これは簡単なゲームです。
「これは簡単なゲームです。勝者には素敵な景品(希望があれば賞金)が出ます。一人から簡単に参加出来ます。
参加希望者はここで申込みをお願いします。参加費用はかかりません。」
勇次が家に着くと、ポストにはこんな紙切れが入っていた。
「賞金か。」
勇次は紙切れの下に書いてある地図を見た。
「ここって。 ここかよ?!」
地図には今まさに勇次が住んでるアパートの住所が書いてあった。
勇次は焦って、紙切れの端っこに小さく書かれた電話番号をダイヤルした。
「もしもし!!」
勇次は声を荒げて言った。
「はい。」
電話の向こうでは女性の声がかすかに聞こえた。
勇次は少し戸惑いながら、とりあえず大きな声のまま少し丁寧に話した。
「今日ポストに入ってたんですけど、申込みが俺の家なんて聞いてません。」
「あっ、松田勇次様ですか?」
「ええ。」
「おめでとうございます!」
勇次はその言葉に唖然とした。
「松田様は自動的にこのゲームには参加という形になりますが、必ず勝てるのです。」
「はっ??????????????」
勇次には何が何だか状況は理解できなかったが、電話越しの女の人は淡々と話を続けていた。
「これから、松田様のお宅にはゲームの参加者が集まります。そして、松田様の家で申込みを行います。おそらく、参加者は5人程度だと思われます。」
「ちょっと、待って下さい。
「何でしょうか?」
「俺の家でそのゲームをするんですか?」
「はい、申し訳ありませんが松田様のお宅はゲーム仕様に変えさせて頂きます。もちろん、終わり次第こちらで元に戻し、費用はかかりません。ゲームが始まるまではホテルにて待機願います。あっ、この費用ももちろんこちらで負担しますのでご心配なく。」
「あの、俺が必ず勝てるというのはどういうことですか?」
勇次は何から聞けば良いのかも解らなくなってきた。
「はい、松田様は云わばジョーカーのような存在になって頂きます。」
「ジョーカー?」
「はい、このゲームは団体で力を合わせないと勝てません。賞品もしくは賞金の総額は決まっています。勝ち残った人で分け合うシステムになっています。要するに・・。」
「俺のさじ加減では俺は一人でその賞品なり賞金を独り占め出来るのか?」
「はい。」
「その総額は教えてもらえるのか?」
「はい、一億円です。」
「い、いち、一億?」
その後には簡単な説明があったが、勇次の耳には届いていなかった。
「勇次様、では明日からABホテルの205号室にてお過ごしください。今からこちらのスタッフがご自宅までお迎えにあがります。」
「は、はい。」
勇次は電話を切ると、大きくため息をついた。勇次の頭の中には一億と言う言葉しか残っていなかった。
「あっ、肝心の事聞かなかった。」
そう言うと勇次は時計を見た。
「あれ? これから来ると言ってたよな。」
すると、玄関の外が騒がしくなりチャイムが響いた。
「早くないか?」
勇次はドキドキしながら玄関を開けた。
「勇次!」
すると、そこには友人の薫が立っていた。
「薫?」
「あのさ、今大丈夫?」
「あっ、ごめん。 今から人が来るんだ。」
「えっ。彼女?」
「彼女はいないよ。 ちょっとした、仕事みたいなもんだ。」
「あれ? 仕事決まったの?」
「え、まぁ。」
勇次は世間で言うフリーターだった。勇次はいつもどうしたら楽してお金を稼げるかだけを考えていた。
「そっか、そう言うことなら出直す。」
「ごめんな。」
「またね。」
薫は足早に勇次の部屋を後にした。
「俺は薫が好きなんだけどね。」
勇次はぼそっと言うと、静かに扉を閉めた。
「でも、お金持ちの俺を見たらきっと、薫だって。」
勇次は妄想をめぐらせ、にやにやした。
玄関のチャイムが再び静かな部屋に響いた。
「今度こそ。」
勇次はゆっくりと扉を開いた。
「こんにちは、松田勇次さんですか?」
「はい。」
扉の向こうには真っ黒なスーツの集団がきちんと列をなしていた。
「先ほど連絡があったかと思いますが、今から松田様のお部屋をお借りし、ゲームの会場のセッテイングをさせて頂きます。 家具等はこちらの倉庫にて保管いたします。 必要なものだけホテルのお持ち頂けますか?」
「あの、ゲームには何か必要なものはありますか?」
「いえ。」
「では、ゲームはいつから始まりますか?」
「3日後になります。」
「3日後にここに来れば良いのですか?」
「はい。」
「携帯や財布は?」
「どちらでも構いません。」
「あの、ゲームってどんな内容なんですか?」
「・・・・それはまだ。 しかし、松田様の演技力が必要になってきます。」
「演技力?」
「はい、お部屋には入らせて頂いても?」
「あ、はい、どうぞ。」
その言葉と童子に真っ黒な集団は足並みをそろえて、部屋に入った。
「とりあえず、全て出して移動します。 松田様はホテルに向かわれて結構です。」
その黒い集団の必ず一番前にいる男は淡々と話した。
「あ、はい。 着替えとか用意しても良いですか?」
「はい。」
そう言うと、そのリーダー的な男は指示を出すと同時に、黒い集団はサッと壁に並んだ。
「どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
その風景は異様としか言えない状況だった。
勇次は静かに荷物をまとめると、部屋を見渡した。
「ゲーム後は戻るんですよね?」
「はい。」
勇次は大きく深呼吸すると、部屋を出た。自分の部屋なのに、他人の部屋にいるような感覚だった。
「お邪魔しました。」
勇次は無意識にそう言うと、玄関を閉めた。
「では、こちらです。」
「わっ、あ、はい。」
まさか外に待機してる人がいるとは思わず、勇次は大きな声が出た。
「ホテルまでご案内します。」
「あ、宜しくお願いします。」
「あなた様には、初めにホテルまで車で移動しながらでゲームの内容を説明させて頂きます。」
「え、さっきの人は教えてくれませんでしたよ。」
「それは、知らないからです。 ゲームは毎回形を変えています。」
「そうなんですか。」
「では、ゲームのルールです。」
勇次は唾を飲み込んだ。
「松田様には、あなた様以外の参加者をだまして頂きます。」
「騙す?」
車は静かに走り出した。
「参加者はあなたを含めて5人になりました。 参加者はみんな松田様と同じように今日家を出て、同じ説明をされ、ホテルに向かいます。 そして、3日後にみんな目隠しをして、松田様の家に行きます。」
「あの、俺も目隠しされるんですよね?」
「ええ。」
「そして、みんなが目隠しをとったらゲーム開始。 そこが誰の家かを当てるゲームです。」
「え? 俺は答えを知ってるって事ですか。」
「はい、松田様はみなさまを騙せたら賞金獲得、他の参加者は当てたら賞金獲得。 いたって単純なゲームです。」
その人は慣れてるかのように淡々と、迷うこともなく、かむこともなく説明を続けた。
「答えは24時間以内に答えて頂きます。」
「俺がいきなり自分の部屋と言ったらアウトですよね?」
「もちろん。」
「みな様はそれぞれ一時間ごとに質問をして頂きます。 その質問は必ず答えなくてはいけません。」
「嘘もいけないのか?」
「いえ、分らないとか曖昧な回答でなければ構いません。」
「ああ、なるほど。」
「回答権はみなさま一度になります。 間違えたらすぐに部屋から退室して頂きます。」
「退室ってその後の模様はわからないってことか?」
「はい。」
「どこかに連れて行かれたりしないよな?」
「それは大丈夫です。 ホテルまで送迎致します。」
勇次にとってこんなにも美味しい話はなかった。だからこそなぜか不安で仕方なかったのだ。この、幸せの裏に見え隠れしてる黒い物体が何なのだか、その時まだ勇次には理解出来なかった。
その後は、ほとんど無言のまま重い時間が過ぎた。
「到着しました。」
「は、はい。」
勇次は足早に降りると、ホテルを見上げた。
「ここ、ですか。」
「はい、初めに説明があったと思いますが205号室にお入りください。」
「は、はい。 ゲームまでの時間は何をしてても良いのですか?」
「はい。」
「外出も?」
「はい。」
「3日後の何時頃に部屋にいれば??」
「3日後のみは部屋を出ないで下さい。 順番に参加者の送迎をしますので時間がハッキリとわかりません。 だいたい松田様は12時お昼ごろになるかと思います。」
「は、はい。」
「あとは質問はありますか?」
「いえ。」
「あと、最後になりますがこのゲームは他言無用です。」
「は、はい。」
「誰かに伝わった場合は失格になりますので気を付けてください。」
「はい。」
「では、3日後に。」
「あ、あなたが来るんですか?」
「はい。」
そう言うとツカツカ車に入り、あっという間に消えてしまった。
勇次はその車が見えなくなるまで見つめると、静かにホテルに入った。
「いらっしゃいませ。」
このABホテルはこの辺りでは有名なホテルだった。
「あの、205号に泊まる、松田です。」
「はい、かしこまりました。」
そう言うとテキパキと鍵を勇次の前に差し出した。今までの黒い集団とは違って、勇次は安心した。
「こちらがキーになります。 お荷物は部屋まで運びますが・・。」
「あっ、荷物少ないので大丈夫です。」
「かしこまりました、では部屋まであのボーイがと案内致します。」
「あ、はい。」
ボーイも手際よく勇次を案内すると、笑顔で去って行った。
「そっか、あの黒いのは笑わないのか。」
部屋に一人ぽつんと立ち尽くすと、勇次は自分に話しかけた。
ホテルなんて泊まり慣れないし、勇次の今までの部屋とは環境が全く違う。勇次はどうすれば良いのか、何をして良いのか分らなかった。何もしない時間なんて、今まで無かったのだ。
「テレビ、見るか。」
リモコンを手に取るとチャンネルを回した。テレビは勇次が今までいた日常と変わっていなかった。それはもちろん当たり前のことだが、勇次は少し落ち着いてベッドに横になった。
勇次はテレビの音を聞きながらしばらく高い天井を見つめていたが、いつの間にか眠りについていた。
次の日、勇次はいつものように携帯電話のアラームで目が覚めた。
「あれ、ここ・・。」
勇次はハットして、体を起こした。
「そっか、ホテル住まいなんだよな、今は。」
すると、ホテルの電話が響いた。
「松田様、おはようございます。 モーニングコールでございます。」
「あ、ありがとうございます。」
「朝ご飯は、お部屋で召し上がりますか? 一階ではバイキングの朝食もご用意しております。」
「あ、部屋でも良いのですか?」
「はい、では電話の下に棚がありますので、その中のメニューからお選び下さい。」
「あ、えーと、モーニングセットで。」
「かしこまりました。15分ほどでお届けいたします。」
「あ、宜しくお願いします。」
電話を切った勇次は、ふと疑問になった。勇次はモーニングコールを頼んだ記憶がなかったからだ。しかし、あれこれ考えても自分が何かしたのだろうとしか答えは出なかった。
すると、15分後ぴったりにインターホンが部屋に響いた。
「朝食をお持ちしました。」
「はい、ありがとうございます。」
朝食は、きれいにテーブルに並べられた。
「では、ごゆっくりお召し上がりくださいませ。」
「あ、はい。」
勇次は目の前のきれいに並べられた朝食を見つめた。
「目玉焼きにベーコンにサラダ、ホットコーヒーにパンか。 普通の朝食のはずなのに、なんか豪華に感じるよ。」
勇次はそう言うと、ゆっくり椅子に腰をかけ、慣れないフォークとナイフを手に取った。
「うん、普通に上手い。」
勇次はその後は無言で食べ終えると、窓から外の景色を眺めた。そこは二階だったが、自分のアパートの眺めとは全く違った。
そこに勇次の電話が鳴り響いた。
「もしもし、薫?」
「うん、これから会えない?」
「あ、良いよ。 どこで会う?」
薫と勇次はいつものファミレスで待ち合わせることにした。
勇次は急いで身支度を整えると、ロビーに降りた。
「これから外出します。」
「かしこまりました。 鍵はこちらで預からせて頂きます。」
「あ、はい。」
勇次は鍵を渡すと、急いで待ち合わせ場所に向かった。ホテルの中は暖かくて気が付かなかったが、もうジャケットがないと寒い事に気が付いた。
「そういえば、もう赤くなってるもんな。」
小走りしながら、勇次は道路にきれいに並んでいる紅葉を見上げた。
息を切らせながらファミレスに入ると、中には薫が待っていた。
「こっち!」
薫はいつもの笑顔で勇次を見つめた。
「お待たせ。」
「ううん、いきなり呼び出してごめんね。」
「そういえば、この間もアパートに来たよな?! どうしたんだ?」
「うん、ちょっと聞きたいことがあったんだ。」
「聞きたいこと?」
勇次はちょっと期待した。
「あのさ、もしさ、いきなり、大金が手に入ることになったらどうする?」
「え?」
「もしかしたらの話だよ。」
勇次は一瞬自分が参加するゲームの事が頭をよぎった。
「大金?」
「そう、あの、ほら、当選したみたいな? 運が良かったみたいな?」
「あぁ、宝くじとかそんな感じか?」
「あ、うん。」
「でも。宝くじの当選って他人に話しちゃいけないんだろ?」
「え、あ、まぁ。」
薫は口ごもった。
勇次は申し訳ない気持ちになった。きっと、薫は勇次には当選したことを悟られたくなかったのだろう。しかし、勇次は思わずその事を口にしてしまった。
「いや、ほら、大金たって正当に貰うものなんだろ?」
勇次は話を戻すことにした。
「え、正当なのかな。」
「大金を得ることって、運の力が大きいんじゃないかな?」
「運か。」
薫はそう言うとしばらく考え込んだ。
勇次がこれから得ろう大金だって、運が良かったおかげだ。今まで勇次は運が良かったと感じたことはなかったが、きっと誰にでも運は平等だからだと考えていた。
「運だよね。 そうだよね。」
薫はそう言うと、勇次にこの日初めて笑顔を見せた。
その後、二人はお金のことは一切口にしなかった。普段のように、世間話を話して、笑って、いつものように700円のご飯を頬張った。
「今日はありがとう。」
薫は別れ際にそう言った、
「こちらこそ。」
勇次は思わずそう言った。勇次もこれからいきなり大金を得ることになるのだ。きっと、先までの薫のように戸惑うだろう。悩むだろう。勇次は、お金を得る事を正面から見つめることが薫のおかげでできたのだ。
薫は勇次のその言葉に首を傾げていた。
「何でもない。 気を付けて。」
勇次がそう付け加えると、薫ははにかんで背中を向けた、勇次はその背中を見送ると、空を見上げた。
いつの間にか薄暗くなっていた空には星がまばらに輝き始めていた。
ホテルからの方が星までの距離は近いはずなのに、星の輝きはここからの方が増してるように思えた。
「そういえば、ここからアパート近かったな。」
ふと勇次は今自分が住んでいるアパートが気になった。
「言ってみるか。」
ホテルに帰るには遠回りだが、時間がたくさんあった勇次はアパートを一目見ることにした。
吐く息は真っ白で、手はかじかんでいた。
「あ、着いた。」
勇次は自分の住む二階の角の部屋を見た。
「あれ。」
勇次は目を疑った。一見何も変化はなく、部屋は真っ暗だった。外見を変えることはないだろうから、それは当たり前の景色かもしれないが何となく不気味に思えたのだ。
すると、勇次の携帯が静かな暗闇に響いた。
「もしもし。」
「松田様の携帯ですか。」
「あ、はい。」
「こちらは、ゲームの運営をしてる者です。」
「あ、お世話になってます。」
「一つ注意事項をお話しすることを忘れていまして。」
「あ、はい。」
「松田様のアパートには入れません。周辺まで行くことは可能ですが、入った瞬間に失格になります。」
「え。」
勇次は一瞬背筋が凍った。もしかしたら、自分は常に監視されてるかもしれない。
勇次は周辺を見渡したが、人は誰もいなかった。いたとすればどこか遠くで鳴いている野良猫か、犬くらいだろう。
「松田様、大丈夫ですか?」
電話の奥では、平然とした声が聞こえてきた。
「ええ。 部屋には入らなければ良いのですよね?」
「はい。」
「あとは注意することはありますか?」
「いえ。」
「では大丈夫です。」
「ではあと二日後にお会いしましょう。」
そう言うと電話はすぐに切れた。
勇次は自分の部屋を見つめた。中では一体何が起きてるのだろうか。それはもちろん当日までは分らない。しかし、真っ暗な自分の部屋はやけに不気味に思えた。
「帰ろう。」
勇次は大きくため息をつくと、足を進めた。
ホテルまではやけに長く感じた。
勇次は今まで何か深く考えることはしなかった。そんなことは無意味にも感じたし、深く考えて自分が傷つくのも怖かった。一般的に楽観的にのらりくらりと生きてきたのだ。そして、この大金を掴めるチャンスがいきなり舞い込んだ。もちろん、幸運としか言えない境遇のはずだ。しかし、ここにきて勇次は初めて何かを考えていた。もしかしたら、このゲームには何か隠されてるにではないかと思えて仕方なかったのだ。
ホテルに着くと、勇次は鍵wを受け取った。
「お帰りなさいませ。」
なぜだか何もかもが偽物の笑顔に見えて仕方なかった。
勇次は自分の部屋に入ると、すぐにテレビをつけた。いわばこれは習慣というやつかもしれない。
テレビの音がやけに落ち着いた。変わらないいつもの日常のように思わせてくれたからだ。
勇次は、今日起きたことを考えていた。いつもなら何も考えないで、何も思わないで過ぎただろう些細なことだが、何故か気になって仕方なかった。
次の日も、昨日と同じように形態のアラームで目が覚めた。そして、同じように同じ時刻にホテルの電話が鳴り響いた。
「松田様おはようございます。」
「あ、はい。」
勇次は少し不機嫌に答えた。
「朝食はいかがなさいますか?」
「あ、昨日と同じでここで食べます。」
「かしこまりました。15分ほどでお届けいたします。」
勇次は、電話を切るとテレビをつけた。音がないのに慣れなかったのだ。アパートは、外からいろんな音が聞こえてきた。ホテルは外からも隣からも、一切音は聞こえてこなかった。
「おはようございます。今日は一段と冷えますね。」
テレビでは明るい天気のリポーターの声が聞こえてきた。
ホテルは暖房が入っているからか、寒さはほとんど感じなかった。
「今日も寒いのか。」
勇次は、窓の外から下を見た。みんな忙しそうに、白い息をはきながら歩いている。
「ポーン。」
朝食が届いたようだ。
「はい。」
勇次は、ドアを開けると昨日と同じ人が朝食を部屋の中に運んだ。
「ではごゆっくり。」
昨日と同じように淡々と仕事を終えると、その人は去って行った。
「いただきます。」
勇次はそっと手を合わせると、昨日と同じメニューの朝食を頬張った。
「今日は何をしようかな。」
明日はゲームが始まる3日後になる。朝から外出は出来ない。自由に出かけるとしたら、今日が最後なのだ。
「本当に大金は手に入るのだろうか。」
ふと勇次の中で不安と疑問が浮かんでいた。昨日の薫と同じ気持ち、いや近い気持ちなのだろうか。大金の重さに実感が湧かない。
「でも、勝てば貰えるし、勝てるゲームなんだよな。でも、一体どうやってほかの人をだませば良いのだろうか。」
ゲームはいたって単純だ。
自分がその今いる部屋の住人だとばれなければ良い。問題は、質問にどう返すかと、自分も怪しまれないような質問を考えることだ。
「そうか、今のうちにその質問を考えておこう。」
勇次は、急いで最後のパンを口に押し込むと、鞄からメモ帳を取り出した。
怪しまれない質問とはどのような質問か。
それは、自分が当てる立場になって考えれば良いのだ自分がどうしてもこの部屋が誰が住んでるか気になったら、何を聞くだろうか。しかし、突っ込みすぐても自分が尻尾を出してしまう場合もある。
「他の人は一体どんな事を聞くのかな。」
勇次は鉛筆を咥えた。
「他の人の質問にどう答えるかも問題だな。 演技力かぁ。」
勇次は生きてきて今まで演技をしたことはなかった。人はどこかで生きながらに演技をする。それは、自分を良く見せたかったりするものだ。しかし、勇次はプライドがないのか、自分が好きなのか分らないが、フリーターと言う職業さえも個性だと考えていた。
生まれて初めて演技を求められた勇次は頭を抱え込んだ。
「嘘なんてつけないよ。そしたらこのゲームにも勝てない。お金だってもらえない。」
勇次は結局ホテルの中で一日を終えてしまった。
ホテルからの景色はただキラキラと街並みが輝いていた。
光だけでたくさん歩いてるはずの人は一切見ることはできない。
そこに、勇次の携帯が鳴り響いた。考えてみれば今日はあのアラーム以来の事だった。
「はい。もしもし。」
「松田様でしょうか?」
その声には聞き覚えがあった。
「あぁ、明日からのゲームの事ですか?」
「はい。 明日は午前10時ごろに伺います。」
「はい、チェックアウトは?」
「こちらで全て行いますので、松田様は10時にその部屋にいて頂ければ大丈夫です。」
「あ、はい。」
「何か質問はありますか?」
「あ、いや、あっ、あの、このゲームは今まで勝者はいるのですかね?」
「それは、言えない決まりになっておりますので。」
「・・・・わかりました。」
「では、明日伺います。」
勇次は電話を切って、少し考えた。
言えない決まりと言うことは今までもきっとこういうゲームはあったのだろう、そして、勝たせる為のゲームならきっと賞金を得たことは話すのではないのだろうかと。
そうすると、このゲームでは勝者は今までいないのではないかと、過ったのだ。
「いや、でも考えすぎかな。 これと同じゲームは初めてかもしれないし。」
勇次は首を振ると、ベッドに横たわった。このホテル生活も今日で終わりだ。そして、きっと明日の今頃には大金を得てるのだ。明後日には何か大きな買い物もしてるかもしれない。勇次は必死でプラスに考えた。そう考えてないと不安だったのだ。昨日までの気持ちとは180度変わっていた。
「大丈夫、大丈夫。」
勇次はそう自分に言い聞かせた。
ゲーム当日の朝は形態のアラームの前に目が覚めた。
体を起こすと勇次は携帯のアラームを解除し、ロビーに電話した。
「はい。」
「あ、あの、松田です。朝食を部屋にお願いします。」
「かしこまりました。 もうお目覚めですか。 早いですね。」
「ええ、目が覚めてしましました。」
「ちょっと、朝食は時間がかかるかもしれませんがよろしいでしょうか?」
「あ、はい。」
「では、部屋までお持ちします。」
「宜しくお願いします。」
電話を切ると、勇次はテレビのリモコンを手にした。
「いつもより1時間早いや。」
いつも見てる番組がまだ始まっていなかったから、チャンネルを回すことにした。
「この時間は情報番組だよな。 天気は晴れか。」
勇次は一通りチャンネルを回したが結局いつものチャンネルに戻した。
そして、シャワーを浴びることにした。いつもと違う1日にしたかったのだ。朝に浴びるシャワーは、頭がさっぱりした。気持ちも少し落ち着けたように思えた。
着替えて、いつものように窓から歩く人たちを見ていると、チャイムが鳴った。
「おはようございます。朝食をお持ちしました。」
この3日間同じ人が運んできてくれた。
「ありがとうございます。」
「では、ごゆっくり。」
勇次は軽く会釈すると、テーブルに並べられた朝食を見つめた。
「いただきます。」
ゆっくり手を合わせると、いつものように食べ始めた。
時間はまだ8時。迎えに来るまではあと2時間ある。しかし、外に出ることもできない。ゆっくりと朝食を頬張りながら、勇次は昨日出しっぱなしだった、メモ帳を開いた。もちろん、何も書いてない。転がってる鉛筆も手に取った。
「演技は無理だから、嘘もつかないでそのまま答えよう。」
勇次は大きくそう書くと、そのメモをビリっと破いて、ポケットに閉まった。何となく、お守りにしたかったのだ。
いつの間にかテレビはいつも勇次が観てる番組に変わっていた。
「これだよ、これ。」
勇次はそう言って笑うと、椅子にもたれた。
テレビを観ながらも、どこか頭の隅にはゲームで何の質問をしようか考えていた。でも、本当は考えたくなかった。勇次は自分で小細工が出来ない人間だと分っていたのだ。その場で、その時の雰囲気で、考えるのが良いと、分っていたのだが不安で仕方なかったのだ。よくよく考えると、ほかの参加者は、意地でも見つけようとするだろうし、必死で勇次を暴こうとするに違いない。勇次がジョーカーとはもちろん分ってるはずはないが、参加者はきっと自分以外は怪しいと思いながら質問するだろう。それほどまでに大金には力がある。そんなことは深く考えずに、飛びついてしまった自分が少し情けなくも思えた。しかし、何も考えなかったからこそのチャンスとも言えよう。
「結果が全てだな。」
勇次は自分の手が震えてることに気が付いた。
そういえば薫も何かに怖がってるようにも思えた。宝くじが当たる気持ちとはこんな感じなのだろうか。
勇次は今までお金に固執したことは無かった。余裕はなくぎりぎりの生活だったから、お金が欲しいとは常に感じていたが、無くても変わらないとも考えていたのだ。しかし今の勇次は確実にお金に振り回されているように思えた。大金を手にできるチャンスが目の前にあるだけなのに、自分自身が変わってしましそうで怖かったのだ。今まで見たことも、触れたこともない大金が、簡単なゲームで手に入ると言われている。一生かかっても、手にできるか分からない金額を、たった一日の簡単なゲームでだ。
勇次がふと時計を見ると9時55分になっていた。
「あと5分。」
今までの1時間55分はあっという間だったのに、この5分はやけに長かった。
「あと3分、180秒か。」
勇次は心の中でカウントダウンした。
「あと2分、120秒。」
「あと1分、60秒、、、50、、、、、35、、、、、20、、、10,9,8,7,6,5,4,3,2、、。」
10時ピッタリに部屋のチャイムが響いた。
「おはようございます、松田様。」
「あ、おはようございます。」
「一度中に入っても宜しいですか?」
「あ、はい。」
そう言うと、後ろに控えていた黒い集団が4人静かに入ってきた。先頭で中心になって、勇次と話してるのは車の中でゲームの説明をした女性だった。
「では、これから松田様をアパートに送ります。 目隠しをしても宜しいですか?」
「あ、はい。 これが部屋の鍵です。」
「かしこまりました。 お預かりします。荷物はこちらで運びますが、どちらにありますか?」
「あ、これだけです。」
「かしこまりました。」
「あの、携帯は持ってても?」
「はい、大丈夫です。」
黒い集団が部屋に入ってものの数分で勇次は目隠しされた。
「見えますか?」
「いえ。」
「では、私が案内いたします。」
勇次はその女性に手を引かれ、部屋を出た。
目隠しをされてても、何となく人の気配はわかった。きっと、勇次を前後左右で囲んでるのだろう。
「あの、話しても良いのですかね?」
この沈黙に耐え切れず、勇次は口を開いた。
「はい。」
しかし、勇次は話すことは特にないことに気が付いた。
「あ、すいません、でも特に話すこと、ありませんでした。」
「かしこまりました。」
こんな時まで冷静なこの女の人に突っ込みを入れたくもなったが、勇次は耐えた。
ふと、その時に空気が冷たくなったのを肌で感じた。きっと、外に出たのだろう。
「これから車ですかね?」
「はい。」
その言葉と同時に、勇次は黒い集団に押し込まれ車の座席に座らされた。
「では、ここからは車で移動します。 シートベルトはこちらで閉めますので、力を抜いていただけますか?」
「あ、はい。」
勇次はその時に初めて自分が緊張で体が硬くなってることに気が付いた。肩を軽く動かし、深呼吸すると、勇次の体のはシートベルトがかけられた。
「あの、このゲームは俺が勝てるんですよね? そしてら俺以外誰も得をしないと思うのですか、ゲームは成り立ちますか?」
勇次は目隠しをしながらも、空気が張りつめたのを感じた。しかし、目隠しをしてるからこそいろんな事が聞けるようにも感じた勇次はそのまま話を続けた。
「俺はジョーカーなんですよね? それは悪ですか?善ですか?」
「善でもあり、悪でもあります。 これはある事を試すためのテストです。 だから、誰が得をするとかそういう趣旨ではありませんので、ご安心を。」
「それは俺に話しても良いのですか?」
「はい。問題はありません。」
「あの、今まで嘘をついたことはありますか?」
「え?」
「いや、俺に対しての話ですよ。私生活ではなくで。」
「嘘はついておりません。」
「そうですか。」
勇次はしばらく車に揺られながら考えていた。
「あの、アパートにはまだ着きませんか? もう着いても良い時間だと思いますが。」
「もう少しです。 他の参加者との時間を合わすために少し遠回りしました。」
「そう、ですか。」
勇次はその言葉にも少し違和感を感じたが、何も言わなかった。今まで、誰かと会話をする時に、疑おうとしたことも、疑ったこともなかった。勇次は、自分が少し嫌にもなった。でも、どうしようも出来なかった。
「あと5分ほどで到着します。」
「あ、はい。」
「他の参加者はもう中にいるようです。」
「あ、俺が最後ですか?」
「はい。」
「みんな目隠しはもう取ってるんですかね?」
「はい、中に入った時には取りますので。」
「そうですか。」
すると、いきなり車はブレーキを踏んだ。アパートに到着したようだ。
「では、中に案内します。」
「自分の部屋なのに変な感じですね。」
「・・・そうですよね。」
勇次は再び黒い集団のなすがまま、車から降ろされ、階段をゆっくりと昇った。周りには黒い集団がぴったりと勇次を囲ってるのが分った。
「玄関を開けます。」
「あ、はい。」
玄関が開くと、勇次はいきなり別空間に飛ばされた感覚に陥った。
「ここ、本当に俺の部屋?」
「お静かに、他の参加者はもういますので。」
「あぁ、そっか。」
勇次は少し廊下を歩くと、ドアが開き、ゆっくりと目隠しが外された。
勇次はゆっくりと部屋を見渡す。自分が住んでいた面影は一切なかった。部屋の構造はそのままだが、家具もないし、物は何もなかった。ただ、机と椅子がきれいに並び、床には変なタイルが引き詰められていた。エアコンもなく、暖房器具は部屋の中心に一つ、電気ストーブが置いてあるだけだった。そして、この部屋には生活感が一切なかった。数日前までは確実に勇次が住んでいたはずなのに、あの短時間でここまで変えたのか。
勇次は視線を落とし、参加者の顔を見た。
男が自分入れて3人、女は2人。だいたい同じくらいの年だろうか。
女は2人で何やら仲が良さげに笑って、話し込んでいた。男は、2人ともじっと勇次を見ていた。
「あ、こんにちは、松田勇次です。」
そう言うと、笑っていた女の1人がいきなり勇次を見た。
「あっ。」
勇次は思わず大きな声を出した。その目の前にいたのは、薫だったのだ。
「薫?」
「勇次?」
黒集団の動きが一瞬硬くなった。
「松田様は、飯田様をご存知ですか?」
「え、はい。」
「そうですか。」
「何か問題はありますか?」
「いえ、ただの確認です。」
黒い集団は何もなかったように頷くと、勇次を連れてきた女が話しを始めた。
「こんにちは、ゲームの参加ありがとうございます。私がこのゲームの判定人、土田です。 ご存知のようにこのゲームに勝ち抜けばそれぞれお望みの賞品もしくは景品を差し上げます。 ではこちらの時計を見てください。」
そう言うと土田は大きなアナログの時計を取り出した。
「今の時刻は11時34分です。ゲームは12時から開始します。ゲームの終了は24時間後の明日の12時のなります。質問は順番に一人一時間毎に一つ。一時間以内にその質問にはみな答えて頂きます。曖昧な返答や、分らないはいけません。」
「睡眠時間やご飯は?」
薫ではない女が口を開いた。
「ご飯はこちらで準備し、ここで食べます。トイレはドアを出て右にあります。睡眠は22時から6時は自由時間になりますので、その中でご自由にどうぞ。」
「携帯は使っても?」
少しいかつい男が静かな声で聞いた。
「はい、構いません。もし、この部屋の持ち主が分ったら、手を挙げてください。私がその答えを判定します。」
「みんなの目の前で答えるのですか?」
勇次はとりあえず聞いてみた。
「いえ、そうしてしまうと後半残った方が有利になってしましますので。」
勇次はすぐにでも答えてしまいたい気持ちになった。でもそしたら失格になってしまうのだ。
「他に質問はありますか?」
皆は土田から目をそらし、下を見た。
「無さそうなので、12時から始めます。この時計は一時間ごとに音が鳴りますので、その音に合わせて行動してください。質問の順番は任せます。時間配分を考えればわかると思いますが、みなが平等な数、質問は出来ませんのでよく話し合って下さい。」
ゲームの開始時間まではあと20分もない。
「あの、順番決めませんか?」
戸惑ってる勇次を横目に、メガネをかけた真面目そうな男が声をかけてきた。
「そう、ですよね。とりあえず集まりますか。」
そのメガネの男性は勇次に話しかけたように、他の人にも一人ずつ声をかけ、みなは机の周りに集まった。そのメガネはやけに落ち着いていて、秀才と言うべきか、とりあえす何も欠点のない完璧な俗に言うリア充のような雰囲気を出していた。
「集まって頂きありがとうございます、まず自分から自己紹介します。」
そのメガネはにっこり微笑んで言った。少なくても今の微笑みであの薫じゃない女の目はハートになっていた。
「自分は田辺誠二、25歳です。IT関連で働いています。」
まさに想像通りだった。名前も職業も、勇次は思わず大きく頷いた。
「あ、俺は松田勇次、24歳です。」
何となく職業は言えなかった。田辺の前だったら、普通にフリーターと言えただろうが、初めてフリーターの文字が恥ずかしいと感じた。
「私は飯田薫です。24歳。」
薫は普通にOLしていたはずだが、職業は言わなかった。
「あ、私は愛、小島愛。 22歳。学生です。」
目をハートにしていた女は、終始笑っていた。
「俺は、加藤雅。26歳。」
その男は対照的に無表情だった。
「名前も分ったし、順番決めましょうか。さっき土田さんが話したように、質問出来る数は限られてる。そしてら、順番は公平にじゃんけんで決めますか?」
みなは無言で頷いた。
「じゃんけんぽん、あいこでしょ、あいこでしょ。」
だいの大人が真面目にじゃんけんをしてる姿は少し異様だった。しかし、この質問が重要な賞金のチャンスに繋がるはずなのに、どこか参加者はみな本気でもないように思えた。血走るくらいの目力があっても、良いはずだが、まだ遠慮してるのだろうか。しかし、他人同士のはずだ。遠慮なんてする必要はない。薫と自分を除いては、初対面のはずなんだから。
「勝った!」
一番目は小島愛、二番目は田辺誠一、三番目は加藤雅、四番目が俺、五番目が飯田薫になった。
「私が一番か。」
愛は頭を掻きながら、椅子に腰かけた。勇次は、急いで薫に話しかけた。
「薫。」
「あ、勇次、こんなところで会うなんてびっくりだね。」
「あ、ああ。」
薫は想像以上に普通の様子だった。
「質問の順番、私最後だったよ、勇次は何聞くか決めたの?」
「いや、まだ。」
「そっか、早く当てて賞品ゲットしなきゃ。私たちも敵なんだよ。」
「え、あうん。」
「でもさ、協力しようよ。 私一人じゃ心細いし。」
「え、あぁ。」
答えを知ってる勇次は戸惑った。ここで、裏切ったらこの先薫との関係は変わってしまうかもしれないのだ。
「でもさ、分らないものは分らないしね。」
「え、あ、うん。」
勇次と薫はしばらく他愛のない話をしながらも、勇次は心から笑うことは出来なかった。一方薫は、あのファミレスの時のように普通に話笑っていた。
「あのさ、薫。」
「何?」
一瞬の沈黙の後、12時を知らせるアラームが鳴り響いた。
「あ、後でね。」
薫はそう言うと、走って椅子に座った。勇次も急いで、椅子に座ると、愛が立ち上がり正面に立った。
「では、質問です。 ここの部屋は誰の物だと思いますか? 予想でお答え下さい。 ちなみに私は、うーんと、松田さんかな。」
「え、俺?」
「うん、何となく。じゃあ、田辺さんはどう思いますか?」
いきなり勇次の名前が言われ、しかも言い当てられた事で、勇次の心臓は自分でも聞こえるくらいに高鳴っていた。
「僕は、わりとこの部屋広いし、加藤さんかな。」
加藤はただ無言で田辺を見た。
「では、その加藤さんは?」
「・・・・・・・・・小島さん。」
「私?」
愛は笑って、加藤を見た。
「次は、薫さん。」
「私は・・・・勇次かな。部屋の構造が似てるかも。」
勇次はその言葉に、驚きを隠せなかった。ある意味、裏切りにも思えた言葉だったのだ。
「では、その松田さんは?」
「・・・・・・・・・・俺は。」
勇次は言葉が詰まった。
「松田さん?」
勇次は深く深呼吸をして、自分の心臓に手を当てた。
「うん、確かに構造が似てるし、俺の部屋化も。」
勇次は自分が嘘を付くのは無理だと考え、そのままみなの言葉に乗ることにした。
みなはその言葉に、驚きを隠せないようだった。
「自分で言っちゃう?」
愛は勇次に聞いた。
「いや、誰の部屋かなんて分らないし、ね。」
勇次はそう言うと、そそくさとトイレに駆け込んだ。
もうダメかもしれない。勇次はそう思った。何故だか、何人かは自分の部屋かもしれないって疑ってるし、騙すなんてこんな緊張感に耐えられない。お金なんて、もういらないそこまで考えた。
すると、そこで勇次の携帯が鳴った。
「もしもし。」
「松田様、もしかしてもう諦めてしまったのだですか?」
「え?」
電話の主は、土田だった。
「わざわざそれで電話したんですか。」
「こちらとしましては、ゲームの結果がどうしても必要なのです。演技を続けて下さい。」
「いや、お金なんてもう・・。」
「必要ないのですか?」
いざそう聞かれると、お金は生きるためには必要なものだし、あって損はない。それなら、ゲームに参加するだけでも良いのではないかとも思えてきた。
「いや、お金は必要なものですよね。生きるには。」
「そのお金が何もでずに貰えるチャンスなのです。」
「そうですよね、分りました。」
そう言うと、電話は切られた。
トイレから出ると、黒い集団が昼食の準備をしていた。
「今からご飯だよ。」
薫はいつもの声で勇次に話しかけた。薫のあの発言はきっと、深い意味はないのだろう。勇次はそう考え、自分を納得させた。
「ああ、腹減ったな。」
昼食はバイキング方式だった。メニューも和食からイタリアンと幅広く並んでいる。ここだけ見ると、ホテルのようだった。
参加者は、お皿にたくさんの料理を乗せ、舌鼓を打っている。
「これ美味しいよ。」
女子は固まって、ケーキを囲んでいた。
田辺は、壁によっかかりながらパスタを頬張っている。
加藤はもう食べ終えたのか一人で椅子に座って、何かを考えてるようだ。
勇次はそんな風景を見ながら、ゆっくりとお味噌汁をすすった。
「一時には予定通り、質問タイムになりますので宜しくお願いします。」
土田が、淡々と伝えた。
黒い集団だけは、この雰囲気とは違っていていた。いや、むしろそっちが正しいのかもしれない。だって、お金が貰えるゲームが行われてる真っ最中なのだ。参加者は逆に和気あいあいとし過ぎてる。確かに負けてもお金が貰えないだけで、借金を負担するとか、生死に関わるとかそんな漫画の世界のような話ではない。高額なバイト感覚なのだろうか。勇次の手はいまだに震えていた。勇次が答えを知ってるからだろうか。騙さなければならないからだろうか。
「あと10分で1時になります。」
土田が再び、伝えた。
次の質問者は田辺だ。田辺はゆっくりと皿を置き、椅子に腰かけた。
ピピピピピピピピ・・
一時のアラームが鳴り響いた。
「えー、自分の質問は皆様の年収を教えてください。自分は、1000万ほどです。」
その数字に小島の目は再びハートになっていた。やはり、女は年収が重要なのか。
「私は、学生だから、ないです。」
愛はキャピキャピしながら自ら答えた。
「では、加藤さん。」
「・・・・・・・・・お前と同じくらいだ。」
勇次は思わず加藤を凝視した。勝手に同じような位だと、想像していたのだ。
「では、飯田さん。」
「私は普通のOLだから、だいたい300万位かな。」
「最後に松田さん。」
「・・・・・・200万位です。」
「はい、ありがとうございました。」
田辺はその数字を、メモ帳に記すとサッと椅子に腰かけた。
質問タイムはざっと10分位だった。
参加者は、時間をもて遊ぶようになった。
「ねぇ、何かしない?」
薫が勇次に話しかけた。
「何か?」
「うん、時間があるからさ。」
「え、あうん。」
本来なら、持ち主を探すことに集中するのではないだろうか。
薫だけではない。みなが、時間を有効に活用しようとしていなかった。どちらかと言うと、この余った時間をどうやったら早く過ごせるかを考えてるようだった。
「薫、見つけなくて良いのか?」
勇次は思わず聞いた。
「え? うん。 だって、今までの質問だけじゃ分らないよ。」
「まぁ。そうだけど。」
薫はそう言うと、トランプを出した。
「ババ抜きしよ。」
「え、うん。」
「あ、ババじゃつまらないね。ジジ抜きにしよ。その方が分らないから楽しいじゃん。」
薫はそう言うと、トランプを切り出した。
愛は、田辺の近くで何やら話している。何か重要な話ではなく、愛が田辺にアピールしてるように見えた。加藤はジッと、黒い集団を見ていた。黒い集団は、昼食の片づけをしていた。土田は、何もせずにこちらを観察している。
「勇次、1枚抜いて。」
「あぁ。」
勇次はジジになるカードを1枚取り、机に伏せた。
「さてと、始めようよ。」
薫は鼻歌を歌いながら、ペアのカードを選び始めた。勇次は戸惑いながらも薫には何も言えなかった。
他の参加者は思い思いにのんびりと時間を過ごしてるように思えた。
「ジジ抜きってさ、全部が怪しく思えるよね。」
「え?」
「ほら、どれが仲間はずれか分らないじゃん。ジョーカーだってペアになっちゃうし、変な感じ。」
「あぁ、確かに。」
勇次は最後に残ったカードを見つめ考えた。
「ほら、取って。」
薫が手にするどちらかは確実に、このゲームのジヨーカーだ。
「これ。」
勇次は手に取ったカードを見て肩を落とした。
「よし、次は私。」
「待って、混ぜるから。上と下どっち。」
「上。」
「はい。」
薫はゆっくりとカードを確認すると、勇次の目を見た。
「私の勝ち。」
そう言って、カードを出した。
「あー、これがジョーカーか。」
勇次は残ったハートの10をテーブルに投げた。
「ねぇ、勇次。このゲーム自信ある?」
「え?」
「勝てると思う?」
「そんなの分らないよ。」
勇次は思わずサッと目をそらした。
「そうだよね。」
薫はトランプをきれいに集めた。
時間を見ると、13時45分。次の質問の時間までは15分だ。次は、確か加藤雅が質問をする。加藤は。あれから身動きせずに、まだ黒い集団を見ていた。
「薫もあの土田に連れて来られた?」
「私は違うよ。ここにはもういない人。」
「そっか。」
「勇次はあの人なの?」
「あ、うん。」
ピピピピピピ・・・
14時を知らせるアラームと同時に加藤は立ち上がった。
「質問です。買ったら何が欲しいですか?自分はお金です。では、飯田さん。」
「え、私は・・・。」
薫は少し口ごもった。
「私もお金です。」
勇次はその言葉に驚いた。薫はもうお金を手にしてるから、マイペースなのだと思っていたからだ。
「次は、松田さん。」
「俺もお金・・・です。」
「小島さん。」
「私は、マンション。」
「田辺さん。」
「自分は、ある島です。」
「ある島?」
加藤は、田辺の目を見た。
「ええ、まだ誰も知らない島なので名前はないのですが。」
「・・・・わかりました。」
加藤は一礼すると、自分の椅子に腰かけた。
勇次は、とてつもなく違和感で頭がぐるぐると回った。
「勇次?」
薫の呼びかけを横目に立ち上がると、土田のもとに走った。
「土田さん、お話が。」
「私ですか?」
「はい。」
「ではこちらで。」
そう言うと、土田は勇次を隣の部屋に連れて行った。
「ここは、俺の部屋じゃない。」
勇次は土田に言った。土田は無言で勇次の次の言葉を待ってるようだった。
「みなに俺と同じ話をしてるだろう。みんなが自分をジョーカーだと思わせてる。質問は一つだ。本当にこの中に答えはあるのか?」
「ええ。」
土田は肯定も否定もしなかった。
「それだけかよ。」
「一つ付け加えるとしたら、私は嘘は言っていません。あなたに会ってからも、ここに来てからも。そしてこれからも。」
土田はそれだけを言うと、部屋を出た。一人残された勇次は、その部屋を見渡した。自分の部屋の構造でもこの部屋の配置はあり得る。自分の部屋の可能性もあるということだった。
勇次はゆっくりと、部屋を出るとみながいる部屋に戻った。
「勇次どうしたの?」
勇次はこの事を薫に告げるか悩んだ。
「いや、ちょっと確認したことがあったんだ。」
「ふーん。」
薫の表情が初めて曇った。
「次の質問は俺だよな?」
「うん。」
「ちょっと考えたいから一人にしてくれる?」
「あ、うん。」
薫はそう言うと離れて言った。
この時点で、この事実を知ってるのは何人いるかは分らない。きっと、気が付いても今に勇次と同じように、騙されたフリをしているのだろう。
ここで、自分に質問の順番が回ってきたのは幸いだった。しかし、下手に突っ込むと何かばれてしまうかもしれない。別にお金が欲しいからとかではなく、単純に勇次は勝ちたかった。それだけだった。
勇次はここから、参加者の動きを見つめた。
愛は相変わらずだ。気づいてないように思える。
田辺はどうだろうか。頭の回転は良さそうだし、何かしら気づいてる可能性は高い。
加藤は、本当に分らない。まだ、土田を見つめていた。何かを探ろうとしてるのだろうか。
そして、薫はきっと何も分ってない。自分が、勝てると信じてるように見えた。
次の自分の質問タイムの15時までは30分ある。
すると、愛が土田を呼び出している。
土田は再び部屋を出ると、愛と消えてしまった。もしかしたら、愛も何かに気が付いたのだろうか。
田辺はその愛を見ていた。何かを察してるようにも見えた。
勇次は思い切って田辺に話しかけることにした。
「田辺さん。」
「松田さん、もうトランプはしないのですか?」
「ええ、次は自分が質問する番ですから。」
「あぁ。」
「田辺さんは、ずっと小島さんに言い寄られてるように見えましたよ。」
「はは、小島さんは若いです。 いろんな話をしてくれました。」
「へぇ、そういえば島って何かあるんですか?」
「・・・・・・・・ああ。」
田辺の表情が一変して変化した。
「あ、言いたくなければ。」
「いえ、あそこにはたくさんの動物がいるのです。たまたま漂流した時に見つけて、守りたいと考えました。しかし、自分一人では何もできませんから。」
「そうですか。」
「ゲームに勝てばその島の所有権を得られるのです。」
「なるほど。」
「勝てる自信はありますか?」
「う~ん、ゲームは勝たないとつまらないですからね。」
田辺はにっこり笑うと、勇次の傍から離れた。
勇次は、ここで田辺が気づいてる事を確信した。
田辺は勇次に何も聞いてこなかった。勇次がここまで聞いてるのだから、勝つために何か仕掛けてもおかしくないはずだ。何もしない事が一番不自然である。勇次に感ずかれたくなかったのだろう。
時計を見ると、あと時間までは10分なかった。
勇次は自分の椅子に腰かけると、土田を見た。土田は終始何かをメモしてるように見えた。
「何を書いてるのか。」
勇次は土田の目線を追った。土田は、参加者を見てるわけでもなさそうだ。黒い集団を見てる。評価でもしてるのだろうか。
ピピピピピピ・・
15時のアラームが鳴り響いた。勇次は立ち上がった。
「えー、勝つ自信は何パーセントありますか? 自分は100パーセントです。」
勇次以外の参加者の表情が少し揺れた。
「では、田辺さん。」
「えっと、50パーセントくらいかな。」
「次は、加藤さん。」
「・・・・・・・・・・俺も50パーセント。」
「では小島さん。」
「え?えーと、80パーセントくらいかな。」
「では最後薫は?」
「・・・・私は、私も、50パーセントかな。」
勇次は一人一人の表情を見た。
「ありがとうございました。」
勇次はそういうと椅子にかけた。
「勇次、勝てるの?100パーセント?」
薫は少し焦って聞いた。
「分らないけど、多分勝てるんじゃないか?薫も勝てるって思ってるだろ?」
「え?100パーセントではない・・よ。」
「そうだよな。」
勇次はそういうと話題を変えた。
「薫は何を質問するんだよ?」
「え、あ、次なのか。」
「ゲームに勝てないと何も貰えないんだぜ。」
「あ、うん、分ってるよ。」
薫はそう言うと立ち上がり、一人部屋を出た。
すると、その薫を追いかけて愛も部屋を出た。先ほどから愛は何かを察してるようにも思えた。ます、土田と何かを話すことがおかしい。
土田は相変わらず黒い集団を目で追っている。黒い集団は個々に、様々な仕事をしていた。
食事や飲み物担当、部屋の案内、ドアで見張っている者もいる。
数えると、土田を除いて参加者と同じ人数の5人いた。
しばらくすると、薫と愛が笑いながら部屋に入ってきた。
「勇次。」
名前を呼ぶと、小島と薫は勇次の傍に来た。
「あのね、愛、賞品変えたんだって。」
「え?出来るの?」
「さっき、あの土田さんに確認したんですよ。」
愛はニコニコ答えた。
「何に?」
「それは・・・恥ずかしくて言えません。」
薫と愛は顔を見合わせた。女の考えることはいまいち分らない。それならなぜ、勇次をわざわざ呼んだのだろうか。
「私も変えようかな。」
薫はそう言うと、愛と二人でそそくさと部屋の壁に行ってしまった。
何か裏があるのだろうか。そんなことを考えてると、田辺が近づいてきた。
「賞品、変えられるみたいですね。」
「聞こえました?」
「ええ、かなり大きな声で話してましたから。」
「結局何に変えたかは教えてくれませんでしたよ。」
「はは、ところで松田さん、100パーセント勝つ気ですか?」
「ええ。」
「では、自分もまけませんので。」
田辺はそう言うと、自分の椅子に腰かけた。何となくこれが本当のゲームなんだろうと勇次は思った。
16時になった。次は薫が質問をする番だ。
「えー、では皆様の部屋の構造を紙に書いてください。」
そう言うと、薫は紙を一人一人に配った。勇次以外は一瞬戸惑ってるようにも見えた。
みなは無言で紙に書いていた。薫も、自分の席に座ると書き始めた。
しばらく無言の時間が過ぎたが、一人また一人と書き終えて席を立った。薫は紙を回収すると、机に広げた。参加者全員もその机を囲み、並べられた紙を見て唖然とした。
「みんな同じだ…。」
多少の違いはあるかもしれないが、形や構造はまったく同じだった。これだと、誰の部屋かなんて分からない。参加者は顔を合わせると、それぞれ何かに気付いたのか動き出した。
ここからがゲーム本番だ。
「勇次、やっぱりそうだったね。」
「薫、気付いたのか。」
「さっきの、勇次の質問で何となく。これで確証を得た。」
「薫、これからは…。」
「勇次ごめん。私は私でやる。」
「えっ…。」
薫はそう言うと立ち上がり、愛に話しかけた。
勇次はここにきて初めて孤独を感じた。
「松田さん。」
いきなり後ろから名前を呼ばれ振り返るとそこには加藤が立っていた。
「え、あはい。」
勇次は少し怯えて返事をした。」
「松田さんは、ここまで土田さんに連れて来られたんですか?」
「え、あまぁ。」
「そうですか。」
加藤はそれだけ聞くと、いつものように自分の椅子に腰かけた。
「あ、加藤さん。」
勇次は急いで追いかけた。
「加藤さんは違うんですか?」
「………土田さんではありません。」
「誰でしたか?」
「名前は分りません。」
確かにここにきて自分の名前を明かしたのは土田ただ一人だ。その前の黒い集団は誰一人として自分の名前は言わなかった。もしかしたら、何かそこにあるのだろうか。勇次は考えた。
しばらくすると、勇次は再び土田を呼んだ。土田はいつものように隣の部屋に勇次を誘導した。
「このゲームで誰も答えなかったらどうなる?」
「ドローなので、賞金はありません。」
「この中に、確かに答えはあるんだよな?」
「ええ。」
「同時に答えを思いついたら?」
「本当に同時の場合はその二人に回答権を与えます。二人とも正解なら二人に賞金が出ます。」
「嘘はついてないんだよな?」
「はい。」
「土田さんは俺以外誰かをここまで運んだか?」
土田は首を傾げながら答えた。
「私は、小島さんのと飯田さん、そしてあなたをここまで連れてきました。」
ピピピピピピピ・・
ここで5時のアラームが鳴り響いた。
「早くお戻りください。」
勇次は急いで戻り、椅子の腰かけた。すでに、愛が立っていた。
「二順目いきまーす。質問です。住んでる地域を教えてください。私は西区です。では、田辺さんから!」
「自分は、結構遠いです。2区です。」
「では、加藤さん。」
「俺も西区。」
「え、そうだんだ。じゃ、薫さん。」
「私は東区。」
「ふむふむ、では松田さん。」
「俺も東区。」
「二人は近いんだね。」
ここの場所は分らないが、自分が泊まっていたABホテルは東区だ。そこから、だいたい遠回りして30分以内では着いたと思う。東区内ならば、もちろん可能な時間ではある。西区も少し飛ばせば何とかなるだろう。しかし、田辺の2区はどう頑張っても2時間はかかる。どうして田辺の家が、妙に離れてるかは分らないが、田辺の家ではないように思えた。しかし、時間をきちんと見たわけでもないから、確信は得られなかった。
「夕飯は7時予定です。」
土田が伝えた。
「もう、夕飯の時間か。」
今の時刻は17時45分。初めは時間をもて余していたが、いつの間にか感じる時間は早くなっていた。自分がこの時間に着いていってないだけなのか、置いて行かれてるか。
すると、一人が手を挙げてるのに気が付いた。それは加藤だった。
「加藤さん、答えが分りましたか?では、こちらへ。」
加藤は土田を隣の部屋に誘導した。
他の参加者にも緊張が走った。
「どうなるのかな。」
薫がいつの間にか勇次の隣にいた。
「さあな。」
「勇次は何か分かったの?」
「え?薫は?」
「今の所は何も分らないの。」
「そっか。俺も分らないよ。」
しばらくすると、土田だけが部屋に戻ってきた。
「加藤様は失格になります。」
「え?それは、外れたって事か?」
「はい。4人でゲームは同じように再開して下さい。次は田辺様の質問の番です。」
時間を見ると、17時57分だった。田辺はハッとして、立ち上がった。
ピピピピピピ・・
18時のアラームが鳴り響いた。ここにはもう4人しかいない。
「えー、僕からの質問は、ありません。」
「え?それはありなのか?」
土田は黙って頷いていた。
みなはしばらく沈黙の後、愛が口を開いた。
「田辺さん、もう分ってるの?」
田辺は愛を見た。
「いや。分らないままだ。」
「なら、どうして。」
今度は勇次は声を出した。
「ヒントはもう必要ないんだ。これは、みなへのヒントにもなるから。」
黒い集団は無言で夕飯の準備を始めていた。部屋には、美味しそうな香りが充満した。
「勇次、愛ね、賞品を田辺さんにしたんだって。」
「は?」
「そんなのアリか?」
「田辺さんにも了承済みみたいなの。」
「でも、なんで薫教えてくれるんだ?」
「いや、何となく。」
「田辺さんは勝たなきゃゲームじゃないって言ってるしな。」
「そけれでね、加藤さんも実は誰かを欲しいって話してたまたいなの。」
「は?」
「結局ダメだったみたいだね。」
勇次は立ち上がり、田辺の元に歩いた。
「田辺さん、小島さんの商品の件ですが。」
「え?あぁ・ご存じなんですね。」
「良いのですか?」
「ええ、負けることもないですし、それに。」
「それに?」
「その分、自分の賞金も増えますから。」
「え?」
「このゲームはただ当てるゲームではありませんよ。あなたも誰かに好かれ、あなたがお金に勝れば、賞金は増えます。まぁ。あとは飯田さんしかいませんけどね。」
「何だよそれ。」
「だから自分は演技をしてるのですよ。」
田辺は不敵に笑うと、勇次の肩をポンと叩いた。
「薫、小島さんは本気なのか?」
「え、うん。」
「でも、付き合うなら普通に落とせば良いじゃないか。」
「いや、田辺さんが提案したんだって。」
勇次はその言葉に納得した。田辺は今まで演技はしていたかもしれないが、嘘はついていない。
勇次は加藤にもっと話を聞けば良かったと後悔した。もし、加藤がジョーカーの場合、もうヒントがないのだ。
「田辺がジョーカーの確立もある。俺も。小島さんも。薫も。まだ加藤の可能性も。」
勇次は頭を抱えた。
ピピピピピピ・・
19時になった。いつの間にか、夕飯は昼と同じようにバイキング形式に並んでいた。
「加藤さんがいないから、俺か。」
勇次は立ち上がった。正直もう何を聞いて良いのかも分らなかった。
「えー、ホテルからここまでかかった時間をだいたいで良いので教えてください。」
「え?でも目隠しされてたから。」
「出発の時間と着いた時間で分るでしょ。」
田辺は冷静に言った。勇次はその言葉にハッとした。
「あ。俺は1時間30分くらいだ。田辺さんは?」
勇次は30分くらいと考えていたが、全く違ったのだ。
「えーと、おそらく1時間かな。」
「薫は?」
「えーと、そう考えると近いな。40分かな。」
「では小島さんは。」
「私、時間見てなかったな。出たのが8時だから、多分40分かな。」
勇次が一番遠くから来た可能性が出てきた。ABホテルから1時間30分かかるとしたら二区の可能性も高い。しかし。目隠ししていたからそれも確定ではない。
しばらくすると、田辺は薫に近づいてきた。
「飯田さん。ちょっとお話しても?」
「はい。」
「飯田さんは、松田さんとは仲が良いみたいだね。」
「ええ、昔からの知り合いですから。」
「ふーん、恋愛感情はないの?」
「え?」
「いや、ただ聞いただけだから。」
そう言うと、田辺は愛の元に戻った。
愛は嬉しそうに、田辺の肩を触っている。今更偽物だと伝えたらどうなってしまうのか。そもそも、田辺はなぜその事を知っていたのか。もしかしたら、田辺の年収やら仕事も嘘なのか?全てに疑いがかかってしまった。しかし、田辺はまだ回答しないと言う事はまだ、答えは分ってないのかもしれない。
「薫。」
「なに?一緒に答えを見つけよう。」
「え?でも、片方しか賞金は貰えないよ?」
「それは後から話す。」
ピピピピピピピ
ここで再びアラームが鳴った。ふと見渡すと、夕飯に並べられた料理はほとんどが手がつかれていなかった。
「あ、私の質問だ。勇次どうしよう。」
「仕方ない、何でも良いから。」
勇次は目で合図を送ると、薫は立ち上がった。
「えーと、もう答えに見当はついていますか?私は正直分りません。では勇次から。」
「俺は、何となくついています。」
「田辺さん。」
「もう分ってます。」
「愛さん。」
「え?分らないよ。」
田辺と勇次は目を合わせた。
「ならどうして、答えないのですか?」
勇次は田辺に言った。
「そちらこそ。」
二人は笑いあうと、目をそらした。
「勇次、ごめん。」
「いやいや、十分だよ。」
「少し何か食べないか?」
「そうだね。」
薫と勇次は、バイキングの料理を見つめた。
「薫はさ、初めにジョーカー的な存在って言われたんだろ?お金が貰えるって。」
「え、うん。」
「だからあの時俺に相談したんだ。」
「いきなりで不安になったんだ。」
「お金必要なのか?」
「え、うん。私じゃなくてね。」
勇次は、家族の誰かのことだと考え何も言わなかった。
「すぐ答えたら、お金貰えないって言われたからさ。演技なんて私無理だし。」
「ああ、俺もそこは不安になった。答えられないのは辛いよな。」
勇次も土田に聞いたことを思い出した。
「一体誰の部屋なのかね。勇次の部屋の構造にそっくりに思えたんだけど。」
「でも、それを言ったら薫の部屋にもそっくりだぜ。」
「あ、他の人から見たらそう見えるのか。」
「あ、愛さんねこのゲームから下りるかも。」
「え?どうして?」
「田辺さんが、そうしたら付き合うって話したんだって。」
「恋が大事なんだな。女は。」
「でも、お金に変えられないよね。気持ちは。」
「そう言うものか。」
薫はそう言うと愛の元に走った。
今の時間は8時45分。次の質問は、愛だ。
愛と田辺と薫はずっと笑顔で話していた。この状況で一体何をそんなに笑っていられるのだろうか。
ピピピピピピピ
9時になった。
「あ、私の質問は、これで最後になります。あなたの好きな言葉はなんですか?私は名前の通り愛かな。では、田辺さん。」
「え?あぁ、何だろう。器かな。」
「では薫さん。」
「うーん。言葉?愛さんと同じかな。愛かな。」
「松田さん。」
「え?言葉ね、言葉、真かな。」
「ありがとうございました。私はここでリタイアします。」
愛はそう言うと、田辺を見つめた。田辺はその視線に笑顔で答えた。
「土田さん、リタイアします。」
「リタイアですね。」
「はい。」
「回答はしなくでも良いのですか?」
「はい。」
「かしこまりました。」
そう言うと、黒い手段が愛を連れて行った。
とうとう3人になってしまった。
「味方がいなくて寂しいのでは?」
勇次は田辺に言うと、
「全然。」
田辺は平然と答えた。
「10時にからは自由時間になります。質問は明日の7時に再開します。」
土田はそう言うと、黒い手段の1人を呼び椅子を用意させた。土田は、その椅子にもたれると、再びメモを取り出し何かを書き込んだ。
勇次は土田を呼んだ。
「お話は、別の部屋で。」
サッと立ち上がると、勇次を誘導した。
「賞金を譲る事が可能だったんですね。」
「はい。その人の持ち分ですから自由になりますよ。答えてダメだった場合は、消滅しますが、誰かに託したのであれば。」
「なんで俺には言わなかった?」
「聞かれればお話します。」
「田辺は自ら聞いたのか?」
「はい。」
「恋愛をしないと、託すことは出来ないのか?」
「その人の勝ちがお金に勝れば良いのです。」
「恋とは限らないんだな?」
「そう捉えることも出来ますね。しかしながら、それで良いのかと言っておきましょう。」
「え?」
「愛する人になら、たとえ裏切られても、自分を責めます。愛までいかなければ、きっとその裏切った人を責めるはずです。」
「裏切る前提か?」
「愛が無ければ裏切ります。」
勇次はその言葉に何も言えなかった。自分は誰かを愛したことも、愛されたこともない。そんな自分に愛を解かれたところでそんな理屈何て分らないのだ。人は信じるものだと、ずっと思っていた。お金はそれを全部覆すのか?
「薫、もう分らなくなってきたな。」
「え?うん。」
「どうしよう。」
「私も全然分らなくて。」
すると、薫の携帯が鳴った。
「電話?」
「メール。」
薫はそのメールに微笑むと、ゆっくり携帯を閉じた。
「勇次さ、誰か答えてみちゃおうよ。」
「え?」
「言わないよりは何か答えた方が良いじゃん。」
「まぁね。」
勇次は天井を眺めた。
いつの間にか勇次は眠りについていた。
どこかでコソコソと話す声が聞こえてきた。ここにいて話すとしたら、ゲーム参加者の3人だけだ。薫と田辺だろうか。しかし、眠さに負けた勇次はそのまま朝まで寝てしまった。
「おはよ。」
起きると、薫が勇次を見つめていた。
「あれ?もう朝?」
「うん、朝ご飯並んでるよ。」
そういえばいい香りが部屋に充満している。
「薫、昨日さ、誰かと話してた?」
「え?何で?」
「いや、途中起きた時に話し声が聞こえたからさ。」
「私もすぐ寝たよ。夢じゃない?」
「そっか。」
勇次は、立ち上がりたくさんの料理からABホテルで食べた物と同じメニューを選んだ。習性は恐ろしい。
「7時から質問再開します。次は田辺様です。」
田辺はいつの間にか食べ終わり椅子に腰かけていた。
薫は携帯を見ていた。観終わると、勇次の元に来た。表情が暗かった。
「勇次。」
「どうした?」
「ごめん。」
そう言うと、薫は田辺の元に走った。
「え?どういうことだよ。」
「松田さん、すいませんね。」
田辺は笑っている。
「土田さん、薫さんもリタイアするようですよ。」
田辺はそう言うと、勇次を見た。
「薫?リタイア?」
薫は一切勇次を見なかった。
「土田さん、リタイアします。」
薫はそう言うと、黒い集団に連れて行かれた。
ここにはもう二人しかいなかった。
「松田さんも、自分に駆けてみますか?私がこのゲームを初めから仕切ってたんです。そうですね、ここで言うジョーカー。いや、ジョーカーではないのか?とりあえずもう答えは分った。島も手に入れ、賞金だって2億だ。女なんて容易いな。」
勇次はただ、状況を飲み込むに精いっぱいだった。
「土田さん、答えても?」
「では、別室で。」
田辺は別の部屋に連れて行かれた。勇次はもう絶望しかない。薫に裏切られ、全部仕組まれていたのだ。ここまでのシナリオも、田辺の思った通りだろう。
しばらくすると、土田は一人戻って来た。
「田辺様、、、、、、、、、、、、失格です。」
勇次はその言葉に、言葉を失った。
「間違えたのか?」
「はい。」
あの田辺すら分らないものが、自分に分るわけはない。
「松田様、御一人ですので質問タイムはありません。分り次第お答えください。
勇次はしばらく放心していた。何も浮かばなかった。黒い集団は、そんな勇次に声を駆けることもなかった。
ピピピピピピ
12時になった。ゲーム終了の時間だ。
「松田様、答えをお願いします。」
「答えは、薫の部屋だろ?」
勇次は淡々と答えた。
「まず、俺の部屋じゃない。俺が答えたら失格になると、はっきり言った。小島さんの部屋は似てるが、配置的にあの窓はおかしいから違う。加藤の目的は、土田さん、あなただったんだな。だからあんなに見てたんだ。答えだって言ってないんだろ?田辺か薫か悩んだ。でも、薫は言ったんだよ。すぐに答えたら貰えないって。失格って言わなかったんだ。今考えると、おかしいよな。だから、薫。違うか?」
「松田様、正解です。」
「お金だけが残るっってさ。」
勇次の目から涙が流れてきた。
「教えてくれよ。薫はいつから田辺と組んでたんだ?」
「・・・初めからです。」
土田はメモ帳を開いて答えた。
「そこには会話が書いてあるのか。」
「はい。」
「薫は、俺ではなく田辺を信じたんだろ?」
「はい。」
「あんなに一緒にいたのに、一瞬で負けてしまうのか?」
勇次は、黒い手段に連れられ、アパートに戻された。
真っ暗な部屋の中で、ただ一人札束を見つめた。