ。今も思うけど、写真館のおじいちゃんにリクエストされた心もち前に倒れる感じっていうのがいまだに意味がわからない。

「はい、じゃあそれキープしてね」

「はぁ…」

こうやって改めて姿勢を正すと、普段伸ばしているつもりでも少し猫背になっていたのだなとわかる。

ランプに囲まれているせいか、足元がじんわりと暖かかった。

そしてルーカスはといえば、質問をするでもなく私と手元を交互に見ながら絵を描いている。

時々、じっと見つめる視線がなれなくてどうにも落ち着かない気持ちになってしまう。

視線をあちこちにさまよわせるが、暗いせいで面白いものは見つからないし、むしろ壁に飾られた絵画がランプの光の陰影でホラー調になってしまっている。

夜中ではないけれど、暗い美術室ってホラーだよね。学校の七不思議とかにも絶対に入っているし。

部屋があまりにも静かなので、ランプの灯が焦げるジジッという音が嫌に耳につく。


っていや、なに普通に写生してるの!?

あまりにも自然に始めるものだから、ここに来た目的が肖像画を描いてもらうことだったと一瞬錯覚してしまうほどだが、私はライラを突き落としたかどうかを聞かれるためにここへ連れてこられたのだ。決して、絵を描いてもらうためなどではない。

こ、これは、突っ込んだ方がいいのだろうか…。

というかこの人もとからこのつもりだったの?事情聴くとか凄いまともなこと言ってなかった?幻?私は幻を見たの?

混乱を極めた私は沈黙を破って口を開いた。

「あの~、先生」

「はいはい」

「事情を聴いて下さるんじゃ…」

「じゃあ、君はカーネイルさんを突き落としたの?」

「いいえ」

「はい、終わり」

「いやいやいや」

そんなやっつけ作業みたいに聞かれても。これでも何を聞かれるかと緊張していたのだ。

「動かない!」

「はい!」

思わず立ち上がりかけると、鋭い鉛筆の先を突き付けられてしまった。

前世含めて目上の人というか、先生という人種に逆らえない私はあわててポーズをとりなおす。

とはいえ、このままスケッチされて終わりというわけにもいかない。

私はルーカスの真意を聞くべく、集中して描いている様子の彼にこわごわと話しかけた。

「…先生は、私がやったのではないと信じてくださるのですか?」

「さぁ」

あいまいな返事だけよこして、ルーカスの手は止まらない。

その様はまるで、

「興味が、ないんですね」

「そんなことはないさ」

ランプのオレンジの光に浸食されて、いまや何色かもわからない黒にも見える濃い紫の髪の隙間からのぞく目は真剣に絵に注がれていた。

と、唐突に彼は顔をあげ世間話をするような気軽さで言う。

「そうそう、カーネイルさんを父に紹介したのは僕だよ。だから、今回のことにも見ての通り興味しんしんさ」

だからどこからどう見たら、興味しんしんになるのだろう。

ゲームしてる時から思っていたが、本当に天邪鬼というか人のことを馬鹿にしているというか。

というかさらっと言っているけど、ライラがレトガー公爵の隠し子だという噂の火元はルーカスだということになる。

つまり、ルーカスはライラたちの味方ということになって、なら、どうしてあの場を治めるようなことを…。

いや、待て。あの時アロイスは劣勢気味だった。そう考えると、アロイスを助けたとも考えられるような。

じゃあ、もしルーカスがライラの味方だったとして、ここで私と話すことに何の目的があるのだろう。

適当にすませて、やっぱり私が犯人だったと発表するつもりだとか?

でもベルンは彼を警戒していなかった。それはルーカスに悪意がないとベルンが判断したわけであって…。

うーん。わからない。

わからないなら、いっそのこと直球で聞いてみるのも手だ。どうせ、腹芸では到底勝てない相手なわけだし。

「先生は、誰の味方なんですか」

緊張しすぎて、ちょっと睨みつけるように言ってしまったが、ルーカスは仕方のない生徒を見るような顔で私を見た。

「ふふ、そう怖い顔をしないで。そうだなぁ…あえて言うなら、僕は騎士なのさ」

「騎士?」

「一人の姫に忠誠とこの命をささげた、ね」

一人の姫、というと死んだ彼女のことだろうか。

とことん初恋をこじらせた男であるが、その彼女が今どう関係しているのか。

これは一度、ルーカスの初恋相手についてちゃんと調べなければならないだろう。明日、ベルンかイオニアスに頼んでみよう。

考え込んでいると、ルーカスは絵に一段落つけたのか軽く伸びをしてみせた。

「うーん。今日はこのくらいでいいかな。もう遅いし、君の婚約者が待ちくたびれてまたドアを破壊でもしたらたまらない」

「鍵かけてたんですか!?」

「いや?あ、見る?我ながら上手く描けたと思うんだ」

くそう、完全におちょくられている。

ああ、早く寮に戻って、パジャマパーティ(仮)したい…。枕投げはたぶんカテリーナに怒られるからできないけど、恋バナくらいならきっとできるに違いない。用心とはいえ、王立学園の女子寮に押し入る馬鹿もそういるまいし。

私が見るとも言っていないのに、ルーカスはわくわくした様子でこちらに見えるよう画板をひっくり返す。


そこには椅子に座った私とその背後に立つ一人の女性が描かれていた。

やっぱり美術の先生をしているだけあって、軽いデッサン程度でもはるかに上手だ。

特に私なんか実物に忠実に描かれているせいで、後ろの美女がより際立って美しく見える。ちょっとは美化してくれても…ん?なんで二人?いやいや!その人、誰!?

「せ、先生、その後ろの女性は誰でしょう」

おそるおそる尋ねてみたが、ルーカスは穏やかに微笑むばかりである。

だから、それが怖いんだって。

ま、まさか背後霊とかいわないよね?やめてよ~!私、オカルト系は無理なんだって!

なんだか背中側の空気が急に冷えたような気がする。ここであえて振り返って見せる勇気は残念ながら私にはなかった。

ああ、ベルンよ、なぜついてきてくれなかったのだ。きっと彼なら幽霊でも倒せるに違いない。根拠はないけど、たぶんこう精神エネルギー的ななんかで。

改めて見た絵の中の女性は、涼し気な切れ目で無表情にこちらを見ている。粗削りなデッサンでもわかるくらいに整った美貌だが、ひどく冷たい印象を与える女性だった。

なぜだか一瞬、懐かしいような感覚に襲われた。

私は、彼女を知っている?


「…そのうちわかるさ」

またもルーカスにはぐらかされてしまった。

と、突然ランプの灯が風もないのに大きく揺れた。ルーカスの影が何かの怪物のように膨れてぼやける。

「だって、君は僕にとっても大切な女の子だから」

真っ黒な淵みたいな瞳が私を通り越したどこかを見つめているようで、とたんルーカスが得体のしれない生き物に感じられ、ぞっと鳥肌が立つ。

あばばばばばば。

大切な女の子って何!?私たち今まで話したこともなければ、まともに顔を合わせてもなかったじゃないですかー!

だめだ。こんな状況じゃ生贄的な意味としか思えない。

もう無理、怖い。帰ろう。そうだ、それがいい。

だいたい夜の美術室なんて言うシチュエーションが良くないと思うんだ!

「…失礼しますっ!!」

はしたないけど椅子をガタガタ言わせて立ち上がった私は、足早にルーカスの横を通りすぎてドアに向かう。

ドアはちゃんと開いていて、出てすぐのところで待機していたらしいベルンが私を認めてほっとしたような顔をする。

部屋を出る間際、ルーカスのささやかな笑い声が聞こえた気がした。


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