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花と風の誘い

暮れる空を眺め、花開く風景に目を遊ばせながら蓮は花園の木立ちを散策していた。


賑やかな宴の声は遠くに響いていたが、離れて聞いている今の方が趣を感じさせる。


「堅苦しくない宴と言えど、好き勝手には出来ないからな。

むしろ、別の日に韻や内輪の気心知れた者で、此処でゆっくりと場を設けて貰おうか。」


蓮は、そんな言葉を呟きながらふぅと息を吐く。


眠りから目覚め、毎年慣れ親しんだ花園の光景に彼の心は癒される。

鎮耶と朱璃が、慈しみ丹精込めた花々は、息子への深い愛の象徴でも有る


ゆったりとした様子で、ぶらりと歩いている蓮が何かに反応し、急に立ち止まった。


「誰だ?

韻なら、もっとはっきりと念を送ってくる筈…

それに、この気は…?」


自分の込めた念に重なり届くのは、摩南の気だ。


…だが、何でこんなにも近い場所で感じられるんだろう?

それに…微かに同族の気が混じる。

まさか、龍と共に居ると言うのか?


「……どちらでも良い!

とにかく、摩南の気を見つけるのが先決だ!」


宙に翳した手が、白く発光し摩南の指輪に反応する。


「この奥…か…」


蓮は摩南への返事の代わりに自分の気を指輪に送りながら、花びらの舞う中を跳び去った。�

身体の重さを感じさせぬ軽やかな足取り。

深い紫の着物の袖と、袴の裾をなびかせ宙を翔け木立ちを抜ける蓮。


「この風は…?」


風に花びらが舞い上がり道を作っている。

僅かに向かい風に抵抗を感じるが、怪しげな様子も無い。

蓮は夢中で花吹雪を駆け抜ける。


不思議に思う要素は、幾らでも有る。

だが、それよりも身近に感じる摩南の気配に、彼の心は奪われていた。


「摩南…摩南!」


突然、強い風が蓮の身体を押し上げる様に吹き抜けた。


「くうっ、な、何だ?」


花びらと木の葉に顔を伏せ、強風に足を止める。

ぱたりと風の気配が止みそっと面を上げると…


はらはらと舞う桜と春の花々に囲まれ、宙に漂う愛しき者の姿に目を奪われる蓮。


蓮は、一瞬言葉も忘れ、摩南の姿を眺めていた。


ホッとした摩南は、極上の笑みを浮かべ、蓮の側へと近付いた。

彼女は試す様に指先を伸ばすがそれは蓮の身体を擦り抜けてしまう。


「これは…

摩南の魂だけが抜けてしまったのか?」


蓮が驚いた表情で、彼女の顔を見つめると、彼女も戸惑いながら小さく頷く。


そうだとしても、摩南の気は乱れてはいない。

…僕が取り乱してどうする。


「もう、大丈夫だよ。

どうしてこうなったか理由は判らないけど、これなら僕が元に戻せる。

安心して良いから。」


摩南は、蓮の言葉に安堵した。


「魂だけでも、多少の対話は出来る。

指輪に、念を込めるのと同じだよ。

気持ちを集中させてごらん…」


蓮は、陽炎の様に揺れる彼女の姿をじっと見守る


指輪を両手で握り締めて目を閉じる摩南。


『蓮に逢えて…良かった

怖く…は…無かったけど…少し心細かった…の』


頭の中に響く摩南の声に蓮の顔が思わず綻ぶ。


「当たり前だよ。

魂が身体を離れる事は有っても、次元を超える事はそう有る訳じゃない…

指輪の念が、摩南を此処に呼んでしまったのかもしれないな。」


『約束…破っちゃったね

でもね…蓮ならどう…すれば良いか教えてくれる…と思って』


摩南は、少しだけ顔を曇らせて答えた。


「僕は…摩南に逢いたかったから嬉しい。

それに、指輪の影響なら僕に責任が有るだろう?

でも…摩南に触れる事が出来ないのが残念だな」


彼女を掻き抱くかの様に蓮は自分の腕を広げた。そして、摩南も蓮の身体に腕を回す。 感触は無いけれど、互いの体温が伝わるかの如くほんのりと温かな温もりを感じる二人だった。



「摩南…この花園以外の何処か違う次元に呼ばれたのかい?

微かにだが、僕が知らない龍の気が残っている」


腕の中にいる摩南の身体に手を翳すと、自分の臣下達とは僅かに違う龍の気配。


かと言って、他の土地に結界を持つ一族の物とも違っていた。


例えるならば…これは、自分の気に近いのだ。

…そうだ、単一の精を操る者では無く、自然の精全てを、自ら操る者だけに有る気の片鱗と、我々一族の発する気。


霞の如く、摩南の身体に纏わり残っている。


『見知らぬ…女の…人が居る場所だったの。

誰か…の名前を…呼びながら…泣い…てた。

私の姿…は見えないみたいだったけど…その人も…龍の気配がするって』


もしや…番いの片割れの魂か?

人界に迷い出たまま、何らかの理由で、異なる次元に捕らえられているのかもしれない…


…有り得るな…


蓮は、目の前にいる摩南の顔を見つめたまま、不思議な想いに捕らわれる


何故、彼女だけがこんなにも僕との接点を持っているのかと。

それなのに、何故、この何年も引き寄せられはしなかったのだろうと。


「その人の話を、詳しく教えて貰えるかい?

勿論、今じゃない。

摩南が人界に戻って、落ち着いてからで良い。」


『蓮の…知ってる人?』


「まだ…判らないけどね

この、残ってる気が気になるんだ。」


『良いよ…』


快く返事をしながらも、摩南は何処かで確信していた。

蓮の一族が探している龍の魂が関係してる事を。


それは、ほんの少しだけ摩南の心の痛みともなった。


もしも、あの女性が蓮の魂の半身だとしたら、蓮の想いはどう変化するのか?

自分達が、互いに魅かれ合う気持ちは確かだが、蓮自身がずっと探し求めていたと言う魂に出会ったのなら、一体どうなるだろうと。


僅かに陰りを見せる摩南の瞳。

「摩南…僕と出会ってから、余りにも急な出来事ばかりで、疲れただろうね…」


蓮は彼女の瞳を覗き、摩南の不安を拭い去ろうと話し掛ける。


目の前に居ながら、抱き締めてやれないのがもどかしくて堪らない。


『大丈夫…疲れた訳じゃないよ。

それに、蓮にも…判らない事なんだしね…

だから…この話は…帰ってからにしよう?』


蓮の気遣いに甘え、摩南の気丈な態度が弛む。


今日の出来事は怖くは無かったが、思いの他気が張っていたらしく、摩南は蓮の身体に寄り添う事が出来たらと思った。


『ねぇ、この花園は蓮の住んでいる場所なの?』


「此処はね、僕の両親の結界なんだ。

年に一度、僕を囲む春の宴の為に、整えられた花園。

折角、摩南が居るんだ。向こうに送る前に、此処を案内しようか。」


『うん…蓮が居るなら…安心。綺麗な…場所だから興味が…有ったけど…一人だとね…』


摩南の言葉に、蓮の顔が思わず綻ぶ。

陽炎の様な姿の摩南を導く様に、蓮はゆっくりと足を踏み出した。


はらはらと舞い散る花の中、寛ぎ周りを眺め、蓮の視線に優しく笑みを返す彼女。


…摩南と、此処でこんな風に過ごせるなんてな…


振り替えれば、これまでに共に過ごした女とは、ゆっくり花園を散策した覚えは無かった。


春の宴は、蓮が人界の者と精を交わした証しの日でもある。

誰も咎める者などいないが、蓮自身が相手の女達に対して何処かで後ろめたさを感じていたのだ。


共に一夜を過ごした心を残す相手と共に、この花園を巡る喜び。

それは、蓮の気持ちをより一層、摩南へと繋ぐものとなる。


宴の合間に、自分の憂いを癒されたこの場所。


小さなせせらぎが流れ、あの小川を偲ばせるお気に入りの場所や、木立ちの間に広がる、足元を覆い尽くす蓮華草の野原。


自ら案内した光景に、摩南が美しさに溜め息を着き、驚きと嬉しさを目を輝かせる。


他愛ない話に言葉で戯れ合いながら、無邪気に笑う二人。

それは蓮にとって、とても新鮮でもあり、本当の意味での安らぎを感じさせた。


『ちょっと残念…あの小川に入って…みたかったな…たまには…子供の時…みたいに遊んでみたいね…』


摩南のそんな一言が、蓮の心を踊らせる。

だが、そんな無邪気さとはまた別に、彼女の柔肌を思い出す自分がいる。


「それも良いな…

でも、摩南を此処へ案内出来ただけでも十分嬉しいよ。

本当は…摩南に触れる事が出来た方が、もっと嬉しいけどね」


『…私も…』


触らずとも互いに瞳を見交わすだけで、昨日の肌の感触がすぐに甦る。


…もしも、触れ合う事が出来たなら、とうにこの腕に閉じ込め、花降る下で摩南の身体を押し開いていたかもしれない…


一夜と言いながらも、時間の流れが緩い結界内で幾度も摩南の中で精を放った蓮の身体。


摩南は、じわりと蓮の身体の温度が上がるのを感じ、頬が熱くなる。


…でも、摩南の気持ちと僕の気持ちが、もっと寄り添い固まるまで、焦らない方が良いだろう。



ほんのり頬を染める彼女に、益々愛しさが溢れる。


「僕が一方的に、摩南の話を聞きたいだけだから焦らすつもりは無いよ…

顔を見れるだけでも、充分幸せなんだから。」


『じゃあ…私が勝手に…甘えても…我慢して待ってて…くれる?』


少し悪戯な色を浮かべた彼女の瞳が、微笑みながら蓮の顔を見上げた。


思わず胸の鼓動が高まる蓮は、静かに笑みを返し

「良いよ…僕は、摩南が応えてくれるまで待つ。

先の事を戸惑うよりも、摩南と逢える時間の方が欲しい…今日会って、素直にそう想えたんだ。」


と、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ答えた。


『訳が判らない事ばかりで…蓮に…我が儘を言っても?

考えや…住む世界が違って…戸惑ってばかり…でも?』


摩南も彼の視線をしっかりと受け止め、気持ちを確かめる様に言葉を返した。


「あぁ…僕と居る事が苦痛になれば、素直に教えて欲しいけどね。

二人で、もっと一緒に過ごす事から始めてみようか?」


少しの間を置き、摩南が小さく頷いた。


『色んな事考えるよりも…今は…蓮に逢いたい気持ちが…勝っちゃうみたい。仕方無いよね?』


陽炎の様な摩南の腕が伸びて、蓮の首に巻き付いた。

そして、蓮の唇に摩南の唇を重ねる様に、彼女の顔が動く。触れる事が無い


ほんのりと温かな、摩南の発する気。

一方摩南も、包み込まれる様な不思議なこの温もりが、蓮の力なのだろうと感じていた。


知らず知らず癒される自分の心に、改めて気付く二人。


そんな甘い時間を過ごしている途中、蓮は韻の念を感じた。


館に続く木立ちに目をやる蓮に、

『もう行くの?』

と、摩南が問い掛けた。


「……おぉーい、蓮!…

そろそろ…行くぞ…!」


遠くから、韻が声を掛けてくる。


蓮は、韻に向かい、

…すぐに行くから、そこで待っててくれ…

と、言葉を使わず念を送る。

『誰か来るの?』


「いや、大丈夫だよ。

でも、少し待ってくれないか?

摩南を送るのに、席を外すのを伝えて来るから。

僕が戻るまで、此処にいて。」


蓮は、摩南を安心させようと優しく答えた。


「…すぐに戻る!」


摩南に微笑み、一塵の風と共に、蓮の姿が消えた


ふぅと溜め息を漏らしながら、

『こういう事にも、慣れなきゃね…』

と、きょとんとしたままその場に佇む摩南だった


蓮でさえも、不思議に思う程、この次元に引き寄せられる自分。


一緒に過ごす事から始めればいい……


だって…側に居る事は出来ても蓮に抱かれる時が、また訪れるとは限らないんだよね…

私の身体に負担が掛かるなら、蓮は我慢するに決まってる。


「また、蓮との時が重なる方法が判れば良いのにな…」


花爛漫の中、摩南は蓮の肌の感触を身体に残し、彼の導きを待つ。


一方、蓮も彼女と同じ想いを心に抱いていた。


衝動的に摩南を抱いてしまいそうな、自分の気持ちを押さえ続ける覚悟は出来る筈だ。


だが、一族の女達と違い年に一度巡って来る宵闇の重なりを受け止める事は、摩南にとってかなりの苦痛だろう。


側に居ても触れ合うだけで、身体を繋ぎ悦びを与え合う事は出来無いのに同じ様な出会いと空間で他の女性を抱く。


「龍が人界の者を娶る事が出来るなら…僕にだって可能性は有る筈なんだ


僕の精が強過ぎて、摩南の身体に負担を与えるならば…何とかその精気を操る様になれば…」


一陣の風と乗り、木立ちの奥から韻の前に姿を現す蓮。


微かに浮かぶ口元の微笑みと、何かを決心した真摯な眼差しを見て、韻は思わず問い掛けた。


「一体、何の覚悟をしたんだ、蓮?

さっきまでとは、全然表情が違うぞ?」


蓮は満面の笑みを浮かべ韻に微笑んだ。






「韻、話は後だ!

もう少し、時間稼ぎをしておいてくれ!」


いきなりの蓮の言葉に、韻は溜め息混じりに言った。


「ちょっと待てよ。

気が紛れたと思ったら、宴を本格的に抜け出すつもりなのか?

幾らなんでも…」


「悪い…

とにかく、誰か来たら少しの間誤魔化してくれ!

頼んだぞ!…」


韻は、生き生きとした蓮の声に目を見開き驚いた


言葉を返す間も無く、蓮は再び風に乗り姿を消した。


「おい…

ちょっと待て!」


慌てて蓮の気を辿るが、韻の行動を読んで気配を消した彼を、すぐには追えなかった。


「全く…何をするつもりなんだ?」


意識を集中し辺りを探れば、僅かに蓮の気を感じる事が出来る。


「ん?変だな…」


韻は、微弱ながらに蓮以外の者の気配を読み取っていた。

自然の精を操る龍の気配の他に今にも消えそうな位な同じ気を持つ者の気配が有る。


風に揺れて消えかかる炎の如く揺らめき霞むその気配を訝しげに思い、直ぐさま韻も後を追った


…蓮が、目眩ましに気を乱してるとは思えないが

何をするつもりか、様子を確かめてみるか…


「摩南!」


花びらを撒き散らし、ふわりと蓮の身体が、摩南の前に現れた。


「指輪に気を込めるんだ!」



『えっ…うん!判った!』


摩南は手を重ね、ぎゅっと指輪を包み込む。


そんな摩南の揺らめく姿を空気で包み込む様に、蓮の気が取り巻いた。


大きな風船を腕に抱え込む様に蓮は摩南をふわりと持ち上げる。


ざっ…ざざぁっ…


風が木の葉と花びらを撒き散らし、韻の驚いた声が木立ちの中に響いた。


「蓮!!誰を連れてる!?」

「韻!!」


韻から見えぬように、摩南の姿を遮り、素早く宙に浮く蓮。

「お前…」


「僕が呼び寄せた訳じゃない。

そう…また、僕らは時に引き寄せられたんだ…

兎も角、彼女を送り届けるのが先だ!

済まないな!韻!」


蓮は空間を遮断し、韻の足を止めた。


韻の目に写るのは、普段見る事無い焦りの表情を浮かべながらも、腕に抱いた女に柔らかな微笑みを送る蓮の姿。


花びらと腕に遮られ、ちらりと横顔しか見る事が出来なかったその女の表情はとても穏やかで、蓮だけを見つめていた。


そんな二人を見て、韻は遮断された空間を突破する印を結ぶのを止めた。


「全く…あんな顔見せられてたら、邪魔する気にもならないさ。

帰って来たら、じっくりと話を聞かせて貰うからな。」


思わず韻は、ふうっとため息を着いた。


「蓮があれだけ一生懸命になるなら、あれが一夜を過ごした昔馴染殿だろうなぁ。

…どうせなら、俺にも紹介してから、人界に送れば良いんだ。」


呆れた表情で独り言を呟きながら、韻は元来た道を辿ろうと振り返った。

…言い訳するのは俺なんだぞ?


それにしても、蓮が側に置いた今までの女達とはかなり違う感じがするな


「まぁ、今までが優等生過ぎたんだ。

あの娘と並んだ蓮は…」


思わずくすっと笑い、韻は呟いた。

「本当に…ごく普通に喧嘩もしそうな、幸せな恋人同士にしか見えなかったよな。」


自然に蓮の笑顔を受け止める、くっきりとした大きな瞳。

ふわりと、顔と肩に掛かる柔らかな髪から覗く端正な横顔は、笑顔によって無邪気ささえ感じさせた。


物言わず静かに佇んでいれば、かなり印象が違うだろうと思わせる。


…互いに、素顔を出し合える相手と言う訳だ。


はらはらと舞う花吹雪のトンネルをゆったりと歩きながら、韻はあの二人が共にはしゃぐ様を眺めて見たいと感じる。


そして、彼女がこれ程に龍の次元に引き寄せられる事にも、不思議の念を感じていた。


蓮の空間に邪魔され、摩南の気に触れなかった韻にしてみれば蓮が呼び寄せたとしか思えない


「蓮と、早目にゆっくり話しをしたほうが良いか…」


韻は、そう呟き花びらの中を引き返した。

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