5.檻の中の同居
「檻の中の同居」
数日前。
リナは新しい上司に呼び止められた。
「如月さん」
「真田取締役のマンションの案内をお願いできる?」
リナは少し驚いた。
購入した物件の案内は、
基本的に担当営業が行う。
そして今回の担当は——
自分だった。
「わかりました」
鍵。
契約書の控え。
設備説明資料。
すべてを揃え、
リナはマンションへ向かった。
高級マンションの前。
しばらく待っていると——
一台の車がゆっくり近づいてきた。
黒いベンツ。
颯爽とハンドルを切り、
エントランス前に止まる。
運転席から降りてきたのは——
心だった。
長身。
黒いスーツ。
整った顔。
(やっぱり……かっこいいな)
一瞬そう思ってしまう。
でもすぐに仕事モードへ切り替えた。
「真田様、お待ちしておりました」
心は一瞬固まった。
そして——
困ったように笑う。
「やめてよ、リナ」
少し拗ねた声。
「誰も見てないのに」
一歩近づく。
「俺たちの仲でしょ?」
そして冗談っぽく言う。
「真田様なんて呼ばれたら」
胸を押さえる。
「寂しくて泣いちゃうよ」
リナは困った顔をした。
「でも……」
その瞬間。
心の指がリナの唇に触れた。
「だめ」
そして笑う。
「じゃあ上司命令」
少し肩をすくめる。
「……って、これ卑怯か」
「職権乱用だね」
冗談めかして笑う。
リナもつられて笑った。
「もう……心くん」
「私の上司なんだから」
「気軽に呼べないよ」
心はくすっと笑う。
「上司がそう呼べって言ってるんだよ」
「うちの会社のモットー」
軽く肩を叩く。
「フランクに行こう、だ」
二人はマンションに入った。
最上階。
広いリビング。
大きな窓。
街を一望できる景色。
「一階にはジムがあります」
リナが説明する。
「コンシェルジュも常駐していて」
「二階にはプール」
「大浴場もあるので、ジムの後に利用できます」
そして部屋を案内する。
「ベッドルームは三つ」
「あとゲストルームもあります」
リナは少し笑った。
「こんなところに住めるなんて」
「心くんすごいね」
孤児院の頃を思い出す。
「いっぱい頑張ったんだね」
心は黙って聞いていた。
リナは資料を出す。
「これが鍵です」
「こちらがスペア」
「なくすとコンシェルジュが複製してくれますけど」
「結構高いので注意してください」
少し笑う。
「あ……でも心くんなら平気か」
心は笑った。
「会社は成功してるけど」
鍵を受け取る。
「なるべく無駄なお金は使いたくないんだ」
「鍵も無くさないようにするよ」
リナは嬉しくなった。
(堅実なんだ……)
ますます尊敬してしまう。
その時。
心が少し真面目な顔になった。
「リナ」
「ん?」
「お願いがあるんだけど」
リナは首を傾げる。
すると心は苦笑した。
「実はさ」
頭をかく。
「孤児院の癖抜けなくて」
少し視線を逸らす。
「一人で広い家住むの……」
「ちょっと怖いんだよね」
リナは驚いた。
「え?」
心は困った顔で笑う。
「格好悪いよな」
そして言った。
「部屋たくさんあるしさ」
少しだけ真剣な目。
「昔のよしみで」
「リナ」
静かに言う。
「ここに一緒に住んでくれない?」
リナの胸がドキンと鳴る。
心は続けた。
「頼むよ」
少し弱い声。
「こんなこと言えるの」
「リナしかいない」
そして言った。
「家族って思ってるの」
「俺だけ?」
リナは言葉を失った。
家族。
その言葉は——
リナにとって弱いところだった。
でも。
同時に思う。
(私……)
(心くんが好き)
昔の初恋。
それが。
今はもっと強くなっている。
そんな相手と。
家族として同居。
耐えられるのだろうか。
「返事はすぐじゃなくていい」
心が優しく言う。
「考えて」
リナは小さく頷いた。
マンションを出て。
帰り道。
リナは考えていた。
(家族かぁ……)
心くんはどんどん格好良くなって。
もし。
恋人ができたら。
結婚したら。
その相談を近くで聞くことになるかもしれない。
(私……耐えられるかな)
それでも。
(できれば叶えてあげたい)
アパートに近づくと。
騒がしい。
人が集まっている。
サイレンの音。
胸騒ぎがした。
リナは走った。
そして——
見た。
自分のアパートが。
炎に包まれていた。
「隣の部屋のタバコらしいのよ」
大家が駆け寄る。
「あなた出かけててよかった」
「心配したのよ」
リナは立ち尽くした。
荷物。
貯金。
家具。
全部——
燃えてしまった。
「復旧は時間かかるの」
大家が申し訳なさそうに言う。
「悪いけど住めないわ」
リナは道路に座り込んだ。
(どうしよう……)
(これから……)
その時。
電話が鳴った。
心だった。
「リナ?」
優しい声。
「今日はありがとう」
「無事着いた?」
その声を聞いた瞬間。
涙が出た。
事情を話す。
家が燃えたこと。
行くところがないこと。
とりあえずホテルを探すこと。
すると。
心の声が強くなった。
「なんでホテル?」
「そんな状況なら俺を頼れよ」
すぐ言う。
「リナの家、この前送った場所だよね?」
「待ってて」
「動くな」
「今迎えに行く」
リナは泣いた。
心細かった。
でも。
心が来てくれる。
それだけで救われた。
心はすぐ来た。
車から降りると。
リナを抱きしめた。
「怪我ない?」
「心配した」
そして。
少し躊躇うように言う。
「こんな時に言うの」
苦笑する。
「卑怯かもしれないけど」
真っ直ぐ見る。
「リナ」
「やっぱり一緒に住もう」
「次の家見つかるまででもいい」
「俺」
小さく言う。
「リナが心配で寝れない」
リナは迷った。
でも。
心の優しさが嬉しかった。
すると心が言う。
「じゃあさ」
指を立てる。
「条件つけよう」
笑う。
「俺さ」
「外の料理苦手なもの多くて」
「リナ」
「朝ごはんとか夕飯作ってよ」
「仕事ない日だけでいい」
「それなら気にしないでしょ?」
リナは頷いた。
「……うん」
その夜。
リナは——
心のマンションに住むことになった。
同じ頃。
離れた場所。
黒い車の中。
心は電話をしていた。
「ちゃんと火つけた?」
低い声。
部下が答える。
「抜かりなく」
心は窓の外を見る。
街の灯り。
そして小さく笑った。
「ようやく」
「ようやくまた一緒に住める」
写真を撫でる。
リナの写真。
「リナ」
甘く囁く。
「早く」
「俺のところまで堕ちてきて」
その目は。
愛と狂気で満ちていた。




