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宵闇の結界



「摩南も、もう大人だ。

好きな者と、体を重ねる事もあるから判るだろう…。


この空間はね、僕が人から精を受ける為に張られた結界。

今日…摩南に出会ったのは、此処で君を抱く為だった…」


「私を…?」


「僕の身体は、一年に一度波長の合う人間の魂と出会い、身体を重ね交わる事で、潜在能力が目覚めてゆく。

自分自身は望まなくとも、一族にとっては、数百年待ち望んだ特別な龍体。

我が儘は許されない。」


蓮は、瞳に緊張の色を浮かべた彼女を見て、ふっと切なげな微笑みを浮かべた。


「安心して、摩南。

僕に、そのつもりは無いよ。

この機会を逃しても、事が成就しなければ、近い内に又、時が重なる日が来る。


相手には、とても失礼な言い方だけれどね……。」



「蓮には、恋人…とか好きな人はいないの?

もし、そんな相手がいれば、二人共耐えられないって思う。幾ら一族の為でも…」


摩南の口調が僅かに強まった。


「今は…いない。

昔この場から…一度だけ逃げた事もある。

最初の時だ。


夢うつつの相手を残してね。

だが、結界を飛び出した途端、術を施され押し戻された。」


苦笑いを浮かべ蓮は語り続ける


「混濁した意識の中、欲情だけを解放され、正気に戻った時には夜が明けていた。

あんな後味の悪さは、もう二度と御免だ!…」




「そんなに、蓮の力は大切な物なの?

本人の意思を踏み躙ってまでも?」


訝しげに摩南が問うと、少し語気を荒げたまま彼は答えた。



「力有る者が居るという事は、強いては自然を守る力が強まる事。

自然の精気を人が弱めてる今、僕の力を眠らせたままにはさせてくれない」


「龍の為だけじゃないんだね。

確かに…あの土地も変わっちゃった。

小さな川はなくなって、ダムが出来て、山も削られて道路が走ってる」



「力が望まれるならば、人から精を受けなくても済む様、早く全ての能力が目覚め、保てるようになりたい…

行き着いたのはそんな考えだ」

…あぁ、そうか。


一族の人にも言えないのは、ちゃんと反発した事もある上で、自分の運命を引き受けたからなんだね。



目を少し伏せ、摩南からまなざしを反らし、蓮は自分の強い口調を後悔していた。


胡座を掻いた足を崩し、立てた片足に肘を着き、顎を乗せる。


「摩南に言う事じゃないな…悪い…つい。」


「大丈夫って言ったでしょう?ねぇ、今はいなくても、昔の恋人は、我慢して待ってたんじゃないの?」


何処と無く、拗ねた様子の蓮は幼さを感じさせる。

目元に、頬にさらりと被る、白く輝く髪の間から、長い睫毛が縁取る切れ長の瞳が摩南を見上げた。





「摩南…高い能力は皆の羨望と称讃の的。

その為の行為だからと、僕が知る限りでは、皆、割り切っていたよ。


それに、僕自身…彼女達に、ここまで心をさらけ出す事も出来なかった。」


「なんで?

蓮は、好きな人の本当の気持ちや姿を知りたいと思わない?」


「僕は…昔から、誰かを待ってる気がしてる。

それは、魂の片割れを呼んでると両親から聞かされていた。」


「蓮は、誰かの生まれ変わりって事…?」


「あぁ、魂の転生は、たまに有る話だ。


唯、僕の過去の魂は、一族の誉れと伝わる者だけに期待する者が多くてね。

僕にとっては厄介なだけだ。」


…魂の半身か

…羨ましいな


摩南は、小さくふふっと笑い、

「その転生した魂は、出会ってすぐに判るの?」

と、拗ねた様子の蓮に向かい、優しく声を掛けた。


目元に被る髪を掻き揚げ、彼は小さく頭を振る。


「龍の魂は、身体が朽ちてしばらくは、守護する地に止どまる

だが、その妻の魂は、次元を超え、人の世の魂魄に紛れてしまったらしい。


龍体同士ならば、すぐに呼び合うが、人の器を持つと、魂の痕跡を辿るのは容易な事じゃないんだ。」



「巡り合えても、お互い判らないままの可能性も有る訳ね。

呼び合うのに、何が切っ掛けになるんだろうね…」






…切っ掛けか。


何をどう探せば、巡り逢うかも判らない。

時が来ればと言われたが、何時の話かも判らない…


もし、もしも、摩南がその相手ならば、どんなに嬉しいだろう


転生した魂じゃなくとも、彼女と共に過ごせたなら、この虚しさも癒されるかもしれない…


だが、そんな事は有る筈も無ければ、出来る訳も無い…か。



蓮は、予想以上に摩南を想う気持ちに、微かに身体を震わせた


言葉だけじゃない。

もっと、側に寄り彼女に触れたい。

胸に抱き寄せ、この侘しさを消し去りたい。





重なる時で、この空間で欲情だけでは無く、心から欲した初めての女性。


いや、一族の者でもこれ程強く欲した者はいなかった。


伸びやかな脚を斜めに崩し、蓮の言葉を待つ無防備な摩南の姿


「摩…南…

もう帰った方が良い。

術で一瞬眠ればすぐに戻れる。ちゃんと送るから…


目覚めれば、唯の夢。

僕を覚えてくれていて嬉しかったよ。」


突然の蓮の言葉に驚き、摩南は蓮の側へと身を寄せ、彼の腕をぐいっと引いた。


自然と顔が正面から向き合う形になり、摩南のもう片方の手は蓮の膝に置かれた。


「私が、余計な事を聞いたからなの?

なら、蓮の話黙って聞いてる。

夢だと言うなら、もう少しだけ蓮の顔を見させて欲しい。ねぇお願い。」



真っ直ぐに蓮を見つめるまなざしに、彼の体温がじわりと上がる。




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