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第二章・龍の宮◇目覚めてからの想い


摩南は、窓から日の暮れかかった公園を眺める。



柔らかな陽の光の中、風にはらはらと舞う桜の花びらを眺め、彼女は蓮との甘い一夜を思い出す。


夢…?


夢だと思えた方が良かったのかな…



摩南は、そっと指輪に目を落とした。

乳白色の中に煌めく、碧の光。

壁に掛けられた、真白な着物と鉄紺の帯が、現実だった事を知らしめる。



「でも…他の人みたいに、只の夢だとは思いたくなかったんだよね…」



あんなに二人で居る事が自然だと感じるなんて…



「魂の片割れか…

人の世に、転生してるって言ってたよね。


それが、私だったら良かったなぁ。」



それなら、ためらう事無く、蓮は私の側に居てくれるかもしれない。



夢みたいな話に戸惑っても、蓮がいてくれるなら、この不安を吹き飛ばせるかもしれない…



「龍の魂の生まれ変わりって、どうしたら判るのかな?

…まぁ、少なくとも私じゃないのは確かだけどね。」



そう…きっと、出会っだけで触れ合っただけで、何かが判る筈だもの。


「羨ましいな…」


摩南は、ぽつりと呟いた



再び出会って、すぐに恋に落ちたのに、喜びよりも寂しさの方が増してゆくなんてね。



摩南は、出会ってすぐに蓮に魅かれた自分自身に戸惑いは無かった。


今までの摩南ならば、好感を抱きすぐに打ち解けたとしても、更に互いの事を知り、自然に二人で過ごす時を待つ筈だった。



人当たりも良い、物怖じもしない彼女だが、相手に素の自分を見せるまでには時間があった。


多分にそれは、幼少の頃から大人としての振る舞いを求められた事も関係しているのだろう。


蓮と出会った母方の田舎。



龍神を奉る社を代々守り続けたのは、摩南の祖母の家系だ。



勘の鋭い摩南の祖母は、幼い頃から『龍神様がいらっしゃる』と、雨を、川の氾濫を見事に言い当ててみせた。



嫁に行った後も、その勘は衰えず、社の祭や他の祭事にも声を掛けられる事も度々あった。


旧家の祖父と、神を奉る血筋の祖母。



土地、財産、人脈と人柄を併せ持つ者への信頼は絶大だ。



そして、人が集えば、裏表の顔を持つ者達も集まる。



開発で、川沿いの土地の買収が始まると、殊更それはひどくなっていった。



だが、摩南の母と言えば、父との諍いに気を取られ、親族とのやり取りと言えば自らの弱音ばかり。



そんな彼女は、母から褒められる為、大人達の話を理解しようと頑張る摩南の姿に甘え始めていった。



家や親戚達の前で、自分の弱さを詫びながら、

「それでも、摩南はこんなにしっかり育っているのよ。」と言い、無言の内に摩南へ要求したのだ。



元々、摩南の祖父が溺愛し、甘やかされた性格の持ち主。



厳しく躾られてはいたが、母はいつまでも心の自立をしようとはしない人だった。





母の言葉に悪気などないのだが摩南は褒められる為に、無意識に自分を大人びて見せていた。


摩南の母は、摩南の父と出会う前に一度結婚し、子供を連れ離婚している



その後、摩南を妊娠し、四つ年上の兄を連れ、再婚したのだ。

祖父は、溺愛する長女の初孫、即ち摩南の兄を、目に入れても痛くないと言う言葉の通り一番に可愛いがっていた。



再婚した当初は、自ら田舎に兄を引き取り育てた程だ。



摩南も、祖父に可愛いがられたが、手元で育てた兄は特別らしい。


摩南と兄との関係は良好だったが、たまに疎外感を感じる事も少なくなかった。



そんな摩南に、

「無理せんでええ。

摩南は、まだ子供なんやからなぁ。」と、祖母は優しく言ってくれた。



そして、自分と同じ様に勘の鋭い摩南に、社や裏の里山の祠に纏わる話を聞かせてくれる。



「ここらの土地には、龍神様が住まわれとる。


あっ、雨が降るなぁ思うて雨が降ったら、それは龍神様の気配を感じられる言う事や。


ほんまは特別のもんでのうて、皆が感じる事が出来るもんなんやけどな。


摩南は、うちの血が濃く出とるみたいやな。」


そんな他愛ない時間が楽しくて、摩南は祖母と過ごす時間が大好きだった。





祖父が亡くなり、祖母が独りで暮らすようになってから、摩南はより一層あの土地が好きになっていた。



祖母に教えて貰った通り、遊びながら龍の気配を感じると、無邪気に笑う摩南。


学校が長い休みになれば、一人ででも田舎に泊まりに行き、あの土地を散策し遊び回った。



大人達に見せる顔を外し、無邪気な子供の振舞いの摩南を、祖母は優しいまなざしで眺める。


足腰が弱り、田舎暮らしがきつくなった祖母が、街の叔母の家に来る事になり、何時しかあの土地に訪れる機会も減ってしまった。



家での両親の諍いが続く中、時折思い返す田舎の風景。



それは、とても彼女の心を和ませるものだった。



あの場所と、祖母の思いやりがなければ、人に素顔を見せる事が苦手になり、自分の心を閉ざしていただろうとも思う程に。


「…おばあちゃんが生きてたら笑って話を聞いてくれたかな?」



くすっと、摩南の口元から笑いが零れる。



「龍の気配を感じる力…


だから、あの時、蓮の姿を見る事が出来たんだろうね。」



蓮の切れ長の綺麗な碧色の瞳。


私を欲しがる、熱い眼差しが忘れられない。



あんなに、何度も求め合ったなんて初めて…



自分でもびっくりする位、身体も心も蓮を欲しがってた。






あれは、蓮の身体が抑制が効かなかったせいだから?



それとも、一夜を過ごす為の、あの結界の中だから?



私が夢かもしれないと思うのと同じで、蓮もあの結界から出たら、私の事を夢みたいだと思うのかな。



年に一度の夜の熱が冷めたら、この指輪の約束も重いだけのものになるのかも。




『この指輪に、唇を重ねて強く念じれば、必ず僕が感じ取れるから』



また逢う為の約束は、一月後。


今すぐにでも、指輪に唇を重ねて、蓮にこの想いを報せたいけど…



まだ、現実だと信じられない気持ちが本音。


夢なら、夢を見たままの方が幸せかもしれないから。


勝手に恋して、焦がれて泣くなら諦めも早いもの。




摩南は、指輪に手を重ねその上から唇を落とした


「これでも判ってくれたら嬉しいな…」


ふうっと、溜め息混じりの言葉を漏らす。



彼女は、指輪の石にきらりと輝く碧の星を、飽きる事無く眺める。



こんなにも深く、蓮を求める自分に戸惑いを感じながら。


その心の中には、強い想いへの怯えも潜んでいたのかもしれない。


蓮に逢えば必ず、どんどん溺れてゆくと摩南は確信していたからだ。



そんな切ない想いを抱え、彼女は夕闇迫る空の下、ベランダに佇む。



彼女の肩に、髪にふわりふわりと桜色の花びらが舞い踊っていた。

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