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飽食探偵

 グルメ探偵。


 人はそう呼んでいた。


 スプーン小匙程も味わえば、どんなメニューもたちどころに材料、調理方法、隠し味に至るまで、推理してしまう類い希なる舌の持ち主だった。その洞察力はミシュランも評価し、スカウトがきた程である。


 彼女がそれなりに有名になった経緯には運営するブログのコンテンツ「料理推理対決」があった。全国の料理人たちを相手に、鼻栓と目隠しのハンデで、食材(きょうき)から料理方法(はんこう)隠味(とりっく)に至るまでを暴いていくという趣旨のゲームである。

 勿論、連戦連勝。挑戦した和洋中華問わずすべての料理人が鼻栓をとることすらできず、その秘伝の味を暴露されていった。


 事件が起きたのは、「それ」を口にした時だった。かじり、咀嚼し、舌が神経を経由し脳に味覚を伝えた瞬間、彼女は茫然とした。


 それはどこにでも売られており、季節に左右されずいつでも、格安で誰でも口にすることのできる有名チェーンのハンバーガーだった。

 だがどれだけ味覚嗅覚を駆使し、脳みそのデータベースをフル稼働させても解答が出てこない。どんな材料で、どんな調理法で造られているのかが分からないのだ。


 それからの彼女の取り乱しぶりにはすごいものがあった。まず近所にあったハンバーガーショップのバーガーをすべて買い占めると、テーブルの上に山盛りにしたそれに怒濤の勢いで食らいつき始めたのだ。「そんなことはない」「こんなはずはない」と呟きながら次々に食らいつき空になった包み紙をくしゃくしゃに丸めていく。そうして合計百個のハンバーガーを平らげたとき彼女は答えを出せないまま気絶した。


 敗北をきっかけにブログのアクセス数は格段に落ちた。彼女もまるで憑き物が落ちたかのように料理人との闘いを避けるようになり更新の頻度を落とした。そして「探さないで下さい」のメッセージと共にどこかへ旅立ってしまう。


 だが彼女の食に対する姿勢は探偵であることを止めていなかった。持てる知識で勝てないのであれば、新しい情報を得るまでとばかりに安楽椅子を離れフィールドワークに出ていたのだ。


 まずはバーガーショップへと聞き込みを行った結果、ハンバーグからバンズに至る全てが「企業秘密」であり従業員すら情報が下りていないことが判明した。バックヤードの廃棄物置場で見つけた業務用の袋にあった表記から、食材が「加工肉」であること、出荷元が海外であるという情報を得ると、次の現場へと向かった。


 パスポートを取得し、飛行機で半日、そこから車をチャーターし、ようやく到着することができた製造工場。そこが送られてきた食材を加工しているだけの施設であることを知った彼女だったが絶望はしていなかった。現地人の工場長に慣れない片言の英語で会話をし、仕入れ先である国の名前を聞き出すと、すぐ様そこへ向かう為の準備をし始める。その頃にはすでにハンバーガーの謎にとりつかれていたのだと思う。


 ここから先、彼女が何を知り、何を体験してきたのかは本当に誰も知らない。何故ならその国は紛争中で、常識的な交通手段がなく同行できなかったからだ。知っているのは二週間後の変わり果てた彼女の姿だ。髪の毛はぼさぼさで誇りまみれ、絶えず挙動不審にあたりを見回し、また小刻みに身体を震わせていた。何か恐ろしい目に遭ったのだろうことは想像に難くなかった。


 帰国後、彼女が最初にオーダーした食事はやはりハンバーガーだった。それをただひたすら咀嚼した。三個ほどを平らげた後、ひと心地ついたらしく「ああそうか。やっぱりこれはあの時の味か。やっとわかった」と幸福そうに笑った。


 そして素材と調理方法について喋り始める。


「材料はまず大量の――を――にする」 


 最初は耳を疑った。

 やがてそれがハンバーガーで使用されている「加工肉」ができるまでの過程なのだと理解し、脳天を棍棒で殴られたような衝撃を受けた。


 それを食べ物と呼ぶには常軌を逸しておりあまりにも倫理を逸脱していた。それを調理方法と呼ぶにはあまりにもおぞましく、禁忌に触れすぎていた。

 まるで呪詛だった。聞いているものはいつの間にか込み上げ、嘔吐していたが、彼女の口からは未だに呪詛は続いており、いつしかその心は絶望感に染まるのだった。


 数日後、彼女のブログでアップされたそのレシピがきっかけで世界を巻き込んだパニックが起きたのは言うまでもない。すぐさまハンバーガーは販売中止され、製造工場への警察の介入が開始。メニューの内容を知り、体調不良を起こした者数百万人に上り、菜食主義、拒食症になるものが後を絶たず、挙げ句自殺者までるほどの社会現象にまで発展した。あの世にもおぞましいバーガーに人体の悪影響を及ぼす可能性がほぼゼロであることだけが唯一の救いだった。


 グルメ探偵は、最後に嬉しそうに笑った。世界は広い。まだまだ口にしたことのないものがたくさんあることを知ったよ、と。


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