夢から覚めたように
嘘、嘘なんだろう? あれもこれも、全て嘘なんだろう?
嘘、嘘なんだろう? それもどれも、全て嘘なんだろう?
嘘、嘘なんだろう? どれが嘘じゃないんだろうか。そんなものないな。だって、あれもこれもそれも、全て全て嘘なのだから。
もう僕は、何を信じることも出来なかった。
本当だと思っていたものも、本当は全て嘘だって気が付いたんだ。
そうしたら僕は、もう僕には信じられるものなんてなくなっていた。
しかし、何もかもを疑っていると、疲れてしまう。
何を信じることも出来ず、疑心暗鬼に陥り、どんどん僕は混乱していった。
自らが放った嘘が、一番恐ろしかったよ。
収集することも今更出来ず、嘘で出来た噂は広がっていくばかり。いつしか僕の力じゃ、何を変えることも出来ない、大きな夢になってしまっていた。
街中に嘘が溢れていって、その嘘にもう、僕は潰されていってしまうようだった。
心が握り潰される気分だった。
僕と君とで織り成していた、とても幸せな日々。
本当の僕を偽ることによりてにしていた、とても幸せの日々。
帰りたいと思っても、帰ることなど出来ない日々。
それは、僕が創り出した偽物の日々に過ぎない。
けれど、大切な日々だったんだ。本当に守りたかったんだ。
大好きな君を騙している。そう思うと、罪悪感だって感じるさ。
でも嘘をなくしてしまうと、僕は君に触れることすら出来なくなってしまうんだね。
沢山の嘘で塗り固められた。綺麗なところだけを見せて汚いところを隠す、そうでないと良い関係なんて保てないから。
嘘だらけの偽りの日々でもいいのさ。
僕の作った大切な思い出。君に作った大切な思い出。
お互いに共有している、僕と君とで重なる時間。素敵な思い出。
君だってこの時間を大切だと感じているだろう。
それは僕が作り出した、完全に偽の僕、偽の思い出に近いものなのだから。
現実を普段から見ていると、幸せを感じるに決まっている。
だからって、嘘が好きなわけではないよ。
嘘がないと大変だとは思うけれど、嘘なんて大嫌いさ。
もちろん、嘘塗れな僕なんて大嫌い。
それでもこの大嫌いな僕を許してまで、僕は嘘を吐き続けた。
わかって欲しいのは、それほどまでに君との時間を守りたかったということ。
そんな真実の想いすら、沢山の嘘に埋れていってしまう。
嘘の中に隠れる想いは、僕も見つけることは出来ないよ。
本当に大切に思っていたんだよ。
本当なんだ、本当なんだって。
こんな僕だから、今更信じろって言っても無駄なのは。それくらいのことは……。
でも本当に仕方がなかったんだ。
どんな手段を使ってでも、守りたかった。守りたいと思う、そんな時間だった。
守るにしても、その方法を間違えていた。って、そう言いたいんだろ? ねえ。
はっきり言ってくれてもいいよ。
いくら僕だって、それくらいのことはわかったいるんだから。
それに、優しい微笑みが今の僕には一番痛いからさ。
嘘、嘘なんだろう? 僕も君も、全て嘘なんだろう?
嘘、嘘なんだろう? 彼も彼女も、全て嘘なんだろう?
嘘、嘘なんだろう? 誰が嘘じゃないんだろうか。そんなものないな。だって、僕も君も彼も彼女も、全て嘘なんだから。
いや、そんなの関係ない。
最早ここまで嘘に溢れた世界では、本当も嘘も変わらないのかもしれないね。
信頼してくれていたもんね。そんな僕の嘘を知り、君はショックを受けた様子だった。
何を信じることも出来ないようだから、相当なのだろう。
混乱している君に掛ける言葉など、今の僕は持っていない。
僕が放ってしまった嘘。街中に溢れかえっている嘘は、どんなに頑張っても避けられなどしない。
嘘のせいで綺麗な君が汚されていくのを、僕は見ていられなくて俯いた。
発端が僕だったからこそ、ね。
嘘、嘘なんだろう? 喜びも悲しみも、全て嘘なんだろう?
嘘、嘘なんだろう? 愛しさも切なさも、全て嘘なんだろう?
嘘、嘘なんだろう? 何が嘘じゃないんだろうか。そんなものないな。だって、喜びも悲しみも愛しさも切なさも、全て嘘なんだから。
本当だと思っていたものも、全て完璧に全部が本当なわけなどない。
むしろ、本当は全てが嘘だった。
無理だ。
何を信じることも出来ない、出来るわけがない。嘘に塗れた僕は、真実を探る清らかな瞳など持っていない。
自分自身が信じられなくて、混乱していく僕。
嘘に塗れても構わないけれど、嘘に潰されてしまうのは、やはり怖かった。
その恐怖にもう押し潰されてしまいそうで、嘘から逃げる為に、僕は再び嘘を吐いた。
好き。そして、嫌い。
その二つは相反するように見え、同じようなもの。
背中合わせで近くて遠くて、怖い怖いよ天国と地獄。
それでも僕は渡ってきたんだね。
自分の通ってきた道を振り返ると、自分でも鳥肌が立つようだ。
どちらに転ぶか恐れながらも、僕が渡ったこの細い綱。
嘘を重ねるというのは、それくらいのことなんだ。思い知らされたよ。
思い返してみると、恐怖がまた巻き起こる。その先にもまだ続いている、長い道を進んでいく怖さに耐えられない。
嫌いから逃げ出したい。嫌われたくない。
「その気持ちが、好きという気持ちなんだ」
まるで洗脳するかのように、僕はそう言う。
素直な君なのだから、そう言うのはずるいって僕も思っている。
それでも僕は繰り返した。
偽物の気持ちでも、僕は君と一緒にいたい。君に好いて貰いたい。
だから僕は繰り返した。
たとえ、嘘吐きになってしまおうとも。
そのときはそれしか考えられなかったんだから。怖かったんだから。
好きと言う気持ち。嫌いと言う気持ち。
それらが連なっている、瀬戸際は恐ろしいもの。
気持ちがわからず、涙に戸惑いに不安に、溺れてしまうことを恐れていた。
けれど僕が渉ってきた、恐怖の川はもう下。
嘘がばれてしまった今では、そこに戻ることも出来ない。
偽りの君が作り出した。偽りの僕へと作り出した。
偽りだらけの好きを手に入れるなんて。それさえも恐れた僕は、そこからも逃げ出した。
洗脳で僕が作り出した。そんな偽の好意を、僕が受け取ることなんて出来なくって。
そんな、その程度の勇気すら持てない、僕は僕が悲しい。
本当に大好きで大好きで。
嘘だらけの僕だけど、この愛は本物だったんだよ。
両想いになりたかった。その強い思いは、無意識のまま、本物の愛をも偽った。
愛、愛を。
繋ぐ方法を間違えていたんだって、君はそう言いたいんだろ?
今更、そんなこと言わなくたってわかっているよ。
僕自身が一番わかっているんだよ。
嘘、嘘なんだろう? 虚像も実像も、同じことなのだろう?
嘘、嘘なんだろう? 夢も現も、同じことなのだろう?
嘘、嘘なんだろう? どれが嘘じゃないんだろうか。そんなものないな。だって、虚像も実像も、夢も現も、全て全て全て全て嘘なんだから。
この僕の存在だって、きっと嘘なんだろうと思う。
嘘に包まれた僕は嘘を吐いて、嘘吐きではなく嘘そのものになってしまったんだろう。それほどまでに、僕は自然と嘘を発していたのだから。
どこも嘘で満ち溢れている。
どこにも逃げ道がなく嘘に満ち溢れている為、もう慌てふためいて街が混乱してしまう。混乱した人で混雑して、更に嘘が重なっていく。
蠢くように溢れている。どこまでも着いてくるそんな嘘で、周りに何も見えなくなっていた。
いつしか綺麗な空を眺めることすら、都会のこの街では出来なくなっていたんだね。
嘘、嘘なんだろう? どこもかしこも、全て嘘なのだろう?
嘘、嘘なんだろう? 人間も感情も、全て嘘なのだろう?
嘘、嘘なんだろう? 目覚めていても眠っていても、嘘に塗れて結局は同じことなんだろう?
僕たちが今まで信じて来たもの。僕たちが描いてきていた夢。僕たちが生きたその記録すら、嘘だったんだ。
それらがずっと、悲しいくらいにずっとずっと、全て嘘だったんだろう。
どこも嘘に満ち溢れている。
僕はここから逃げ出したいと、電車に乗る為に駅へ来た。駅が混雑しているのは、僕と同じような人が多くいるからだろう。慌てふためいているから、なんだろう。
どの人を見ても嘘吐きにしか見えない今の僕は、混乱する頭ながらもなんとか走り出す。
嘘を掻き分けて真実を探す。
もうこんな嘘なんかに騙されはしない。もう君のことを疑ったりはしない。君のことだけを信じるよ。
なんとか探し出そうとするけれど、そこにはもう君はいなくなっていた。
後悔しても嘆いても、そこに向けられるのは君の温かい、陽だまりのような視線じゃない。憐れむように僕を見る、嘘たちの冷たい視線だけだった。
もう君には会えないんだね。
君が本当に好きだったんだ。
だから嘘を吐いてでも、君との時間を守りたいと思った。
そして嘘を吐いたことを隠そうとして、僕は更に嘘を吐いた。嘘に更なる嘘を重ねて、嘘を隠そうとして更なる嘘を積み重ねた。
もう君との時間に、本当の僕はいることも出来なくなっていたね。君の隣にいたのは、僕じゃなくて僕ではない誰かだったんだ。きっと、もう、手遅れだったんだね。
嘘と偽りで出来てしまった、実に虚しい君との生活。
負の感情など抱くこともない、ただ幸せしかない君との虚しい生活。
僕が積み重ね続けて来た嘘。あまりにそれは高く積み重なってしまって、もう自分では降りられないほどになってしまっていた。
僕が吐き続けて来た嘘。あまりにそれは増えてしまっていて、もう自分では糺せないほどになってしまっていた。
それでもせめて自分で降りられれば良かったね。いくら怪我をしてでも、僕の口から真実を告げるべきだった。
重ねた嘘がばれてしまった。その途端に、僕は全てを失ってしまったんだ。
小さな嘘がばれたときに、次から次へと嘘が発覚していき、大きな嘘まで全てばれてしまった。僕の醜さも、全部。
失敗しただるま落としのように、僕は下へと転落してしまった。もう立ち直ることなど出来ないほどに。
「本当のことを教えて。私は本当のあなたを知りたいの」
そんな君の言葉は、嬉しかったよ。この気持ちは本当だ、嘘じゃない。
だからって本当のことを、残らず語ることなんて出来なかったけどね。
だけどこうして高く積み重ねた嘘から、思いがけぬことで落ちて行ってしまうなんて、こんな辛い思いはしたくなかった。嘘は懲り懲りだ、って思う。
確かな真実を探して語るけれど、君が信じていないことくらい見ればわかる。君が信じられない気持ちは、とてもよくわかる。
語りながら、幸せだった日々を僕は思い出す。
嘘がばれる寸前の日々なんかは、本当に幸せしかなかったな。
真実なんてどこにもない。だって、現実は辛いから。
嘘だけで出来ている、いつ落ちるかもわからない、綱渡りのような日々だった。崩れ易く脆い日々、だからこそ幸せな日々。
儚さの象徴とも言えるような日々だった。
嘘、嘘なんだろう?
嘘、嘘なんだろう?
嘘、嘘なんだろう?
僕の頭の中に木霊している、そんな声。その声、それは。
嘘、嘘なんだろう?
嘘、嘘なんだろう?
嘘、嘘なんだろう?
嘘吐きという僕も嘘だったらと願うけれど、嘘吐きな僕それは嘘なんじゃないかと僕は無理矢理思い込むけれど。きっと。
嘘、嘘なんだろう?
嘘、嘘なんだろう?
嘘、嘘なんだろう?
きっと僕は嘘吐きであり、それは紛れもない真実であり。結局はやっぱり、全て。
嘘、嘘なんだろう?
嘘、嘘なんだろう?
嘘、嘘なんだろう?
Ahー
どうすればいいのだろうか。もう、僕自身が嘘そのものなのか。
吐き始めの頃には、本当に小さな嘘だったんだ。
初めに吐いたのは、小さな小さなどうしようもない嘘だったんだ。
でも簡単に君が信じたりするから、無邪気な君が可愛かったから。
絶望を覚えさせたくないと、その小さな嘘を隠す為にもっと大きな嘘を吐いた。
隠す度に更に嘘を重ねていき、嘘はどんどん大きくなっていく。
大きく、大きく、膨らんでいく。
そしてそれはいつしか、取り返しがつかないほどの大きな嘘となっていたんだね。
気付いた時には、もう完全に手遅れだった。
僕の小さな体じゃ、ちっぽけなこの手じゃ、支えきれないほど大きな嘘が出来ていた。
そんな状態だというのに、僕はまだ嘘を明かそうとしなかった。
まだ僕は真実を探していた。
信じていたんだ。信じていたかったんだ。
そんな僕には関係なく、容赦なく終わりを迎えてしまった、僕の作り出した嘘の日々、とても大切な嘘の日常。
本当に大切なものだった。どうしても守りたいものだった。
それを僕は遂に、自分のせいで失ってしまっていた。
夢から覚めたように。