スポーツの秋
ときが流れるのとは、なんと早いことなのだろう。
どんどん衰えていっていて、昔のように動くことなどとても出来ない。
それなりに筋肉がついていたというのに、今や細くなってしまった腕。トレーニングをし続けておかなかったことを少し悔いる。
体はいつも震えているし、脚はもう歩くことすら覚束ない。
僕は諦め掛けていたが、君はそうではないらしい。
「まだ、諦めたくはないんだ」
と、そう言って、君は立ち上がったんだ。
同じだけ歳を取り、僕と同じように衰えている筈の君が、力強く立ち上がったんだ。
「まだまださ!」
そうだよね。諦めるにはまだ早いもんね。
君の言葉で負けず嫌いな僕が目を覚ました。
年齢を理由に衰退や敗北を許すなんて、そんなこといけないに決まっている。
若い子に負けてなんかいられない。
野を駆け回った若かりし思い出は本物だし、経験や強さは年寄りの方が兼ね備えているのだから。
老人の我が儘や、頑固さだと思われているかもしれない。
それでも構わないから、僕はもう一度立ち上がった。
「走り出せ!」
少しずつ努力をしていたら、歩くのにもよろけてばかりだった脚だけれど、そこそこ走れるまでになった。
やはり、やれば出来るのだ。
手遅れでもなければ、ましてや年齢によって不可能と決めてしまうのは惜し過ぎる。
「走り出す!」
強くそう自分に言えば、言葉通り走り出すことさえ出来るような気がした。
空さえ飛べるような気がしていた、あの日々と同じ。
力強く夢と決意と覚悟と、様々な期待や思いを胸に二人で走り出すんだ。
僕と君と、手を繋いで。
もう遥か遠く、半世紀以上をも前のことになるのだろう。それでも鮮明に思い出すことの出来る、輝いていた青春の日のようだ。
あの日と変わらぬ青い空を、あの日と変わらず二人で見上げているんだ。
どうしてなんだろう。
覚えていたいことも、忘れる筈のないことも、大切なことすらも、どんどん忘れていってしまう。
自分では出来ているつもりなのに、傍から見てみれば邪魔をする老人にしか見えないのだろう。注意や忠告も素直に聞き入れられない。
人の言うことをちゃんと聞かず、受け入れようともせず、頑固になってくる自分が悲しい。
それでも、絶対に忘れたくないもの。
愛だけは、何があっても愛だけは忘れたくないんだ。
年齢のせいにして諦めていたけれど、やっぱり嫌だと僕は立ち上がった。
とは言っても、年老いて体力も衰えてしまっている。
体力と同じように衰えてしまった、硬い頭では頑なに出来ると主張するけれど、それが頑固というものだ。
僕はちゃんと認める。
もうさすがに、若い頃のようにはいられないのだろう。
こんな歳になって、まだ人生に迷っているなんて情けない。
それでも、そう簡単に拭うことが出来ないんだ。あの日に戻りたい。と言う気持ちが。
それでも、前へと進みたいとも僕は思っているんだ。
先に待っているのは死と言う名の暗いゴールなのかもしれないけれど、それを恐れて道を外れるのだけはご免だから。
迷い迷いながら、僕と君とで立ち尽くして。
まだ記憶に焼き付いて残っている、懐かしい青春の日のように。
人生に不安を抱えながら、本気で悩んでみたんだよね。
秋と言ったら、何になるのだろう。
読書の秋? ただ幼い頃から本を読むのが苦手だった僕が、歳を取ったからって読書家に変わる訳じゃない。
芸術の秋? 無駄に年齢を重ねてきた僕だから、芸術や趣なんて、見ていてもさっぱりわかりやしないよ。
そんな難しいことなんかは、わかるような僕じゃない。自慢じゃないけどね。
そう、秋と言ったらそれだ。
食欲の秋だろ。果物の数々や秋刀魚など、旬を迎えて美味しさを僕の元へと届けてくれる。
そしてそれよりも、何よりも、やっぱりスポーツの秋だろ。
大人しく風流に秋を楽しむなんて、そんなんじゃ僕らしくない。
歳を取っても僕は僕なのだ。
ジッとなんてしていられない。走りだそう。
今の若い子と言うのは、運動をしないみたいだね。
「まだまださ!」
その程度の弱っちい体じゃ、僕には勝てないみたいだよ。
少しずつではあるけれど、走ることも出来るようになってきた。若い子に負けてなんかいられないね。
無理して走ってしまうくらいならば、歩くだけでもいいんだ。
「歩き出せ!」
いつまでも現実から目を背けて、立ち止まったり逃げたりしていないで、歩き出さないといけない。
そう「歩き出す」んだ。
速度が速い必要なんてない。大事なのは、自分のペースをしっかりと守ること。
ゆっくりだって、いいんだよ。
もう遥か遠く、ずっと昔の、青春の日のようだ。
本気で悩んでみたんだけれど、そんなことは僕に向いていないってわかったんだ。
遥か遠くまで続いている、変わらぬ青い空を見上げていたら、悩みなんてちっぽけでどうでもいいことに思えて来た。
全部、吸い込まれていっちゃったみたいだね。
スポーツの秋。




