15.仕事
『仕事』
翌朝。
まだカーテンの隙間から薄い光が差し込む頃。
リナは深い眠りの中にいた。
体が重い。
まるで昨日の夜の余韻が、身体の奥にまだ残っているみたいに。
ふと、意識の端で声が聞こえた。
「……リナ」
低くて優しい声。
「まだ寝てていいよ」
温かい指先が頬に触れる。
それから――
柔らかな感触が瞼に落ちた。
キス。
「俺ちょっと出るから」
髪を撫でる指。
「いい子で休んでて」
かすかに聞こえる笑い声。
「昨日頑張りすぎたもんね」
そのままリナの意識は、また深い眠りに落ちていった。
次に目が覚めた時。
部屋はもう夕方の光に染まっていた。
「……え?」
時計を見る。
「うそ……」
夕方近く。
体を起こそうとして、思わず声が漏れる。
「いた……」
身体がまだ重い。
昨日のことを思い出して顔が赤くなる。
「……仕事」
慌ててスマホを掴む。
「今日も休んじゃった……」
心は「リモートで仕事」と言っていたけれど。
リナの担当は――
心のマンション案件。
そしてテナントプロジェクト。
会社でも一番大きい仕事。
「でも……」
ふと考える。
(心くんと一緒にいるなら説明はできるけど……)
でも。
一緒にいたら。
「説明どころじゃないんだよぉ……///」
顔を押さえる。
昨日のことを思い出してしまうから。
リナは慌てて会社に電話をかけた。
「もしもし……」
「如月さん?」
女性の声。
「体調どう?」
「ご迷惑おかけしてすみません……」
一瞬沈黙。
そして優しい声。
「大丈夫よ」
「急で驚いたけど、あなたならどこでもやっていけるわ」
リナは首を傾げた。
「今日は有給にしてあるから」
「移動前ゆっくり休みなさい」
「……え?」
リナの思考が止まる。
「移動……?」
「あれ?」
電話の向こうが少し驚いた声になる。
「何言ってるの?」
「辞令、直接真田代表が言いに来たわよ?」
リナの心臓が跳ねた。
「あなた」
一拍おいて。
「明日付けで真田代表取締役付きの秘書よ」
静かな声。
「まさか……知らなかったの?」
その瞬間。
背中を冷たい汗が流れた。
(心くん……)
でも。
知らないと言ったら。
心の立場が悪くなるかもしれない。
「……あ」
無理やり笑う。
「そうでした……すみません」
「もう」
電話の向こうで笑う声。
「しっかりして」
「あの優秀な人の秘書に抜擢なんてすごいことよ」
「頑張ってね」
ガチャ。
ツーツー……
通話が切れる。
リナはそのまま立ち尽くしていた。
「……心くん」
小さく呟く。
なんで。
なんで言ってくれなかったの?
昨日のことが頭に浮かぶ。
抱きしめられた夜。
優しい声。
好きだと言われた言葉。
だから余計に分からない。
「外出しなくていい」
そう言っていた心。
それは――
どういう意味?
頭の中でぐるぐる思考が回る。
気付いたら。
リナは家を飛び出していた。
しばらく走った。
どこをどう走ったのか分からない。
息が上がる。
見つけた公園。
ベンチに座り込む。
「……はぁ……」
空を見上げる。
「なんで……」
なんで心の秘書?
なんで何も言ってくれない?
「昨日……」
頬が赤くなる。
あんなに愛されて。
あんなに優しくされて。
だから余計に分からない。
考え込んでいると――
突然。
後ろから大きな手が目を覆った。
「……っ」
耳元で囁く声。
「見つけた」
リナの心臓が跳ねる。
「心くん……」
くすっと笑う声。
「リナ」
「かくれんぼ?」
耳元で低く囁く。
「俺相手にだめだよ」
少し笑う。
「俺、得意なんだ」
腕が腰に回る。
「隠れてるの探し出すの」
次の瞬間。
リナの身体がふわっと浮いた。
「えっ」
横抱き。
「心くん!」
そのまま車に乗せられる。
ポルシェのドアが閉まる。
エンジン音。
車内は静かだった。
心は何も話さない。
その沈黙が怖い。
マンションに到着。
部屋に入る。
そのままベッドルームへ。
押し倒される。
心が馬乗りになる。
「……心くん」
心は笑っていた。
でも。
その目は笑っていない。
「もう」
静かな声。
「あれだけじゃ足りなかったってことだよね」
リナの顎を指で上げる。
「まだ逃げるなんて」
低く笑う。
「俺が入ってないといられないようにしてあげようか」
リナの体が震える。
「気持ちよくなる薬とかもあるけど」
軽く首を振る。
「あれ依存するから」
「リナには使いたくない」
優しく頬を撫でる。
「俺が教えてあげる」
囁く声。
「リナが堕ちてきてよ」
リナは必死に体をよじった。
「話……聞いて」
「心くん……」
「何?」
一瞬の沈黙。
「あぁ」
少し笑う。
「仕事のこと?」
「もう知っちゃったの?」
リナの胸が苦しくなる。
「怒ってる?」
くすっと笑う。
「怒ったリナ可愛い」
でもすぐ声が低くなる。
「でもね」
「今、俺の方が怒ってるんだ」
「手加減できないくらいには」
リナの腕を押さえる。
「なんで」
低い声。
「俺の傍から居なくなろうとするの?」
リナの呼吸が止まる。
「鎖でもつけた方がいい?」
笑っている。
「俺ね」
「リナにはだいぶ甘いと思う」
静かな声。
「俺の部下なら」
「二度目はないから」
リナは言葉を失った。
「でも」
心がふっと笑う。
「理解しないリナも可愛い」
「あぁ」
思い出したように言う。
「俺の言い方が悪かったね」
「ごめんごめん」
顔を近づける。
「リナはね」
「もう」
耳元で囁く。
「俺と一緒以外でこの部屋から出ないで」
リナの目が見開く。
「俺に抱かれて」
「俺のために料理作って」
「また俺に甘やかされて」
「溶かされて」
「俺の帰りを待って」
囁きが続く。
「俺だけを考える」
「それがリナの仕事」
微笑む。
「簡単でしょ?」
リナは震えながら言う。
「そんなの……」
心が少し首を傾けた。
「リナ」
優しく笑う。
「好きだって言ってくれたじゃん」
「俺の好きと違うの?」
リナは答えられない。
違う。
でも。
この空気で言えない。
心はため息をついた。
「ほんとはね」
「仕事やめさせようと思った」
「でもリナ仕事好きじゃん」
「だから」
くすっと笑う。
「秘書」
「肩書きはね」
胸を指で叩く。
「でも大事な仕事」
リナの顔に近づく。
「俺のここ」
自分の胸。
「と」
額を軽くつつく。
「精神状態を管理する」
囁く。
「大事な仕事」
微笑む。
「だーいじなね♡」
リナは震える声で言う。
「待って……」
心は笑った。
「怯えてるの?」
「かわいいなぁ」
頬を撫でる。
「まだ逃げられると思ってる浅はかなところも」
くすくす笑う。
「ねぇリナ」
優しく言う。
「こんな重い男に愛されて」
目を細める。
「かわいそうなリナ」
唇が耳に触れる。
「ちゃんとこれから」
低い声。
「教えてあげる」
囁く。
「俺の愛を」




