25.冷静
『冷静』
アパートの再契約の話が出てから――
心の動きは、異様なほど早かった。
電話を切った直後、
デスクの前で心は舌打ちした。
「……だから処理が甘いんだよ」
低い声。
向かいに立つ部下が、背筋を伸ばす。
「大家に金握らせて、リナに話行かないように…最初からやっとけよ」
机を指で軽く叩く。
「つかえねぇな…」
部屋の空気が一気に冷える。
部下は黙って頭を下げた。
心はもう一度スマートフォンを手に取る。
すぐに別の番号へ発信した。
「もしもし」
声はさっきまでとは打って変わって落ち着いている。
「あぁ、新規アパートの件」
椅子に深く腰掛ける。
「リナのとこ、全部契約して」
短く言う。
「そう、埋めて」
少し間を置く。
「大家に連絡させて」
そして付け加える。
「くれぐれも契約者が俺ってわからないように」
目が細くなる。
「適当な人間使って」
さらに低い声で続ける。
「大家にも口止めしろ」
通話を切ると、
部屋は静かになった。
心は椅子に体を預ける。
天井を見上げながら、ふっと笑った。
内心は――
まったく穏やかではなかった。
「……やってしまった」
小さく呟く。
指でこめかみを押さえる。
「七年も我慢したのに」
ぽつりと続ける。
孤児院の頃から。
ずっと、リナを見ていた。
でも触れないように、
壊さないように。
必死で距離を保っていた。
「リナから来るように…」
小さく笑う。
「じっとこらえてたのに」
そしてため息をつく。
「ほんとに…」
「リナ相手だと、うまくいかないなぁ」
苦笑する。
「冷静でいられなくなるんだよね」
しばらく黙り込んだあと、
急に肩をすくめた。
「でもさ」
口元がゆるむ。
「リナが悪い」
楽しそうに言う。
「いきなり出てくとか言うから」
くすっと笑う。
「まぁ俺に迷惑かけたくないとか」
椅子をくるっと回す。
「そこがリナのかわいいとこなんだけどね♡」
机に肘をつきながら、
思い出すように呟く。
「でもさぁ」
目を細める。
「完全に俺に心許してるよね」
嬉しそうな声。
「どこ行くかもちゃんと言うし」
「最近めちゃくちゃ懐いてる」
笑いながら言う。
「あんなに素直に甘えてくるリナ、可愛いなぁ♡」
ふと、思い出したように言う。
「チョーカーもさ」
指で空中をなぞる。
「ちゃんとリナに似合うの選んだんだぁ」
満足そうに笑った。
――完全に狂っている。
その場にいる誰もが、そう思った。
けれど。
誰一人、口には出さない。
今までの心は
ほとんど感情を表に出さなかった。
常に冷静で、
冷酷で、
無駄がない。
そんな男が。
ここまで露骨に執着している。
部下たちは、はっきり理解していた。
――この人に囚われた人間は。
絶対に逃げられない。
心はふと、楽しそうに呟く。
「いい子だから」
顎に指を当てる。
「そろそろ鎖外してあげようか…」
少し考えて、首を振る。
「ダメダメ」
くすっと笑う。
「鎖つけてちょこんと座るリナも可愛いから♡」
部屋に沈黙が落ちる。
部下たちは何も言えない。
ただ一つだけ、皆思っていた。
――あれほど冷徹だった人が。
こんなにも変わるのか、と。




