第6話 出立の日
王城から迎えが来ると指定された日。私はいつものように早起きをしてしまっていた。まだ外は暗い。仕方なく、私は持っていくものの整理をすることにした。だが、作業はすぐに終わってしまった。
必要な荷物が少ないからだ。着替えが二着と下着、それに使い慣れた布巾を一枚。それから、母の形見の小さな裁縫道具。それだけで、鞄は半分も埋まらなかった。もともと、私の持ち物は少ない。社交もしないのだから、ドレスなんて持っていない。掃除に必要なものは、すべてここに揃っていたから。
出立の時刻まで、まだ少し余裕があった。私は屋敷の中を見回してから、雑巾を手に取る。いつも通り、水を含ませ、絞る。指先に馴染んだ感触に、妙な安心を覚えた。廊下の隅。階段の手すり。人目につかない窓枠の下。
誰に頼まれたわけでもない。でも、やらずにはいられなかった。ここは、私の仕事場だったから。最後に、使用人用の裏口を拭き終え、雑巾を桶に戻す。水面に浮かぶ埃を見てから、静かに手を洗った。――これが、私の仕事だった。
玄関に向かうと、馬車がすでに止まっていた。御者が一人、黙って立っている。見送る人はいない。呼び止める声も、かけられる言葉もなかった。それでいい、と私は思った。そういう形で、ここにいたのだから。
馬車に乗り込む前、ふと足を止める。無意識に、屋敷を振り返っていた。二階の窓を見上げる。弟の部屋だ。
――行ってくるね。
声には出さず、そう思うだけで、視線を戻す。馬車に乗り、扉が閉まる。車輪が音を立てて動き出した。ふと、私が外から屋敷をまじまじと見たのは初めてではないだろうか。そんなことを思いながら、馬車に揺られる。
――住み慣れた屋敷が、ゆっくりと遠ざかっていく。




