4.檻
「檻」
心の腕の中で——
リナは泣いていた。
情けなかった。
せっかく再会できたのに。
こんな弱い姿を見せたくなかったのに。
涙が止まらない。
心は何も言わなかった。
ただ——
そっと抱きしめてくれていた。
リナの顔が見えないように。
優しく。
「ありがとう……」
震える声で言う。
「また助けてもらっちゃった……」
心は小さく笑った。
「なんてことないよ」
優しい声。
「嫌な思いしたね」
それ以上は何も聞かない。
リナが見られたくないことを
察しているようだった。
その沈黙が、逆に優しかった。
しばらくして——
心が言った。
「リナ」
「え?」
「せっかく再会したんだ」
少しだけ明るい声。
「このあと時間ある?」
「えっ?」
「再会記念でさ」
肩をすくめる。
「飯でもどう?」
そして優しく続けた。
「あんな奴のこと、すぐ忘れるのは無理だろうけど」
「昔の話でもしてさ」
「少しは気分変わるかも」
リナは少し考えた。
でも今日は——
心の整理がつかなかった。
「ありがとう……でも今日は……」
申し訳なさそうに笑う。
「後日、改めてお礼させて」
心は一瞬だけ驚いた顔をしたが。
すぐに笑った。
「そっか」
そして言う。
「じゃあせめて送らせて」
「ね?」
その言葉に。
リナの胸が少し軽くなった。
さっきまでの怖さも。
情けなさも。
少し救われた気がした。
——数日後。
会社で大きな出来事が起きた。
蒲原のセクハラについて。
取引先として。
真田心が正式に抗議したのだ。
証拠付きで。
社内は騒然となった。
結果——
蒲原は退職に追い込まれた。
退職の日。
リナは覚悟していた。
何か言われるかもしれないと。
でも。
蒲原はリナの顔を見るなり。
顔を真っ青にした。
まるで——
何かに怯えるように。
そして。
何も言わず。
逃げるように会社を去った。
その後。
蒲原の行方を知る者は誰もいない。
さらに。
もう一つ大きなニュースがあった。
会社が——
大手企業に買収される。
突然の発表だった。
社員たちはざわついた。
新体制。
役員交代。
不安もあった。
数日後。
新体制の説明会が開かれた。
社員たちが会議室に集まる。
壇上に立つ人物が紹介される。
「新体制の取締役代表です」
ドアが開く。
入ってきた男を見て——
リナは息を呑んだ。
黒いスーツ。
整った顔。
長身。
そして——
あの目。
「JLTグループ取締役」
司会が言う。
「真田心です」
会場が拍手に包まれる。
リナの頭が真っ白になる。
(心くん……)
彼は堂々と壇上に立った。
まるで別世界の人間のように。
企業のトップ。
成功者。
遠い存在。
リナは後ろの席から拍手をした。
(すごいな……)
思う。
(もう私の手の届かない人だ)
その時。
心がふと視線を動かした。
そして。
リナを見つけた。
一瞬。
仕事の顔が消える。
そして——
嬉しそうに笑った。
あの頃と同じ。
孤児院で見ていた笑顔。
リナの胸が温かくなる。
(心くん……)
その夜。
高層ビルの最上階。
心は窓の前に立っていた。
部屋には部下がいる。
「ボス」
部下が言う。
「予定通り、買収は完了しました」
心は静かに頷く。
「ご苦労」
デスクの上には。
一枚の写真。
リナ。
笑っている。
心はそれを手に取った。
「これで」
小さく呟く。
「リナは俺の会社の社員」
指で頬をなぞる。
「逃げられない」
甘く笑う。
「仕事も」
「生活も」
「全部」
低く囁く。
「俺の世界の中」
部下が少し躊躇いながら言う。
「ボス……」
「そこまで彼女に執着する理由は……」
心は振り返る。
その目は。
狂気と愛で満ちていた。
「理由?」
くすっと笑う。
「簡単だよ」
写真にキスする。
「俺は七年間」
「この子のために生きてきた」
そして——
静かに言った。
「ようやく」
「檻が完成したんだ」
リナはまだ知らない。
この会社の買収が。
偶然でも。
ビジネスでもなく。
すべて——
自分のために仕組まれたものだということを。
全てが仕組まれていたとしたら…




