第5話 御触れと奉公
ある日の朝。我が家の前に、立派な馬車が訪れた。あの紋章は王家のものだ。嫌な予感が頭をよぎる。私は頭を振って、すぐに仕事に戻る。気にしている暇はないのだ。
「王城からの御触れだ。お前を……奉公に出すことになった」
父の書斎に呼び出された私に対し、父は机の上の書面から目を離さずに言った。声は低く、淡々としていて、そこに迷いはなかった。
執事に渡された紙には、『十五歳から十八歳の娘を侍女に出せば金を出す』というような内容が書いてあると説明された。
「王城の侍女として、一定期間、屋敷を離れる。奉公だ。その間、家には金が入る。そしてノアの薬代も、王城持ちになるそうだ」
説明は、それだけだった。
「あなたのおかげで家も助かるわ。ノアの薬代が確保できるのは、大きいのじゃないの」
その言葉を引き継ぐように、継母が口を開いた。
「ほら、あなたも婚約者がいてもいい年頃でしょう? いつまでも家に置いておけないわ。それに、ノアのことを思えば、当然の選択だと思うのよ。あなたなら、分かるでしょう?」
私は黙って聞いていた。“奉公”という言葉が、すべてを覆っていた。反論はしなかった。条件を考える必要も、理由を探す必要もなかった。
「……分かりました」
自分の声が、ひどく落ち着いて聞こえた。拒否する理由は、もう残っていなかった。
その日の夜。私はノアの部屋を訪ねた。
「少し、話してもいい?」
ノアは本を閉じて、ぱっと嬉しそうに顔を上げた。私は椅子に腰を下ろし、できるだけ静かな声で言う。
「しばらく、家を離れることになったの」
「……どこへ?」
「お城よ」
ノアは一瞬、理解できないという顔をしてから、首を振った。
「やだ……お姉ちゃん、行かないで……」
小さな手が、私の服を掴む。その力が思ったより強くて、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「すぐ……帰ってくる?」
私は答えなかった。答えられなかった。ノアの目から、ぽろぽろと涙が落ちる。嗚咽をこらえる音が、部屋に小さく響いた。私はノアを抱き寄せ、背中に腕を回した。細い体が、震えている。
――大丈夫。そう言う資格は、もう私にはない。それでも、言葉はひとつだけ残っていた。
「ノア、いい子ね。愛しているわ」
ノアの髪を撫でながら、そう囁く。
――その言葉が、別れの言葉だと悟られないように。




