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夢また夢

間が空いて申し訳ありません

不思議な出来事に心を奪われた休日。

それも、もう終わろうとしている日付が変わる時間。


摩南はゆったりと風呂に入り、明日の仕事に向け気持ちを切り換えようとしていた。


汗を流した身体を冷やさぬよう、下着の上にパイル地のバスローブを羽織ったまま、居間のソファーへと、ペットボトルを片手に腰を下ろす。


「はぁっ、気持ち良かったぁ。」


冷えた水を口にしながら湯に火照った肌に目を向けた。


仄かに紅く染まる肌の上に、くっきりと刻まれた紅い華が浮かび上がっている。


それは、蓮との一夜が夢でも、昔の出来事でも無く、つい昨日の事だったのだと、摩南にまざまざと思い起こさせる。


今日一日で何度も蓮を思い出し、その度に指輪の碧色の煌めきに目を移した。


…こうして思い出してるだけでも、気持ちが伝わるのかな?


ねぇ…蓮…

蓮も、私の事思い出してる?


指輪を両手で握ったまま柔らかなソファーに身体を横たえる。


間接照明の柔らかな光に指輪を翳し、乳白色の中の碧の星をしみじみと眺める摩南。


「仕事中も、指輪ばかり気になっちゃうかも…」


ふぅと溜め息を漏らしながらも、彼女の顔には微笑みが浮かんでいる。



昨日、蓮と居た空間とはまるで違う…

これが、私の日常。


死んだおばあちゃんは、龍神様を感じるんだって言ってた。


「その血が関係してるのかな?

でも、お母さんからは、全く聞いた事ないし。」


そんな思いを口に出しながら、指輪を眺める摩南の視界がぐらりと揺れた


「…ん…何だろ?…

もう、眠くなっちゃったのかな…」


不思議に思いながらも、徐々に意識が吸い込まれそうになってゆく。

目を開けるのも億劫になり、部屋のライトが重なり合って見え始めた。


翳した手が脱力し、ぱたりとソファーに落ちた。


「…ん…」


瞑った瞼に残る照明の光が薄れ、ゆっくりと闇に包まれてゆく。


しばらく意識を失い目覚めたかと思えば、そこはまだ闇の中。

摩南の視界には、何も写ってはいない。


ふわりと宙に漂う感触がだけ、身体に伝えられている。


…蓮に、結界に連れて行かれた時みたい…

でも、昨日と違って意識が有る…


夢見てるのかな?…


無重力の空間の如く、上下も無く、ゆらゆらと宙に浮く摩南の身体。


「………、………」


闇の彼方から、微かに女の声が響いて来た。


啜り泣きながら、誰かの名を呼んでいる様な弱々しいその声に何故か摩南は胸が痛くなる。

少しづつ摩南の身体は、闇の一点に向かい浮遊し始めた。


気付けば、裾引きの着物を纏う女が、暗闇の中央に写し出されている。


仄かに白く輝き、ぼんやりと霞むその姿は、長く豊かな髪に顔が隠されている。


途切れ途切れで、誰を呼んでるのか判らないが、悲哀を帯びたその声は、摩南の頭の中に直接響き渡る。


「ねぇ………何故泣いてるの?…」


問い掛けた摩南の声は、彼女の耳には届かないらしい。


『私の浅はかな想いが、あの方の魂を見失わせたのか?…

こんなに名を呼べど、未だ闇が明ける事は無い』


切ない想いを溢れさせた言葉が、摩南の心までも揺り動かす。


…何で、こんなにも胸が痛むんだろう。

聞いてる私までもが、涙を零しそうになる…


いつの間にか、摩南の身体は彼女へと近寄り、俯した傍らに立っていた。


小さく震える肩。


投げ出された華奢な手はぎゅっときつく握られている。


『共に生を終えたあの時の、私の心の揺らぎが、この結果を招いたの?』


我知らず、摩南の頬には涙が伝い落ちていた。


…そんなに泣かないで…


ぽろぽろと流れる涙の雫は、頬から落ちると水晶の様に輝きながら、宙に浮かんでゆく。


その粒は、雨粒の如く闇に拡散していた。


『誰だろう?

こんなにも温かな雫を、この闇に降らせるのは…


…久方振りだ…


この闇では、私から姿は見えぬが…そなたも愛しい者を思って此所に迷い込んだのだろう。』


声が落ち着きを取り戻すと共に彼女は摩南に対し一方的に語りかけた。


「私の姿は…貴女には見えないんだね。

迷い込むって…此所から…どうすれば抜け出せるの?」


聞こえぬと判っても、摩南は彼女に話し掛けるしか、術が無かった。


自分から零れ落ちた涙の粒を纏う髪に、そっと手を掛け、優しく撫でる。


その瞬間、

『こ…の気は…龍…?

何故、人界近くの闇に…この気が紛れているの…?

誰か呼んでいる…

昔のあの方と私の様に、心で互いを欲している』


と言い、握った拳を弛めた。


「貴女は、龍の気が判るんだね…」


摩南の口元に、静かな微笑みが浮かぶ。


「ねぇ、龍の気が判る貴女は誰?

おばあちゃんみたいに、龍神を感じる事が出来る人なの?」


もしかして、私と血が繋がる人なのかもしれないね…


摩南の頭には、すんなりとそんな考えが浮かび上がった。

摩南は、連日の反日常の世界に余り戸惑いを感じない自分に少し驚きを覚える。

「貴女の言葉嬉しいな。

蓮も…私の事想ってくれてるって事だもの。」


摩南は、彼女の髪を撫でる手に嵌まった指輪に目を落とす。


碧色の煌めき。

蓮の想い。


『早く…この闇を抜けて愛しい者の元へ行け。

呼ぶ声が届く内に…』


面を伏せたまま、彼女はそう呟いた。


「抜けるって言っても一体どうすれば…あっ…」


指輪の煌めきが、すっと針の様に上に伸びてゆく。

細い一筋の碧色の光が、闇の中果てる事無く、真っ直ぐに天を目掛けている。


…もしかして、この光を辿れば此所から抜け出せるのかもしれない。


「貴女は…まだ此所にいるの?」


碧の糸に導かれる様に、摩南の身体がゆっくりと浮かんでゆく。


『あぁ!これは…

懐かしい龍の次元…

私も連れて行って!

あの方の

…魂が眠るあの世界へ!』


よろよろと立上がり、追い縋る彼女の細い指先が宙を掴む。


摩南は片手で女の姿を掴もうとするが、身体を突き抜け触れる事すら叶わない。


『まだ、時は訪れてないのか!?…』


悲哀に満ちた心の叫び。


彼女は、立ち尽くし宙を見上げ再び涙を零していた。


「早く…その人と出会えるのを祈ってるから!」


涙の雫を宝石の様に闇に散らしながら、闇を翔ける摩南。


彼女の白い光を纏う姿は摩南の足元で、朧気に霞んでゆく。


そして、摩南の頭の中に響いた声も、誰かの名を呼びながら徐々に薄れていった。


「何だか、あの結界の外にあった闇みたい…」


光に導かれなければ、又しても上も下かも判らぬ闇。

その闇は、幾重にも折り重なる雲の様にねっとりと、摩南の身体に纏わりつく。


…蓮は意識を持ったまま結界を抜けるのは、私の身体に負担が掛かるからって言ってたよね。

…じゃあ、これはやっぱり夢?


光が摩南を引き寄せる速度は、段々と増している


「きゃあっ!」


何かの力にぐいっと引っ張られ、摩南の身体はすざましい速度で上昇し始める。

彼女は、吹き付ける強風に固く目を瞑った。


目を閉じたまま強風に晒されながらも、浮遊する身体には、爽快感さえ感じられる。


…蒼空を翔けるって、こんな感じなのかな。


纏わりつく闇が離れゆくと共に、瞑った瞼に光を感じる。

瞼越しにも判る程の光に身を包まれたと思った瞬間、ぐぐっと何かを突き抜けた感触を感じた。


風も止み、はっと目を開ければ夕暮れ時の空。

摩南は、華爛漫の風景の中にふわりと浮遊していた。


「これは…花園?」



春に花を開かせる、様々な種類の樹々。


その間から広がる野原にも、所狭しと春の花々が咲いている。

かと言って、無秩序に咲き乱れている訳でも無く絶妙に手を加えられた、見映えのする風景だった


ちょっとした道の隅にも蓮華草達が春の色を添えている。


「すごい…

少しづつ時期がずれてる花も有るのに、こんなに一斉に咲き乱れてる…」


花びら舞う木立ちの間に浮かんだまま、摩南は感動の余り溜め息を漏らした。


「でも…さっきの闇の中とは、全然違う場所だよね。

あの女の人…龍の気を感じるって言ってた…

じゃあ、此所は龍の結界の中なのかな?」


私は、蓮と過ごした結界の中しか知らない。

もしかしたら、此所があの部屋の外の世界なのかもしれない。


そんな思いを抱え、ふと木立ちの奥に目を移せば遠目に同じ様に広がる野原の先に、ぼんやりと家の明りらしき物が見える


摩南の頭上に広がる夕暮れ色の空とは違い、薄闇に包まれ煌めく明り。


そちらからは、微かに人のざわめきが感じられた


「どうしよう。

さっきみたいに私の姿が見えないなら、あそこまで行ってみたいけど…」


蓮と出会った事で、夢では無い世界が有ると知り、摩南は少しためらっていた。


蓮の結界内とは違い、今の自分は、周りの物に触れる事が出来ない。


だが、突然その状態が変化するかもしれないとなれば、躊躇するのも当たり前だろう。

摩南は好奇心と戸惑いを抱え、樹々に身を隠しながらも、恐る恐る先へと進み始めた。


時折、木立ちに響く鳥の鳴き声が、摩南の心を癒してくれる。


揺れ立つ陽炎の様な姿はまるで自分の方が、人ならぬ身なのでは無いかと摩南に感じさせた。

「何にも触れないのも、寂しいよね…」


目前に咲く花々を眺め、摩南は物憂げに呟いた。


はらはらと舞い散る花吹雪も、摩南の身体を通り抜け、地面に重なってゆく。


もしも、蓮が自分との再会を選ばなかったとしてたまにはこんな風に姿を消し、人界に尋ねてくれたりするだろうか?


摩南の心に、ふとそんな思いが浮かんだ。


再会したと言えど、実際出会って想いに目覚めたのは昨日の事なのに、悟り切った考えが何処かに漂っている。


…自分でも不思議な位…


それは、きっと蓮が側に居ないから…


あの女の人が言っていた言葉が頭に響いて残ってる。


『声が届く内に…』


素直に本音を言えば、再び彼に逢いたい。


摩南は自分の指を持ち上げ、そっと指輪に唇を落とした。


「此所が、どんな世界か判らないけど…

もしも、逢えるなら、蓮に逢いたいよ。」


二人だけで過ごした、あの闇も愛しい。

だけど、こんな風景の中で共に過ごせたなら、もっと素敵だろうって思うから。


「欲張りかもしれないけど、約束破っても良いかな?

それに、蓮と会えたなら帰る方法も教えて貰えるかもしれないしね。」


…これは、私の魂が身体から離れているのかもしれない。

蓮と結界に籠った影響が残っているのなら、何か手掛かりが有る筈だもの


碧色の煌めくが浮かぶ石を見つめ、摩南は願った


「…蓮…

お願い気付いて…」


そっと呟き、摩南は柔らかな唇を石に押し当てる


しばらく石に変化も無いままだったが、摩南は徐々に指輪に熱が集まるのを感じる。


それは、不安になり始めた彼女の心を落ち着かせるかの様に、じわりと温度を上げている。


「良かったぁ。」


顔を綻ばせる摩南を誘う様に、追い風が吹き上げ花吹雪のトンネルを作っている。

摩南を、木立ちの奥へと導く風と花びら。


「周りの様子に気をつけて、進むしかない…か」


摩南は覚悟を決め、その中に足を進めた。




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