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31.気遣いと敬語

『気遣いと敬語』


周りの部下たちは

またしても

信じられないものを見るみたいな顔をしていた。

その視線に気づいて、リナは慌てて姿勢を正す。


「あっ…えっと…」


ぺこっと頭を下げる。


「お、お世話になります…」


突然丁寧に挨拶された部下たちは、

一瞬固まった。


「……」


誰も何も言わない。

リナはさらに慌てる。


「あの…いつも心くん…じゃなくて…」


あっ、と口を押さえる。


「真田さんが…お世話になってます…」


さらにぺこっと頭を下げた。

黒いスーツの男たちは

完全にフリーズしていた。


「……」


「……」


どう反応していいかわからない顔。

その空気を、心が横で見ていた。


「リナ」


「うん?」


「それやめて」


「えっ?」


きょとんとするリナ。


「だって…皆さんお仕事の人だし…」


小声で言う。


「ちゃんとしないと…」

その時、

近くにいた部下の一人が慌てて言った。


「い、いえ…お気になさらず…!」


ものすごく丁寧な敬語。


リナもさらに慌てる。 


「いえいえ…こちらこそ…!」


「……」


横で心が、すっと目を細めた。


「……」


少しだけ、空気が冷える。

でもリナは気づいていない。 


「えっと…荷物持ちます!」


そう言って、近くにいた部下の手から

自分のバッグを取ろうとする。

部下は完全にパニック。


「い、いえ!こちらで!」


「でも…」


「大丈夫ですので!」


「すみません…!」


「いえいえ!」


そのやり取りを見ていた心が

ガンッ

さっきと同じように

床を軽く蹴った。

空気が一瞬止まる。

リナがびくっと振り向く。


「心くん?」


「……」


にこっと笑う。


「虫」


「え?」


「またでっかいのいた」


明らかに嘘。

でも周りの部下たちは

一斉に背筋を伸ばした。

リナは全然気づかず、


「この辺虫いるんだね…」


なんて小さく呟いている。

心は軽く息を吐いた。

それから、リナの手首を掴む。


「行くよ」


「えっ?」


そのまま、少し強引に歩き出す。

エレベーターの前。

二人きりになると――

心がじっとリナを見る。


「……」


「な、なに?」


「リナさ」


「うん?」


「さっきからさ」


少し低い声。


「なんでそんな他人みたいな話し方してるの?」


「えっ」


「“すみません”とか“お世話になります”とか」


「……」


「俺の部下に」


静かに言う。


「気ぃ使いすぎ」


リナは少し困った顔になる。


「だって…」


「だって?」


「皆さん…心くんの大事な人たちでしょ?」


「……」


「失礼だったら嫌だし…」


小さく言う。


「迷惑かけたくない…」


その言葉を聞いて、

心は一瞬黙った。

それから、


はぁ…と息を吐く。

そして、ぽんっとリナの頭に手を乗せた。


「リナ」


「うん?」


「迷惑かけていい人、俺」


「……」


「むしろ」


少しだけ笑う。


「俺の女が他人に気ぃ使いすぎてる方が…嫌…」


「片っ端から…絞めたくなる…」


「えっ」


その時、

エレベーターのドアが開いた。

後ろには部下たち。

空気はピリッとしている。

心はいつもの顔に戻る。


「行くよ」


短く言う。

でも――

エレベーターに乗る直前、

リナの耳元で小さく囁いた。


「あとで覚えてて」


「えっ」


「その敬語」


「全部やめさせるから」


少しだけ、

楽しそうに笑っていた。



心はリナが他人に気遣いするのが許せない…

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