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家族に売られてたどり着いた先は、王女様の侍女でした。 ――掃除だけは誰にも負けません。  作者: 月城 蓮桜音


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第3話 一人で掃除する屋敷

 屋敷は、広すぎる。廊下を一本拭き終えても、まだ次がある。階段を上がれば、同じだけの部屋が並び、窓の数だけ埃が溜まる。


 本来なら、使用人が三人は必要な広さだと、私は知っている。それを、今は私一人でやっている。急いでも、夕方まではかかる。魔法を使っても、それは変わらない。せいぜい、終わりが少し早まるだけだ。


 廊下を抜け、階段へ向かう。手すりに指を添えて、一段ずつ上る。二階に着く頃には、腕が少し重くなっている。上階の廊下は、下よりも窓が多い。朝の光が斜めに差し込み、床に長い影を落としていた。部屋を一つ終えても、まだ次がある。その次も、そのまた次も。扉を開けるたび、同じ広さの空間が現れる。この屋敷は、終わりが見えない。

 

 雑巾を持ち替え、次の部屋へ向かう。差し込む光が強くなってきていた。時間を意識すると、自然と足が速くなる。眠る時間は、削れない……削りたくないからだ。無理をして倒れたら、掃除は終わらない。掃除が終わらなければ、薬はもらえない。だから、急ぐ。


 集中していると、あっという間に時間は過ぎていく。窓の外を見ると、お日様はもう高い位置にあった。そろそろ、急いで昼食を済ませなければならない。時間通りに行かなければ、私の食事はすぐに下げられてしまうから。固いパンと具の少ないスープをかき込み、私は素早く仕事に戻った。


 掃除をさっきの続きからやり始める。このままでは夕方までに終わらせることは難しいだろう。「ふう――」私は深呼吸してから窓を少しだけ開け、周囲に誰もいないことを確かめてから、指先に意識を集めた。

 

 ――だめ。

 

 頭の奥で、声がする。「使っちゃだめよ。それは、人に見せるものじゃない」亡くなった母の声だった。

 

 叱る声じゃない。私の髪を撫でながら、困ったように笑って言う声。怖がらせるためじゃない。守るために、そう言ったのだと、今なら分かる。何度も、何度も言い聞かせられた言葉。私は一度、手を下ろす。胸の奥が、きゅっと締めつけられる。でも、床の隅に溜まった埃を見て、歯を食いしばった。

 

 使えば、少しだけ早く終わる。楽をしたいわけじゃない。私は今、いけないことをしようとしている。そう思いながら、息を殺して魔力を流した。風が、静かに動く。音を立てないように、埃だけを集めるように。舞い上がらせず、床の一角へ寄せていく。次に、水。床に薄く広げ、汚れを浮かせる。足跡が残らない程度に、慎重に。

 

 心臓が速く打つ。誰か来ないか、耳を澄ます。――大丈夫。魔法を解き、すぐに雑巾で拭き取る。いつもより少ない動きで、床がきれいになっていく。それでも、終わりは遠い。焦りすぎてはいけない。前に一度、無理をしたことがある。夜まで掃除を続けて、眠る時間を削った。翌朝、立ち上がれなかった私に、彼女は言った。

 

「寝ている暇があるなら、掃除をなさい」

 

 その一言が、今も残っている。だから私は、眠る。倒れないために。そして、生き残るために、急ぐ。雑巾を絞る。水が落ちる音が、また響いた。夕方までかかる。分かっている。それでも、今日も私は一人で、この屋敷を掃除する。

 

 ――弟の命が、その先にあるから。

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