18.罠
『罠』
心が出かけてから、どれくらい時間が経ったのだろう。
リナは、ようやくゆっくりと目を覚ました。
身体が重い。
全身がだるくて、少し動くだけでも力が抜けそうになる。
昨夜から朝までのことが、断片的に頭の中によみがえる。
最後の方はもう……
心に言われるままに腰を振っていた。
自分から快楽を求めて、
心にしがみついて、
あんな声を出して……。
思い出した瞬間、顔が一気に熱くなる。
「やだ……」
リナは慌てて布団をかぶった。
(だって……あれは良くないよぉ……心くんが……)
そう思いながらも、身体の奥がきゅっと疼く。
気持ちよかったこと。
心に支配されているような感覚。
全部――まるで最初から計算されていたみたいだった。
そして今、心がここにいないことに、リナは小さな不安を覚える。
「……どこ、行ったんだろ」
胸の奥が少しだけざわつく。
その時、枕元に一枚の紙があることに気づいた。
心の字だ。
リナはそれをそっと手に取る。
そこには綺麗な字で、こう書かれていた。
『ごめんね、ちょっと出てくる。
すぐ戻るからいい子にして。
外出はだめだよ。
お仕置きされたいなら別だけど♡』
その文面に、思わず苦笑が漏れる。
「もう……心くん……」
でも同時に、胸の奥が少し温かくなった。
知らないうちに、
心が作った籠の中にいることが、少しずつ心地よくなってきている。
その時だった。
スマホの画面が光る。
LINEの通知だった。
「……なんだろ?」
画面を見ると、三本からだった。
久しぶりの名前に、リナは少し驚く。
メッセージは三通続けて届いていた。
そこにはこう書かれていた。
『久しぶり。この前はごめんな。
あのさ、この前の如月の連れの人だと思うんだけど……
あの人、大怪我して今大変なんだ。
悪いけど〇〇ビルまで迎え来てくれない?
救急も呼べない場所でさ』
「……え?」
一瞬、頭が真っ白になる。
心くんが……怪我?
「うそ……」
胸が一気に冷たくなる。
(心くん……!)
考えるより先に体が動いていた。
リナは急いで着替え、外へ飛び出す。
通りでタクシーを止めた。
「〇〇ビルまでお願いします!なるべく急いでください!」
タクシーが走り出す。
その間も、リナの頭の中は心のことでいっぱいだった。
怪我の具合は?
意識はあるの?
どうしてそんな場所に?
胸の奥が不安で押し潰されそうになる。
やがてタクシーが止まる。
「〇〇ビルです」
料金を払うと、リナはすぐに建物へ駆け込んだ。
古い雑居ビルだった。
エレベーターはない。
階段を一段一段、必死で駆け上がる。
「はぁ……はぁ……」
息が上がる。
「ここ……ここに心くんが……」
三本が指定した、五階。
目の前には一つのドア。
小さなオフィスのような部屋だが、使われていないようにも見える。
リナはドアノブに手をかけ、ゆっくり開けた。
その瞬間――
「あらぁーー……引っかかった」
甘く、嘲るような声が響いた。
「やっぱり噂通り。単純な子ね」
部屋の中には、
黒髪の美しい女が椅子に座っていた。
そしてその足元には――
床に押さえつけられ、女に踏まれている三本。
さらに周囲には、黒服の男たちが数人立っている。
だが。
心の姿はどこにもない。
リナは混乱したまま口を開く。
「あの……心くんは?」
すると女は、鼻で笑った。
「ばーか。来るわけないじゃない」
そう言いながら、手に持っていたスマホを床に放り投げる。
「こいつの携帯使って、おびき出したの。
まだ分かんないの?」
そのまま三本を蹴り上げた。
「きゃっ……三本……!」
思わずリナが叫ぶ。
女はその様子を見て、楽しそうに笑った。
「こいつも可哀想よねぇ。
あんたに関わったせいで心さんに半殺しにされて。
今度はあんたの情報聞き出すために、私の奴隷」
「……え?」
リナの頭が追いつかない。
女は立ち上がると、ゆっくり近づいてきた。
「あんたをやるにはさぁ、まず心さんから引き離さなきゃでしょ?」
リナの前で立ち止まり、顔を歪める。
「それにしても……なんで心さんが、あんたみたいなつまんない女相手してんのかしら」
そして突然、リナの髪を掴んだ。
「きゃっ……!」
そのまま――床へ叩きつける。
ドスン、と鈍い音が響く。
「マジでさぁ。
心さんと住むとか、毎日ヤラれてるとか……ありえねぇんだよ、くそあまが」
女の声には、激しい嫉妬が滲んでいた。
「あんたも抱かれたなら分かるでしょ?
心さんのセックス……最高でしょ?」
そして笑う。
「心さんはね……皆の心さんなの」
「だから今までは邪魔しないように、
情報も金もぜーんぶあげてたのに」
顔を近づけ、吐き捨てる。
「なんでお前が……」
少し考えるようにしてから、女はふっと笑った。
「……あ、いいこと思いついた」
そして三本を見下ろす。
「三本。あんた、その女抱きなさいよ」
「え……?」
リナも三本も固まる。
「同期のよしみでさ。
めちゃくちゃにして、なかに出して孕ませなさい」
女は笑う。
「他の男が手をつけた女なんて、
心さん、きっといらなくなるでしょ?」
「そしたら私のところに帰ってくる♡」
三本がふらふらと立ち上がる。
「……如月、ごめん」
声が震えていた。
「俺……やらないと……」
女が苛立ったように蹴り飛ばす。
「何ブツブツ言ってんの。
中に突っ込んで犯して出すだけでしょ?」
スマホを取り出す。
「ちゃんと忘れられないように、記念撮影もしてあげる。
心さんにも送ってあげなきゃ」
そして叫んだ。
「ほら、やれよ!」
三本の背中を蹴り上げる。
その勢いで三本はリナの上に倒れ込んだ。
「やめて……三本……」
「ごめん……やらなきゃ俺が殺される……」
三本は震える手でリナの服を掴む。
無理やり脱がそうとした、その瞬間――
バンッ!!!!!
爆音と共にドアが吹き飛んだ。
部屋の全員が振り向く。
そこに立っていたのは――
目の奥がまったく笑っていない、
どす黒い殺気をまとった心だった。




