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お茶の間探偵

「母さん、新しい番組がやってるよ」

「……」


 母は黙ったままだ。もはや口も利いてくれないらしい。

 彼女は日ごろから無職の僕に対しての当たりがきつい。

 ことあるごとに小言を言ってくるし物が飛んでくることもざらにある。

 今日は特にいらいらしており、先ほどまでひどい口論をするはめになってしまった。


 もはや気にしていても仕方がないのでテレビに集中することにした。


 新番組は、未解決殺人事件が起きた現場へ突撃取材するという趣旨のようだ。

 薄暗い廃墟のなかを映している。そこを高校生くらいの新人アイドルらしき少女が懐中電灯を片手に歩いている。特段珍しくない内容である。


「数年前に殺人事件が起きましてね」

「えーどんな事件だったんですかあ?」

「入院されていた数名の患者さんが鈍器のようなもので撲殺されたんです。でも犯人はおろか凶器さえまだ見つかっていません」

「やだあ、こわーい」


 聞き手役となった少女はいちいちオーバーなリアクションで場を盛り上げようとしていた。

 当時その施設で看護師をしていたという男が道案内役をしながら事件発生時の様子について事細かに語っている。


 合間合間に当時の写真や再現映像などが流れ雰囲気を造ろうとしているようだったが、いまひとつ面白くないというのが正直な感想である。


「ところで看護士さん、変わったストラップをつけてますね」

「ああこれですか。これ立方体のパズルなんですよ」

「可愛い私も欲しいな」

「止めた方がいいですよ。これチタン製だからすぐ携帯電話が傷だらけになるんです」


 番組の残り時間あと十分といったところで実際の殺人であるらしい病室に辿り着くが、二人はたわいもない会話を続けていた。

 まさかここで事件の手がかりが掴めるわけでもないだろう。そんなものがあればすでに警察が見つけているはずである。果たしてこんな番組で視聴率がとれるのだろうかと、しなくてもいい心配をしていた矢先である。


「ああ、そういえば殺された患者の○○さんの遺留品の携帯電話もボロボロでしたっけね」

「えっ」と戸惑いの声をあげる看護師。


 それまできゃあきゃあ騒いでいるだけだった少女の様子がいつの間にか変わっていた。まるで羊の皮を脱ぎだした狼のようにと表現してもいいくらいに、目つきが、喋り方が鋭くなっているようだった。


「当時の彼女の写真を確認したらそっくりなストラップをつけてました。事件前後に何者かに奪われたかもしれません。ちなみにあのパズル、当時は『恋人の証』って呼ばれていたようですね。ほら他のパズルとくっつけて合体できるでしょう。それで私、二人がお付き合いされていたことに気づいたんです」

「えっえっ」

「でもよくよく調べたら殺された他の患者さんたちも同じパズルを持ってたんですよね。どうも○○さんは交際する相手全員に配ってたみたいですね。この情報は彼女の親友だった方から得たものです。……どっちかというと『浮気の証』ですねこのパズル。そりゃあ怨んで殺したくもなりますよ」

「……君はもしかして僕を疑っているのかい?」


「疑っているんじゃないんです。確信してるんです。犯人はあなたです」

「馬鹿な。一体どこにそんな証拠が」


「それです。あなたの持っているパズルの1ピース」

「こんなものたかが携帯電話のストラップじゃないか」

「十数個も連結させれば凶器として使えることは実験で確認済みですよ。事件後、証拠隠滅の為に、近所の子供に配り歩いていたという証言も得ています。あとはあなたが捨てるに捨てきれなかったそいつを鑑識に回すだけ」

「そ……んな……」

「残念です。自首して下さい看護師さん」


「うっ……うう……あの女が全部悪いんだ」


 泣き崩れる看護師の男。

 アイドルだと思っていた少女が事件現場についたとたん少女はおもむろにしゃべり始めたと思ったら、一瞬にして未解決事件を解決してしまった。


 彼女ははどうやら巷で話題になっている名探偵であるらしい。元々ブログで未解決事件についての考察を挙げていたのだが。それが実際の事件解決に繋がったことから一気に有名人となり、このテレビ番組に抜擢されたのだという。

 少女は得意げにカメラに向かって指を突きつけ決め台詞を言い放つ。

「次の犯人はお茶の間のあなたです!」。


 冗談ではなかった。

 今頃、全国の殺人鬼たちは「もし自分がやってしまった事件が特集されたら」と震え上がっているはずだ。

 彼女がやってくるかも知れないと怯えながら、毎週このテレビを観て過ごす事になる人生なんてごめんである。


「自首しよう」僕はテレビを消すと、上着を羽織り、出かける準備をする。


 果たして肉殺しはどれくらいの罪だろう。

 死刑か、無期懲役か。

 情状酌量の余地ありで意外に懲役刑かもしれない。


「じゃあ行ってくるね母さん」


 僕はいつの間にか冷たくなってしまった母に別れの挨拶を告げる。

 どちらにしろもはや晩御飯までに帰ってくることは一生できそうになかった。

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