藁のあやとり +納豆レシピ
陽が西に傾き始め、空が茜色に染まりかけた午後のこと。
子供たちへの手習いを終えた私は、日課となった水汲みのため、母屋の裏手にある井戸へと足を運んでいた。
空になった木製の水桶が、歩くたびにカラン、コロンと乾いた音を立てる。
ふと、私の足が止まった。
視線が、ある一点に釘付けになる。
納屋の羽目板に寄りかかるようにして、それは無造作に積まれていた。
秋の陽射しをたっぷりと吸い込んだような、温かみのある黄金色。乾燥した植物の茎の束。
——藁
ドクン、と胸の奥が早鐘を打った。
水を汲むために伸ばしかけた手が一瞬止まり、指先が微かに震えるのを自覚する。
風に乗って鼻孔をくすぐる、日向の匂いと乾いた土の混じった、どこまでも懐かしい香り。
その香りが鍵となり、脳裏の奥底に眠っていた記憶の重い蓋を、強引にこじ開けた。
前世、台所で藁つとを編んだ時の、指先に擦れる感触。
いや、それだけではない。
もっと深く、もっと幼い頃の——ある神聖な情景が、黄金色の輝きと共に鮮烈に蘇る。
◇ ◇ ◇
記憶の中の私は、見上げるほど高い石段の下に立っていた。
息を切らして登りきった先、古い神社の鳥居。
そこに、とぐろを巻く巨大な主が鎮座していた。
藁で編まれた、大蛇だ。
大人の男たちが何人も掛かりで抱えるような、太く逞しい胴体。
幾重にも、幾重にも、強くねじり上げられた無数の藁の束。ささくれ立った繊維の一本一本が、逆立つ鱗のように荒々しく主張している。
大きく開かれた顎は、今にも天を喰らわんばかりに空を睨みつけていた。
幼い私は、その圧倒的な質量と存在感に飲まれ、ただ口を開けて見上げることしかできなかった。
怖い、けれど、目が離せない。
足がすくむような畏怖と同時に、不思議な安堵感が胸を満たしていくのを感じた。
(……守られている)
言葉にせずとも、肌でわかった。
この荒々しい藁の大蛇は、私たちを脅かすものではない。
災いを飲み込み、結界としてそこにある「守り神」なのだと。
◇ ◇ ◇
ハッとして、私はあたりの様子を窺った。
誰もいない。
私は水桶を置き、積まれた藁の山から、三十本ほどをそっと引き抜いた。
何かが作れるかもしれない。そんな予感があった。
私はそれをエプロンの下に隠すように抱え込むと、足早に自室へと戻った。
部屋に入り、扉を背にしてようやく息を吐く。
ドクン、ドクンと脈打つ心臓をなだめながら、エプロンの下から黄金色の束を取り出した。
粗末な木の机の上に広げると、殺風景だった部屋が、そこだけ夕陽が差したように華やいだ気がした。
一本、手に取ってみる。
カサリ。
乾いた音。けれど、指の腹で撫でると、驚くほど滑らかで、確かな「しなり」が伝わってくる。
(懐かしい……)
ただの枯れ草ではない。これは、人の手で新たな形を与えられるのを待っている。
私の指は無意識に動いていた。端を揃え、軽くねじってみる。
抵抗なくねじれる感触が、心地よい。
何を作ろうか。
もっと身近で、手のひらに収まるようなもの。
ふと、ソフィアとトーマスの顔が浮かんだ。
勉強の合間、退屈そうに窓の外を眺める二人。この世界には、娯楽や玩具が少ない。
高価な木彫りの人形などはあるけれど、もっと自由に遊べる友達がいてもいいはず。
(人形……)
そうだ、人形なら作れるかもしれない。
前世の記憶にある、素朴な藁でできた亀や鶴、馬……。
想像するだけで、楽しくなってくる。
あの子たちが、私の作った人形で遊んでくれたら、どんなに素敵だろう。
◇ ◇ ◇
翌日。
私は家事の合間を見つけ、エリザベスに声をかけた。
「あの、奥様。母屋の裏にある藁を、少しばかり頂いてもよろしいでしょうか?」
「藁? いいけれど……何に使うの?」
エリザベスは不思議そうな顔をした。
「はい、子供たちに……ソフィア様とトーマス様に、人形を作ってあげられないかと思いまして」
「あら、そういうのも作れるの? 器用なのね」
「……やってみようかと」
許可をもらい、私はさらにきれいな藁を選別して部屋に持ち帰った。
その夜。
ランプの灯りの下、私は机の上に藁を広げた。
まずは、記憶にあるあの大蛇を真似て、小さな注連縄(しめ縄)のような輪飾りを作ってみた。
右撚りと左撚りの藁を合わせ、強く綯っていく。
藁縄を作る要領だ。
祈りを込めて形を作ると、不思議と心が落ち着く。
次に、人形に取り掛かった。
藁を束ね、中央で二つに折り曲げる。折り曲げた部分が頭となる。
その下、首にあたる部分を一本の藁で縛ってくびれを作る。
その時だった。
(……あれ?)
首を縛ろうとした指先に、奇妙な感覚が走った。
力を入れて結ぼうとする前に、藁がまるで私の意志を先読みしたかのように、吸い付くようにまとまったのだ。
さらに不思議なことが起きた。
私の指先が触れている藁の表面に、ぼんやりとした光が灯ったのだ。
——淡い、青白い光
それは冷たい幽霊のような光ではない。
日向のような、あるいはストーブにかざした手のような、じんわりとした「温かさ」を孕んだ光だった。
私は手を止めた。
もう一度、今度は腕の部分を作ってみる。
編み込みながら、心の中で「ここを曲がれ」「ここにくっつけ」と生活魔法を使う時のように念じてみる。
フワッ。
再び、青白い光が藁を包み込む。
すると、硬いはずの乾燥した茎が、まるで水を含んだようにしなやかに曲がり、接着剤も使っていないのに、ピタリと繊維同士が噛み合って固定された。
指先から、微弱な魔力が糸のように伸び、藁の中に浸透していくのが分かる。
(これが、私の魔法……?)
水を温めたり、埃を払ったりするだけの地味な生活魔法だと思っていたけれど、まさか藁を自由に操ることもできるなんて。
エルフの魔法は自然と相性がいいと聞くけれど、枯れた草にも及ぶのだろうか。
ただ、この「青白い光」だけは謎だった。
私の魔力の色なのだろうか?
でも、この青白く淡い光は、藁に触るときだけ現れた。
それに、この不思議な温かさはなんだろう。まるで、藁自体が微熱を持っているような。
「……まあいい」
便利ならそれでいい。
自分の手の一部のように動かせるのが、ただただ楽しかった。
「動いて」
試しに、そう呟いて指を動かしてみる。
編みかけの人形の腕が、青白い淡い光をまといながら、私の指の動きに合わせてコクン、とひとりでに持ち上がった。
(やっぱり、私の魔法だ!)
私は自分の左手首を見た。
そこにある藁の腕輪もまた、同じ青白い光を帯びて、温かく脈打っている。
気がつけば、私は夢中になって二体の人形を完成させていた。
不恰好だが、どこか愛嬌のある藁の人形たち。
◇ ◇ ◇
翌日の勉強の時間。
「今日は、二人にプレゼントがあります」
私が後ろ手に隠していた人形を取り出すと、ソフィアとトーマスは目を丸くした。
「わあ! なにこれ!」
「藁のお人形? ナタリーが作ったの?」
「はい。故郷の作り方で」
私は二つの人形を机の上に立たせた。
ただ置くだけではない。
指先に、昨夜掴んだあの感覚——生活魔法の魔力を込める。
「よく見ていてくださいね」
私が人差し指をちょい、と動かすと。
ふわり、と人形の足元に淡い青白い光が灯る。
カタッ、カタッ。
藁の人形たちが、ぎこちなく足踏みをして、二人の前へとお辞儀をした。
「えっ!?」
「うわあ! 動いた! 今、動いたよ!」
二人は椅子から飛び上がらんばかりに驚き、歓声を上げた。
「すごい! ナタリー、魔法使いみたい!」
「なんか、キラキラ光ってる! あったかい!」
「ふふ、簡単な生活魔法ですよ」
私は微笑んで、人形の動きを止めた。
光がスゥッと消え、ただの藁束に戻る。
二人は人形を手に取り、すぐにエリザベスの元へと走っていった。
「ママ! 見て! ナタリーが動くお人形を作ってくれたの!」
「藁のお人形だよ! すごくかわいいんだ!」
居間で刺繍をしていたエリザベスも、子供たちの興奮ぶりに目を細めた。
「まあ、本当にかわいいわね。ナタリー、こんな特技があったなんて知らなかったわ」
「いえ、ほんの余興のようなものです。手が藁の手仕事を覚えていたみたいで……」
「そうだわ。このままだと少し寂しいから……」
エリザベスは裁縫箱からリボンを取り出した。
トーマスの人形の首にはブルーのリボンを。
ソフィアの人形の腰には赤いリボンを。
そして、ペンでちょんちょんと愛らしい目と口を描き入れた。
「どう? これで素敵なお友達ね」
「うん! ありがとうママ! ありがとうナタリー!」
「この人形、大切にするね!」
二人は人形を抱きしめた。
その光景を見て、私の胸にも温かいものが満ちていく。
ただの枯草と私の魔法が、こんなにも人を笑顔にできる。
「そうだわ、これをロバート叔父さまに売って貰いましょう」
「売るっていっても、私の趣味で作ったようなものですから……」
「いえ、こんなに可愛いもの。材料だって、この農園にはいくらでもあるのだから」
「そうですが、売れるものでしょうか」
「大丈夫、叔父さまがうまくやってくれるわ。今度来たときに頼んでみましょう」
(もっと……藁細工が作れるなら、嬉しい)
その日以来、私は時間を見つけては藁細工に没頭した。
私の指先に従って、藁たちは素直に編み込まれ、美しい黄金色の束になっていく。
その、細く刻まれたような繊維の重なりをじっと見つめていると、不意に、前世の記憶が刺激された。
(……この見た目、あれにそっくり)
台所でトントントン、と包丁を叩く音。
山盛りにされた、大地の恵みである黄金色の千切り。
そう、「ジャガイモ」だ。
一度そう思うと、頭の中はもうその料理のことで一杯になった。
千切りにしたジャガイモと、ネバネバの納豆を混ぜ合わせ、多めの油でカリッカリになるまで焼き上げた、あの香ばしい円盤。
(ああ……食べたい。あの、カリカリでホクホクの『納豆ガレット』が食べたい……!)
私は編みかけの藁を握りしめながら、口の中に広がる焦げた醤油とポテトの風味を思い出し、思わずごくりと喉を鳴らした。
◇ ◇ ◇
頭の中の記憶を「藁の大蛇」へスイッチした。その形を思い出しながら、大きな注連縄を作り、壁に飾った。
また藁を貰い、小さな箒を編み、茎を編んでカゴやゴザを作った。
作れば作るほど、指先は滑らかになり、藁とのパスが繋がっていく。
今では、私がイメージするだけで、青白い光と共に藁たちが自ら編み上がっていくようだった。
なぜ光るのか、なぜ温かいのかは分からないけれど、この感覚は心地よかった。
これはきっと、失われた私の過去——エルフとしての身体に染みついている魔法なのだろう。
ナタリーは、藁で色々なモノを作るのがとても楽しみになった。
そして、その夜。
部屋中に飾られた藁細工たちに囲まれて、私はベッドに入った。
ふと、壁に掛けたしめ縄飾りが目に入る。
月明かりを浴びて、とぐろを巻く蛇の形をしたそれが、ドクン、と脈打ち、青白く発光した気がした。
左手首の腕輪が熱い。
今日、子供たちのために使った魔法の使いすぎだろうか。
(でも……これなら)
私は布団の中で、自分の手のひらを見つめた。
今日の感覚。指先一つで、藁の繊維一本一本まで意のままに操れる、この完璧なコントロール。
脳裏に浮かぶのは、人形でも箒でもない。
ずっと作りたかった、あの「器」だ。
(これなら……完璧な『藁つと』が作れる)
ムラなく編み込まれ、熱を逃さず、中の豆を優しく包み込む最高の藁つと。
それさえあれば、温度管理も湿度調整も、きっと思うがままになるはずだ。
「ふふ……」
思わず笑みがこぼれる。
最高の納豆ができる予感がした。
心地よい藁の香りと、不思議な温もりに包まれながら、私は深い眠りへと落ちていった。
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【ネバり姫の納豆料理】悪魔的カリカリ食感「黄金の藁ポテト納豆」
納豆マニアの私が「最も中毒性が高い」と認定している、炭水化物とタンパク質の危険なマリアージュ。
「納豆とジャガイモのカリカリガレット」だ。
なぜジャガイモかというと、 細く千切りにしたジャガイモは、フランス語で「ポム・パイユ(藁のポテト)」と呼ばれる。
作り方は、驚くほどシンプルにして、驚くほど奥が深い。
水にさらさずデンプンを残したジャガイモと、納豆を混ぜて焼くだけ。
だが、この組み合わせが生み出す破壊力は凄まじい。
フライパンの上でジリジリと焼かれるポテトと納豆。
熱せられた納豆は、粘りを捨て、代わりに「ナッツのような芳醇な香り」と「ホクホクの食感」を手に入れる。
それが、カリッと揚がったジャガイモの香ばしさと重なり合う瞬間……。
「……カリッ、サクッ、トロッ」
口の中で奏でられる三重奏。
ジャガイモのカリカリ感、納豆の旨味、そして加熱されたことで甘みを増した大豆の存在感。
これはもう、おかずの皮を被った「合法ドラッグ」だ。
さらに今回は、マニアならではの「悪魔のワンポイント」を授けよう。
「粉チーズ」だ。 生地の中に、惜しげもなく粉チーズを投入するのだ。
焼けたチーズのコクと塩気が、納豆の風味をブーストさせ、ビールを持つ手が止まらなくなる。 カロリー? 知らない言葉だ。 今夜はこの「黄金の円盤」に、理性を捧げようではないか。
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納豆料理レシピ
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◑材料(フライパン1枚分)
・納豆(タレも使う)
・ジャガイモ(メークインでも男爵でもOK)
・片栗粉
・粉チーズ(あれば)
・塩・コショウ
・オリーブオイル(多めに、揚げ焼きにする気持ちで)
◑作り方
1.ジャガイモは皮をむき、できるだけ細い千切りにする。 ※重要:水にはさらさない! ジャガイモのデンプン質が納豆との接着剤になるのだ。
2.納豆を添付のタレ、からしでかき混ぜる。
3.ボウルにジャガイモ、片栗粉、粉チーズ、塩コショウを入れ、全体がねっとりするまでよく混ぜてから、納豆も加えて軽く混ぜる。
4.フライパンに多めのオリーブオイルを熱し、生地を流し込む。平らに広げ、中火でじっくり焼く。 ※触りすぎないこと。「藁」が固まるのをじっと待つのがナタリー流。
5.周りがカリッとしてきつね色になったら裏返す。さらに油を少し足し、両面がガリガリになるまで焼き上げる。
6.包丁でピザのように切り分ける。
そのままでも美味いが、ここに「黒胡椒」を追いがけする。 熱々のうちに頬張れば、そこはもう異世界。 納豆が苦手な子供ですら奪い合いになる、最強の納豆スナックの完成だ。




