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一章・龍の血【瞳に写る懐かしき顔】


まどろみの中、摩南は優しく囁く声に落ち着きを感じる自分を不思議に思っている。


…あれは誰だったの?…

淡い光の中で私を引き寄せた人影は?

眩さに邪魔され、はっきりと顔は判らなかった。


だけど、記憶のどこかにひっかかる。


銀にも見紛う白い髪。


……あぁ…


摩南は、ふと思い出す。


幼い日、僅かの時間を過ごした男の子。

川遊びの途中、突然慌て出し山へと走り去ったあの子。



…あぁ、そうだ。

あの男の子の顔立ちに似てるのかもしれない。


あの子の名前も『蓮』だったよね。


年を聞いて無かったけど多分二つか三つ位年上。

突然現れたあの人も、その位に見えた…



『摩…南…』


なんで、そんなに切ない声で私を呼ぶの?

ねぇ…教えて?

貴方は、あの時の男の子なの?


身体から力が抜けてる…

意識も、ふわふわと空にでも漂ってるみたい。


不思議な感覚だね…


何でだろう?

怖くなんかない。

懐かしくて堪らないの…


それに、なんて清々しい場所なんだろう。

清らかな空気に癒されてる…



ふと、頭の片隅で考えたのは、事故にでも巻き込まれ、意識が彷徨ってるのかもしれないと言う事だった。


でも…これが只の夢だとしても気持ち良い…



そんな無邪気な考えに、摩南は我知らず笑みを浮かべていた。





物憂げな溜め息を幾度が吐いた後、蓮は摩南の目を覚ます覚悟を決めた。


軽い催眠状態のまま横たわる彼女を眺めている方が、自分を抑え切れないだろうと思ったからだ。


互いに会話を交わし、この不思議な展開の説明なり、昔話を語れば、場をやり過ごせるかもしれない…


そして、これは夢なのだと元居た場所へ送り届ければ良い。


そんな風に考え始めていたからだ。


これを逃しても、人からの精を受ける機会は、近い内に再び巡る筈。



蓮が、この行為から逃げるのは最初の夜以来の事だった。


「何年かに一度の我が儘だ…

上手く説明して、誤魔化せば良いだろう。

いや、むしろ僕達の土地に連なる者と知り躊躇したと、はっきり言えば良いんだ…」


そう呟くと、彼の両手は摩南の頭を包む。


ふわりと淡い碧の光が、まるで霞の様に、摩南の頭を包み込んだ。


辺りに拡散し、すぐに消える碧の光。


霞が徐々に消える中、閉じられていた摩南の瞼がうっすらと開き始めた。


そっと手を離し、蓮は摩南の目覚めを見守る。


蓮の瞳は、感情や力の発動により、深い蒼から鮮明な碧色まで水の流れの如く色を変える。




ゆらりゆらりと、微妙に色を変化させる瞳。

冷静さを取り繕おうとしても、隠し切れない動揺を映し出している。


幸い、摩南はそれを知る訳も無い。

それが、彼の救いだった


「普段ならば、瞳の変化を隠す事も容易な自分が、ここまで動揺するとはな…

たった一度の出会いなのに、そんなに彼女に嫌われたくないのか…僕は。」



蓮の独り言が終ると同時に、摩南の腕が微かに動く。


「…うぅ…ん、っん…」

視点の定まらぬまなざしを宙に向け、摩南は覚醒した。


脇に座る蓮は、言葉ないまま彼女の反応を待っている。


…摩南は、僕の事など忘れているだろうよ。


自暴自棄な寂しさが、彼の胸を横切った。


漂う闇の中、摩南は小さな光を見つける。

柔らかな碧色のその光は、すぐに視界を覆い尽くし、眠りの闇を退けた。






蓮の掌から、揺らめいていたと同じ光に導かれ目覚めると、摩南はぼぉっとしたまま辺りに瞳を巡らせる。


薄闇の中に、うっすらと浮かび上がる、白く輝く髪が、彼女の目の端に映った。


彼女は、ぼやけたまなざしをはっきりさせようと、パチパチと瞼を瞬かせ、目元を手で擦る。


そして、目覚めてから始めて、蓮は彼女に向け言葉を発した。


「術は解けた…


すぐに意識もはっきりして、身体も楽になります。

安心していい…」


その言葉を発する者の顔に、摩南の瞳の焦点が、徐々に定まってゆく。


…碧にも蒼にも見える瞳。

綺麗…


蓮の言葉通り、四肢に力が戻るのを感じると、摩南は手を付き上体を起した。




「夢を見てるの?…私。

ううん、それでも構わない。

だから…

一体何が起こったのか、話を聞きたいんだけど…? 」


摩南は動揺した様子も無く、蓮を見つめゆっくりと問い掛けた


涼やかな切れ長の眼。

ゆらゆら煌めく瞳が、怜悧さに艶を添える。


スッと鼻筋が通り、少し薄目の唇には切なげな笑み。

まるで、名工に上等な細工を施されたかの様な、整ったその面


摩南は、ちらりと、部屋の様子に目を走らせる。


古式ゆかしい寝所など見るのは初めての摩南。


幾ら、贅を凝らした昔ながらの日本家屋だろうが、現代ならばこの様なしつらえにはするまい




四本の柱と梁を囲むように、幾重にも紗の薄布の幕と、五色の細い布が垂れ、外部の漆黒の闇を遮っている。


そして、広い部屋の中央には、摩南が横たわっている寝台。

枕元から少し離れた場所には、灯の代りなのか柔らかな白色の炎が宙に揺らめく。


「君の名前は…摩南…だろう?昔、僕は君と会った事があるんだ。夏の日に君の田舎で」「覚えてるよ。

蓮…でしょう?


裏山の祠で会った男の子。

川で遊んだの覚えてる」


少し驚いたかの様に、冷静さを取り繕った蓮の表情が崩れ、柔らかなものへと変わった。


「覚えていてくれたとは嬉しいよ…摩南。」


摩南は蓮の方に身を乗り出し、真っ直ぐな瞳を彼に向けた。


「ねぇ、蓮…

私の意識が途切れる前に貴方が言ったのはどういう意味?


『時が重なった』

『一夜を過ごす』


あれは、一晩この夢を見れば元に戻れるって事なの?」


「あぁ、一晩経てばちゃんと戻れる。

心配しなくても大丈夫だ。

この結界の中では、時の流れも緩い。」


安心した顔で、摩南はふうっと息を吐く。


「じゃあ、これは、きっと夢を見てるんだね…。

なんだか、気が楽になって良かった…」


「摩南が無邪気なのは、変わらぬままだな。」


くすりと、蓮の口元から笑い声が零れた。


先程までの戸惑いが嘘の様に感じられ、心が軽くなる。


蓮は、脇に置いてあった水差しから、透明な掌ほどの椀に何かを注ぎ、摩南に差し出した。


「これ…」


「害の有る物ではない。あの山奥の湧水だ。


山の霊力を溢れさせた水だから摩南の身体にも効くだろう。」


ごくりと一口飲み干せば、身体の隅々まで冴え渡る。


仄かに舌と喉に甘さが残るその水は、一瞬にして摩南の身体も心も癒し、解きほぐしてゆく。


「美味しい!」


「自然の気と、僕の霊力が込められた癒しの水。

気に入ってくれたか?」


摩南は、頷きながら水を飲み干し、ことりと椀を床に置く。


「蓮の霊力って…何?

一体、蓮は何者なの?」


蓮は、すうっと息を整え片手で白い髪を掻き揚げながら、摩南への最初の言葉を探した。


摩南は、静かに彼の言葉を待っている。


「僕の住む世界は、人の世ではない。

つまり、摩南とは違う世界の住人。

あの地で言えば、土地神として奉られた龍神。

…僕は…龍の一族の者。


まぁ、信じられなくても仕方無いだろう…な…」


「龍…龍神って?

確かにあの田舎一体には、龍を奉ってる場所も多いし、山自体が龍神が住まう処なんて話も聞いたけど…」


母の田舎の話を思い出しながら蓮の話への疑問を、素直に口にする摩南


聞けば聞く程、夢だと思っていながらも、色々な話に気を取られてしまう


「摩南、考え過ぎる事は無い。只の昔話、夢の中の話だ。」


蓮はそう言うと、摩南の肩を優しく撫で、話を止めた。


「うん…大丈夫。蓮、話を続けて?」


そう……これは、夢の中。

だからこそ、戸惑う事無く、彼を見つめていられるもの。

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