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タスけテ……

 誰か植えた訳でもない。誰かに愛されている訳でもない。

 それでも美しくただ咲いている。

 白い白い、純白の、それは清純な花。


 少年は決意を固めた。

 愛しい少女がいるからこそ、少年は決意を固めた。

「また会いたい」

 そんな気持ちも抱いていたけれど、それでも少年は決意を揺るがすことなど決してしたくはなかった。

 彼自身が自分で決意したことなのだから。

「僕は、僕は君だけを愛していたい」

 それは希望にも近いような言葉であった。

 愛していたいという気持ちは、溢れてしまいそうなくらいにあったけれど、少年は声にしてそれをなくそうとした。

 その気持ちも全て忘れて、彼は決意を固め直した。


 愛していたい。愛したい。愛されたい。愛し愛されていたい。

 少年の気持ちは決意に勝りそうだったけれど、決意を更に強く持ち直す。

 少女へと溢れていく想いをも大きく振り払い、少年は口を噤んで歩き出した。

 孤独旅へと、出発していった。


 もう会わない。

 それは少年にとって、かなり辛い決意であった。

 だけど少年は本当に少女のことが大好きだったから、それを決意するしかなかったのだ。

「君は、君だけは幸せになって欲しいんだ」

 もう少女の姿が見えないくらい遠くに離れてから、想いが溢れたように膝から崩れ落ち、少年は小さくそう呟いた。

 涙が零れそうだったけれど、少年は頬を叩いて再び立ち上がった。

 これは旅の始まりに過ぎないということを考えたら、泣いてなんていられなかったから。


 だけどこのままでは心が壊れてしまいそうだったから、少年はもう一つ決意をした。

 もう会わない。と言う決意と共に、もう一度会えるように。と、少年は決意をしたんだ。

 今の彼には、少女を幸せにするだけの力がなかった。ただ、それだけのことなのだ。

 だからいつか、いつか幸せに出来るその日がやって来るのならば。

「僕はまた、この場所へ帰って来るよ」

 そう口にするといくらか気分が楽になったようで、少年は故郷に背を向けて歩き出せた。


 少年の決意を、少女は応援していた。

 寂しくなかったと言えば、それは嘘になっただろう。それでも少女は、少年のことを愛していた。

 だから少年の意思を尊重したかったのだ。迷惑は掛けたくなかったのだ。

「ええ、再会を誓いましょうね」

 再会と少年は言ったけれど、そんなことが叶わないことくらい少女は十分に理解をしていた。

 それでも微かな希望と、少年を信じる気持ちと、少年の負担になりたくないという想い。それらから、少女は何とかそう言った。

 いかに寂しくても。


 自分の為であると言った少年。その言葉が、たった一言が、少女にとっては嬉しくて仕方がなかった。

「貴方が私の為に行きたいと言うのならば、私は止めたりしないわ」

 強がって女王様的に少女は言ったけれど、本当は嬉しかった。本当は止めたかった。

 だけど本当は、少年には少年自身の為に歩いて欲しいとも思っていた。

 様々な想いが頭の中に、心の中にグルグルと渦巻いているから、少女は悲しみに明け暮れた。

 少年が去った途端に、膝から崩れ落ちていた。


 思い付きで少年が行動した訳ではない。

 それは何年も育てて悩んで、そして固めた少年の想いなのだと少女は知っていた。

 一方で、少女は少年の優しさについても知っていた。

 それが自分のことを想ってくれる優しさでもあることを、少女は知っていた。

 だから決して、少年の想いを、そのどちらも無駄にはしたくなかった。

 無駄にはしないと、少女は秘かに誓っていた。


 再会とは言っても、そんなのが不可能であることを少女は知っていた。

「それでも、永遠にさよならは寂しいでしょう?」

 少年がいなくなってからも一人で強がりの言葉を言って、少年が帰ってくることを信じようと努力していた。

 帰ってきてくれるまで、待ち続けていようと思った。

 何十年でも、何百年でも、たとえお互いに死んでしまったとしても。

 少女は少年を待っている。

 それが残された少女の決意で会った。


 別れを吸って、清らかな花が汚れに染まる。

 だけど、地獄花なんて、そんな呼び方はしないで欲しいの。


 恐れられていると、恐れられているなんて、そんなのは嫌だった。

 嫌で嫌で何もかもが嫌だったから、清らかな花は嘆いてしまう。

 そしてその嘆きは、嘆きと言う負の感情ゆえに清らかさから離れて行ってしまう。

 いつの間にか、花を更なる血の色へと染めていくんだ。


 嘆きを受けて、清らかな花が汚れに染まる。

 だけど、死人花なんて、そんな呼び方はしないで欲しいの。


 その花の傍では、よく葬式が行われていた。

 そしてそれを眺めて、ゆっくりと、ゆっくりと罪の花を咲かせていく。



 少年は決意を固めた。

「諦めたりしない」

 どんな屈強に立とうとも、少年は根性と気持ちだけで乗り越えて来た。

 それは少年が強いからじゃない。大切な少女がいて、少女への気持ちが少年を強くしてくれるからであった。

 もう一度少女に会う為、そう考えたら少年はいくらでも強くなれた。

「僕は、僕は君のところへ戻るからね」

 空に愛しい少女の姿を見て、少年は一人で呟いた。


 そんな想いが出てしまいそうだったけれど、そうしたらまた弱い自分に戻ってしまうと、少年はきつく唇を結んだ。

 それでも溢れてはいけないのだと、それが自分の選んだ道なのだと。

 溢れないようにしているからか、更なる想いが濁流のように暴走しそうなほどに溢れ出て来た。

 それに戸惑いながらも、少年は決して自分の選択を後悔はしなかったし、諦めないと心に刻んでいた。

 募る想いも全て胸に秘め、少年は孤独旅へと出たのだ。

 その覚悟をそう簡単に裏切る訳には行かなかった。


 だけど挫けそうになる度に、少年は思った。

「諦めたい」

 そうも思っていたのだ。

 少女の為にと出た旅なのだ。それが自分にとって負担になっていることも、少女が負担になるまいとしていることもわかっていた。

 いっそのこと、諦められたならどれほど楽だったろうか。

 大好きな少女に嫌いと言って貰えたならば、全て何もかも諦めがつくと少年は思った。

 それでもそんな悲しさに自分は耐えることが出来ないとも思ったし、何より愛しい少女との約束を蔑ろにはしたくないと思った。

 たとえそれが少女を縛る枷になっているとしても、約束は果たしたかった。

 強い決意を抱く少年だけれど、やっぱり思ってしまっていたんだ。

 嫌われることが出来たのならば、と。


 でも少年は思い直す。

 旅の過程で、少年にとっての少女がどれだけ大切な存在だったか、改めて感じたからである。

 そんな少女に嫌われてしまうことが、心まで離れ離れになってしまうことが、少年に耐えられる筈もなかったのだ。

 だからもう一度、少年は誓いを固めた。

「いつか強くなれたときに、僕はまた帰って来るよ」

 愛しい少女に会おうとも思ったけれど、少年はそれをしなかった。

 故郷に一度は戻り誓いを固め、誰にも会わず誰にも知らせず、また少年は旅立ったのだ。


 少女は気が付いていた。

 愛しい少年が帰って来てくれたことに。そして、彼がまだ帰れないということに。彼が諦め掛けて戻って来たのだということも、少女には全て想像出来ていた。

 だからあえて気付かないふりをして、寂しさを堪えて、少年に駆け寄っていくのを諦めた。

「ええ、再会を誓いましょうね」

 堂々と再会出来る日が訪れることを信じて、少女はそう繰り返した。

 少年がいなくなってしまった場所で。


 ふと、少女の頭に過ったのは、不吉な夢。

 勇敢でいつもヒーローでいてくれた、少年がいなくなってしまう。

 私のところからじゃなくて、この世界からいなくなってしまうような、不吉な夢。

 それでも少女は、少年のことを信じていた。

 だけど、だけれども。

 少年の決意を尊重していられるかどうかは、もう定かではなかった。

 彼の意志ならば構わないと思っていたけれど、やはり二度と会えないという中で幸せに生きることなど、出来るとは思えなかったのだ。

 だから少女は誓った。

 優しさのふりをして、少年を一人で行かせてしまったことを後悔して、少女は決意をした。

 またいつか少年が帰って来てくれた日には、もう離れないようにと着いて行くんだ。

「たとえ貴方があの世へ行ってしまったとしても、私はきっと追い掛けるわ」

 今度は後悔をしない為に、どこまででも少年の後を追って行こうと思った。

 遠慮して気を遣うことは、信頼とは違っているから。少女はそれに気が付いたから。


 今は後悔したって、少年の元へ行けることなどない。

 追い掛けたって届かないし、今やどこにいるのかもわからない。

「溢れ出す私の想いが」

 毎晩悪夢に苛まれながら、少女は嘆いた。

「溢れ出す私の欲望が」

 昼夜問わず少年のことを考えている自分に、少女は嘆いた。

「全く抑えられないよ」

 最早、自分がどうしたいのかさえわからなかった。

 悲しくて辛くて怖くて、少年を誰よりも信じているし、誰よりも信じなくちゃいけないってわかっていても、少女は不安に襲われた。

 少年を想って枕を濡らし続けた。


 だけどある日、少女は更なる決意を固めた。

 こうして嘆くくらいならば、少年の為に祈りを捧げようと。

 言葉が届くことなどないのかもしれないけれど、きっと気持ちだけならば届けられるだろうから。遠く離れていても、この祈りは星空へと届く。

 同じ空を見上げている少年の元へ、届けることが出来る。

 不思議とそう確信を持てて、少女は毎晩祈り続けた。

 泣いていた時間の全てで、愛おしい少年を想い続けた。

「いつでも、私は貴方のことを想っている」

 美しい星空に告げた少女の言葉に、偽りは一つもないのであった。


 涙を吸って、美しい花が開いた。

 涙色に染まる花だけれど、地獄花だなんて、そんな呼び方はしないで欲しいの。


 本当に大切に思っていた。なんの疑いも持たずに、ずっと信じ続けていたの。

 ”嫌われたくない”と、可憐な花は涙の雫で成長する。

 そしてそんな一途な想いは、狂おしいものへと変わっていった。

 悲しくも、血の色へと染まりいく。


 血を吸って、美しい花が開いた。

 血色に染まる花だけれど、死人花なんて、そんな呼び方はしないで欲しいの。


「私のせいではないの。全部、偶然なのよ」

 清らかだった花は訴え掛けるけれど、その色は涙と血に染まり切り、誰を信じさせることも出来なかった。

 偶然、そう訴え続けた。

 いくつもの遺体の隣に咲いていた。いつも、花咲く隣に遺体があった。

 ただそれだけのことなの。

 嘆きの花を誰も信じない。嘆きの花はもっと罪深い色へと染まっていく。


 悲しみの中で、花は開いた。

 だけど地獄花だなんて、そんな呼び方はしないで欲しいの。


 嘆きの隣で、花は開いた。

 だけど死人花だなんて、そんな呼び方はしないで欲しいの。


 遺体の傍で、花は開く。

 だけど不吉な花だなんて、そんなことは言わないで欲しいの。


 ある人が、真っ赤な花を慈しんだ。

 清らかだった白ではなくて、罪色に染まってしまった、真っ赤な花を称えた。

 これは人の世の花ではない、と。恐れるのではなくて、天上の花であると称えた人がいたのだ。

 若い少年と少女の別れの物語から染まり始めた、罪色の花は、天上の花という評価を酷く気に入っていた。

 そう、めでたき花とそうお呼びなさい。

 言うけれどその叫びは結局届かず、花は罪色にしか染まらなかった。


 花を咲かせることが出来たのに、恐れられるだけでは寂しいし悲しかった。

 それが嫌で、めでたい花であるのだと、自らそう繰り返した。

 何度も何度も、呪いのように。

 その強い強過ぎる恐怖の思いが、本物の呪いの力さえをも帯びていく。


 孤独旅に疲れ果てた少年は、遂に力尽きてしまった。

 少女の元へと帰りたいと、いくら願ってもその願いが届くことなどなかった。

 けれど少年は後悔ではなくて、前を向いて天に願う。

「生まれ変わっても、いつか廻り会いたい」

 上を向いて、少女に願う。


 少年は何があっても、少女との想い出まで汚したくなかったんだ。

 確かに自分の選択は間違っていたのかもしれないけれど、それを認めてしまっては、応援してくれた少女の思いさえ踏み躙ることになってしまう。

 だから少年は未来だけを見て、自分を洗脳するように繰り返す。

「悲しい思い出なんかじゃないから」

 もう間違えることはないように、少女の笑顔を胸に刻んで繰り返す。

「君と過ごしたものを、悲しい思い出になんかしたくないから」

 それが少年の最期の願いだった。

 強い想いは呪いへと変わっていき、願いは幸せを呼ぶことなどないのだけれど。


 自分が生きた証とは、残すものとは、何であろうと構わなかった。

 少女の為に生きられたのならば、少年は満足であった。

 悲しい思い出じゃないから。

 だからこそ、また逢う日を楽しみにすることが出来る。

 少女と再会する日を現実のものにする為に、少年は願いを重ねた。


 地獄花なんて、そんな呼び方はしないで欲しいの。

 清らかだった花は願う。


 恐れられていることを知り、深く嘆いた。

 嘆きに全ては染まってしまい、幸せなことさえも幸せに思えなくなってしまっていた。

 強い呪いの力を帯びて、何もかもを血の色に染めていく。


 死人花なんて、そんな呼び方はしないで欲しいの。

 清らかだった花は願う。


 偶然をいくら訴え掛けたところで、それを信じる人なんている筈がなかった。

 その花が殺した訳ではない。その花に殺したつもりはない。

 それでも信じて欲しいと思う気持ちすら、呪いへと変わってそれが人を殺してしまっていたのだ。

 禍々しい罪色の花は、触れたものを殺した。

 いまだに気付かない花は、清らかであると信じている花は、偶然を信じ訴え掛ける。

 誰も信じてくれないと、悲しみや寂しさに花は禍々しさを増す。

「私は殺していないの。そうじゃなくて、私に触れて死んでいく人が多いだけ。あくまでも偶然なの」

 そんな偶然を、信じる人などいる訳もなかった。


 愛しい人がこの世を去ったことは、一瞬でわかった。

 何か根拠があると言う訳ではないのだが、本能的に少女はそれを悟ってしまった。

「死なないでよ」

 決して濡らしはしないと決めた枕が、気付けばびしょびしょに濡れていた。

 それは悲しい涙と、嫌な汗と、生温かい血であった。

「もう、もう置いて逝かないでよ」

 一人で残されるのは御免だと、少女は今度こそ少年を追おうと思った。

 置いて行かれて待ってばかりでは悲しくて、少女は遂に少年の元へと急いだ。


 願えば願うほどに、想いが強くなれば強くなるほどに、呪いの力も強くなっていった。

 大切なものを想う気持ちも、あまりに強いと呪いへと変わって行ってしまう。


 そうしてまた、悲劇は繰り返される。

 そうして、そうして……まただ。

 繰り返される悲劇の中心で、悲劇の花は諦めの混じる声で嘆く。

 どうして何度も同じ過ちを繰り返してしまうのだろうか。

 こんな悲劇、もう起こって欲しくないと願っているのに……。

 もう、嫌だった。


 美しい花が咲いていた。

 凛としていて、堂々と花は咲いている。

 真っ赤な真っ赤な、どす黒くも深紅の花。

 それは罪の花。


 いつの間にか、白さはどこにも残っていなかった。

 あの清純な白は、なくなってしまったのだろうか。

 あの清純な白は、どこへ行ってしまったのでしょう。


「ダれか、タスけテ……」

 どこからか聞こえてくる、悲劇の運命に巻き込まれた人々の悲鳴。


 真っ赤な花は全てを吸い尽くし、ただ赤く咲いていた。

 葉さえも散らし、毒々しくも紅く咲き誇っていた。

 繰り返される罪の中でも、花は嘆くことを決してやめたりはしなかった。信じ続けているから、また同じ過ちは繰り返されてしまうと言うのに。

 二度と経験したくないのに、運命と言うのは容赦などない。

 嘆きの夜が、また訪れてしまった。


 その夜は、不思議な色に照らされていた。

 青く怪しく照らされていた。

 その輝きを齎しているのは、大きくとても綺麗な月であった。

 月夜の景色は得も言われぬ幻想的な美を醸し出すと言うのに、怪しく恐怖と不安へと人々を誘った。

 それは、同じ美しさと怪しさを持つ、真っ赤な花が咲き乱れるとき。

 青い光に照らされた赤は、全てを恐怖へと誘った。

 人々は叫ぶ。人々は嘆く。


 タスけテ……。

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