境界
―…りゅ……う…。
―りゅうき…。
―龍輝?
華早の声がして目を開くとそこは森の中だった。
「大丈夫ですか?吐き気はありますか?」と彼は龍輝の体を起こしながら尋ねた。
吐き気は無くなっていた。
むしろ吐き気を通り越してすがすがしい気分だ。
「いや、大丈夫」と龍輝はそう言って立ち上がる。
森の独特な香りがして下を見れば地面が苔で覆い尽くされていた。
どこを見ても緑一色。
森の心地よい風が髪を揺らした。
「なぁ、華早…いま…」と夢の話しをしようとして止めた。
「なんですか?」
「いや…なんでもない」
自分の見た夢を見知らぬ今さっき会ったばかりの人間に言ってどうする…と思ったからだ。
「そう…」と華早は不思議そうな顔したが、何も聞かなかった。
「すまん生身の人間だっつーうこと忘れていたなぁ!」
とあの機嫌の悪そうな声が背後からした。
振り向くと石であろう緑色の塊の上でタバコを吹かしながら羽流都が龍輝に向かってニヤリと笑った。
華早にあの大剣で切られたはずなのに彼は怪我のひとつもなくピンピンしている。
「お前さっき…」龍輝は声を震わす
彼は「あん?」と機嫌悪そうにそう返して龍輝を睨んだ。
その瞳はふざけたこと言ったら殺すと言っているように感じた。
「ここは…どこだ?」と龍輝は思っていたことと違うことをすこし投げやりに聞いた。
こいつに睨まれたから言うことを変えたとは思いたくなかった。
羽流都は口の端を釣り上げ「ここはぁ!キョウカイだなぁ!!」と彼は煙を吐きながらそう言った。
「教会?」教会らしい建物はどこにも見当たらない。
この男はなにを言っているのだろう?
まず、ここどうみても室内とは思えない。
どうみてもここは外でジャングルだ。ジャングルのある教会なんてあるのだろうか?
不思議そうな顔をしている龍輝を見ながら羽流都はニヤリと意地悪くわらった。
―あいつらも…生きているとするならこのくらいだろうか?
と自分の息子と龍輝を重ねる。
あの日、ラシとこの境界を通った。
その時、ここはこんな緑生い茂る森ではなかった。
床には砂漠の砂が引かれ銀色の世界だけが広がっていた。
砂漠に足がとられ逃げるにはもってこいの場所とはいえなかった。
―祐夜がいなかったらまよっていただろう。
―奴らに追われて手放した。
―そうすることで守るしかなかった。
「龍輝、ここは境界と言って世界と世界をつなぐ狭間だよ。」と華早
「世界の狭間?ここが?」と龍輝は聞き返し辺りを見渡して「俺には森にしかみえないけどな?」と返した。
「んあ?あの馬鹿が森にしたんなーぁ」と羽流都は立ち上がり文句を垂れると
「おい!龍輝こっちだ」と生い茂る木の葉を掻き分けながらいった。
「なぁ、どこに連れていく気だよ」
「出口なぁー」
出口??こいつらの言っていることが理解できない…。
「龍輝、羽流都から離れないでください。迷子になったらこの世界から出られずに消滅する恐れがありますので」と華早。
「消滅?」
「ええ。ここは世界と世界の狭間、いろんな世界をつないでいます。私達の世界はその狭間の中に偶然出来ました。そしてここは龍輝のいた世界と私達の世界をつなぐ狭間で境界です。境界は世界の理に反します。よって全てが無で出来ています。ですからここにいる私達も今は無ということになります。無はやがて有を消し存在しないものとなります。そうするとどの世界からも私達の存在は消滅し、二度と世界に存在することが出来なくなり、どの世界にも戻れなくなります」
「よく分かんないがここに長居すると消えるってこと?」と龍輝。
「ええ。その通りです」
「ってことだからぁー、消えたくなければついてこいなぁ!」と羽流都はイヤそうな顔をした。
顔が綺麗なんだからそんな顔しなければいいのにと思いながら「はいはい」と彼について行った。
森は蒸し暑く湿度が高い、腕に水蒸気が吸い付くほどだった。
だが、不思議と嫌な感じはなく涼しさと心地よさがあった。
そして、赤く光る木や青い葉など見たことのない木々が生い茂っていた。
それらのおかげで空は見えない。
というか空があるかも分からないくらい木の幹が永遠に天へ伸びている。
辺りが見渡せるほど明るいのはその木達が光り足元を照らしているからだった。
「龍輝。すごい気になるのですが、むこうの世界では皆その服を着るのですか?」と華早がそう尋ねた。
「むこう??」
「お前がいた世界!ジパングのことなぁ?」と羽流都がイライラしながら言った。
「ジパング?」
「今はジパングではなく日本というのですよ。羽流都。」と華早は笑い、ですよね?と尋ねてきた。
ジパングっていつの時代の言い方だよ!と思いながら龍輝は頷いた。
「あ?そうなのかぁ!まぁどうでもいいが俺らがむこうに行ったときはむこうの人間はそんな服着てなかったなぁ!」
と羽流都は声を荒げた。
「この服は制服だよ」
「制服??」と華早がすかさず聞き返す。
「学生が着る服だ」
「学生がぁ??なんか着づらそうな服だなぁ!?」と羽流都はそう悪態をついた。
それに引き換え華早は「特別な服なのですね」とニコニコと笑った。