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「おで、兀突骨。今日も、南蛮は平和です。」  作者: こくせんや


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第4話完 「おで、兀突骨。お茶会、おもてなし。たのしみ」

1.おで、おもてなし、するぞ。


盤蛇谷ばんだこく


そこは、蜀漢の丞相・諸葛亮が烏戈国の藤甲兵を葬るべく用意した、「死の罠」である。

谷底には、地雷が埋められ、連弩や投石機、新規に開発した炮烙火矢と、ありとあらゆる罠を張り巡らし、烏戈国の藤甲兵を待ち構えていた。


ズウゥゥウゥン。ズゥゥウゥゥウン。 カラカラ、ポーン!……カラカラ、ポーン!


「はい。せーの。」「パッ!」


馬謖は南の地平を凝視し、絶叫に近い声を上げた。


「丞相!地鳴りとともに……奴らが、未知の軍陣を伴って現れました!」


諸葛亮は羽扇を揺らし、冷静さを装いつつも、内心では言い知れぬ不安に駆られていた。

彼の計算によれば、この谷に敵を誘い込み、火を放てば勝利は確定する。


しかし、風に乗って聞こえてくるのは、軍靴の音でもなければ、殺気立った雄叫びでもなかった。


「カラカラ、ポーン!……カラカラ、ポーン!」


不気味な、あまりにも規則正しく、そしてどこか香ばしい破砕音が、大地の激震と共に近づいてくるのである。


「……あれは、何の音だ?新手の破城槌か?岩を砕く秘密兵器か?」


諸葛亮の問いに、馬謖が涙目になりながら報告する。


「敵の大王、兀突骨の背後に『新型の連環投石機』と思わしき機巧からくりを連結しております!歩行の衝撃を歯車に伝達し、絶え間なく殺傷力のある弾丸を射出中!さらに全兵士、両手に『小型化した新型元戎(連弩)』を収めたと思われる堅牢な兵装匣へいそうばこを保持。その数三万!」


「三万機の新型元戎(連弩)だと!?」


知の化身・諸葛亮の脳細胞が、その理外の軍事革命を前にして一瞬、停止した。

3万の異形の敵兵が、戦場に持参した、黒光りのする重箱(弁当箱)。蜀軍には、新兵器を設置しているようにしか見えなかったのだ。


2.おで、とうちゃくしたぞ


「……ん。ついたぞ。……ここ、狭いけど、日当たり、いいな」


執事・土安どあんは、崖の上で白目を剥いている蜀軍のことなど一瞥もせず、三万の兵士に号令をかけた。


「皆々様、準備を!今日はお茶会にございます!諸葛亮殿がせっかく用意してくださったこの『会場』にて、万に一つも粗相があってはなりません!ゴミは持ち帰り、全力で楽しみなさい!」


三万の藤甲兵たちが、一斉に動き出した。「特大サイズのピクニックシート」と五重の大きな弁当箱を配置していく。


「(……ダメだ。もう、誰にも止められねぇ……)」


大王孟獲は、自分専用のレジャーシートを広げながら、完全に魂が抜けた目で空を見ていた。


そして、蜀漢の精鋭と烏戈国の藤甲兵が、盤蛇谷に敷設された無数の地雷の海を挟み、両軍は南北に対峙する。静止した時を刻むのは、ただ不気味に響き続ける兀突骨の背後の、巨大豆煎り機の駆動音のみであった。


3.おで、おでむかえ、する


烏戈国の陣、いやお茶会場には、城門どころか小規模な砦にも匹敵する巨大な構造物が鎮座している。


それは出発前に大王・兀突骨ごつとつこつが、親愛なる北の賓客を迎えるために、樹齢千年の巨木を十数本束ねて爪で削り上げた、渾身の「自画像入りウェルカムボード」であった。


兀突骨としては、最高に親しみやすい「満面の笑顔で握手を求める自分」を描いたつもりだった。


しかし、三十尺(10m)を超える巨大な看板には、兀突骨の自画像、鋼の如き鱗、そして本人の美的センスが絶望的に噛み合わなかった結果、出来上がったのは「燃え盛る山々を背景に、絶叫する人間を口に運びながら、血(に似た果汁)で赤く染まった牙を剥き出しにする地獄の魔神」の図にしか見えない。


その看板の傍らで、執事の土安とあんが、時折発生する地響きにも眉一つ動かさず、優雅に一礼して立っていた。


「準備は整いましたな、我が王。これほど歓迎の意思を放つ看板は他にございません。北の賓客たちも、これを目にした瞬間に足を止め、感動に打ちひしがれ、涙することでしょう」


「土安、ありがとう。看板、お気に入りだぞ。おでの顔、かっこいいな。北の人、これ見たら、おでのこと、大好きになるかな?」


「御意。間違いなく、末代まで語り継ぐほどの深い感銘を受けるはずでございます」


その時、谷の奥から凄まじい連鎖爆発の音と、何かが猛烈な速度で跳ね回る風切り音が響いてきた。


「うっひょお!見てっすか王!こっちの火遊び、最高にエキサイティングっすよ!」


奚泥けいでいは今、蜀軍が極秘裏に敷設した地雷原を「ホッピングの遊び場」に変えていた。足元で「カチッ」と信管が作動するたびに、超人的な脚力で垂直に跳躍。直後に発生する爆炎を背中で受けながら、「背中がポカポカして気持ちいいっす!」と絶叫し、空中で連弩れんどの矢を素手でキャッチしては、それをダーツのように別の地雷へ投げ返していた。


兀突骨はそれを見て、純真な瞳で頷いた。「奚泥、お出迎え、とっても楽しそう。……よし、おでも、しょかつりょう、どのを、お迎えに、しよう。」


二十尺の山嶺が、のっそりと動き出す。兀突骨は単身、蜀軍が陣を構える谷の奥へと、迷子の友達を迎えに行くような温かい足取りで踏み出した。


4.おで、しょかつりょう。しらない。


「……孟獲。しょかつりょう、どのは、どんな人なの。……おで、間違えて、別の人、連れてきたら、こまる」


胃痛を堪え、蜀軍の軍旗を丁寧にレジャーシートとして敷いていた孟獲は、遠くを見つめながら答えた。


「……諸葛亮か。あぁ、背が高くて、頭には青い糸で編んだ綸巾りんきんを被り、鶴の羽で作られた白い鶴氅かくしょうという上着を着ている。……あと、おおとりの羽根の白羽扇はくうせんという扇子を持っているな。……見ればすぐにわかる、一際浮世離れした格好をした男だ」


「……ん?つるの、はね?……おおとりの、はね?」


兀突骨は、二十尺の巨躯を揺らして首を傾げた。その瞳は、純粋な好奇心に満ちている。


「……しょかつりょう、どのは、鳥なのか?……パタパタ、飛ぶのか?……おで、鳥さん、大好きだぞ。……お豆、あげたら、手に乗るか?」


「いや、違う。鳥じゃない。鳥の羽を編んだ服を着ているだけだと言って……」


「……しょかつりょうどの、お空、飛んでたら、どうしよう。……おで、虫取り網、持っていったほうがいいか?……それとも、『ピーチク、パーチク』ってお話したら、降りてくるか?」


「……話を聞け。人間だ。白いうちわを持った、ただの人間なんだよ」


「……白いうちわ。……そうか。……羽があるのに、うちわも使うのか。……しょかつりょうどの、とっても暑がりな鳥さん。……土安。鳥さん、どうしたら、喜ぶ?」


執事の土安どあんが、銀の盆を指先で回しながら、極めて真面目な顔で深く一礼した。


「王、承知いたしました。羽毛を纏いし諸葛亮殿、この南蛮の酷暑にはさぞお疲れのことと推察いたします。執事として、北の賓客が二度と暑さに悩まされぬよう、心からの『真心のクールダウン』をご用意いたしましょう。鳥類としての生態に配慮した、至高の安らぎプランにございます」


「……土安、鳥さん、涼しくしてあげるのか」


「恐縮です。まず、水浴びにつきましては、我が国に自生する『深淵の紫毒草』と『大百足の毒腺』をふんだんに煮詰めた、特製薬湯へと変更させていただきます。これを浴びれば、羽の隙間に潜む害虫も駆除され、暑さも痛みも忘れ、極楽の境地を得られるはず。……まさに、王の慈愛に相応しい、究極の安らぎの水浴びにございます」


「……お薬の水浴び。……しょかつりょうどの、お目々、パチパチして、喜ぶな」


「左様でございます。さらにお食事も、諸葛亮殿の疲労を考慮し、火照った体を冷やす冷製料理をメインにご用意いたします。烏戈国流の真心込めた最高級のおもてなしを堪能していただきます。」


土安の言葉には、一点の曇りもなかった。


彼はただ、遠くから来た「大きな白い鳥(諸葛亮)」が、二度と暑さを感じなくて済むようにと、心からの親切心で計画を練っていたのである。


「(……諸葛亮、逃げろ!頼むから今すぐ全力で羽ばたいて逃げてくれ!!)」


孟獲は、土安が真心込めて用意する極悪な料理を想像し、ガタガタと震えながら心の中で叫んだ。

敵であるはずの諸葛亮の命が、これほどまでに心配になったことは、かつてなかったのである。


「……うちわ、うちわ。……白いうちわの、鳥さん。……待っててくれ、お豆持って、お迎えにいくぞ」


兀突骨は、納得の表情で頷くと、地響きを立てて立ち上がった。


ドォォォォォォォォン!!ドォォォォォォォォン!!


兀突骨が一歩踏み出すたびに、盤蛇谷の地殻が悲鳴を上げ、数里先まで激震が走る。彼は、足元で次々と炸裂する蜀軍の火薬地雷を「足裏の心地よいマッサージ」程度に捉え、降り注ぐ連弩の雨を「賑やかなお祝いのシャワーだなあ」と笑い飛ばして突き進む。


「……鳥さん、どこだ。……ピーチク、パーチク。……お豆、食べるかー?」


二十尺の山嶺が、地響きを伴う「善意」の塊となって、一歩、また一歩と蜀軍の本陣へと肉薄していく。

その後方では、土安が「諸葛亮殿、至高の鳥水浴びが、ちょうどよく煮えてまいりましたよ」と、この世のものとは思えぬ紫色の湯気を楽しげに眺めているのであった。


5.蜀漢軍・盤蛇谷本陣


ズウゥゥウゥン!ズゥゥウゥゥウン!!


一歩、また一歩と巨大な地響きが近づいてくる。


蜀の丞相、諸葛亮しょかつりょうは、かつてない戦慄の中にいた。

彼の隣では、参謀・馬謖ばしょくが、ガタガタと震えながら望遠鏡を覗き、軍事記録を書き連ねているが、その内容はすでに正気を保っていなかった。


「……報告。敵拠点の入り口に、推定全高数十尺を超える『呪的障壁』を確認。……さらに、我らが万全を期して埋設した特製火薬地雷は、敵の軽歩兵一名により、すべて『玩具』として起爆・踏破されました。……損害、皆無。……丞相、我々は、化け物を、怪物を相手にしているのでは……」


「落ち着け、馬謖。兵法とは理なり。いかに怪物と言えど、数万斤の火薬による熱量には耐えられぬ。……引き付けろ。あの一歩が、奴の最期だ」


諸葛亮は羽扇を強く握りしめた。彼の計算によれば、谷の中心部には、大地を溶かすほどの火薬が集中埋設されている。そこへ、黒煙を上げ、地面を割りながら、のんびりと歩いてくる二十尺の巨躯。


「今だ!焼き払え!!」


諸葛亮の怒号とともに、盤蛇谷は文字通りの炎獄と化した。数千の地雷が一斉に炸裂し、火薬が大地を焼き、天を突く赤黒い火柱が兀突骨を飲み込んだ。視界はすべて、網膜を焼くほどの赤に染まり、衝撃波が谷の岩肌を粉砕した。


「……やった。……やったぞ。ついになし遂げた!」馬謖が歓喜の声を上げた、その瞬間。


炎と黒煙をカーテンでも開くように手で払い、磨き上げられた黒真珠のように美しく輝く、全くの無傷の兀突骨がヌッと姿を現した。


「薙ぎ払え!どうした??化け物が近寄ってくる、さっさと撃たんか!!」


諸葛亮は生まれて初めて理性を完全に失い、絶叫に近い命を下した。だが、どれほどの連弩を放とうとも、兀突骨にとっては心地よい「お迎えの光」に過ぎない。


「おお……。きれいな火花だなあ。北の人は、派手なお出迎え、してくれるんだな。おでも、負けてられない。最高の、にこにこで、挨拶しなきゃ」


兀突骨は、もはや完全停止している諸葛亮の前に立ち、その巨大な口を明ける。


「あ、白いうちわ。鳥さん見つけた。……一緒に、お茶、飲もう」


兀突骨は諸葛亮を、逃げ出そうとする「仔猫」を優しく拾い上げるような手つきで、ひょいとつまみ上げた。


「「ぎゃああああああああああ!!」」


「あ、こっちにも、白いうちわ。しょかつりょう、どの。鳥さんが二人?」


たまたま白羽扇を握っていたばかりに、馬謖も綸巾をつまみ上げられる。

二匹の鳥が巨大な兀突骨の口元にぶら下げられる。


「しょかつりょう、どの。おでの国に、ようこそ。」


満面の笑みと言う名の、巨大な口が


6.お茶会。どっち?


「丞相を放せッ!!」


その時、蜀軍の背後から三つの鋭い殺気が肉薄した。趙雲、魏延、馬岱。

蜀軍最強の三将が、主君を救うべく死力を尽くした連携攻撃を仕掛けたのである。趙雲の槍が、魏延の刀が、馬岱の斧が、兀突骨の無防備な背中を同時に捉えようとしていた。


だが、兀突骨は彼らの存在にすら、全く気づいていなかった。


「あ。……お茶会、の場所。煙で見えない。……あ、おでの、看板あった、あっちだ。」


兀突骨は、目的地の方向を見つけ、ただ勢いよくその場で「回れ右」をした。


――ドゴォォォォォォォォォォン!!


二十尺の巨体、重厚な藤甲、そして未知の膂力が生み出した「単なる方向転換」は、後ろに繋がれている巨大豆煎り機が、周囲の岩盤を削りながら振り回され、無数の豆が周囲に散弾のように飛び散る。


「グハッ!?」「な、何だ……この、無数の礫は……!」


趙雲たちは兀突骨の指一本に触れることもできず、発生した豆の礫によって数千尺先まで吹き飛ばされ、遥か後方の岩壁にズボリとめり込んだ。兀突骨は不思議そうに、ほんの少しだけ背後を振り返った。


「……ん?今、豆が、弾けた。お、しょかつりょう、鳥さん。豆、食べるか?」


口から泡を吹いて失神している、諸葛亮と馬謖を不思議そうに眺める兀突骨。



7.地獄のおもてなしパーティー:土安のフルコース


おもてなし会場(看板の下)に連行された諸葛亮と馬謖を待っていたのは、「至高のホスピタリティ」であった。


給仕服のように整えた藤甲に身を包んだ土安が、銀の盆(実際は巨大な盾)を抱えて優雅に一礼した。


「ようこそ、北のお客様。これより、我が王による特別なおもてなしを始めさせていただきます。まずは第一の皿――『深淵の毒茸と大百足の命を懸けた冷製仕立て、紫の瘴気を添えて』でございます」


土安は、ドロドロとした不気味な紫色の液体が波打つ大鉢の蓋をあけた。そこからは、吸い込むだけで意識が遠のきそうなほど強烈な臭気が立ち昇っている。


「銀坑洞の最奥、光すら届かぬ闇に自生する薬草をベースに、今朝しとめたばかりの特級大百足の毒腺を贅沢に煮出しました。一口啜れば、南蛮の熱気により、火照った体を冷まし、安らかな癒やしが訪れることでしょう」



諸葛亮の顔は、スープと同じ紫色に染まった。その時、二十尺の巨躯を屈め、兀突骨がテーブルを覗き込んだ。


「しょかつりょう、どの。これ、おいしいぞ。元気、出るぞ。土安、一生懸命、作った」


兀突骨は、彼なりの「最高のおもてなしの笑顔」を浮かべた。


しかし、その表情は蜀軍から見れば、「獲物の内臓をぶちまける直前の、血に飢えた異形の怪物が、刃のような牙を剥き出しにして舌なめずりをする」という、この世の地獄を凝縮した形相であった。

兀突骨は、丸太を削ったような巨大な匙で、煮えくり返る液体を諸葛亮の口元へ突き出した。


「……くう、か?」


諸葛亮は、その眼前に迫る「物理的な死」を前にして、軍師としての、あるいは人間としての思考を完全に放棄した。


8.焦熱のバスタイム:馬謖の絶望


「さらに、お客様。長旅の疲れを癒やすには、やはり湯治に勝るものはございません。王の慈悲により、特製の『薬湯』をご用意いたしました」


土安が次に指し示したのは、谷の奥に掘られた巨大な池であった。


「こちらは、我が国に自生する『深淵の紫毒草』と『大百足の毒腺』をふんだんに煮詰めた、特製薬湯にございます。ご覧ください、この底なしの沼のように澱んだ深紫色を。表面では百足の残骸が脂ぎった虹色の油膜を描き、粘り気のある気泡が弾けるたびに、意識を根こそぎ刈り取るような芳香を放っております。これを浴びれば、体の中の蠱虫は死滅し、暑さも痛みも何もかも忘れ、極楽の境地を得られるはず。……まさに、王の慈愛に相応しい、究極の安らぎの水浴びにございますな」


土安が恭しく会釈をすると、兀突骨がズシンと一歩、馬謖の背後に立った。兀突骨の瞳は、まるで仔犬を風呂に入れる飼い主のような、濁りのない慈愛に満ちていた。しかし、その指先一つが馬謖の胴体ほどもあった。


「こちらの、しょかつりょう?……元気、出るぞ。入るか?」


兀突骨は、指先で馬謖の襟首をヒョイとつまみ上げた。


「いやだあああああああ!!溶ける溶ける溶ける!!」


馬謖は泡を吹いて卒倒した。

圧倒的な「物理的平和」に膝を屈した諸葛亮は、ガタガタと震える手で、スープの汁を指に浸し、講和の書面に指紋を捺した。

「……わかった。もうわかった。我々の負けだ。……だから、頼む。これ以上『おもてなし』をしないでくれ……故郷の漢に帰らせてくれ……」


9.おで、兀突骨。今日も南蛮は、平和です。


「お土産だぞー!忘れないでねー!また遊びに来いよー!」


もはや軍勢としての体をなしていない蜀軍。諸葛亮を先頭に、魂の抜けたような足取りで盤蛇谷を去っていく彼らの背中に、兀突骨は大きく手を振った。そして親切心のあまり、彼は例の巨大看板を引っこ抜くと、蜀軍の退路に向けて全力で投げ飛ばした。


――ズドーーーォォォォォン!!


看板は空を切り、音速を超えて蜀軍の退却路のど真ん中に突き刺さった。目前に迫る「自分を食おうとする魔神の図」。馬謖はついに我慢の限界を超え、赤子のように泣き叫びながら、鎧を脱ぎ捨てて走り出した。


夕暮れの盤蛇谷。突き刺さった巨大看板の前に、南蛮の面々が揃っていた。祝融は兀突骨の広い肩の上に座り、夕日を眺めながら満足げに笑っている。孟獲は、安堵と諦めの極致で、魂が抜けたような顔で座り込んでいた。


「王、本日も実に見事な『おもてなし』。南蛮の歴史に刻まれる平和な一日となりましたな」


「土安。お土産に持っていってくれたかな。喜んでくれたかな」


「御意。馬謖殿など、看板を見て泣いて喜んでおられました。趙雲殿たちも、岩壁の中から動けぬほど感動しておられましたぞ」


谷の向こう側へと逃げ延びた蜀軍の背中を見送りながら、解放された数名の斥候兵たちが、虚ろな瞳で念仏のように同じ言葉を繰り返しながら歩いていた。


「……ちょうちょ。……おで、ちょうちょ。……ひらひら。……お花、おいしい」


彼らはもはや兵士ではなかった。二十尺の巨躯に「摘み取られ」、土安の劇物を飲まされ、花鬘にブラッシングされた結果、自分たちが人間であるという概念を盤蛇谷の爆炎の中に置いてきてしまったのである。彼らはひらひらと手を羽ばたかせながら、北の空へと消えていった。


「……土安。ちょうちょさんたち、帰っていったな。……寂しいな。……また、遊びに来てくれるかな」


兀突骨ごつとつこつは、岩山を椅子代わりに腰を下ろし、地鳴りのようなため息をついた。


「御意にございます、王。彼らは王の溢れんばかりの慈愛に当てられ、魂が別の次元へ羽ばたいてしまったのでしょう。あれこそが真の解放。執事として、お客様がここまで満足されたことは、この上ない誉れにございます。」


土安は、もはや「撤退した敵軍」には一ミリも向いていなかった。彼には、王の鱗の光沢と、ティータイム以上の関心は存在しないのである。


そこへ、ボロボロになった講和の書面を抱えた孟獲もうかくが、幽霊のような足取りで這い寄ってきた。その顔は、戦に勝った将軍のそれではなく、倒産寸前の商店主のような絶望に満ちていた。


「……ああ。……終わったのか。……だが、これからが地獄だ。盤蛇谷の不発地雷の撤去に、崩壊した各地の街道整備。……ああっ、胃が、胃がキリキリする……。胃薬は……」


「なに湿っぽいツラしてんのよ孟獲ッ!この意気地なしッ!」


ドガッ!という乾いた衝撃音と共に、孟獲の体が数メートルほど宙を舞った。祝融しゅくゆうの情熱的な蹴りが、正確に孟獲の尻を捉えたのである。


「なんで全員生かして帰してんのよ!兀突骨、あんたもあんたよ!なんであんな、もやしみたいな軍師にスープなんか飲ませてやってんの!そのまま丸呑みにしてやりゃよかったのよ!」


「丸呑み。祝融、おなか、いっぱいだと、みんな、にこにこするぞ。……しょかつりょう、どの。にこにこ、してたか」


「あれは悲鳴よ、あんたのその顔、諸葛亮には『今から三代先まで食うぞ』っていう脅迫にしか聞こえてないわよ!そのまま食べなさいよ。」


祝融が飛刀を振り回して怒鳴り散らす傍らで、孟獲は、修繕費は蜀が出してくれるかなあと、虚空を見つめて呟いた。


「……講和条件が『南蛮の地はすべて孟獲に一任』だと?講和かそれ?諸葛亮の奴、南蛮の面倒な後始末を全部俺に押し付けただけじゃないか。地雷の撤去も、壊れた谷の修繕も、全部俺の責任……。う、胃が、胃が裏返る……。もう、何も食べたくない……」


「……孟獲。……元気、ないな。……お腹、空いてるのか?……おでの、おもてなし、足りなかったのか?……お豆、食べるか?それとも、大百足、丸ごと、食べるか?」


兀突骨は、親友の落ち込みを心から心配し、二十尺の巨躯を折り曲げて孟獲を覗き込んだ。その慈愛に満ちた瞳は、孟獲には「獲物が弱るのを待つ巨大な捕食者」の観察にしか見えなかった。


「王、左様でございます。胃痛で苦しむ貴殿のために、最高に胃に優しい『大百足の劇毒お粥・溶岩煮込み仕立て』を今すぐご用意いたしましょう。これを食せば、胃壁もろとも全ての神経が消滅し、二度と痛みを感じることも、物を食べることもなくなる……まさに究極の養生にございます」


「……土安、お粥。……優しいな。……孟獲、元気、出るぞ。……たくさん、食べろよ」


「……ああ。……わかった。……もう、どうにでもしてくれ。食べて、そのまま胃袋ごと別の次元へ消し飛んでしまいたいよ。……あはは……」


孟獲は乾いた笑い声を上げながら、土安が差し出す紫色の「真心」を受け入れるべく、そっと目を閉じた。


そこへ、孟獲の娘・花鬘かまんが弾むように駆け寄ってきた。


「わんわん!お利口さんにしてた?」


彼女は二十尺の巨躯を「巨大な犬」としてしか認識していない。


花鬘が兀突骨の膝元へ飛び込むと、巨神は「おで、わんわん」と嬉しそうに喉を鳴らし、地響きを立ててその場に伏せた。


「よしよし、今日も毛並みが……あ、これ鱗だった。はい、お手!」


兀突骨が巨大な前肢を差し出すと、孟獲が座っていた地面が爆発したように陥没した。花鬘はその丸太のような指に抱きつき、屈託のない笑顔でじゃれついている。


「わんわん、お顔汚れてる。洗ってあげるね!」


花鬘が滝のような勢いで水をぶっかけると、巨大なブラシを鼻先にこすりつける。


その兀突骨らの周囲を飛び回る奚泥。


「うっひょおー!最高っす!この地雷、跳ね返りがめちゃくちゃエキサイティングっすよ!」


谷のあちこちで爆炎が上がっている。彼は蜀軍が残していった地雷の「遊び場」をまだ楽しんでいた。


「見てっすか王!地雷を踏んで、爆風と一緒に空を飛ぶ!蜀の連中も誘ったのに、あいつら、ちょうちょになって逃げちゃったし!」


奚泥は「うっひょおー!」と叫びながら、爆発の余波を利用して垂直に三十尺ほど跳ね上がり、空中で一回転して着地した。その足元でまた別の地雷が炸裂する。彼にとって、この決戦の地はただの「設備の整ったアスレチック会場」に過ぎなかった。


夕暮れの南蛮。真面目な者は胃を壊し、狂暴な者は吠え、純粋な者は遊び、そして王はただ、満足げに笑っている。


諸葛亮は、後に蜀の軍機記録にこう記している。「南蛮には、兵を用いて攻めてはならない。南蛮に心を攻められる」と。


兀突骨が動くたびに、大地は少しだけ揺れる。だがその揺れは、南蛮の民にとっては、平和の証。

おで、兀突骨。今日も南蛮は、至って平和です。

羅漢中の三国志演義の南蛮編のパロディでした。

あの演義の南蛮編、突然雰囲気の異なる架空小説なんですよね。

黄巾から夷陵の戦いまでの歴史群像絵巻的な内容から、何をやっても勝ち続ける「俺つえー」チート小説的な内容に移ります。


三国志演義は1話ごとの講談として作られていますので、直前の主人公劉備の死という夷陵の戦いから、講談を聞きに来ている観客の悲痛さを払拭するための盛り上がりを作るため。

ようするに観客の減少を食い止めるための、テコ入れ部分だったのかも知れませんね。


さて、本作。お遊び悪ノリ小説でしたが、いろんな有名な作品のセリフをところどころに入れています。

ジブリやガンダム、有名なハリウッドの映画のセリフをアレンジしています。探してみてください。

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