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じゅうさん

「侯爵令嬢を呼び捨てとはお前も偉くなったな、アロイス」

こうしてアロイスと対面するのはあの気まずい昼食以来だろうか。改めて見ると、本当にチャラいというか軽薄そうな見た目をしている。

ベルンが自身の身体で私を隠すように、半歩前に出た。

「何の用だ」

普段はぼんやりとした垂れ気味のベルンの目は、感謝祭で襲ってきた男と対峙していた時のように剣呑な光に冷たく光っている。びりびりと空気が震えるえているような気すらした。

アロイスはうっすらとした微笑みをたたえたまま、ベルンの気迫というか殺気を柳のようにかわしている。

見た目通りのただのチャラ男というわけではないらしい。

アロイスを警戒するクラリッサやダリウスの言葉が脳裏によみがえる。

それに比べて隣にいる殿下は少し気後れしてしまっているようだ。…殿下がんばれ。

「こちらが言わなくともわかっているんじゃないか?だから君のクラブのメンバーを引き連れて、仲良しこよしでここまできた」

仲良しこよしとは、意外と可愛い表現を使うやつである。

「おい、アロイス」

あくまで挑発的な姿勢を崩さないアロイスの肩を殿下がつかみ、引き戻した。

「すまない、ベルンハルト。私たちはリジーア嬢に確認したいことがあるのだ」

「聞きましょう」

殿下相手でも強気なベルンに心配になり、二の腕をつつく。

ちょっと振り返ったベルンは私を安心させるように笑って、すぐにまた冷たい表情になって殿下たちの方を向いてしまった。

違うんだってー!不安は不安でもそうじゃないんだよ!

私の心中が伝わることはなく、話が再開されてしまう。

殿下は少し気を悪くしたようだった。いや、そりゃそうだろ。だって、王族だもん。

「今日の放課後、だいたい午後五時半から六時のあいだに私の友人ライラ・カーネイルが何者かに階段から突き落とされた」

五時半か…。まさに地下でダリウスに勧誘を受けていた時間だ。

と、ちょうどよくダリウスが走ってきて合流した。ベルンにこってり絞られたのかちょっと合わない間にやせたようだ。

荒い息を整える彼をカテリーナが扇子でやたらめったら突っついている。まったくかわいそうとは思わないし、むしろいい気味である。

「ライラは手首をひどく捻っただけで済んだが、ことによっては命に関わっていただろう。そして、その現場にこのハンカチが落ちていた」

殿下が手を出すと側にいた従者の男子生徒がハンカチらしきものを手渡す。

当たり前だが見覚えのないハンカチであった。

「犯人のものであるという確証はない。だが、その可能性は十分にある。そしてこのハンカチに刺繍されているイニシャルはR.R。リジーア嬢のイニシャルと同じだ」

殿下がよく見えるようにと広げて見せた。白いハンカチは縁に小花の可愛らしい縫い取りがされ、右の隅にご丁寧にR.Rと見える。至って平均的な令嬢のハンカチと言った感じだ。

「リジーア嬢、あなたは今日の放課後どこにいた?不思議なことに誰もあなたを見たという人がいない」

殿下は努めて公正さを失わないよう心掛けているようだが、目を見ればほとんど私のことを犯人と思っていることがわかった。アロイスかライラが何か吹き込んだか、もともと殿下の正義心が強すぎるせいかはわからないが。

「地下の物置にいました」

「なぜそのような所に?」

「友人のダリウス・ジル・ヴェーナーに誘われたので」

どうしよう。なぜってさらに突っ込まれたら何を言えばいいのか。

私が頭を悩ます暇もなく、ダリウスが進み出て私の言葉を引き継ぐようにして続けた。

「美術鑑賞クラブで使う椅子を取りにいくのを手伝ってもらおうと思い誘いました」

「君の発言は許可されていないぞ、ダリウス」

すかさずアロイスが口を挟んでくる。

「これは失礼をいたしました」

ダリウスはどこか小ばかにしたような笑みでアロイスに言い返す。それにアロイスは初めて苦虫を噛み潰したような表情を見せた。

とりあえずダリウスとベルンの交渉は上手く言ったと考えてよさそうだ。

というのも、今ダリウスは美術鑑賞クラブとの関わりを明かすことで、ベルンと何かしら手を結んだことをアロイス達にほのめかしたのだ。

これでベルンは第二王子派についたと多くが考えるだろう。予定より早い展開ではあるが、もともと裏生徒会は第二王子派につくことを決定していたので問題はない。

「…それで、物置に行ったあとはクラブに?」

殿下もダリウスとベルンが手を組んだことに、心なしかショックを受けているようだった。私は良く知らないが、二人にはそれなりの交流があったらしい。ゲームでは表面上親友であったくらいだし、実際の相性はそう悪くはなかったのかもしれない。

どう答えるべきかベルンをうかがうと、そっと背中に手を回される。とりあえず素直に言ってもいいということか。

「いいえ。物置から出ようとしたら扉が壊れてしまっていて、閉じ込められてしまったのです」

本当は壊れてなかったけど、ベルンが破壊したから真実は確かめようもないはずだ。凄い音してたもん。

「それを証言できるものは?」

「僕が証言しよう」

「しかしそれは信用できないのでは?あなたはリジーア嬢の婚約者でもあり、カテリーナ様の兄でもある」

くそう、でしゃばりアロイスめ。

「それにこの学園でリジーア嬢と同じイニシャルを持つ女生徒三人は、それぞれ寮やクラブにいたと確証が取れている。加えて、三人ともハンカチも自分の物ではないと証言している」

「それしきの状況証拠でリジィが犯人だと?」

「可能性の話だ。だが、十分にあり得る話ではないか?リジーア嬢はカテリーナ様と懇意にしていて、そのカテリーナ様はライラのことが気に入らないという噂もある」

「やめろ、アロイス」

殿下に諫められてもアロイスは口を閉じるつもりはないらしい。

「リジーア嬢自身もライラに対して良く思わないところがあったのではないか?どうだい?ベルンハルト」

「ハンカチなんていくらでも偽装できる。そんなあいまいな根拠で僕の婚約者を侮辱するのはやめていただきたい」

「私たちは侮辱しているのではなく、真偽を確かめているだけです」

「リジーア嬢、改めて聞くが、これはあなたの物か?」

殿下が差し出すハンカチをしっかり見て、私は否定した。

「いいえ、私の物ではありません。私はハンカチを今もちゃんと持っていますし、このような物を持っていたこともありません」

「それこそどうとでも言えることなのでは?」

何だこいつ。

アロイスはベルンがハンカチをあいまいな根拠だと言ったことを逆手に、こちらの証言すらも根拠がないと切り返してくる。

このままでは水掛け論もいいところだが…。いや、アロイスとしては私たちの悪印象を広められればいいのか。それとも、潰すためのきっかけさえあれば勝てると思っているのか。

ベルンが少々苛ついたように声をあげた。

「では言うが、リジィの持っているハンカチは僕が用意したものだ。だから、すべてにブルンスマイヤーの印章が入っている」

裏生徒会でも流れた何ともいえない空気があたりを包む。

普通は、女の方が男にハンカチを送るものだってみんな言いたいんでしょう?

でもさ、くれるんだから普通もらうよね?しかも自分で縫ったとかいうし、ひょっとしたら私より上手かもしれなくて、もう使うしかないじゃん?

別に私は刺繍下手じゃないけど、身近に凄腕の、しかも男性がいたらやる気なくなると思う。悔しくないわけではないけどね!


ベルンのせいで緊張感の抜けた空気をとりなすように、アロイスは一つ咳払いをしてなんだか嫌らしい笑いを浮かべた。

「そうそう、ブルンスマイヤー公爵についても確かめたい噂がありまして」

「噂?」

「ええ。なんでも、国庫の横領をしているとか、賄賂次第で官職の便宜をはかっているとか…」

ざわざわと周囲の生徒たちに動揺が走る。

「アロイス、今はそのようなことを持ち出さずとも」

「ですが殿下…」

向こうは一枚岩とは言えないらしい。アロイスはどんな手を使ってもベルンを潰したいけど、真っすぐすぎる殿下を上手く扱っているようで手を焼いてもいると。


「ほう。僕がそんなことをしていると」

それはすうっと気温が一度下がったと錯覚するような冷たい声だった。

「いえいえ、私はブルンスマイヤー公爵の話をしているだけで、息子のあなたとは…」

「何を言っている?ブルンスマイヤー公爵はお前の目の前にいる」

「は?」

周りの野次馬と殿下、アロイスたちが一様に戸惑った表情を浮かべる。

しかしこの状況で言うとはベルンもなかなかに意地が悪いというか、いい性格をしているなと思う。とりあえず今切れるカードはある程度切ってしまうつもりなのだろう。


「急なことで正式にはまだ発表していなかったが、父は病気のために隠居することになった。陛下からの許可ももらっている。つまり、今はこの僕、ベルンハルトがブルンスマイヤー公爵だ。アロイス殿が言っているブルンスマイヤー公爵が先代のことであるならば、あなたは病気の老人に鞭打って引きずり出し、僕に罪を償わせたいと仰っていることになるがそれでよろしいか?…まぁ、根も葉もない噂ではあるが」

「聞いてないぞ」

殿下が泡を食って詰問するような声をあげる。

「そうですか?殿下は何やら我が妹カテリーナとの婚約破棄に忙しそうでしたので、情報が遅れたのでしょう」

嫌味だ。これ、完全嫌味だ。

ベルンがちょいちょい学園外に出ていたのはご存知とは思うが、何をしていたかというと父であるブルンスマイヤー公爵に爵位譲渡の交渉をしていた。

公爵はかなり渋ったようだが二つの条件をベルンが提示し、無事爵位の譲渡が行われた。

実はさっきアロイスが言っていた黒い噂は、一部真実である。だからこそ突いてきたわけなのだろうが、ベルンからすれば想定済みであった。

なにせ公爵に示した条件の一つこそが、公爵の黒い噂を隠居を機に消し去ってしまうというものであったからだ。いったいどうやって消すのか私には見当がつかないが、あくどい手段ではないと信じたい。悪いこと、良くない。


「少しよろしいでしょうか?」

若すぎるブルンスマイヤー公爵にざわざわと揺れる中、凛としたカテリーナの声が響いた。

殿下は気まずそうにカテリーナを見やったあと、発言を許可する。

ヘレナを伴い堂々と前に歩み出たカテリーナは、ゆっくりと周囲を見渡した。それはとても女王然としていて、思わずこちらの身が引き締まる動作だった。

その場にいるすべての人間が彼女が発する言葉に神経を集中させていた。

「アロイス様はわたくしが殿下をとられた腹いせにリジーアに命じて、ライラさんを突き落としたと言いたいのでしょう?」

「あくまで、そういう可能性もあるという話です。カテリーナ様」

「心外ですわね。わたくしがそんな女だと思われていたなんて」

「そうでしょうか?あなたは気性が激しいともっぱらの噂だ」

「また噂を持ち出すの?あなたって女のわたくしより噂が大好きなのね」

カテリーナは食い下がるアロイスをはんっと鼻で一蹴してみせた。

「エドウィン殿下、わたくしはあなたが婚約を破棄すると言うなら、この場でそれを受け入れると明言しておきます」

「いいのか、カテリーナ」

ベルンが目をわずかに見開いて、カテリーナを見る。

というかここにいる全員はみんな信じられないものを見ている気持ちだろう。

殿下だって綺麗な顔がとんだ間抜け面になっちゃってるし。

驚いている兄にカテリーナは勝ち誇ったように笑い、高らかに宣言した。

「わたくし、いつまで経ってもわたくしのことを愛してくれない人を追いかけるほど、暇ではありませんのよ!」

どこまでも強気なカテリーナらしい言葉だった。

殿下に選ばれず落ち込んでいた彼女は完全に立ち直ったわけではないだろうに。それでも自分らしく新しい道を選んだ。

なんとなくだけど、それはイオニアスの存在があったからじゃないかなと思う。

カテリーナは殿下しか見てこなかったつもりだろうけど、傍から見れば二人は通じ合っていて、それがカテリーナの中に何も変化をもたらしていないなんてことはないのだ。きっと。

周囲の騒動など忘れて、のんきに感動していた私の耳に聞きたくなかった声が飛び込んできた。


「やぁやぁ!まるでお祭り騒ぎじゃないか」

だぼっとしたローブを翻して何が楽しいのかニコニコしているその男は、ずかずかと殿下たちと私たちのちょうど間に入ってきた。

げぇ!ルーカス!?

無意識に顔をしかめてしまった私を目ざとく見つけたルーカスが、眼鏡の奥の表情の読めない目で笑いかける。

ぼさぼさの長い髪で囲われた顔は若々しく、とても三十路手前とは思えない。

こんな胡散臭い見た目でも教師なのだから驚きだ。

しかもたぶんこの人、騒動を収めに出てくるような先生らしい先生じゃなかったはず。

「話は聞いていたよ。この件は僕が預かろう!いいかな?」

「レトガー先生の手を煩わせるわけには…」

「そんな冷たいことを言わないでおくれよ。大切な生徒のため、僕は一肌でも二肌でも脱いであげるよ!」

なんというか人の話を聞かないタイプの人間である。そういうところはベルンとちょっと似ているのかもしれないが、なぜかルーカスは好きになれない。不思議だ。

長いローブの裾が翻って、魔法使いもどきなルーカスが振り返る。

「リートベルフさんとカーネイルさん、それぞれから僕が話を聞こう」

「え」

「大変な事件だからね、生徒だけに任してはおけないよ!さぁ善は急げだ!」

「絶対大変な事件とか思ってないでしょ!ちょ、ちょっ!?」

さっそく事情聴取だと張り切って私を引きずっていくルーカスに、喚きながら抵抗するも虚しくずりずりと引きずられた跡が虚しく地面に刻まれていく。

思わずベルンの腕を掴んだが、それでもおかまいなしにルーカスは歩みを止めないっていうか、馬力凄くない!?


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