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愛しき者を迎える為に

華美過ぎず、品格の有る調度品は、一つ一つ大層手の込んだ品。



龍の一族の細工師が、精魂込め誂えた品物が、清められ磨かれ、清冽な空間を造っている。


それらは、龍の宮に仕える者の手で更に清められ次代の長を癒やすのだ。


春の花園の結界を後にし、韻を伴い自分の宮へと戻った蓮。



ひとまず蓮の私室に落ち着くと、韻が自ら提案した。


「人界へ行く前に、身近な者に聞いてみるのはどうだ?

俺は清良(キヨラ)の長老に、人界と関わりの有った者がいないか尋ねてみたらと思ったんだがな。」


清良の長老。



彼は、鎮耶が治める龍の一族でも最高齢の龍。


一線からは退き、山奥の静寂な淵に身を置き、余生を過ごして居る。



言わば、一族の生き字引とも呼ばれる人物でもある。


人前に出る事を苦手としながらも、その博識を必要とされ、鎮耶の父の片腕と呼ばれていた。


以前は、僅かながら各地方の龍との縄張り争いが有った時代だったせいも有るのだろう。


男子の跡継ぎ鎮耶が生まれ、彼の成長を見守り、若い間は後ろ盾となり支えて来た。



後継者も得、長として見事に花開いた鎮也。


その後、今住まう淵へ、少数の弟子と共に移り住んだのだ。


自然を愛で、時折訪れる知識を求める者と対話をし、知恵を授ける隠者。


彼ならば、表には出ていない話も知っているのではと韻は考えたのだ。




「すぐに真相に辿り着ければ、他に動き様も有るだろうが…


只、摩南は人界の者。

もしも、僕の知らぬ異界との繋がりが有るのならば、知っておくに越した事は無い。」



「あぁ。

事が判れば、取り留めの無い話かもしれないが、下手に動いて変な噂になっても厄介だろうよ。」


蓮がその言葉に頷くと、韻はゆっくりと立ち上がり、蓮の肩を軽く叩いて明るい声で言った。



「まぁ、そんなに思い詰める事も無いさ。

お前の守護が有れば、悪さをしたくとも、大抵の者は彼女を呼び寄せるだけでも一苦労だ。


それよりも、その顔で彼女に話を詳しく聞かせてくれなんて言ったら、余計な心配を増やすだけだぞ?」



蓮の顔を覗き込み、

「なぁ?」と、笑顔を浮かべた韻は、まるで子供を宥める様に、わしわしと白銀の髪の毛を撫で回した。


突然の韻の行動に驚き、子供扱いに腹を立てた蓮は、頭を撫でる彼の手を邪魔だと言わんばかりに押し退けた。



「何だ突然!

韻に言われなくとも、摩南の前で心配掛ける態度など見せぬ!」


「いやいや、見せるのも大切だと思うぜ?


俺が言いたいのは、思い詰め過ぎず、彼女と二人でよく考えなって事だ。

俺達よりも、話が見えないのは彼女だろう?」




「韻。

もしも、この話の関わりが億劫になったら、気にせず言ってくれ。


僕にしても…今までに無い事だからな。」


蓮の迷いの無い真っ直ぐな瞳。


「俺の気が済むまで、付き合うよ。

さ、早速、清良様に会いに行くとするか!


蓮は、彼女に会うんだろ? 身体でも清めて、楽しい夜に備えておけ!」


韻はそう言い残すと、くるりと振り返り、扉へと足を踏み出した。


漆黒の髪が揺れる後ろ姿に向け、蓮は喜びを交えた明るい声を掛けた。



「感謝してるぞ!韻!

お前の言葉、しっかり覚えておこう。


摩南にも、良い友が居ると伝えておくからな。」


扉を閉める時に軽く手を振り、韻は部屋を後にした。



蓮は側にあった脇息に肘を着き顎を乗せ、ほっと息を吐いた。


韻との会話で、気負う心もかなりほぐれたのだ。


人界の夜までは、まだ時間が有る。


…摩南と過ごす結界に籠る事を、皆に悟られぬ様にする為にも、部屋に籠っていない方が良いか。


そう考えた蓮は、ぱしっと指先を鳴らし、淡い碧色の光を灯した。



「そうだな……

女官頭を呼んでくれ。」


ふわりふわりと宙を舞い、すうっと扉を擦り抜ける碧の光の珠。



急ぎの時ならば、相手に直接念を送るのだが、普段は宮では光の珠を飛ばす。



と、言えど目当ての者が居れば、直接現れるので口伝えよりも遥かに早い。



直ぐに、回廊に人の気配が近づいて来た。



「蓮様、御呼びでございますか?」



蓮は、扉の外に向かい、「ああ、中へ。」と、声を掛けた。

「昨日は、御立派な昇龍姿を拝見出来て、とても嬉しゅうございました。皆様も、大層御慶びでしたもの。」



満足そうに微笑みを浮かべ、相楽は感嘆の声を上げた。


「ありがとう相楽。

嬉しいよ、そう言って貰えるとね。

実は、お前を呼んだのは韻の一族の女官の件なんだ。」



「あぁ、勿論、滞りなく準備致しますとも。

長老頭の一族の方なら尚更です! 」



何時に無く浮かれた声で語る相楽の様子に、蓮は少しばかり焦りを感じ、早目に呼び出して正解だったと苦笑いを隠した。


「その事だが…余り気を使い過ぎないで欲しい。

他の皆は、場を設けて顔を合わせてはいないだろう?

韻の一族だから特別だと思うかもしれないが、普段と変わらぬ席で構わない。


側仕えをしてくれれば、自然と話す機会も増えるだろうし。」



「確かに、蓮様のおっしゃる事はご尤もですが…長夫婦御揃いでしたら、簡素過ぎるのは失礼でございます。」



ゆったりとした物言いだが、はっきりと切り返す相楽の声。



我が子同然に成長を見守り、世話を見て来た彼女には、蓮も韻も一目置いている。



「それならば、韻の父上や韻も交えの内輪の宴ではどうだ?

相楽達に教えて貰いながら、宮での仕事を一族の者に見せてやれば喜ぶと思うが。」



「まぁ、それはようございます。

蓮様のご提案で宴と言う事ならば、皆様寛いで頂けますでしょうから。」



彼女は、御目通りの話に浮かれてはいたが、自ら話を切り出せば、蓮の腰が引けるのではないかと少々心配していた。


予想に反する、蓮の言葉に安堵する。


…私共が焦らずとも、蓮様はしっかりと先を見据えておられる。


そんな想いに浸り、相楽の顔は益々晴晴れとしていた。



「この形で良ければ、韻から長老頭に話して貰うつもりだ。

父上達には、僕から話そう。」


ゆったりとした口調で語る蓮に、相楽は手を着き頭を下げて言った。



「蓮様の、おっしゃる通りに致します。相楽、滞りなく準備を整えさせて頂きます。」



「頼んだよ、相楽。

はっきり日取りが決まれば、改めて伝えよう。」


いつもの落ち着きの中に、何処となく嬉しさを滲ませている蓮。


それに気付いた彼女は、「何か、良い事でもございましたか?」

と、蓮に問い掛けた。



蓮の口元が微かに綻び、端正な顔立ちに、艶やかとも言える柔らかな笑みが浮かんだ。


幼い頃から見慣れている、相楽でさえ見惚れてしまう美丈夫振り。


蓮の顔立ちは、どちらかと言えば以前は中性的だったが、ここ最近は、凛々しさも漂っている。


それと相俟って、艶やかさまで伴えば、見惚れるのも当然だと相楽は思った。


「きっと、花園の見事さに癒されたせいだろう。

だけど、少しばかり疲れたから、ゆっくり休む事にするよ。」◆◆◆


相楽の退室を見送った蓮は、脇息に持たれ掛かったまま、しばし寛いでいた。



思いの他、相楽の引き際がさっぱりとしていたのは、女官の話を無下にしなかったせいなのだろう。



「皆を騙す訳ではないが、やたら構われるよりは良いな。


父上と母上が、周りの者に余計な事は言わないのなら、顔を合わせる程度の話を受けておくのも良い手か…」



摩南との時間を邪魔されぬ為に、自由が利くに越した事は無い。


これから先、同じ様な話はどんどん増えてゆく。

「そう考えれば、父上が周りに、口五月蠅く言われなかったのは、取り巻きの者が多かったからだな。」



鎮耶の話からだと、長の伴侶としての資質を求め、様々な女性に出会う機会を拒む事は無かったらしい。


そんな中、臣下の者達は、当然の事だと長の目を信じ、口を出すのも稀だったと言う。


韻が父親から聞いた話では、『良いご縁を得ようと、見聞を広められるのは、我々には喜ばしい話。

醜聞にならない限り、口を挟むのは無粋と言うものだ。』と、語っていたらしい。



だが、結果的には自分を良く知り、素顔をさらけ出せる朱璃以上の女人はいなかった。


若長が妹の如く慈しむ朱璃が、女性として花開き二人が番いとして愛を育む姿を、皆は温かく見守っていた。



同じ地に生まれた、珠玉の一対。


互いが想い合う様を感じた周りの者達は、余計な口出しは無用と知り、直ぐに縁談話を止めていた。

後ろ手にぱたりと扉を閉めると、蓮は指を組み替え幾つもの印を結ぶ。


身体全体から滲み出る、碧色の仄かな光。


「はっ!!」と鋭い声を伴い、霧の様に部屋中に霧散する光。


「これで良いか…

まず、中の気配が漏れる事は無いだろう。」


蓮は、宵闇の儀式での空間を開く為に、部屋全体を封印した。


蓮の住まう宮で、主人の部屋を覗き見する様な輩はいる筈も無いのだが、万が一を考えての事だった。


年に一度の儀式に使われる空間。


普段から、龍達が使う結界とは違い、人界の気が漂う特殊な空間でも有るからだ。



蓮が、摩南との時間を封印した想い出の空間。


今宵からは、新たな想い出を重ねる空間でも有る。



蓮は封印を施した部屋の中で、再び印を結び、低く鋭い声で空間を引き裂いた。


部屋の中央に、ぽっかりと虚が開く。


闇の中に、漆黒の闇が覗いていた。



宙に手を翳し、碧の光を虚に放てば、漆黒の闇に摩南と過ごしたあの部屋が、ゆらゆらと浮かび上がった。



蓮の身体が宙に浮かび、虚を潜り抜け中へと姿を消す。

そして、彼が片手を翳すと、まるで何事も無かったかの様に、残した部屋に静寂が戻った。



「不思議だな……

時を告げる炎の気がまだ僅かだが残っている。


あの時は、確かに消えたと思った筈なのに……」


………何故だ?


また一つ、不思議な事が起こっている。



宵闇の空間に残った炎に疑問を持ちながらも、蓮は人界へと意識を向けた。



愛しき者に会う為に………

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