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44.無神経

『無神経』


同窓会の一件から数日後。

屋敷の中庭は、春の柔らかい光に包まれていた。

花壇には季節の花。

噴水の水音が、静かに響いている。


だが―― 


ベンチに座るリナの背中は、少し元気がなかった。

両手でマグカップを持ったまま、ぼんやりと庭を眺めている。


(……心くんに悪かったなぁ)


胸の中で、何度も同じ言葉が繰り返される。


(逆の立場だったら……)


もし心が同窓会に行って。

知らない女性に告白されて。


しかも――


「連絡先もらった」


なんて言われたら。


(……私だって嫌だもん)


ぎゅっとマグカップを握る。


(無神経だったなぁ……)


あの同窓会のために。

心はかなり準備してくれていた。

服も。

車も。

迎えの時間も。

全部。


それなのに――


自分は。

連絡先を持って帰ってきた。


(ほんと……なにやってるんだろ私)


小さく肩が落ちる。

その様子を遠くから見ていた男が一人。

真だった。

少し離れた場所で、書類を確認していたが。

ふと顔を上げて気づいた。


(……あれ)


普段のリナなら。

もう少し明るい。

もう少し笑っている。


(元気ないな)


真は少し考えてから歩み寄った。


「リナさん」


声をかけると、リナが顔を上げた。


「あ、真くん」


いつもの笑顔。

……だが、少し元気がない。

真は首をかしげた。 

「どうしました?」

するとリナは、少し迷ってから言った。


「真くん……」


「私……」


少しだけ視線を落とす。


「心くんに……嫌われたかも」


真の思考が止まった。


(……は?) 


数秒の沈黙。

そして頭の中でツッコミが爆発する。


(なんでそういう結論になるんだ!?)


(あのボスが!?)


(リナさんを!?)


(嫌いになる!?)


(ありえないだろ!!)


むしろ逆だ。 


(あの執念見て) 


(なんでそう思えるんだ……)


真は心の中で深くため息をついた。

近くにいる自分だからこそ分かる。

ボスがどれだけリナに執着しているか。

毎日のように感じている。


下手したら――


()()()()()()()()()()

なのに。

当の本人は。


「だってね……」 


リナが小さく言った。


「連絡先持ってくるとか……すごい無神経だったなって……」 


「捨てようと思ったんだけどね……」


少し困った顔になる。 


「会場で捨てるわけにもいかないし……」


「言い訳になっちゃうけど……」


「意識もしてなかったから……」


「忘れてたところもあって……」


真は心の中でつぶやいた。


(葛城くん……)


(かわいそうに……)


彼は知らない。

あの紙一枚で。

人生が海外に飛ばされたことを。

今頃たぶん。

シンガポールで辞令見てる。


「え?」 


「明日出発?」


「え?」 


みたいな顔してるはずだ。

南国の空の下で。

人生を考え直してるかもしれない。

真は遠い目をした。


(……ほんと不憫)


リナは苦笑する。


「ごめんね……」


「なんで真くんに言い訳してるんだろ」


真は肩をすくめた。


「いや別に」


そして少し聞いてみる。


「ボスはその……」


「リナさんに怒ったんですか?」


リナは首を振る。 


「怒ってないよ」


「ただ……」


少し恥ずかしそうに。 


「嫉妬してるって……」


その瞬間。

自分で言った言葉に気づいて。


「あっ……」


顔が一気に赤くなる。 


「ご、ごめんね……」


「こんな話……聞かせて……」 


真は軽く手を振った。 


「いや……いいっすけど」


少し考えてから言う。 


「おおかたもう……」 


「許してるというか」 


「最初から怒ってないと思いますけど」 


リナが首をかしげる。


「なんでそう思うの?」


真は少し考える。

そして冷静に分析する。

指を一本立てる。


「一つ目」


「ボスがリナさんにキレるの想像できない」


「二つ目」 


「ボスが本気で怒った時の恐ろしさは……」 


少し遠い目。


「多分リナさん見たら気絶します」


そんなに??

リナはキョトンと見ている


「三つ目」


少し苦笑する。


「大方……嫉妬して」


「それ理由にリナさんのこと好き勝手して」


「今頃すっきりしてる」


四本目の指を立てようとして。

真の動きが止まった。


(あ……)


思わず出そうになった。

対象を処理したから。

だが。

それは言ったらダメなやつだ。

リナが不思議そうに聞く。


「四番は?」


真は咳払いした。


「いや……」


「四番はよく……分からないっす」


リナは少し考えて。

それからふっと笑った。


「そっか」


「真くんが言うならそうなのかな」


そして顔を上げる。

さっきより明るい。


「元気出た!」


「ありがとうございます、真くん!」


満面の笑み。

真は肩をすくめた。


「いや……これくらいお安い御用っすよ……」


その瞬間だった。

後ろから声が落ちる。


「冷静に俺のこと分析なんて……」


低く。

ゆっくりと。


「偉くなったねぇ……真」


二人が振り向く。


そこに立っていたのは――


心。

笑っている。

だが。

目が笑っていない。

真の背中を冷や汗が流れる。


「ボス……」


声が少し震えた。

その横でリナが慌てて立ち上がる。


「あっ……心くん」


少ししゅんとして。


「その…この前ははごめんなさい」


「私……心くんに無神経なことして……」


「傷つけて……」


言葉が小さくなる。

その瞬間。

心はリナを引き寄せた。

優しく抱きしめる。


「リナ」


耳元で柔らかく言う。


「俺は嫉妬しただけ」


「可愛いリナに怒ってなんてないよ」


リナが顔を上げる。


「それにリナが可愛いのは俺が一番知ってるから…」


心は微笑む。


「俺だけ見て」


「俺のことだけ考えて」


指でリナの頬をなぞる。


「そうしたら俺……」


「ずっと幸せでいられる」


少し笑う。


「単純な男なんだよ」


そして優しく言った。


「リナが俺だけって言ってくれるだけで」


「傍にいてくれるだけで」


リナの髪を撫でる。


「機嫌なんて」


静かに微笑んだ。


「すぐ直っちゃうからね」


その様子を見て。

真は心の中でつぶやいた。


(いや……)


(最初から直ってたでしょ、ボス)


そして、ふと思う。


(そうか……)


リナさんの罪悪感を煽る作戦か。

ボスは頭がいい。

策略家だ。

リナが優しいのも分かっている。

だから。

自分が傷ついたように見せれば。

リナは自分を責める。


そして――


もっとボスを気にするようになる。


(怖ぇ……)


真は心の中で震えた。

そしてさらに考える。


(リナさんて……)


なんであんなにおっとりしてるのに。

日本全土落とせる裏組織のボスに。

全力で。

堕としにかかられてるんだ。


これじゃ――


(ボスの計画や策略の前じゃ……)


(リナさんみたいな天然な人……)


(戦う前に敗北決まってるようなもんだろ)


ふと疑問が浮かぶ。


(でも……)


なんでボスはあんなに全力なんだ?


そして答えにたどり着く。


(あぁ……)


そうか。

ボスって。

なんでもできるし。

何でも手に入った。


だから――


今まで全力出したことないんだ。

リナ相手だと。

本気になってしまう。

だから加減できない。

真がそんな分析をしていると。

心がニコニコしながら言った。


「真」


「さっきも言ったよ」


「俺を分析するなんて……」


少し首をかしげる。


「まぁいいよ」


優しい声。

だが。

背筋が凍る。


「言ってご覧よ」


「少しでも外れてたり……」


微笑んだまま。


「リナに俺の嫌な印象植え付けたら……」


一瞬。

空気が冷えた。


「酷い目に合うって分かっててやってるんだよね?」


ひぃーーー!!

真の心の叫び。


「いやあの俺……!」


慌てて一歩下がる。


「仕事戻ります!!」


全力撤退。

だが。

背後から声が飛んだ。


「あとでこいよ……真」


真の足が止まる。

ゆっくり振り向く。

心は笑っている。

とても優しく。

とても楽しそうに。

真の顔が青くなった。


(終わった……)


こうして――


余計なおせっかいをして。

自分の首を絞める。

苦労人・真なのであった。



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