④
彼女を眺めながら、特異な僕の運命を想い返す。
「摩…南…」
小さな声で、彼女の名前を口に出す。
あの日から、呼ぶ事の無かった彼女の名前。
蓮は、肩先まで有る彼女黒髪を指先でゆっくりと梳きながら、温かな想いが心に溢れるのを感じていた。
その反面、この空間に彼女を連れ去った意味に思い悩む。
人との精を交える事が、自分の能力を高め持続する。
波長が引き合う者と時が重なると、その磁力に導かれ次元を移動出来る。
己の選択の余地など無い。
長い眠りから覚め、身体は成長したが、心は幼いまま。
訳が解らぬままに、同世代の龍との顔見せと、特異な龍体について纏わる話を語られる。
そして、人間の精を受ける意味について唐突に教えられた。
あれから何年も経つが、誰かを抱いていても、一人になれば虚しさが残るだけだった。
ましてや、勝手な理由で一夜を過ごす人相手ならば尚更の事だ。
人は、この空間から出れば記憶も朧になり、時間の流れも違う為、うたた寝でまどろんだ程度の感覚だけだろう。
だからこそ、蓮は今までの相手に対しては優しく扱いながらも、短い時間でやり過ごして来たのだ
催眠を掛け、夢うつつの相手に自分を覚えていて欲しいとも考えはしなかった。
昔から、己の魂の破片を探し、夜空を見上げ涙を零していた僕
その番いに出会うまでは、自分の心は揺れ動く事など無いと思っていた。
だが、摩南を目の前にして、蓮のその想いは崩れそうだ。
安らかな息を漏らす色付いた唇。
滑らかさを、触れずとも感じさせる柔らかな肌。
成熟した、しなやかなその肢体から目が離せない。
幼き頃だとは言え、想いを残す相手を、目の前にした蓮の気持ちを揺さぶるには、充分な状況だった。
それを相乗するのは、身体の奥底で沸き立つ欲。
能力保持の為とは言えど時期が巡る時に、じわりと滲む欲情のほてり。
蓮が、その欲をこれ程リアルに感じたのは、初めてだったかもしれない。
「う…ぅ…ん…」
息を漏らし、寝返りを打つ彼女の声に、はっとし指先を離そうとするが、吸い込まれる様に指先が離れない。
「いっそ、目が覚めぬまま、摩南の寝顔を眺めているだけの方が楽なのか…?」
切なげな顔をした蓮の口から、そんな言葉が零れ落ちた。
薄布の紗に包まれた寝所の外は漆黒の闇。
日常から切り離され、閉じられた空間の中、龍の一族の青年は突然の再会に戸惑う。
懐かしい面影を残す彼女の顔を覗き込み、ゆっくりと蓮の顔が摩南へと寄せられた。
雪の様に真白な前髪が、さらりと目元に被り、柔らかな毛先が摩南の額を撫でる。
静かに…
ゆっくりと…
蓮の唇は、摩南の唇へと重なった…
ふっくらと柔らかな唇の温もりに、思わず甘い吐息が漏れた。
摩南を起さぬ様に、そっと何度もその温もりを啄む蓮。
緩やかに時間が流れる結界の中再会の夜が始まる……