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家族に売られてたどり着いた先は、王女様の侍女でした。 ――掃除だけは誰にも負けません。  作者: 月城 蓮桜音


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第13話 触れないという選択

 書斎の扉の前で、私は立ち止まった。場所は、もう分かっている。最初に部屋を見たときから、気配だけは感じていた。けれど、入るのは今だ。華美な装飾はなく、通路から目立つこともない。

 

 私は一歩手前で足を止め、空気を確かめた。考えるための部屋に、ちょうどいい静けさだ。ノブに手を掛け、音を立てないように扉を開く。中は整っていた。散らかってはいないが、飾られてもいない。

 

 机の上には書類が積まれ、端は揃えられている。椅子は机に対して、ほんの少しだけ斜めだ。何度も立ち上がり、座り直した跡。床は、一見すると整っている。だが、歩く位置に沿って、埃の溜まり方が違っていた。

 

 ――ここは、下手に触れれば壊れる。書類一枚、本一冊の位置が変わるだけで、困る人がいる。掃除をしたつもりで、仕事を台無しにしてしまう部屋。

 

 私は、深く息を吸い、吐いた。まず、整えるべきは――空気。だが、風は使わない。ここで空気を動かせば、紙が舞う。それだけで、取り返しがつかなくなる。

 

 私は部屋全体を、もう一度見渡した。書類、紙、本。どれも軽い。どれも、動いてほしくない。……ここで何かを起こせば、必ず影響が出る。私は指先に意識を集めかけて、やめた。今は、使わない。

 

 私は窓を、ほんの少しだけ開けた。開け放ちはしない。ただ、通すだけだ。澱んだ空気が抜け、外の冷たい空気が、薄く混ざる。書斎に、澄みすぎた空気は要らない。考えるための部屋には、落ち着きが必要だ。

 

 私は机や棚には触れず、床だけを布巾で押さえていく。擦らない。引きずらない。埃を舞わせないよう、低い位置で、静かに。本棚の背表紙にも触れない。棚板の縁だけを、布巾の角でなぞる。古い紙の匂いが、ほんのりと残っている。

 

 ……これは、消さない。書斎は、これでいい。整えすぎると、使いづらくなる。私は布巾を畳み、道具をまとめた。扉の前で一度だけ振り返り、全体を確認する。


 何も動いていない。


 ――それで、十分だった。

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