24.狂愛
『狂愛』
それからの生活は――
不思議なくらい穏やかだった。
鎖と、首輪のようなチョーカーがついていることを除けば、
心は驚くほど優しかった。
ほとんどの仕事は家でこなしていた。
パソコンを開いてリモート会議をしたり、
電話で短く指示を出したり。
外に出ることもあるけれど、
長くても数時間。
すぐに家へ戻ってくる。
扉が開くと、
心は真っ先にリナを探す。
「リナ」
名前を呼んで、
見つけるとほっとしたように笑う。
そしてそのまま抱き寄せる。
少しだけ甘えるように、
体温を確かめるみたいに。
ひとしきりリナに触れて、
満足するとまた仕事に戻る。
そんな時間が何度も繰り返された。
仕事の合間も、
終わったあとも、
心はリナを離さなかった。
気づけば一日のほとんどを
心の腕の中で過ごしている。
最初は戸惑っていたけれど、
それも少しずつ当たり前になっていった。
ただ――
リナが動こうとすると、
必ず声がかかる。
キッチンへ向かおうとしたとき。
「どこ行くの?」
振り向くと、
心が椅子からこちらを見ている。
少し首を傾げて、
甘い声で言う。
「ちゃんと俺に言ってからじゃなきゃ、だめ」
「リナ」
穏やかなのに、
逃げ場のない声。
それからリナは、
何をするにも心に伝えるようになった。
「トイレ行ってくるね」
「ご飯作るね」
「お水取りに行くね」
そう言うと、
心は満足そうに微笑む。
「えらいね」
優しく頭を撫でる。
「ちゃんと言えた」
その言葉だけで、
胸がふわっと温かくなる。
気づけばリナは、
心の顔色を見て動くようになっていた。
怒られたわけでも、
強く命令されたわけでもない。
それなのに、
自然とそうなっていく。
そして夜になると、
心はリナを腕の中に閉じ込める。
優しく、
でも逃げられないくらいしっかりと。
リナの髪に顔を埋めながら、
くすっと笑う。
「ほら」
「いい子」
低く囁く声。
「俺がいないとだめでしょう?」
リナは何も言えない。
ただ顔が熱くなって、
胸が苦しくなる。
心の顔は、相変わらず綺麗だった。
整った輪郭。
柔らかく笑う目元。
その甘い声で囁かれると、
抵抗する力なんてすぐに抜けてしまう。
「泣かないで」
時々、心は笑う。
「気持ちいいの、悪いことじゃないよ」
優しく頬を撫でる。
そのまま、静かに言う。
「ただね…」
リナの耳元で囁く。
「俺、わかったんだ」
「リナが離れても大丈夫って思ったのは」
少しだけ声が低くなる。
「俺が足りなかったんだよね」
リナを見つめる。
「そうだよね、リナ」
そして、くすっと笑う。
「だからさ」
指でリナのチョーカーを軽く引く。
「俺が繋がってないと安心できないように」
静かな声。
「眠れないくらいにしてあげる」
優しく、
でもどこか狂気を含んだ声だった。
そのままリナを抱きしめる。
「大丈夫」
耳元で囁く。
「全部、俺が教えてあげる」
リナの意識は
その声と体温に溶けていく。
何も考えられなくなる。
ただ、
心の腕の中にいると安心してしまう。
心はそんなリナを見下ろして、
ふっと笑った。
「もう聞こえてないね」
楽しそうな声。
「しょうがないなぁ」
優しく髪を撫でる。
「かわいい、リナ」
その目は――
まるで、
大切なものを完全に手に入れた人間の目だった。




