21.汚れ
『汚れ』
家に帰るまで、リナはほとんど言葉を発することができなかった。
車の窓の外を流れていく夜の街。
ネオンの光が、ぼんやりとしたまま目に映るだけだった。
隣に座る心は、いつものように穏やかな顔をしている。
けれどその横顔を見ていると、さっき聞いたことが頭の中で何度も繰り返されてしまう。
――本当の心。
――裏の顔。
マンションに着き、部屋の扉が閉まると、ようやく静けさが戻った。
リナはソファに座り込む。
心はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……説明、しとくね」
静かな声だった。
リナは顔を上げる。
心の表情は、どこか覚悟を決めたようだった。
「孤児院出てからさ…」
少しだけ目を伏せる。
「生きるのに必死だったんだ…」
低く、静かな声。
「まだ15で…まともな仕事につけないし…金もない…」
リナの胸がぎゅっと締めつけられる。
「生きていくには…情報や金も必要だった…」
心は苦笑する。
「俺ってこの容姿じゃん?」
軽く自分の顔を指さして、肩をすくめた。
「だからさ…結構金になるんだよ…」
その言葉を聞いた瞬間、
リナの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
止めようとしても止まらない。
「……っ」
肩が震える。
それを見た心は、困ったように眉を下げた。
「泣かないでよぉ…」
リナの前にしゃがみ込む。
「だから聞かせたく無かったのに…」
そっと腕を伸ばして、リナを抱きしめる。
優しく包み込む腕。
温かい体温。
「この世界はさ…情報がすべてだからさ…」
リナの髪に顔を埋めるようにして、心は続ける。
「のし上がるために何でもやった…」
声は穏やかなのに、
その言葉の重さが胸に刺さる。
「俺さ…」
少し笑って、言った。
「早く一人前になって…リナを迎えにいきたくて…必死だったんだぁ…」
その言葉に、リナははっと顔を上げた。
涙で濡れた目。
心は少しだけ視線を逸らして、続ける。
「こんなこと言われても重いと思うけど…」
苦笑する。
「傍にいれば…欲望のままにやってリナを傷つけるし…」
少しだけ声が低くなる。
「早く孤児院じゃなくて…自分の居場所作って…のし上がって…」
ゆっくりとリナを見る。
「リナの事俺のものにしたかった」
その言葉に、リナの胸が強く鳴った。
心は立ち上がる。
「だからさぁ…まぁ…言い訳なんだけど…」
寂しそうに笑った。
「ごめん…こんな俺…汚いし…やだよなぁリナ…」
そう言って、くるりと背を向ける。
部屋を出ていこうとしたその瞬間。
ぐっと服の裾が引っ張られた。
「……!」
振り向くと、
リナが必死な顔で服を掴んでいた。
そしてそのまま――
後ろから、ぎゅっと抱きしめた。
「そんなことない…!」
震える声。
「そんなことないよ…」
心の背中に顔を押し付ける。
「俺の事怖くない?」
心は静かに聞いた。
「汚くない…?」
リナは首を振る。
「汚くなんてないよ…」
涙がぽろぽろ落ちる。
「綺麗…」
顔を上げる。
「大好きだよ心くん…」
リナは回り込むようにして、
心の前に立った。
そして背伸びをして――
そっとキスをする。
一瞬、心の目がわずかに見開かれる。
そのまま、心の腕の中へ。
リナはすっぽりと抱きしめられ、
胸に顔を埋めた。
安心したように、
そこでまた静かに泣き始める。
心は優しく背中を撫でる。
何度も、何度も。
「……大丈夫」
静かな声。
「リナは俺が守るから」
リナには見えない位置で――
心の口元が、ゆっくりと歪んだ。
ニヤリ、と。
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その夜。
別の部屋。
黒服の男が静かに立っている。
ソファに座った心は、スマホを弄りながら笑っていた。
「あぁ…リナに他の女との関係知られて…嫌われたと思った…」
くすくすと笑う。
「可愛いなぁ…リナ…」
目を細める。
「昔の俺…かわいそうって思って…汚くないよ…って…」
思い出すように笑う。
「あのあと上書きで身体まで捧げてくれて…」
ため息混じりに言う。
「もう…最高…」
ゆっくり天井を見上げる。
「マジで女神…」
黒服は何も言わず、ただ立っている。
心は足を組み直した。
「あんなオナホの事で嫉妬して動揺するリナ…」
くすっと笑う。
「マジでかわいい…」
少し間を置いて言う。
「あの女も多少は役にたった?」
自問自答
「いや…俺のリナほかの男に抱かせようと…孕ませようとしたって…」
その瞬間。
心の目がすっと冷えた。
笑顔のまま、声だけが低くなる。
「あの三本も…一度見逃してやったのに…」
指でテーブルを軽く叩く。
「リナに触るとか…」
沈黙。
そして――
心はゆっくり立ち上がった。
「あれに関わった全員処理する」
静かな声。
「早急に用意しろ」
黒服は短く頭を下げる。
「かしこまりました」
扉が閉まる。
部屋に一人残った心は、
ふっと笑った。
「……リナ」
甘く呟く。
「俺のものなんだから」
その目は、
さっきまでリナに見せていた優しい目とは
まるで別の光を宿していた。
粛清は速やかに行なわれた




