43.帰路
43『帰路』
ホテルのエントランスを出たあと――
心に手を引かれたまま、リナはそのまま車に乗り込んだ。
黒塗りの車。
ドアが静かに閉まる。
外のざわめきが、すっと消える。
前には運転席の真。
後部座席には、心とリナ。
車は静かに発進した。
……。
……。
……。
静かだった。
妙に。
リナはちらっと隣を見た。
心は窓の外を見ている。
腕を組んで、表情は読めない。
「……心くん?」
返事がない。
少しだけ間を置いて。
「同窓会……来てくれてありがとう」
「迎え」
短い返事。
「遅くなってごめんね」
「別に」
会話が、続かない。
リナは少し困った顔になる。
普段の心なら、もう少し何か言うはずだった。
からかったり。
甘いこと言ったり。
でも今は。
静かすぎる。
リナが何か言おうとした、その時。
「ねぇリナ」
低い声。
「はい?」
心は窓を見たまま言った。
「葛城って男」
リナの肩がびくっと揺れた。
「……うん」
「何してたの?」
淡々とした声。
怒っているわけでもない。
でも、温度がない。
リナは慌てて言った。
「昔の図書委員の子で…」
「同窓会で久しぶりに会って…」
心はゆっくり視線を向けた。
「それだけ?」
「え…」
「手」
リナは一瞬固まる。
「……え?」
「握られてたよね」
リナの顔が赤くなる。
「ち、違うの!」
「昔好きだったって…」
「告白みたいな感じで…」
「それで連絡先もらって…」
「でも断ったよ!」
言葉が少し早口になる。
前の席の真は、ミラー越しにちらっと見て――
(うわぁ……)
と心の中で呟いた。
完全に。
ボスの機嫌が悪い。
心はしばらく黙っていた。
それから。
小さく笑った。
「……へぇ」
その笑い方が、怖かった。
車の中はまた静かになる。
エンジン音だけ。
リナは不安になった。
「心くん…怒ってる?」
「怒ってないよ」
即答だった。
「ただ」
少しだけ声が低くなる。
「嫉妬してるだけ」
リナは目を瞬かせた。
心は窓の外を見ながら続ける。
「俺の知らないところで」
「リナが男と話して」
「手握られて」
「連絡先もらって」
少し息を吐く。
「……普通の男なら平気かもね」
少し間。
「でも俺」
ゆっくり視線が向く。
「普通じゃないから」
リナは何も言えなくなった。
やがて車は家に到着した。
玄関の灯りが点く。
ドアが開く。
心は何も言わず、リナの手を引いた。
家の中に入る。
静かなリビング。
ドアが閉まる音。
その瞬間。
ぐっと腕を引かれた。
「きゃっ」
体がソファに押し倒される。
心が上から見下ろしていた。
さっきまでの静かな顔じゃない。
目の奥が、少し暗い。
「リナ」
「はい…」
「俺さ」
指でリナの頬をなぞる。
「迎えに行った時」
「すごく可愛かったよ」
「え…」
「でも」
そのまま顔を近づける。
「他の男に見せるの」
低く囁く。
「嫌なんだよね」
唇が触れる。
いつもより深く、ゆっくりと。
まるで確かめるように。
離れたあと。
吐息が触れる距離で囁く。
「しかもさ」
「連絡先」
「持って帰ってくるとか」
「よっぽど…お仕置きされたいみたいだね…」
リナは慌てて言う。
「捨てようと思ってたの!」
「ほんとに!」
心はバッグを持ち上げた。
「どれ?」
リナは小さく指をさす。
折られた紙。
葛城の連絡先。
心はそれを指でつまむ。
じっと見つめる。
そして。
ふっと笑った。
「……なるほど」
ソファに座り直す。
リナの腰を引き寄せる。
逃げられない距離。
耳元で囁く。
「お仕置き」
「え?」
「必要だよね」
その夜。
心はいつもより酷く抱いた…
優しいだけじゃない。
どこか焦るように。
確かめるように。
腕の中に閉じ込めるように。
リナの名前を何度も呼びながら。
耳元で低く囁く。
「リナは…誰の?」
「んっ…こころくんの…」
「ちゃんと言って…」
「ほぉら…言うまでいかせてあげないよ…」
「心くんの…」
ガクガクと下から突き上げられる…
心に翻弄されて…
グッタリとしたリナを見て…
満足そうに笑う。
髪を撫でながら。
「俺以外の男」
「見ないで」
「うん…」
「連絡先とか」
「持たないで」
「うん…」
しばらくして。
心はテーブルの上に置いていた紙を取った。
葛城の連絡先。
ライターを取り出す。
リナは目を丸くする。
「心くん何を!」
パチッ。
小さな火。
紙の端が黒くなる。
ゆっくり燃える。
炎が紙を食べていく。
心はそれを、リナの目の前で見せた。
「これ」
静かな声。
「もういらないよね」
リナは小さく頷く。
「……うん…」
紙は灰になった。
灰皿に落ちる。
心はそれを見届けてから。
もう一度リナを抱き寄せた。
耳元で囁く。
「覚えておいて」
低く、甘い声。
「リナの世界に男は一人でいい」
少し笑う。
「俺だけで」
唇が触れるほど近づいて。
「十分でしょ?」




