表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

さようなら

 目を覚ますと、僕は見覚えのない場所に立っていました。

 一体どこに迷い込んでしまったのでしょうか。

 それは、本当に本当に素敵な街なのでした。


 今までに、こんな素晴らしい街は見たこともありません。

 ここまで夢で溢れる街が、他にあるでしょうか。

 こんな街は初めてで、立っているだけでもなんだか幸せな気分になるようでした。


 そこにいる人々。

 その一人一人の皆が、皆が笑顔で溢れていました。

 誰もが幸せに溢れていて、とてもありえない光景とも思えました。

 同時に、あって欲しいと思うような美しい街なのです。


 冷たく鋭い刃のような吹雪が、絶え間なく体を打ち付けてくるんだ。

 その痛みと苦しみは、もう死んでしまった方が楽なのではないか、と思えるほどで。


 あまりの冷たさに耐えることなんて出来なくって、僕はゆっくり瞳を閉ざした。

 どんなに辛くても、瞳を閉じたらそれは終わりだって、それくらいのことは僕もわかっている。

 それでも耐えることなんて、そんなこと出来なかったから。

 閉じた瞳。瞼に映っているのは、とても美しい氷の世界だった。

 それはもう、ここだけでしか見られないであろう、素晴らしい夢の街。

 決して現実で見られることはないであろう、素晴らしい夢の街。


 そこはもう、まるで楽園。

 僕が目指し旅を続けていた、楽園なのだろうか。

 もしかしたら、より美しい楽園かもしれないね。



 目を覚ますと、そこに映っているのは真っ白な空間でした。

 どうして、どうしたらこんなところに迷い込んでしまったのでしょう。

 それは、本当に本当に過酷な山なのでした。


 どこを見たとしても、視界は完全に真っ白。もう完全に閉ざされてしまっているようでした。

 吹雪に体を打たれ続けて、それは辛い辛い冬の雪山なのでした。


 そこに人などいはしない。

 どこをどれだけ見て彷徨って、それでも人影など微塵もなく。

 吹雪に打たれる僕と、その隣で同じく打たれる僕の友。

 二人は明らかに、完全に孤立しているのでした。


 太鼓の音や賑やかな笑い声。

 耳が元気になるくらい、楽しげに鳴り響いてくるんだ。

 その絶え間ない演奏に、僕は笑顔が零れた。


 楽しそうなその光景に、僕はゆっくりと瞳を開いた。

 視界に映り込んでくるのは、とても美しい氷の世界だった。

 こんなにも美しい街は、他の場所で見たことがない。

 疲れで瞳を開いていることも大変だったのだが、楽しくて楽しくて僕は笑った。

 実に素晴らしい、素晴らしい夢の街だった。


 それを見た瞬間に、僕は思ったんだ。

 美しいそこは、まるで地獄なのだろう、と。

 雪と風で彩られて、僕が逃げ続けてきた、地獄なんだろうと。

 辛い辛い地獄なんだろうと。


 ここは、誰も見たことがないような世界。

 氷で出来た、芸術の世界。

 それは、誰も見たことがないような世界。

 美しく涼やかな、芸術の世界。


 目を閉ざしてみると、そこには新しい世界が広がっていた。

 楽園。としか表現のしようがない、賑やかで幸せな世界。至高の世界が広がっている。

 しかし、目を開けば、楽園から地獄へと一気に呼び寄せられていく。

 それが現実と夢の違い、ということなのだろう。

 現在の痛みに耐えてでも、未来の為に生きるのが正しい判断なのだろうとは思う。もしかしたら、死ねば本物の地獄へと誘われるかもしれないし。

 だけど僕は、可能性の為に生きることなんて出来なかった。

 恐怖へと誘う、視界に広がる白。

 その打ち付ける痛みや変わらない白に、僕は心身ともに凍えていく。


 楽園。それと地獄。

 その二つ、どちらがいいのか。決まっているじゃないか。

 迷うことなどなく、僕は即座に答えを出した。

 地獄に生きるくらいなら、楽園を夢見て死に逝きたい、と。

 どうせ待っていてくれる愛しい人はいないのだから、無理に帰る必要などないじゃないか、と。

 どうやら友も同じような結論へと辿り着いたらしく、楽園を見るべき瞳を閉じる。

 楽園を見たいから、その為に瞳をゆっくり閉じた。


 さようなら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ