9.檻の中
9.『檻の中』
朝、目を覚ましたとき――
部屋は静かだった。
カーテンの隙間から、柔らかな朝の光が差し込んでいる。
隣にあるはずの温もりはもうなくて、
広いベッドのシーツだけが、乱れたまま残っていた。
「……心くん?」
小さく呼んでみても、返事はない。
身体を少し起こした瞬間――
「っ……」
腰に鈍い痛みが走った。
思わずシーツを握る。
昨夜のことが、一気に蘇った。
何度も。
何度も。
逃げ場なんてないみたいに。
「リナは誰のもの?」
そう問いかけながら、
心くんは何度も私を抱き寄せて――
逃がさないように。
身体中に残る、確かな痕。
首筋。
肩。
胸元。
腰。
触れるたびに、昨夜の声が耳の奥で蘇る。
『いい子』
『抵抗しないで』
『身を任せて』
髪を撫でながら、
あの低く甘い声で囁く。
『そうしたら……』
『何も考えられなくしてあげる』
ゆっくり、優しく。
でも、逃げ道なんて最初からなくて。
『そう……いい子、リナ』
耳元で、最後に囁いた言葉。
『俺の』
……
「……」
リナはそっと枕元のスマホを手に取った。
画面には、LINEの通知。
心くんからだった。
開くと、短いメッセージが並んでいる。
「おはよう」
「朝一で仕事があるから、側にいられなくてごめんね」
「今日は仕事休みにしてあるから、家から出ないで」
「無理させたと思うから、しっかり休んで」
少し間が空いて――
「また夜抱くから、覚悟してて」
「っ……!」
思わずスマホを胸に押し当てた。
昨日の夜のことを思い出して、顔が熱くなる。
朝方まで続いたそれは、
体力を削り取るみたいで――
気づいたときには、意識が落ちていた。
だから。
「……」
枕の横に置いてあった、小さな紙袋に目がいく。
昨日、買ったもの。
シンプルな、小さなピアス。
「結局……」
指で袋をつまむ。
「渡せなかったなぁ……」
なんだか不思議なくらい、頭は冷静だった。
昨日のことを思い返す。
チャイナタウン。
三本。
突然現れた心くん。
あの時の、暗い目。
そして――
「リナは俺のことどう思ってる?」
あの質問。
「家族だと思ってるよ」
そう答えた瞬間の、心くんの顔。
「……」
胸が少しざわつく。
心くんは。
なんで、あんなに怒ってたんだろう。
ただ買い物に付き合ってもらっただけなのに。
「……」
ベッドの上で膝を抱える。
ちゃんと話せなかった。
昨日は、全部流されるみたいに終わってしまったから。
スマホを見つめる。
夜、帰ってきたら。
「……ちゃんと話せるといいな」
小さく、そう呟いた。
まだ知らない。
このマンションの外で――
リナの一日を守るために、
何人もの男たちが動いていることも。
チャイナタウンの裏で消えた三本のことを、
心くんがすでに「処理」していることも。
そして。
心くんが今、仕事の合間に
スマホの画面を見ながら呟いていることも。
「……リナ」
低く、静かに。
「昨日の顔、可愛かったな」
画面には、マンションの寝室。
ベッドの上で膝を抱えるリナの姿。
小さく笑う。
「ちゃんと家にいる」
安心したように目を細める。
「いい子」
そして、優しく呟いた。
「今日もちゃんと……」
「俺の檻の中にいるね」




