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じゅう


「どうやってここ貸し切ったんですか?」

「いや~、うちの顧問実は相当偉い人なんだって」

誰だよ…。入学してもう二カ月くらい経つけど、いまだに裏生徒会の顧問知らないよ。

かくいうイオニアスも顧問は誰か知らないらしい。ということは知っているのはベルンだけなのか。今度聞いてみよう。教えてくれなさそうだけど。

談話室は普段は生徒が誰かしらいて、この時期は火を入れていない暖炉を囲んでいるものだが、現在私、カテリーナ、イオニアスの三人しかいない。

ベルンは学園の外に調べものに行っている。普通生徒は学園から出てはいけないのだが、いったいどんな手を使っているのやら。

てか自由開放の談話室を貸し切れるって、裏生徒会怖すぎじゃない?


今日、私たちはエドウィン殿下とライラの両人に対談を申し込んでいた。

遅いくらいの対談ではあるが、これでもなんとかもぎ取った結果なのだ。

というのも、ベルンはすでに誰を切り捨てるか決めてしまっていて、彼にチャンスを与えるつもりすらなかった。そこをなんとか説き伏せ、ようやく彼こと殿下へのチャンスを与える場を設けることが出来たのだ。


「あれはどうしようもなく真っすぐで、甘ったれの子供だ。正道を行けば正しい王になれると本気で思っている。ああいう手合いは自分が一番正しいと思っているから、何を言っても時間の無駄だよ」

なんというか、さすが悪役というか、もうそれは凄いばっさりとした切り捨て方だった。

というかあれ呼ばわりされてますよ、殿下…。

ああでも、裏生徒会を仕切っている時のベルンってちょっと人が変わるっていうか、怖い感じになるんだけど、かっこいいと思う。悪役感すごいけど。

いつものぼんやりしている彼も好きだけど、なんというか、そう、ギャップ萌え?

この、私が悪役モードと名付けているベルンに意見を言える人はそう多くない。

カテリーナなんかいつもはあんなに強気なのに、叱られた子供みたいになってしまう。なので、私は彼女のかわりにベルンに意見した。

「それはちょっと、酷いんじゃない?殿下だって、いままで一所懸命やってきたわけだし、チャンスくらいあげたっていいと思うよ」

私自身は殿下のことをよく知らないし、知ろうともしないでいるのは怠惰なことだと思う。

それに、カテリーナだって殿下と一度ちゃんと話をしたいと思っている。殿下の婚約者として進言しなければならないと。

私は彼女のその意思を大切にしたいと思った。

と言うようなことを伝えて、なだめることしばらく。ようやくベルンから許可が下りた。


殿下は私に感謝してもいいと思う!

暗殺の可能性は消したし、ベルンを説得して対談の場まで用意したのだ。

アイスの作り方を発見して、私に献上しろー!アイスを食わせろー!チョコでも可!

心の中で殿下に向かってアホなことを叫んでいる私の横で、カテリーナは緊張した面持ちで前を睨みつけていた。

「カテリーナ、くれぐれも相手にかみついたりしないでくれよ」

「人を猛獣扱いしないでちょうだい!」

思ったけどイオニアスとカテリーナって仲が良いっていうか、あれだよね?ちょっといい雰囲気だよね?

今のも彼女の緊張をイオニアスなりに和らげようとしたのだろう。

基本的にイオニアスは面倒見が良い。なんでも五人兄妹の長男なのだそうだ。だからベルンも彼にカテリーナを任せようと思ったのだろう。


ふかふかしたソファに身を沈めながら、ぼんやり待っていると扉がノックされる音がした。

カテリーナが返事をすると、殿下とライラが連れ立って談話室に入ってきた。

私たちもさっと立ち上がり、頭を下げる。

「お越しいただきありがとうごさいます、エドウィン殿下。そしてライラ・カーネイルさん」

代表してカテリーナが謝辞を述べた。

殿下がそれを手で制する。

「私こそ、君と話さなくてはならないと思っていたところだ」

ちらっとライラをうかがうと、彼女は緊張のためかやや青ざめているように見えた。


「まず、殿下とライラさんのご関係は友人でいいのですよね?」

「そうだ」

「ではわたくしと殿下は?」

「婚約者だ」

尋問チックなカテリーナの聞き方に殿下が気分を害してしまわないか、心配になる。

「殿下、わたくしは何もライラさんとの親交をやめていただきたいわけではないのです。ですが、殿下はこの国を次期背負う立場であり、わたくしという婚約者がいるということをお忘れではありませんか?」

「どういうことだ」

どこか白々しさを感じる答えだ。

カテリーナは少し苛ついたように続ける。

「自覚に欠けていると申し上げたいのです」

とその時、ライラがやにわに立ち上がり、

「ごめんなさい!」

と頭を下げた。

私たちがそれをポカンと見つめていると、頭を下げたままライラが流す涙が床にポトポトと落ちていく。

「はい?」

思わずと言ったようにカテリーナが聞き返すと、ライラはゆっくりと頭をあげ言った。

「私がいけないんです。いけないとはわかっていました。でも、でも…」

「でも、なんです?」

「私は幼いころから、殿下に憧れていました。憧れの方に近づけると思うと、いけないこととは知りつつ、どうしても」

「殿下に憧れているのは、あなただけではないわ」

カテリーナの言葉に彼女は悲痛そうに顔を歪め、小さな手をきつく握りしめた。

「ええ、わかっています。アロイスお兄様やヨハンが私を友人として扱ってくれて、殿下もこんな身の程知らずの私に優しくしてくださって…。私は夢を見ていたのです。幸せすぎる夢を」

「ライラ…」

うーん。どうにも私にはライラという人物がつかめない。

見る限り演技とは到底思えないのだが、こんなことになるとわかっていてなぜ身を引かなかったのか。

ああ、でも例えばベルンが他の人と婚約しなくちゃならなくなって、私はもう彼の隣にいる権利を失ってしまったとして、私も簡単にはベルンを諦めたくないと思うのかもしれない。せめて友人として側にいたいと、思うのかもしれない。

殿下は殿下でベルンの言う通り、良くも悪くも善人なのだろう。

誰もが間違いを認め謝りさえすれば、許されると信じている。

私たちがライラの謝罪を受け入れず、これ以上何か言えば彼は間違いなく彼女をかばう。

現に、殿下ははらはらと涙を流すライラの背をさすっていた。その表情にライラを恋い慕う気持ちがないとは、私には思えなかった。

「カテリーナ、たしかに私は自分の立場を忘れ、好き勝手していたのかもしれない。君に不快な思いもさせただろう」

「…いいえ、そのようなことは」

「すまない。だが、私は…」

ライラに惹かれている。途切れた言葉のあとにそう続けようとして、さすがにはばかられたのか殿下は黙り込んでしまった。

そこには、王子とはかけ離れた純粋なただの青年が一人いた。

二カ月という短い間に、彼はすでに恋に落ちてしまって、それはもうどうしようのないことだ。

彼が次期国王なんていう立場でさえなければ、ちょっとの諍い程度で済んだことだろうに。

私はふとカテリーナの手が真っ白になるほど強く握りしめられていることに気が付いた。

骨が浮き出るその手が痛ましく、そっと取って、両手で包む。

カテリーナは私が手を包むと、人形のように血の気を失い強張っていた表情をはっとしたように緩めた。

相手を射殺さんばかりだった吊り上がっていた目元がゆるゆると下がり、彼女は囁くように言った。

「…わかりました。わたくしは殿下を縛り付ける気などありません。お好きになさればいいわ。…その結果をあなたが背負えるというのならば」

「それは脅しか?」

「いいえ。…わたくしなりの励ましですわ」

ライラのすすり泣く声が静かに響く談話室で、対談は終了した。

殿下とライラがいなくなったあと、カテリーナは泣いた。私は初めて彼女が泣くところを見た。





殿下との対談後、二人は少しは会う場所に気を付けているのか、前ほど表立って噂されることはなくなった。

けれど、やはり殿下は王子としてではなく、一人の男としていることを選んだようだった。

カテリーナはしばらく落ち込んでいたというか、萎れていた。そりゃそうだ。あんなに殿下一筋でここまで来たのだ。それを面と向かって、ライラを選ぶと言われたも同然のことをされてしまったわけで。

出来るだけ私やヘレナが付き添い、イオニアスが自分の失敗談とか馬鹿げた話をして、ベルンもこの時ばかりはカテリーナに優しかった。

カテリーナと殿下の婚約が解消されるかはまだわからない。

ゲームとは筋が大きく変わってしまっているため、事態はもう私の手に負えるところでなくなってしまっている。

ゲームならばカテリーナはいまごろライラに嫌がらせを始めているし、ベルンだって殿下たちともっと仲良くしていた。


そして、事態はまたも思わぬ方向へ向かいだした。

まずカテリーナがライラを糾弾しないことへの疑問の声が上がった。

実際には一度対談の場が設けられていたが、それを一般の生徒は知らない。つまり、カテリーナは婚約者が他の令嬢と親しくしているのに、何も行動を起こしていないことになっている。

少しでもカテリーナのことを知る人間ならば、彼女の気性が決して穏やかでないことも、彼女が殿下の婚約者であることに並々ならぬ執心をしてきたことも知っているだろう。

そんな彼女がライラを糾弾しないわけがない。

加えて、ここ最近のカテリーナの萎れている様子。

ちょっと考えれば、誰だって殿下がライラを選び、カテリーナに別れを告げたのだと思いいたるだろう。


そこにきて、こんな噂が流れだした。

ライラはレトガー公爵の隠し子なのだ。という噂が。


「やられたな」

机の上に足を放り出して、天井を見上げたイオニアスが言う。

「ちょっと、あなた品がない座り方はやめてちょうだい」

お行儀にうるさいカテリーナに脛をバシバシ叩かれ、しぶしぶといったふうに足を下ろしたイオニアスは酷く疲れた顔をしている。

カテリーナは最近ようやく調子が戻ってきたところで、無理しているのではないかと心配になってしまう。

「まさか、レトガー公爵を引っ張り出してくるとは。いったいどんな手を使ったんだ?」

ちなみに私の知る限り、ライラはレトガー公爵の娘ではない。ゲームにそんな設定はなかったはずだ。

ということは、ライラかライラを王妃にしたい誰かが仕組んだことになる。

もしも、ライラがレトガー公爵の娘ならば、彼女はカテリーナと同じ土俵に立つことができる。むしろ、カテリーナが不利な状況と言ってもいいだろう。

入学からもうすぐ三カ月が経とうとしている。

その間にも殿下とライラは親交を深め、恋仲になるのも時間の問題に見えた。

いまさら、二人に会うのをやめろと言っても逆に燃え上がってしまうだろう。


それよりも、厄介なのは、ライラの実父と目下噂されているレトガー公爵だ。

彼には数人の子供がおり、なかなかに高齢なのだが、別に女癖が悪いと聞いたこともない。おそらく、誰かが彼と手を結び、ライラを王妃にしようと画策しているのだろう。

私からすると、ゲームではライラは子爵令嬢のままで殿下と結婚できていたから、どうしてこんな難しい事態になってしまったのか謎である。

二人の仲を阻むカテリーナも、最後の障害になるベルンもいないから、なのだろうか。

これはあれだな。殿下の頑張りが足りないから、周りが余計なことし始めたってことですね。

恋するのは勝手だが、それが王太子ともなると自身の意志に関わらず様々な思惑が絡んできてしまうのは仕方のないことだ。

そう考えると、殿下もかわいそうなのかもしれない。


というか、あの人が出てきそうで嫌なんだよなぁ。私、絶対あの人苦手だもん。

いろいろ心配事はつきないのだが、私の一番の心配は目下ある人物の登場にあった。


その男の名は、ルーカス・マルコ・レトガー。最後の攻略対象だ。

レトガー公爵の三男坊で、この学園で教師をしている。たしか、美術だったっけ?

根っからの芸術家で、天然。

の振りをしている。

彼はこのゲームで少し異質な存在だ。

そのためにはまず、このゲームのタイトルとテーマについて話さなければならない。


タイトル『ライラックの君』とは、エドウィンルートでエドウィンにプロポーズされる時に言われる台詞でもある。いわゆるタイトル回収ってやつなのだが。たしか、ライラックの君、どうか私と結婚してくださいとかそんな感じ。

ライラックの花言葉は、初恋。つまり、君は初恋の人なんだ~結婚して~というわけである。

もうお察しとは思うが、このゲーム、テーマは初恋なのだ。

しかし、ルーカスはライラが初恋でない唯一の攻略対象として登場する。

まぁ、三十路近い男が初恋もまだってのは厳しいものがあると思うから、そりゃそうだって感じのだが。

とはいえテーマはテーマ。

彼は、ライラに初恋をするわけではないが、初恋に囚われている男なのだ。

そう、いわゆる元カノが忘れられない系男子である。


正直に言って、とても面倒くさい。

だって、一緒にいる時にその初恋の人がどうのこうのいわれてみ?たとえどんなイケメンでも、ぶん殴りたくなるでしょう?え、ならない?

とにかく、そんな感じで異質な彼は、性格も面倒くさい。

さっきも言ったように根っからの芸術家で、天然のふりをしているが、実際は皮肉屋でとんだ破滅願望の持ち主でもある。

彼の初恋の女性は、彼女としか表記されない。もうすでに故人になってしまっているそうで、まるで幻のような女性だ。

彼女のいない世界に絶望しながら生きているルーカスは、ライラと出会い癒され、ようやく前を向いて生きていくとかいうやつで、ずっと彼女の絵しか描かなかったルーカスが、ライラの絵を描いてプレゼントするラストはなかなかの感動ものであった。ちなみに、やっと前の女の話しなくなった~!という意味での感動である。

攻略が難しいのは、まぁ、いい。

ただ、ライラといい感じになるたびに、彼女に申し訳が立たないって自殺しようとするのほんとやめてほしい。


そんなこんなで、私はルーカスが苦手である。

美術の授業も取ってないし、エドウィンルートには登場しないから、関わることなんてないと思っていたのに…。たぶん、出てくるよね…。う、う~ん。

見た目は嫌いじゃないんだけどなぁ…。

うんうん唸る私の眉間を楽しそうにベルンがつつく。痛い痛い。

ベルンの手を払いのけて、私はまた一つため息をついたのであった。



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