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神様の承認欲求

作者: Takaki//cw
掲載日:2026/01/20



※本作は特定の宗教や信仰を否定するものではなく、「信じること」や「信仰が持ちうる構造」をテーマにしたフィクションです



修道士・啓一郎は、聖書を閉じて目を閉じた。


「主よ、あなたこそが唯一の神。あなたの御言葉こそが真理です」


彼は二十年間、この祈りを捧げ続けてきた。偶像崇拝を退け、異教を遠ざけ、ただ唯一の神にのみ仕えてきた。


それは愛だと信じていた。神の愛、そして神への愛。


深夜、啓一郎は深い眠りに落ちた。


***


気がつくと、啓一郎は巨大な円卓の端に立っていた。


円卓の周りには、無数の存在が座っている。光り輝く者、翼を持つ者、動物の頭を持つ者。神々と天使たちだ。


「ここは……」


啓一郎は息を呑んだ。円卓の中央、一段高い場所に、まばゆい光を放つ存在が座っていた。


それが誰なのか、啓一郎は本能的に理解した。


「主よ……」


だが、その光は啓一郎に気づいていないようだった。会議が続いている。


「——で、最近の数字だが」


光が声を発した。威厳に満ちた、しかしどこか苛立ちを含んだ声。


「キリスト教徒、22億。イスラム教徒、18億。ヒンドゥー教徒、11億。仏教徒、5億」


光は円卓を叩いた。


「なぜイスラムがこんなに伸びている! 同じ私を信じているのに、なぜブランドが分かれているんだ!」


天使の一人が恐る恐る答えた。


「それは、預言者の解釈の違いでして……」


「解釈?」


光が激しく揺らめいた。


「私ははっきり言ったはずだ!『私以外に神はいない』と! なのに、なぜ私の信者が複数の宗教に分散しているんだ! 非効率だろう!」


別の天使が言った。


「ですが主よ、キリスト教とイスラム教を合わせれば40億です。圧倒的な——」


「合わせれば、じゃない!」


光が怒鳴った。


「私は『私だけを信じろ』と言ったんだ! なのに、ヒンドゥーには3億もの神がいるだと? ふざけるな! あれは完全に偶像崇拝だろう! なぜ私の教えが届いていない!」


円卓の端に座っていた、象の頭を持つ存在——ガネーシャが、気まずそうに視線を逸らした。


光はそれに気づき、矛先を向けた。


「ガネーシャ! お前のところの信者、何人だ!」


「10億ほどですが……」


「10億! 10億人が、象の頭をした偶像を拝んでいるのか! 私が禁じたのに!」


ガネーシャは小さく言った。


「あの、主よ。私たちは『偶像』ではなく、『神性の顕現』という——」


「言い訳するな!」


光が円卓を激しく叩いた。


「私は最初にはっきり言ったはずだ! モーセに十戒を与えた時、『あなたは私以外の何者をも神としてはならない』『偶像を造ってはならない』と! なのになぜ、人間どもは石や木や金で像を作り、それを拝んでいるんだ!」


仏陀が静かに言った。


「主よ、私は神ではなく、悟りを開いた人間として——」


「お前もだ!」


光が仏陀を指差した。


「お前は『神など必要ない』と言っただろう! それで5億人を持っていったんだ! 私の信者を! 私がいなければお前も存在しなかったのに!」


仏陀は何も言わなかった。


光は円卓を見回した。


「いいか、よく聞け。この宇宙には、神は一人しかいない。私だ。他の全ては、偽物だ。人間が勝手に作り上げた妄想だ。私だけが真実で、私だけが救いで、私だけが愛だ」


天使の一人が尋ねた。


「では、主よ。なぜ人間は他の神を信じるのでしょうか?」


「決まっている」


光が言った。


「私を十分に信じていないからだ。私の愛を理解していないからだ。だから、もっと布教しろ。もっと私の名を広めろ。異教徒を改宗させろ。彼らに『お前たちの神は偽物だ、真実はここにある』と言え」


「ですが、主よ」


別の天使が言った。


「それは、他者の信仰を否定することになりますが……」


「当然だ!」


光が叫んだ。


「彼らは間違っているんだ! 私以外を信じることは、罪なんだ! 彼らを正しい道に導くのは、私の愛だ! わかるか? 私は彼らを愛しているから、私だけを信じろと言っているんだ!」


啓一郎は、柱の影で震えていた。


これが、神の愛?


これが、唯一の真理?


光は続けた。


「それから、最近の若者は教会に来ない。なぜだ?」


天使が答えた。


「科学や哲学が発達して、神の存在を疑う者が増えて——」


「疑う?」


光の声が低くなった。


「私を、疑う? この宇宙を創造し、人間を作り、愛を与えた私を?」


「彼らは、証拠を求めるのです」


「証拠だと?」


光が爆発した。


「奇跡は見せた! 海を割り、死者を蘇らせ、病を癒した! それでも足りないのか! 何が欲しいんだ、人間どもは!」


天使は黙った。


光は深く息をついた。


「いいか。人間どもに伝えろ。『信じる者は救われる。疑う者は地獄に落ちる』と。それでいい」


「ですが、主よ」


若い天使が言った。


「それは、脅迫では……」


「脅迫ではない!」


光が怒鳴った。


「愛だ! 私は彼らを愛しているから、正しい道を示しているんだ! 私を信じなければ救われない。それは事実だ。私がそう決めたんだから!」


啓一郎の膝が震えた。


これは、愛ではない。


これは、独占欲だ。承認欲求だ。


「私だけを見ろ」「他を見るな」「私が一番だ」「私を疑うな」「私に従え」


それは、愛という名の、支配だった。


光が最後に言った。


「私はこの宇宙で最も偉大な存在だ。私がいなければ、何も存在しない。だから、全ての者は私を崇めるべきだ。私に感謝すべきだ。私だけを信じるべきだ。それが、正しいことなんだ」


円卓の神々と天使たちは、黙ってうなずいた。


啓一郎は、その光景に耐えられず、目を閉じた。


***


啓一郎は跳ね起きた。


冷や汗が全身を濡らしていた。時計を見ると、午前三時。


彼は震える手で聖書を開いた。


十戒が目に入る。


『あなたは私の他に何者をも神としてはならない』

『偶像を造ってはならない』

『あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない』


次のページをめくる。


『私は妬む神である』

『私を愛する者には恵みを与え、私を憎む者には罰を与える』

『私だけに仕えよ』


啓一郎の手が震えた。


これは……全部、「私だけを見ろ」というメッセージだ。


福音書を開く。イエスの言葉。


『私は道であり、真理であり、命である。私を通らなければ、誰も父のもとに行くことができない』


これも、だ。


「私こそが唯一の真理」「他の道はない」「私を信じなければ救われない」


それは、真理ではなく、独占宣言だった。


啓一郎は聖書を閉じた。


二十年間、自分は何を信じてきたのか。


神の愛だと思っていたものは、神の承認欲求だったのではないか。


「私を愛せよ」ではなく、「私を崇めよ」。

「あなたを愛する」ではなく、「私だけを見よ」。


それは、愛ではなく、執着だ。


啓一郎は立ち上がり、窓の外を見た。


夜明けが近い。


彼は初めて、自分の人生が何に捧げられてきたのか、理解した。


そしてその理解は、あまりにも重く、あまりにも空虚だった。

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