薔薇の花と百合の花が
「六月の花嫁は、幸せになれるんだってよ」
昔々あるところに、二組のカップルがいましたとさ。
今でこそ多少は認知され始めている同性愛ですが、これは現代よりもまだ差別が酷かった頃のお話です。つい最近のお話なのです。
悲しい悲しい、お話なのです。
幸せになりたい、両カップルとも当然そう願っておりました。
そしてより幸せを手にする為に、二組は結婚を考えていましたとさ。
そこで果て果て、困ったことになってしまいます。
これはとある六月の事件です。
まずは、一組目のカップルをご紹介致します。
男を愛するのは女、そんな固定概念がありがちです。しかしこの男を愛してしまったのは、これまた男だったのでした。
男同士のカップルなのです。
恋人と手を繋いで、外を歩くくらいはしたいですよね。
一緒に遊園地へ行ったりして、楽しくデートを楽しみたいですよね。
それでも周囲から向けられる視線は痛くて、二人はそんなことさえ出来ないのでした。
他のカップルが当たり前のように出来ていることを、堂々とすることも出来ないのでした。
会社どころか親にさえ、友達にさえ、付き合っていることを伝えることも出来ません。尽きることのない偏見が、二人を襲います。
ただお互いに愛し合っているから、どのような孤独感にも耐えることが出来ました。
めげることはなく、二人は情熱的に愛し合っているのでした。
いつまでも、恋人という関係でいるのではなく、もう夫婦という関係へと進みたい。
なんてことを、二人は考えておりました。
恐怖から交際を周り中に隠して、周囲からは仲の良い友達とか親友としか思われない、そんな関係を一新したいと思ったのです。
そうして遂に、二人は決意しました。
結婚したいという想いではなく、結婚することを決意したのでした。
そんな二人の間に立ちはだかっていたのは、高い高い壁なのでした。
二人が思っていたものよりもずっと、高い高い壁なのでした。
二人の背よりもずっと遥か高く、上が見えないほどに高過ぎる壁なのでした。
二人の愛を許さなかった。二人の決意を許さなかった。高い壁を作っていたのは、世間という名の鬼なのでした。
大切なものさえ、全て許さなかったのです。
二人の存在さえも、何も何も認めてくれないのでした。
窓から眺める世界を、彼らは恐れていた。
世界は広くて、自分たちを認めてくれる場所も中にはある。それなのにこうして許されないということが、彼らは悔しかった。
彼らの愁いを表しているかのように、外は毎日雨模様で。
空の涙を見て、彼らも一筋の涙を流した。
いつまでも続いている曇天。
それはまるで、決して二人に陽が当たる日は訪れない、と言っているかのようだった。
二人に陽が当たることを、曇天が拒んでいるように思えた。
精神的に疲れ果てていた彼らは、全てが自分たちを責めているように思えた。
彼らと同じくらい、空も泣き虫だった。
曇模様なだけでなく、いつの間にか再びの雨が降り出してきていた。
哀しみを表すかのようなその景色を見て、窓の外にも自分たちと同じ世界があるのではないか、と思ったけれど。
痛い視線とその恐怖に、二人は部屋の中で窓の外を眺めていた。
このままだと心が見にくくなっていくと。それを感じた二人は、一緒に美しい薔薇園へ行った。
雨に打たれた深紅の薔薇は、濡れて更に美しく魅惑していた。
晴れの日の輝きとは別に、雨があるから美しく揺れる、そんな綺麗な花に二人は心を奪われた。
周囲の視線にも気が付かず、美しい薔薇の虜になっていく。
その怪しげな美しさは、まるで二人の愛を嗤っているようだった。
美しく。美しく。
次に、二組目のカップルをご紹介致します。
女を愛するのは男。その場合が多いのですが、このカップルはそうではなかったのです。
女を愛してしまったのは、これまた女なのでした。
辛くて仕方がない、周囲から向けられる視線が。辛くて仕方がない、尽きることのない偏見が。
愛し合いたいと思っているのに堂々と愛し合うことが出来ない、それを二人は嘆いておりました。
しかしそれにもめげることはなく、二人は情熱的に愛し合っているのでした。
確かに同居をすることは出来ます。
ルームメイトだと言って、お互いの親にも紹介は出来ました。
それでも二人はそれじゃ嫌でした。
いつまでもルームメイトではなく、夫婦として周りにも紹介したい。
なんて、そんなことを二人は考えておりました。
そうして遂に、二人は決意したのでした。
結婚しようということを、決意したのでした。
そんな二人の愛に立ちはだかっているのは、辛い辛い山なのでした。
二人の力を合わせたところで、乗り越えることなど到底出来ない、あまりに辛過ぎる山なのでした。
思っていたよりもずっと、辛い山なのでした。
その山を作り出していたのは、社会という名の鬼でした。
二人の夢を、鬼は許しません。二人の未来を、鬼は許しません。
愛するものも大切なものも、二人の存在さえも、全て全てを許さなかったのです。
社会から追いやられて行った二人は、悲しみから何もかもを閉ざしてしまうのでした。
仲良く隣を歩く二人。その傍をのんびりと歩いて行くのは、蝸牛。
ゆっくりと進む姿は、怯えながら進む二人の姿のようで。殻に隠れるその姿は、部屋に籠りがちな二人の姿のようで。
二人の憂いを表しているかのようで、悲しみが込み上げた。
どんなに待っても決して、二人に陽が当たる日は訪れない。
ただ愛し合っているだけなのに、ただ愛し合いたいだけなのに。
愛を拒まれる理由などないのに、どうして愛を拒まれ責められなくてはならないのだろうか。
本で読んだ、家柄で愛を拒まれたカップルを思い出し、彼女たちの乙女心が水溜まりに揺らいだ。
いつも社会はしょっぱくて辛くて、塩が効き過ぎて顔を顰める。
塩を掛けられて溶けていく蛞蝓は、二人の愛の姿のようだった。
積極的に外の世界を見たいと、二人は進んで一緒に散歩へ行った。
中に籠ってしまっていると、もう外に出るのが怖くなってしまうから、と。二人は進んで外に出た。
二人で同じ傘の下、密着出来るから雨の日は好きだった。
仲の良い女の子たち程度に思ってくれるから、キスなどは出来なくとも、外でもそれくらいは出来るような社会へと変わっていっていた。
傘を忘れたと思われれば、堂々と密着出来るので雨の日は大好きだった。
そんな二人と一緒に傘に入ったのは蛙。
傘の下で五月蝿く鳴き出した蛙は、まるで笑顔の二人の下の、嘆き声を示しているようで。
散歩中、綺麗な花を見つけた。
雨に打たれた月白の百合は、濡れて更に美しく魅惑する。
妖艶のように見えるけれど、その色は清らかさを表すようで、二人が憧れを抱くほど綺麗な花だった。
その美しい花に、二人は傘を落として虜になっていた。
びしょ濡れになる体も気にならなかった。むしろ、濡れることでこの花のようになりたい、とさえ思っていた。
その怪しげな華の美しさは、二人の愛を優しく、けれど冷たく眺めていた。
昔々あるところに、二組のカップルがいましたとさ。
今でこそ多少は認知され始めている同性愛ですが、これは現代よりもまだ差別が酷かった頃のお話です。けれどつい最近のお話なのです。
悲しい悲しい、お話なのです。
幸せになりたい、両カップルとも当然そう願っておりました。
そしてより幸せを手にする為に、二組は結婚を考えていましたとさ。
そこで果て果て、困ったことになってしまいます。
これはとある六月の事件でした。
愛し合うことが叶わないのならば、あの空へと羽ばたきましょう。
愛し合うことが叶わないのならば、大海原へと羽ばたきましょう。
海へ身を投げた二組のカップルは、それぞれの望む場所で愛し合う夢が叶ったのか、それを知る由はありません。
花のようにすぐに散ってしまいました。儚くも散っていってしまいました。
美しい心を持った、そんな悲しい二組のカップルがいましたとさ。
それは、とある六月のことでした。
二組のカップルを嘲笑っているかのように、人を魅了する綺麗な花が開いたのです。
薔薇の花と百合の花が。