28.7年越しの計画
『7年越しの計画』
「ねぇ…リナ…俺さ…」
ソファに座ったまま、心がぽつりと言った。
リナはキッチンから顔を出す。
「ん?何?心くん」
心は少しだけ視線を逸らしてから言った。
「来週さ…関西に出張なんだよね」
「一週間」
リナの手が止まる。
「へっ……」
小さく声が漏れる。
「そうなんだ…」
それだけ言って笑おうとするけれど、
表情は少し不安そうだった。
ここ最近――
二人はほとんど離れていない。
家でも、外でも、
心はすぐそばにいた。
一週間。
その言葉だけで、胸の奥がざわつく。
でも。
仕事なら仕方ない。
リナは無理に笑おうとする。
すると心がふっと笑った。
「そんな不安そうな顔しないで」
優しく頬に触れる。
「リナ、かわいいなぁ」
からかうような声。
「俺がいないとだめなんだ?」
リナは慌てて首を振る。
「ち、違うの…!」
「お仕事ならしょうがないし…」
「大丈夫…」
心はじっとリナを見た。
そして静かに言う。
「大丈夫じゃないでしょ」
「ちゃんと言って」
優しい声なのに、逃げられない。
「俺は大丈夫じゃないよ」
真顔で続ける。
「一週間リナに触れなかったら死ぬ」
あまりにも真剣な顔で言うので、
リナは思わずくすっと笑った。
でも。
その笑いはすぐ消える。
胸の奥の不安が、また広がっていく。
「……大丈夫」
小さく呟く。
「大丈夫じゃない…」
声が震える。
「ごめん…ごめんね…」
俯く。
「なんか…」
心と離れる。
それだけで、胸が苦しくなる。
不安で仕方ない。
そんな自分が情けなくて。
涙がにじんだ。
心はそれを見て、静かに言った。
「言ったでしょ」
リナの頭を撫でる。
「俺がいないといられなくするって」
「俺が望んだことなんだから」
抱き寄せる。
「リナはそのままでいい」
そして少し笑う。
「ちゃんと話して」
「俺、リナを受け入れるくらいの器はあるつもり」
少し意地悪そうに言う。
「俺って頼りない?」
リナは慌てて首を振る。
ふるふると。
心はそのまま優しく抱きしめた。
背中をゆっくり撫でる。
「大丈夫」
「話して」
その手の温かさに、
張りつめていた気持ちがほどけた。
リナの言葉が、
堰を切ったように溢れる。
「ただ…私が…」
「何もできなくて…」
震える声。
「心くんに頼りっきり…」
リナは孤児だった。
親に捨てられて、
孤児院で育った。
そこでもずっと思っていた。
役に立たなければ、
ここでも捨てられる。
自分の居場所を守るために、
必死で役割を探していた。
だから――
今の生活。
心に頼りきりの生活は。
リナの奥にある不安を
深く刺激していた。
「心くんがそんな人じゃないのは…わかってる」
涙を拭く。
「でも…」
心が優しく聞く。
「でも?」
リナは小さく言った。
「何も役に立たない私は…」
声が震える。
「心くんに…いらなくなるかも…」
言った瞬間、
自分で失言だと気づく。
「ごめん…」
慌てて言う。
「心くんに失礼…わかってる…」
逃げるように顔を逸らそうとした。
でも。
心はその肩を掴んだ。
そして――
強く抱きしめた。
「俺さ」
静かに話し始める。
「こんな性格だからさ」
苦笑する。
「孤児院にいるときから、誰も信用できなかった」
遠くを見る目。
「職員も、歳の近いやつらも」
「全部馬鹿に見えてた」
少し声が低くなる。
「親に捨てられたのも」
「自分の運命も」
「クソみたいだなって思ってた」
「あそこに来た頃は、ほんと荒れてたよ」
心は笑う。
「弱いくせにさ」
「孤児院でも泣いて」
「誰も近づくなって思って」
「やさぐれてた」
そしてふっと表情を緩めた。
「その時さ」
リナを見る。
「リナ」
「俺に“大丈夫?”って声かけてくれたろ」
リナは驚く。
「俺、ずっと無視してたのに」
心は続ける。
「めげずに黙って隣にいた」
「根負けした俺がさ」
「何?って聞いたら」
少し笑う。
「嬉しそうな顔してた」
「確か…あっち行けって言った気がする」
首を傾ける。
「でもリナ、離れなかった」
「覚えてる?」
リナは小さく首を振った。
心は柔らかく笑う。
「そうだよね」
「きっとリナは」
「俺の気持ち感じて、傍にいただけ」
少し照れたように言う。
「そういうとこにやられたんだよ」
「自分だって同じ状況で寂しいくせに」
「人のことばっか」
「馬鹿なやつだなって思ってた」
少し間を置く。
「でも」
静かな声。
「気づいたら」
「リナがいないとだめになってた」
自嘲するように笑う。
「一人でいようとしてた俺に」
「無理やりくっついてきたんだから」
「ここまで惚れさせてさ」
リナの目を見る。
「だったら」
低く囁く。
「そっちも俺のとこまで堕ちてこいよって思った」
リナの涙がまた溢れる。
心はさらに言った。
「15くらいの頃さ」
少し苦笑する。
「やりたい盛りじゃん」
「何度思ったか分かる?」
「無防備にくっつくリナを…」
言葉を止めて、肩をすくめる。
「でも我慢してた」
そして静かに言う。
「だから」
リナの頬の涙を拭う。
「もし今」
「リナが俺がいないとだめなら」
微笑む。
「七年前…いや」
「もっと前からの俺の計画が」
「やっと実ったってこと」
その重い告白に。
リナの涙は止まらなかった。
心は優しく抱きしめる。
そして囁いた。
「だからさ」
リナの頭を撫でる。
「出張も」
少し笑う。
「一緒に行こ」
「どこ行くにも」
静かな声。
「離さないから」
その言葉を聞いた瞬間。
リナの中の色々な感情が一気に溢れた。
安心。
戸惑い。
嬉しさ。
怖さ。
全部が混ざって――
リナは声をあげて泣いた。




