38.見極める
『見極める』
関西視察から戻って以降――
もう一つ、大きく変わったことがあった。
リナの警備体制が大きく強化された。
それまでも護衛はいた。
だが、今回からは質も人数も明らかに違う。
建物の入口、廊下、屋上。
見える場所にも、見えない場所にも黒服が立っている。
まるで――
要塞だ。
その中でも――
特に目立つ一人がいた。
新田真。
若手の中でも実力は群を抜いている。
近接戦闘。
銃撃戦。
奇襲任務。
どれを取ってもトップクラス。
危険な任務を任されることが多い、血の気の多い男だった。
だが彼には過去がある。
まだ組織に入る前――
別の組織に潰されかけ、
路地裏で制裁を受けていた。
骨は折れ、血だらけ。
肋骨も折れていた。
目もほとんど開かない。
呼吸するだけで胸が軋む。
もう動けない。
あとは死ぬだけ。
そんな時――
通りかかったのが、心だった。
「……へぇ」
しゃがみ込み、
ボロボロの真を見下ろす。
「まだ目、死んでないじゃん」
真は唾を吐いた。
「うるせぇ……」
「消えろ…」
普通なら、そのまま放っておく。
だが心は笑った。
「いいね」
「その目」
そして言った。
「俺のとこ来る?」
それが――
始まりだった。
だが真は、簡単に従う男じゃない。
実力主義。
組織に入ってすぐ――
心に喧嘩を売った。
そして。
三秒。
地面に叩きつけられ、
喉元にナイフ。
「弱いくせに吠えるの好きだね」
その時、理解した。
格が違う。
居場所を与えられた。
力を評価された。
仕事を任された。
それ以来――
真は、心を崇拝していた。
だからこそ。
納得できない存在がいた。
如月リナ。
ボスがここまで警備を固めて守ろうとする女。
遠くから見た印象。
(普通……)
(てか……ただの堅気の女)
理解できない。
心の隣に立つ女が、
こんな普通なわけがない。
真の中で疑問が膨らむ。
(俺が見極めてやる)
(もし見た目通りの役立たずなら)
(即退場させてやるよ)
そう決めた。
数日後。
リナの前に、一人の黒服が歩み寄る。
「はじめまして」
丁寧に頭を下げる。
「今回警備に加わる事になりました」
「新田真です」
リナは少し驚きながらも微笑んだ。
「如月リナです」
「よろしくお願いします」
その笑顔を見て――
真は心の中で呟いた。
(マジで普通)
(てか警備や黒服に……)
(お疲れ様です、とか)
(ありがとう、とか)
(なんなんだあいつ)
裏の世界の人間は基本的に距離を取る。
怖がる。
怯える。
だがリナは違った。
普通に話しかける。
普通に礼を言う。
(気持ち悪いくらい普通だ)
真は警備の名目で、自然な距離を作り始めた。
挨拶。
世間話。
短い会話。
徐々に距離を詰める。
警戒心を解く。
そして――
少しずつ嫌がらせを始めた。
書類が少しだけ分かりづらい場所に置かれる。
必要な物が微妙に届かない場所。
ほんの小さなミスを誘う配置。
気づかれない程度の意地悪。
(ここまでやれば)
(泣いて逃げ出すだろ)
だが――
リナは何も言わない。
心にも言いつけない。
ただ静かに仕事を続ける。
(へぇ……)
(意外と根性あるじゃん)
真はさらに踏み込んだ。
今度は言葉。
「……あぁ」
「今のリナさんだと」
「ボスは心休まらないかもしれないっすね」
「…あ、すみません」
「俺、余計なことを」
アドバイス風。
だが確実に刺す言葉。
何度も繰り返す。
するとリナは少し俯いた。
それでも言った。
「そう……ですよね」
「私も役に立てるように」
「がんばらなきゃ」
そして顔を上げる。
「真さん」
「アドバイスありがとうございます」
(……は?)
真は苛立った。
(ここまでやっても)
(ボスに泣きつかないのか)
(クソっ)
だが――
真の中で違和感が生まれていた。
堅気で弱そうな女が――
必死に頑張る姿。
それが妙に胸に引っかかる。
追い出せない自分にも腹が立つ。
そんなある日。
リナの外出警備中。
突然。
銃声。
奇襲。
判断が一瞬遅れる。
真は咄嗟に――
リナの前に立った。
弾除けになるつもりだった。
だが次の瞬間。
ドン
リナが真を押した。
弾丸が真の肩の横をかすめ、
後ろの壁をえぐる。
「なっ!?」
真が振り向く。
その後すぐに
真が襲撃者を全員制圧する。
静寂。
真は振り返った。
そして怒鳴った。
「あんた馬鹿なんですか!?」
「弱いくせに俺庇って!」
「なんで護衛対象が護衛守ってんだよ!」
リナは小さく頭を下げた。
「すみません……」
「余計なことして」
震えた声。
「真さんに……怪我してほしくなかったんです」
叱られて俯く。
ぽろぽろ涙が落ちる。
「私……怖がられてるのか」
「ここで話しかけてくれる人あんまりいなくて」
涙がこぼれる。
「挨拶してくれて」
「アドバイスしてくれて」
「真さんのこと……」
「勝手に友達みたいに思ってたんです」
真の胸が詰まる。
「だから……怪我してほしくなくて」
「お仕事邪魔して……ごめんなさい」
泣き出すリナ。
真の頭の中が真っ白になる。
(クソ……)
(なんなんだこいつ)
この世界で生きてきて。
誰にも優しくされたことなんてない。
信じられるのは――
助けてくれた心だけ。
そう思っていたのに。
(この人……)
(たかだか警備の俺を庇って)
(それで泣いてるのか)
(そんなん……)
(勝てるわけないだろ)
真はぎこちなく頭を撫でた。
「あー……」
「悪かった」
「あんた悪くない」
「だから……泣くな」
その時だった。
ガシッ。
腕を掴まれる。
振り向く。
そこにいたのは――
心。
無表情。
氷のような目。
「何……してるの?」
真の背筋に冷たい汗が流れる。
だが次の瞬間。
心の表情が変わった。
泣いているリナを抱き寄せる。
「怖かったね、リナ」
声が驚くほど優しい。
「もう大丈夫」
「怖いの見せたね」
「よく頑張った」
横抱きにする。
壊れ物のように。
「少し部屋で休もう」
そのまま歩き出す。
去り際。
振り返らずに言う。
「新田…」
低い声。
「あとでちょっと面かせ」
(やべーーーーーーーーーー)
___________
その頃。
部屋。
落ち着いたリナ。
心がベッドの横に座る。
安心させるようにキスを落とす。
「俺は事後処理あるから離れるけど」
「少し休んで」
立ち上がろうとした時。
「待って…」
「ん?何?」
「心くん…お願いがあるの…」
「なになに?」
「リナのお願いなら何でも聞くよ」
髪を撫でる。
リナは少し照れながら言った。
「あのね…」
「お友達ができたの」
「ん?」
嫌な予感。
「真くんっていうの」
「いつも守ってくれて」
「まぁ…警備だし…それが仕事だからね」
笑顔がひきつらないように
頭を撫でる。
「アドバイスとかもくれるの」
「とっても優しいんだ」
笑顔。
だが。
心は笑っていない。
「で?」
「その……おともだちがどうしたの?」
「今回私が勝手なことして」
「迷惑かけちゃったから」
「警備のことで真くんを処罰とかしないでほしいの」
うるうるした目。
「心くん……お願い」
心は大きなため息をついた。
「……分かったよ」
「とりあえず休んで」
「ありがとう」
「心くん大好き」
部屋を出た瞬間。
「はぁーーーーーー」
大きなため息。
本来なら。
新田真は処分対象だった。
最低でも遠くへ飛ばす。
できれば。
消す。
(俺のリナに触れたんだから)
(死んでもいいよね)
そう思っていた。
だが。
リナのおねだり。
しかも。
おともだち。
今消したら。
絶対泣く。
下手したら口を聞かなくなる。
孤児院時代から。
リナの交友関係は――
心が裏で整理していた。
友達。
家族。
恋人。
全部。
遠ざけた。
リナの世界は。
自分だけでいい。
そう作ってきた。
だから。
リナは。
友達に弱い。
心は空を仰いだ。
そして呟く。
「真……」
目は完全に本気だった。
「マジでコロス」
________________________
地下室。
ソファにふんぞり返る心。
その前で――
正座する真。
「で」
静かな声。
「どうしてこうなった..」
真の汗が止まらない…
「いいご身分だな新田」
「俺のリナのおともだちだって?」
笑顔。
怖い。
「しかも優しいんだって?」
「アドバイスまで?」
真は目を閉じた。
「……経緯を説明します」
全部話した。
見極めるつもりだったこと。
嫌がらせ。
言葉。
沈黙。
次の瞬間。
ガンッ!!
椅子が蹴り飛ばされた。
「見極める?」
「誰が…そんなこと頼んだよ?」
灰皿が飛ぶ。
真の顔の横をかすめ、
頬を切る。
「あぁ…それでか…最近リナが…頑張らなきゃって張り切ってたの…」
「夜だってなぁ…俺の事癒すって…ご奉仕って…」
「あぁ…これに関してはいい仕事した?」
目が笑ってない…
「いや…リナの心を煩わせたんだ…万死に値するよなぁ…」
「しかも…護衛対処に自分が弱くて守られておきながら…」
「八つ当たりで怒鳴ったんだよなぁ…俺のリナに…」
ダラダラと、汗が出る…
殺気が…
真の全身を刺す…
「しかも…その手で…リナに触れた…」
「俺のリナに…」
「なぁ…その腕いらないよなぁ…」
ニコリ…
と心は笑う
「あのな」
低い声。
「よく聞け」
「俺にとってリナは」
「女神」
「神」
真は固まる。
「たかだか人間風情が」
「神を評価するとか」
「おこがましいんだよ」
さらに。
「しかもお前」
「リナにお願いされてんだよ」
「真さん処罰しないでって」
「名前呼び」
「しかもお友達だってなぁ…」
ふふふふっ……
心の不気味な笑い。
真の顔が青ざめる。
「今すぐ殺してぇけど」
「殺したらリナが泣く」
「居なくなっても泣く」
沈黙。
そして。
心は言った。
「お前」
「警備続行」
真が顔を上げる。
「ただし」
「俺じゃなく」
「リナに忠誠誓え」
「絶対傷つけるな」
「それがお前の罰」
真は深く頭を下げた。
「命に代えても守ります」
心は立ち上がる。
そして笑った。
「あと」
嫌な予感。
「お前」
「リナのおともだちだから」
笑顔が怖い。
「急に話しかけなくなってリナ泣かせたらコロス」
「楽しそうにしててもコロス」
真の頭の中で叫びが響いた。
(どうすればいいんだーーーーーー!!)
こうして。
新田真の――
ボスの彼女を見極めてやる計画は。
自分を地獄に叩き落とす形で、幕を閉じた。




