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君の流星

 君は幼い頃から病を患っていて、入院生活ばかりで外で元気に遊んだことさえないんだよね。

 病室の窓から眺めているだけで、夏祭りに行ったこともない。見ているだけで幸せだって君は言っていたけど、そんなの嘘だよね。

 今年も夏祭りがやってくる。それが君は待ち遠しいようだった。

 医者からもう長くないのだと聞かされて、夏祭りまで持つかどうかすら怪しいところなんだそうだ。

 それでも君は、本当は辛いだろうに無邪気な笑顔を浮かべていた。

 だから僕はそんな君の努力を無駄にしない為にも、笑っていなくちゃいけないんだよね。

 それはわかっているんだけど、君の顔を見ていると、笑おうとしていても頬を伝って零れていってしまう哀しみ。

 本来ならば、僕は君の哀しみも見つけられる筈だった。

 僕が見つけてあげなければいけなかったんだろう。

 それなのに僕は自分の哀しみを隠す為に、君の哀しみを見たくないが為に、愉快なお面を被ったんだ。

 現実から逃げ出したくて、夏祭りで購入したお面を装着してしか、君には会えなかった。

 結局、愉快なお面で隠して、君の哀しみを見えなくしてしまっていたんだ。


 終わりを恐れて泣き叫んでいる声。

 君の傍にずっと寄り添っていられたならば、気付ける筈だったのにね。君の心の声に耳を澄ませていれば、聞こえる筈だったのにね。

 夏祭り。響き渡っているのは、賑やかな笑い声や太鼓の音。

 それはあまりに楽しそうなもので、「君も僕もこんなに苦しんでいるのに」とちょっと悔しくなる。

 その気持ちは君が望むものではないのだと、わかっているから尚更ね。

 賑やかな笑い声に混じる君の笑い声。太鼓の音で掻き消される君の泣き声。

 逃げ出した僕の耳には、君の心の声が、悲鳴さえも届かないよ。


 無理矢理に笑顔を浮かべようとして、僕は水面に僕の顔を映した。

 ちゃんと笑えているかな? ちゃんと笑えている筈、ないよね。

 不自然な僕の笑顔を、水中を華麗に泳ぐ金魚たちが不審げに見ていた。

 その姿は気持ち良さそうで、君にそんな想いをさせてあげられたなら。そんな風に思っちゃって、結局は堪えていた涙が零れてしまう。

 でもそれでさえ、金魚すくいの水面にぽつりと落ちた。

 小さく水面を揺らした。ただ、それだけのこと。

 それだけのことでしかなかったんだ。

 それならば。


 僕が君へと抱いているこのしょっぱいような気持ち。

 僕が君へと抱いているこの苦々しい気持ち。

 それもこれも、ちっぽけなものなのかもしれないね。

 綿菓子の甘さで、全部を誤魔化すことだって出来るのであろう。


 君は優しい人だから、僕一人ででも夏祭りを楽しんでと言う。毎年、君の元にいる僕が悪いのかもしれないけれど、毎年君はそう言うから僕は少し傷付いているんだよ。

 一人じゃ祭りなんて全く楽しくないもん。

 夏祭りに行きたいんじゃない。僕は君と夏祭りに行きたいんだ。

 君と一緒じゃなきゃ嫌なんだ。

 今年が君と過ごす最期の夏になってしまうかもしれないから、やっぱり楽しんでと言われても無理だった。

 口の中に広がる綿菓子の甘さだって、苦い気持ちを紛らしてはくれない。口の周りをべたべたにしてしまうだけだった。

 耐え切れなくなった僕は、君のいる病室にもう一度戻った。

 それが最期が近いことを君に思い知らせることになるのだとしても、僕は君と一緒にいたかった。

 そして僕といるときの君がどれほど笑顔を作ってくれていたかを知ったんだ。

 辛そうな君の姿。関係なく、容赦なく、ただ鳴り響く盆踊りの愉快な音楽。

 音楽に合わせて、楽しそうに人々は踊っていた。

「私には踊りまで見えないの。だから、君が踊って見せて?」

 夏祭りの様子は窓から見えるけれど、盆踊りのところまでは身を乗り出さなければ部屋からは見えない。君に言われて、そのことにやっと気付いた。

「病院で暴れたら怒られちゃうよ」

 そうは言いながらも、君のお願いなので僕は小さく踊り出した。

 盆踊りとはどういうものなのか教えてあげたくて、うろ覚えなままで、それでも僕は必死に踊った。

 疲労は見せないようにして、君の為に踊る。

 響き続ける音楽は、いつまでも踊れと言っているようだった。

 楽しそうに笑う君には、いつまでも踊るしかなかった。

 いつの間にか控えめだった僕の踊りも、病院であることを考えない踊りにまで至ってしまっていた。

 もしかしたら、僕の騒がしさには気付いているのかもしれない。もしかしたら、夏祭りが僕の騒がしさを隠して、君の為に音楽を鳴り響かせてくれているのかもしれないね。

 だったら僕は、君の為に踊り続けなければいけないのだろう。

 踊り疲れてしまっても、踊りをやめると言う選択肢など僕にはなかった。

 君が五月蝿いと言うまで、僕は踊り続けるんだ。

 愉快な気持ちにはなれなかったけれど僕は、延々と踊り続けて。


 悲しみも寂しさも空しさも。

 何もかもを忘れられる、そのときまで。

 幸せになんてなれなくてもいいから、一時的にでも辛さを忘れられるように。

 何も考えなくて済むように。

 いいや、何も考えられなくなる、そのときまで、ずっと踊り続けて。


 夏祭りもクライマックスに突入してきている。

 花火大会も始まって、大きな打ち上げ花火が上がる。

 その華やかさと迫力には、僕も君も言葉を失ったよね。

 それくらい美しく強くなれたのなら、幸せになれるのだろう。

 素直に綺麗と楽しめばいいのに、花火すら僕は羨んでいた。

 僕の想いなど知らないで、花火はいくつも上がっていく。

 それには、僕の夢が沢山詰まっていて。


 打ち上がり開くまではこんなにも派手なのに、輝いていられるのはほんの一瞬なんだな。

 託した夢も全部、弾け飛んでしまうだけなのかな。

 ヒラヒラと儚く消え去って行ってしまう。

 残った煙が闇夜に溶ける様に、悲しみが押し寄せた。


 夜空に大きく咲く花は、昼間には咲いていても見えないんだよね。

 刹那的な輝きの為に、どれだけの時間を費やしたのだろうか。

 どうしても不要なことを考えてしまって、もう僕はその美しい花を見たくもなくて。

 だってなんだか、その姿は君のように思えて仕方がないんだ。

 花火が上がる度に目を逸らしてしまう。君が笑う度に、目を逸らしてしまう。

 その美しい花を見る為に、僕はここまで来たのに変だよね。

 素直に美しさの虜になっていたいと思うのに、どうしても目を逸らしてしまうんだ。


 打ち上げ花火が上がっていく。

 それはただ派手なだけでなく可愛らしさを増して、逆さまになったハートが夜空を彩った。

 美しくも愛らしく、なんでも出来るような技術も秘めていて。

 そこには君の夢が沢山詰まっていて。


 だけど結局、綺麗な形を描いているその時間は、たった一瞬に過ぎないんだね。

 すぐに弾け飛んで、そのあとは本当にすぐだ。

 ただ消え去って行ってしまうだけなのか……。


 もう嫌だ。

 何も見たくない。何も聞きたくない。

 一番苦しいのは君だってわかっているけれど、一番辛いのは君だってわかっているけれど、僕は何もかもから逃げ出したくなっていた。

 花が開くその瞬間にだけ、暗い空が明るく染まる。

 夏祭りの賑やかな明かり。花火の大きく美しい明かり。夏祭りを楽しむ、花火を楽しむ、明るい笑顔。

 そんな明るい夜を共に祝うように鳴り響いている、その大きな音を、僕は聞きたくなくて。

 恐怖心からなのだろうか。

 理由はわからなかったけれど、無意識のうちに僕はきつく耳を塞いでしまっていた。



「昼のお祭りとはまた違うでしょ? 私のことは良いから、お祭りに行ってきなよ。それに私、君からお祭りの様子を聞くのが楽しくて好きなの」

 そう言っていたけれど、僕は知っているよ。

 苦しいんだよね。だけど僕の前では苦しい顔をすることも出来ないから、僕を追い出したいんでしょう? 知っているよ。

 でもそれを言ったところで、更に君を傷付けてしまうだけだって。僕はそのことも知っている。

 だから何も知らないふりをして、大人しく僕は夏祭りを楽しみに再び外に出た。

 楽しもうとしたって、楽しめる筈がないってのに。

 どんなに耐えたところで、大切な想い出の数々が溢れて来る。

 もうこれ以上、想い出が増えることなどないんだ。僕にそう言うように、溢れて来る。

 そんな素晴らしい想い出たちさえ、今の僕には悲しく思えてしまうよ。

 僕の想いを知ってか知らずか、落書きせんべいは明るく幸せな色に染まって行く。

 いつの間にか僕は、素晴らしい想い出の数々を、その幸せな色を落書きせんべいに乗せていたんだ。


 病状が徐々に良くなっていて、隊員が出来るかもしれないと言われたことがあったよね。

 あのときは本当に嬉しかったんだ。

 退院したら街の様子を見せてね、って。知らないことを沢山教えてね、って。夏祭りにも一緒に行こうね、って。

 君と笑い合ったあの日。

 僕は君と幸せになる。君は僕と幸せになる。二人で交わしたあの約束を覚えているかな。

 そんな想い出は全て、温かくて幸せばかりが満ち溢れていた。

 想い出が溢れて来る。溢れて来るんだ、もう嫌と言うほどに。あの日の僕が今の僕に幸せを見せつけて来るんだ。

 落書きせんべいだけでは飽き足らず、僕はかき氷にも幸せを刻んでいた。

 幸せな色に彩られているかき氷。

 だけど幸せな温もりや温かさは、幸せなシロップを掛けてはくれているけれど、そうしつつもかき氷を溶かしてしまうんだね。

 甘くて冷たいかき氷を、ドロドロと溶かして行ってしまっているようにしか、僕には見えないんだよ。

 そうして僕はやっと、どれだけ自分の眼がまっすぐにものを映すことが出来なくなっているかを知った。

 結局、かき氷を溶かしていたのは澱み滲んだ僕の瞳から零れる、熱い熱い雫だったんだね。


 いつの日か、君は夢を語ってくれた。

「私さ、いつか他の子たちみたいに空を飛んでみたいの」

 夢心地なようで気持ち良さそうに、決して羨みや妬みとは違う穏やかな表情で君は言った。

「空を飛んでいる人なんていないよ」

 優しく僕は教えてあげたけれど、今ならば君の言葉の意味がわかるよ。

 君にとって野を駆け回ることも、空を飛ぶことと変わらないことなんだよね。

 当たり前のようにそれが出来た僕には、君の気持ちを理解してあげることも出来なかった。

 だけどやっぱり、運命というのは残酷で辛いもののようだ。

 羽ばたきたい。そう強く願い強く想い強く決意した、そうしてやっと広げた翼だったんだ。美しくなんてなくても、君の努力が詰まっていたんだ。

 それなのに、あっけなくその努力を無駄にして、運命は牙を剥く。

 射的で打ち抜かれた翼はもう羽ばたくことなど叶わず、ただ地上へと落ちて行ってしまうだけ。

 そうして落ちて行ってしまうくらいならば、いっそ――。

 僕は涙を堪えられなかった。


 心に募っていく、切なさ、痛み。

 それももう、気にしなくていいのさ。

 チョコバナナの中に挟まれた、このイチゴと同じ。

 甘いチョコの幸せを掛けてしまえば、何もかも、全てを誤魔化せるのであろう。

 誤魔化すことが出来るんだろう。


 どこから聞こえてくる声も、祭りを楽しんでいるそれであった。

 その中に僕も混じりたい。その中に混じっていきたくて、僕は笑った。

 笑え。笑え。笑え。自分にそう言い、無理にでも笑った。自分を笑っていたともいえるのかもしれないね。

 笑い続けるんだ、笑い疲れてしまうほどに。

 ずっと笑顔でいられるならば、ずっと笑えていられるならば、君も笑い続けていてくれると思った。

 たとえこの世から君が去ってしまっても、君は笑ってくれていると思った。

 それにこうして笑っていれば、君がいなくなってしまっても、君を忘れなくて済むだろう?

 こうして笑っていれば、君がいなくなってしまっても、君との思い出が自然と蘇ってくるから。

 だから君との想い出の為に、僕は笑い続けて。


 何もかもを失ってしまう日まで。

 大切なものも、約束も、想い出も、日常も、そして君も。何もかもを失ってしまうその日まで、僕は笑い続けよう。

 笑い続ける。いいや、ずっとずっと、笑い続けるしかなくて。

 僕にはそれしか、なくて。


「花火はやっぱり、高い場所から見た方がいいよ。だから、戻って来ちゃったんだ」

 自分でも下手で不自然な笑顔だったろう、と思う。

 それでもどうにか笑顔を浮かべて、僕は君の病室に戻った。

 だけど君のことをまっすぐに見ることは出来ないでいる。

 大きな打ち上げ花火が上がった。

 そこには、沢山の僕の夢が詰まっていて。


 派手に上がっては行くんだけれど、ね。

 その派手さや華やかさは、続いたりしないのであった。

 結局、期待をさせているだけなのであろうか。

 大きな夢を語るだけ。実現なんて出来る訳がないのに、語るだけ。


 あまりに大きな花火の後だったせいか、その次に上がったのはなんだか小さく見えた。

 その弱々しい光は、まるで君の灯のように思えてしまう。その小さな花は、君の細やかさと、君の……。

 なんにせよ、そんなものを僕はやはり見たくないんだよ。

 見たいけれど、見たくはなくて。

 僕は、僕はつい目を瞑ってしまう。


 打ち上げ花火が上がっていく。

 そこに詰まっているのは、美しさだけじゃない。

 君の夢が、沢山の君の夢が詰まっているんだ。

 弾けて行くのがあまりに悲しかったんだ。


 夜空に開いた何輪もの花々。

 真下にある川には、その姿が朧げに映っている。

 一瞬だけ開くその花は、華麗なその姿は、たった一瞬だけ川に映ってそのまま散り落ちていく。

 朧な姿だけれど、それはそのまま川に溶けて行ってしまうのか。

 姿が溶けていくのもそうだけれど、灰となったそれもそう。川に溶けて行ってしまうのだ。


 力ない君の笑顔は、灰となった花火のように悲しみをそそった。

 そんな現実を認めたくなんてない。

 ひらりひらりと散り行く様は、辛い現実だ。

 そんな様なんて知りたくはない。そんなものは知りたくない。

 現実逃避なんてしても意味がないってわかっているけれど、何もかもが嫌で、僕は逃げ出してしまっていたんだ。

 君の病室から飛び出して、だけど夏祭りに戻ることも出来なくて、君の病室の前で涙した。


 僕が大好きな君だけれど、君が完璧な存在な訳ではない。

 あの飴細工のように、ただ美しく魅せる為に作られたものなんかじゃないんだ。

 だからこそ君は必死に生きているし、君は必死に生きているから完璧じゃないんだ。

 だからこそ僕は、君のことが大好きなんだ。


 心も体も、君は脆く繊細だ。

 型抜きのように、慎重に慎重に扱わないといけないんだよね。

 そうしないと、小さな君の体は、少しのミスで簡単に割れて砕けて。最終的には、ぼろぼろになってしまう。

 君の心は、桃色で薄くて可愛くて弱くて、柄もわからないほどに壊れてしまう。


 でも僕はそれでいいんだ。

 完璧じゃなくていい。どんな君だって、僕は構わないんだ。

 だってそんなところすらも、君の魅力の一部なんだからね。

 君はそのことに気付いていないみたいだけど、僕はちゃんと気付いているから。


 驚くほどに大きな音を立てて、打ち上げ花火は弾け散った。

 上がって弾けたその花火。

 そこに詰まっているのは、そこに願いたかったのは、僕の沢山の夢だった。


 派手に上がっていくとそれは、夜空に大きな大きな花を咲かせるんだ。

 でもだからこそ、なんだよ。

 花開いたときがあまりに輝き、人々の視線を集めているからこそ、消え去っていく姿はそれ以上に儚い。

 あまりに、儚くて。


 もっと懸命に頑張り続ければ、それが出来れば良かったのにね。

 たとえ病に侵されている君が、他の人と同じようになることは叶わないことなのかもしれない。

 それでも君をもっと幸せにさせてあげることくらいは、短い生だとしても幸せを感じさせてあげることくらいは、出来た筈なんだ。

 僕の中にある、水あめのように甘い気持ち。

 その少しの甘えのせいで、身を滅ぼしてしまうのだろう。

 僕じゃなくて、君の身を亡ぼして行ってしまうんだ。

 今更になってそれに気付き、後悔に駆られるばかりの僕。


 夏の夜空に星が輝いて、その隣に派手な打ち上げ花火が上がる。

 君の夢が沢山詰まるのは打ち上げ花火。

 その隣で流れた流れ星に、夢を託せればどれほど良かったことか。

 だけどそれさえ、今や叶わぬ願いなのか。


 優しく綺麗な言葉を並べてはくれるのだけれど、結局は僕を惑わすだけなんだね。

 花火は少し派手すぎるよ。多少は地味でもいいから、夏の星に、輝きを放つあの星に願いを詰めて見たかった。

 そうしたら、願いは届いたのかもしれないね。

 そんなことを考えたところで、意味はないって知っている。

 けど、けどやっぱり。

 悩み悩んだ僕の中では、君の夢を守る、という大切な決意すら歪んで行った。

 過去を振り返りはしないで、未来だけを見ていると決めたのに。後悔なんて決してしないと決めていたのに。

 そしていつしか、君を守る、そんな決意すら揺られて消えて行くんだ。

 川に消え行く花火のように。


 所詮、僕は踊らされていただけなんだね。

 楽しい音楽で楽しく踊っているようだけれど、楽しい音楽に身を任せて、結局は踊っているようで踊らされていたんだ。

 お好み焼きの上で踊っている、あの鰹節と同じことなんだ。

 努力していた。必死に足掻いていた、その筈だったんだ。

 それでもそれほどまでに、もうあまりにも、僕はちっぽけな存在で。


 結局は、何をしても同じことだったんだよ。

 神様が作り出した運命。つまりは神様の掌の上で、ただただ僕らは踊らされ続けていたんだね。

 意志を持っているようだけれど、自由を持っているようだけれど、それはあまりに小さな力だった。


 大きな打ち上げ花火はもう終わったようで、フィナーレに小さな花火がいくつも上がっていく。

 その賑やかな音のせいで、勇気をもって病室に戻ったというのに、君は気付いてくれていないようだった。

 もしかしたら、僕がいなくなっていたことにさえ――。

「僕は君を愛している」

 声が聞こえないのをいいことに、僕は君に愛を囁いた。

 それでやっと君は僕が隣にいることに気付いたようで、微笑みを返してくれた。

 どうやら声は届いていない、僕の気持ちは君に届いていないようだけれど、それでも良かった。

 最後にまた悲しくなるくらいなら、それでも良かった。

 それでも良かったのに、なぜだか僕の視界は霞んでしまっていた。

 二人で過ごすときを、打ち上げ花火は霞ませていくんだ。


 もう終わりが近付いているようで、打ち上げ花火がいくつも上がっていく。

 その鮮やかな色のせいで、君の顔色も見えないよ。君の気持ちの色も何も見えないよ。

 大切なときさえも、滲んで行ってしまう。滲ませていくんだ、ね。


 病院の窓から、君は必死に上を見上げていた。

 打ち上げ花火が上がっていく姿を、微笑みながら眺めていた。

 本当に見えているのかどうかはわからないけれど、ただ君は微笑んでいた。


 やっぱり僕には、君の隣で花火を見ていられない。その余裕は僕にないよ、ごめんね。

 振り絞る勇気もなく病院を飛び出して、外から君のことを見上げていた。

 君がいるのは二階の病室だから、ぎりぎり見えないことはない。

 窓越しに花火を見上げている君。そして窓越しに君を見上げている僕。

 元々視界は滲んでしまっているから、どうせ窓越しにしか見られなくても、同じことさ。

 僕は花火に背を向けてでも、遠くに見える君の横顔を眺めていた。


 最後の打ち上げ花火が上がった。

 その明るさと音で、隠してしまうんだね。


 君の流星。

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