8.家族
『家族』
マンションに帰ってきた心くんは……
いつもより静かだった。
玄関の扉が閉まる音も、いつもより重い気がする。
靴を脱ぐ仕草も、コートを掛ける動作も、どこか機械的で。
怒ってる??
そんなはずない。
心くんは、私に怒ることなんてない。
いつだって優しくて、明るくて、少し甘やかすような笑顔をくれる人だから。
でも——
なんか考え込むみたいな……
いつもの明るい心くんと違う。
広いリビングに立つ彼の背中は静かで、
空気がぴんと張り詰めている。
吸い込まれそうな雰囲気……
胸の奥が、ざわついた。
「心くん……」
私が声をかけると、
心くんはゆっくり振り向いた。
暗い照明の中で、
その瞳だけがやけに深く見える。
「ねぇ……リナ……」
低い声だった。
いつもより少しだけ掠れていて、重い。
「何?」
自然に返事をしたつもりなのに、
自分の声が少し震えている気がした。
「リナは俺のことどう思ってる……?」
えっと……
突然の質問に、頭が真っ白になる。
家族なんて思ってない。
好きで好きでしょうがないよ……
心くんが居なくなったあの日から。
ずっと。
七年間、ずっと。
でも……
この関係を崩したくない。
今の距離を壊したくない。
だから言えない。
だから——
「家族だと思ってるよ……」
そう答えた瞬間だった。
心くんの目が……
仄暗くて……
一瞬……
少し怖いと思った。
「へぇー……」
乾いた笑い。
それだけなのに、
胸の奥がひやりと冷える。
何か答えまちがった?
そう思った瞬間、
慌てて話題を変える。
「あのね……今日買い物言ってたのはね……」
説明しようとすると、
「あぁ……」
心くんが小さく頷く。
(あの男と出かけた話……)
そう言いたげな声。
「リナ……俺ね……」
静かな声だった。
「俺はリナの事家族だって思った事なんて……一度もないよ……」
「えっ……心くん……」
言葉の意味を理解する前に、
「ねぇ……なんでさ……今日……あいつと買い物いったの」
コツ……
コツ……
コツ……
近づいてくる心くんの足音が……
広いホールに響く。
ゆっくり。
逃げ場を塞ぐみたいに。
「ねぇ……なんで……俺じゃだめ?」
距離が一歩、また一歩と縮まる。
「心くん?」
目が——
いつもの優しい心くんじゃない。
深くて、重くて、
何かをずっと押し殺してきた人の目。
「俺さ……リナには優しくしたいんだ……」
低い声。
「だって……何年も我慢して……」
一歩、近づく。
「ようやく……」
また一歩。
「……」
「……」
「あぁ……だめだ……おかしくなりそう……」
心くんは額を押さえ、
苦しそうに笑った。
「ねぇ……リナ……なんで……あいつと買い物いった?」
その瞬間だった。
ゆっくりと首元に手がのびる……
長い指が、首周りに回る。
冷たい指先。
でも力は強くて。
そのまま首ごと押さえられ……
ぐっと近くに寄せられる。
息が、触れそうな距離。
「んっ——」
心くんは乱暴に……
唇を重ねた。
強引で、深くて、
逃げる隙なんて一切ない。
「はぁ……はぁ……」
離れた瞬間、
心くんの息が荒い。
「あぁ……怖がらせるつもりなかったのに……失敗したな……」
苦笑するように呟く。
そして——
私の顎を指で持ち上げた。
「リナが悪いんだよ……」
「えっ?」
「家族……」
その言葉を、
心くんはまるで汚いものみたいに吐き捨てる。
「そんなの……七年前からずっと……一回も思ってないよ……」
家族と思ってるのは自分だけかとショックを受けるリナ……
胸の奥が、
ぎゅっと痛んだ。
「リナ……俺はね……あのときから……」
心くんの指が、
私の頬をなぞる。
「リナの事……欲しくて……」
低く、掠れた声。
「欲しくて……」
指先が首へ滑り、
「めちゃくちゃにしてやりたかった……」
次の瞬間。
強い力で押さえられ、
口づけが振ってくる……
逃げる隙もないほど、
何度も。
「待って……心くん……」
必死に声を出す。
「待たねぇよ……何年待ったと思ってんだ……」
「まっ……」
言葉は途中で消える。
唇を塞がれて。
そのまま——
体がふわりと浮いた。
横抱きにされている。
「心くん……!」
抵抗する間もなく、
寝室へ連れて行かれる……
「リナ……悪いけど……」
低い声が耳元で囁く。
「リナが悪いんだからね……」
ベッドの上に下ろされる。
逃げようとした腕を、
心くんの手が簡単に押さえた。
「せっかくリナの前では優しくいようと思ったのに……」
悔しそうに笑う。
「あんな男と……」
目が暗く揺れる。
「今からね……リナが誰のものかわからせてあげる……」
耳元で囁く声。
「はじめはちょっと痛いけど……すぐによくなって……」
指が頬を撫でる。
「俺しか見えなくなるから……」




